【対談・前編】人口減少に高齢化、デジタル技術の進展 労働市場の変化に対応するマッチングの姿とは――宇佐川邦子×松原哲也
生成AIの導入などによってマッチングビジネスのデジタル化が進む中、リクルートワークス研究所は「『デジタル時・世代のマッチング』に係る研究会」を設置し、働く人と企業双方にとって最適なマッチングのあり方を議論してきた。報告書のとりまとめに当たり、労働市場の分析に長く携わるインディードリクルートパートナーズ リサーチセンター上席主任研究員の宇佐川邦子と、研究会の進行役を務めたリクルートワークス研究所客員研究員の松原哲也が、労働市場と人材サービス業の将来像を話し合った。
新卒半減、変革迫られる人事戦略 人口減少・少子化の「深刻さ」はこれから
松原:高齢化等の進展で労働者の年齢構成は大きく変わり、今や約2200万人が55歳以上、そのうち約900万人が65歳以上です。また政府が社会保険の適用対象者をパート・アルバイトら短時間労働者へと拡大し、正社員と同等のセーフティネットが保障されつつある中、「正規」と「非正規」の境界も揺らいでいます。人口減少によって、正社員、パート・アルバイト、近年増えてきたスポットワークも含めた労働市場の全体像は、どのように変化するとお考えでしょうか。
宇佐川:人口減少の深刻さが、社会に十分共有されているとは言い難いと感じます。これまでは、出生数がある程度維持されていた時代に生まれた子どもが20代にもいたので、企業も一定のボリュームで新卒者や若手社員を確保できていました。しかしこの10年ほどで出生率は急激に低下し、出産可能年齢の女性も減っているので、新卒者数も大幅に減少する可能性があります。そうなれば、新卒を確保できる前提で人材ポートフォリオを組んでいる企業も、人事戦略を大きく転換せざるを得なくなります。
また高齢化に伴い、マッチング市場で存在感が高まるのは60代以上、正確には定年前後と定年延長や雇用継続期間を終了した65歳から70代半ばに移ると考えられます。空いた時間を利用して、スポットワークや副業のような「小さな仕事」をする人も増えるでしょう。
松原:雇用の流動化が言われる中、人材サービス業は、「合わない仕事を続けるよりも転職したい」と考える人と企業のマッチングを進める役割を担っています。ただ正社員に関しては、長期トレンドとして転職はさほど増えていません。また企業側も、大手を中心に人的資本経営を打ち出すなどして、優秀な人材の定着を図っています。定着に向けた取り組みが進み社員の満足度が高まれば、収入の変動や新しい職場に馴染めないなどのリスクを負ってまで転職に踏み切る正社員は、減っていくことも考えられます。一方で、若い世代は転職を通じたキャリアアップを前提に働いている、という声もあります。若者などの転職志向については、どのように見ていますか。

宇佐川:確かに流動性は高まったとはいえ、日本人の1人当たりの転職回数はさほど増えておらず、労働移動をあまり好まない国民性もうかがえます。大学生に対して毎年実施している調査でも、7~8割が人間関係の良い企業で長く働きたいと回答しています。人事評価もなだらかであまり差がつかない制度を好み、どちらかと言えば高い評価や昇進より、安定と長期雇用を志向する傾向が見て取れます。
一方で高卒者の13~14%、大卒者の11%が就職1年目で離職しているというデータもあり、これだけを見ると若者の流動性は高いと感じるかもしれません。しかしこうした早期離職の原因の一つは、新入社員が不慣れな仕事につらさを感じていても、先輩や上司が多忙で対応できず、新人が1人で悩みを抱えてしまうことです。つまり働き手の希望に基づく「良い流動化」ではなく、「不本意な離職を伴う流動化」であり、新人の悩みを聞いて業務を調整するなど組織管理を通じて職場に定着してもらうことこそ、本人たちのニーズにもかなっていると言えます。
シニア層がマッチングの主力に スポットワーク市場も維持
松原:高齢化の中で、マッチングのメインターゲットとして想定されるのがシニア層です。日本のシニアは就労意欲も高いですし、65歳で継続雇用が終了した後も、健康であれば10年くらいは労働市場に残る人がたくさんいます。ただ身体的な負荷の高い、フルタイム勤務や重労働は難しいのではないか、との意見もあります。
