【対談・後編】人気企業に希薄な危機意識 人材不足の産業は「過去の常識」を変えよ――宇佐川邦子×松原哲也

2026年03月10日

インディードリクルートパートナーズ リサーチセンター上席主任研究員の宇佐川邦子と、リクルートワークス研究所客員研究員の松原哲也が、労働市場の未来図や、企業と働き手の新たなマッチングの姿について話し合う対談(前編はこちら)。後編では、人材サービス業界で導入が進むAIマッチングが、採用現場にもたらす影響などを考えた。

AIの登場で変わる労働市場 マッチングにも有効活用

松原:テクノロジーの進化などに伴い、データ上は事務職や販売職が減る一方、情報通信や医療・介護に従事する人は増えているという変化が起きています。ホワイトカラーの仕事の一部がAIに代替されつつあることも、いずれ採用の現場に影響を及ぼしてくるでしょう。

同時に人材サービス業界にも、AIで求人と求職者を結び付けるマッチングサービスが次々と現れています。AIの利用も含めたデジタルマッチングは、現時点では人材の量的な確保が優先される領域で、非常に有効に機能すると考えられます。デジタルマッチングの普及によって、地方の宿泊・飲食や介護など人材不足が深刻な業界でも、人材確保が進むと考えられるでしょうか。

宇佐川:パート・アルバイトが職場の8割以上を占め、DX(デジタルトランスフォーメーション)や自動化、長時間労働の是正が進んだ飲食業界などは、AIマッチングによって人材を確保しやすくなると思います。一方、介護・宿泊業界は正社員が8割を占めます。正社員であるがゆえに幅広いタスクをこなし、さらに、人がすることに価値がある、いわば「掌(たなごころ)」的な仕事も担ってきました。こうした業界がデジタルマッチングを導入し、働き手を確保しようとするなら、正社員の仕事を分解し、業務改善やDX、ロボットによる代替などを進めたうえで、パート・アルバイトと役割分担をしていかなければなりません。そのためには前編でお話ししたような「業界の常識」からの脱却と、業務の見直しが必要になるでしょう。

松原:AIの進化は目覚ましく、今後はAIを利用したデジタルマッチングが主力になるとも考えられます。どの領域が適していると考えていますか。

宇佐川:対面型サービス以外の領域では、建築士などの資格を持つスペシャリストも、職域や賃金相場がある程度明確で、デジタルマッチングが適しているのではないかと考えています。また私見ではありますが、学生の中には対面のコミュニケーションが苦手だったり不慣れだったりして、人間よりAIやチャットボットに相談したいという人もいます。このため案外、新卒採用の領域もAIマッチングがはまるかもしれません。

ただ、スポットワークに関しては、仮に合わない職場に当たっても次にそこを選ばなければよいので、人材サービスを介さず自力で仕事を探す人も増えるでしょう。こうした層は、従来人材サービス業が提供していたマッチングとは異なるニーズを持つことになるため、人材サービス側も今後、収益性確保のためにも別の進化が必要となるかもしれません。

正社員や賃金交渉が求められるマッチングは人の関与が残る

松原哲也の写真

松原:正社員の領域は、企業側も自社で育成し長く働いてもらえる「幹部候補」的な位置づけで採用するケースも多く、求める人材像もさまざまです。デジタルマッチング活用の可能性を踏まえつつ、人の手に残る領域についてどう考えられますか。

宇佐川:確かに正社員のほか、専門職であっても副業人材やフリーランスの高単価なマッチングに関しては、人の手に残る部分は大きいと思います。日本人には転職に当たって「私にはこれだけの売り上げを上げる力があるので、年収を前職の1.2倍にしてください」などと、仕事の価値を提示し交渉できる人は多くはありません。専門性によっては、転職先にその領域の知見がなく判断できないこともあります。このため転職先の年収も、前職の年収を根拠にして設定されがちです。仲介者が、その人材が転職先でどれだけの価値を生み出し、それに見合う賃金はいくらなのかを見極めた上で、求人企業との交渉を担うニーズは今後もあるでしょう。

仲介役が必要なのは、日本の働き手の多くが自分の仕事の価値を、きちんと認識できていないからだとも言えます。普段から上司と部下の間で、業務がどのような価値を生み出しているのか、その工数は妥当なのかといったすり合わせができていれば、見合わない仕事を仕分けし、生産性を高めることもできるはずです。しかし、その仕事がどの程度の価値に値するかを明確に説明できないケースも少なくありません。

松原:日本人には「自分の時間をどれだけ会社に与えるかは自分で決める」という発想が極めて薄く、会社側に「働かせてもらっている」ので、働く時間も会社が決めるのが当然だと考えがちです。こうした考えも変わってきているとは言われていますが、勤務時間やキャリアを自分でマネジメントすることが不得手な層は、転職に当たっても求める労働条件や仕事の内容を明示できず、そうであればAIによるマッチングも難しいのではないかと感じます。さらに言えば、人材サービスにとって働く意欲の高い労働者をマッチングするのはこれまでもやってきた領域ですが、現時点で職探しをしていない潜在的な労働者や、組織に不満を抱きつつ足踏みしている人にアプローチし、自らのキャリアを確認する機会を提供することは可能でしょうか。

宇佐川:ご指摘のあった潜在労働者や、働く意欲が低いまま職場にとどまる層は特に、人によって行動できない理由や事情が異なる上、本人をエンパワーメントして動き出す意欲を引き出すところから始めなければいけないので、実際にはマッチングまで持っていくのが非常に難しい。しかし人の手によるマッチングは、多かれ少なかれ手間と時間のかかる領域です。だからこそ、AIでは対応しきれない難しいケースが人の仕事として残っていくのではないか、とも思います。

「頼れるAI」が定着のカギに

松原:AIマッチングに残された課題については、どのように考えますか。

宇佐川:AIの活用自体は賛成ですし、進めるべきだと思います。ただ求職者が自分のやりたいことや条件などの優先順位を明確化できていない場合、AIによる提案を選べない可能性もあります。こうした人に対しては、マッチング自体の「勝率」を高めるよりも、「頼ってみよう」と思えるAIをつくり出す方が、結果的に定着率の向上につながる可能性が高まると思います。

また、労働者を成長産業にシフトするには、労働者と職場の全く新しい組み合わせを考える必要があります。例えば小売業の出身者に、対面サービスという共通点のある介護の仕事を紹介することは、今のAIにも可能でしょう。ただ人間の人材サービス担当者の場合、例えば機械部品の組立を行っていた50代男性と面談した時に「自然に笑顔が出ており人当たりは良さそうだ。介護は未経験だが、施設管理やドライバーならできるのではないか」などと考え、介護業界に送り込むことが可能です。こうしたイマジネーションを働かせることは、少なくとも今はまだ人間に一日の長があると思います。

企業側に採用改善策を提案する際には、人事担当者だけでなく経営者や現場リーダーにも合意してもらう必要があります。誰にどのような順番で何にポイントをおいてアプローチするのかを考えることも、人間の仕事として残るでしょう。

松原:最後に、未来の労働市場を描く上で、特にここは解決する必要がある、と強く考えている課題は何でしょうか。

宇佐川邦子の写真

宇佐川:人気があり採用力が強い企業ほど、危機意識が希薄で構造変化への対応が遅れがちなことです。優秀な新卒者を一定数確保できるので、「多様な人材を受け入れなければ、生き残れない」と口では言っていても、なかなか腹落ちしないのです。このため中途採用の導入、育児や介護との両立支援などの制度は整っていても、個々の特性に合わせた育成や評価任用、役割分担がなされているとは言えず、本当の意味での多様化は進んでいない職場も見られます。キャリア自律をうたいつつ、結局は会社の意に沿う人材を求めている企業もあります。

一方、地方の中小企業にも、存続の危機に直面して週3日勤務や独自の評価制度、大幅な賃上げなどを断行し、V字回復を達成した会社があります。社員が高い賃金に見合う生産性を実現できるよう、働き方を設計し直すことが重要です。また前にお話ししたように、人材不足が際立つ産業はもとより、業界と職種と地域の「当たり前」を疑い、変えていく必要が高まっています。

さらに、8割の労働者が働く中小企業の生産性を高めることも重要です。そのためには、1時間単位で労働者の賃金と仕事を決める考え方が有効ではないでしょうか。働き手の4割を超える50代以上のミドルシニア層に対しても、年齢に関係なく1時間当たりの生産性を維持できるような仕事をつくり出してアサインし、本人の賃金も上がっていく状態をつくり出すことが望ましいと思います。

執筆:有馬知子
撮影:刑部友康