宇佐川:60代後半でも現役世代と同様、重い物を持ち運ぶなど負荷の高い仕事をしている人はいます。ただフルタイムだと負担が大きすぎるため、短時間勤務に変わることは多いです。このように業務内容は同じで時間を短縮するという勤務形態は、すでに現場に導入されていますし、シニア活用の一つの形として定着すると考えています。
またシニア層の約4割は、お金ではなく社会や人とのつながりを維持したい、健康を保ちたいといった理由で働いているとの調査結果もあります。こうした人は仕事の内容にはあまりこだわらず、決まった場所で気の合った人と、無理のない範囲で働きたいと望む傾向があります。特に主婦層は、若い頃からパート・アルバイトで働いてきた人も多く、サービス業を経験しているケースも少なくありません。このため、シニアになってからのマッチングも比較的スムーズです。実際に過去10年ほどは、50代以上の主婦層が介護産業などに参入し、就業率を引き上げてくれました。
一方、男性は定年後も過去の経験やスキルを生かしたいと考える人と、あまり仕事にこだわらない人に分かれます。正社員女性に関しても若い頃から当たり前に働き続けてきた世代が60代後半に達したら、男性と同様のニーズが出てくると思います。
宿泊・飲食業、人材確保へ賃金改善がカギ

松原:デジタル技術の進展や企業の副業・兼業解禁の動き、さらに本業以外でも収入を得たいという働く側のニーズなどを背景に、スポットワークのような働き方も普及しています。スポットワークを提供するプラットフォームには、良し悪しは別として、雇う側が人材を評価する仕組みなども設けられてはいますが、それでも雇用する側は、その日限りの初対面の人を迎えることに不安を感じるという意見もあります。働き手も単発の仕事に対しては、身を入れるインセンティブが働きづらいのではないか、とも考えられます。スポットワークの位置づけは、今後どうなっていくでしょうか。
宇佐川:前提として、正社員の副業やパート・アルバイトと、必要な人手を短期単発で確保するためのスポットワークは、分けて考える必要があります。人材不足に加えて繁閑差の激しいサービス業の比率も拡大しており、欠員補充のためにスポットワークを活用するニーズは、今後も一定程度存在するでしょう。労働者側にも、例えば健康を損ねて一時労働市場を離れた人が、復帰へのステップとしてスポットワークを活用する、といった使い方が考えられます。
ただ企業側にしてみれば、初対面の2~3時間勤務の人が来るたびに、現場のマネジャーなどが20~30分かけて作業を教えるのは効率的ではないですし、教える人の負担にもなります。月2回でも同じ人が来てくれる方がいい、と考える企業も多いので、あくまで職場の主力はレギュラーの正社員やパート・アルバイトであり、欠員が出た時、急場をしのぐためにスポットワークを使う形がメインになるでしょう。
松原:医療・介護や宿泊・飲食、小売、運送業などに従事するいわゆる「エッセンシャルワーカー」は、他産業に比べて労働条件が悪く、入職者も定着しない構造が長い間続いてきました。こうした産業、特に長年ウォッチしてきている宿泊・飲食業の足元の人手不足感は、どのように見ていますか。
宇佐川:宿泊・飲食業は、コロナ禍で人材が大量に流出した後、インバウンド需要の回復・拡大によって業務量が急速に増えました。しかし、人員体制の立て直しが追いついていないのが実情です。産業別に比較すると、宿泊・飲食業は賃金水準が相対的に低く、労働時間も長く、休日が少ない傾向があります。人材を確保できないために一人ひとりの負担が増し、その結果離職が起こり、さらに人材不足が深刻化する、といった状況になりやすいのです。
もっとも、業界全体にこうした構図が当てはまるわけではありません。従来の「当たり前」を見直して毎週の休館日を設けて休日数を増やす、長時間の通し勤務をやめて朝勤務と夕勤務に分けるなどの職場改革を進め、人材確保に成果を上げている企業もあります。
宿泊・飲食は地域にとって不可欠な産業ですが、「エッセンシャルワークなので仕方がない」という発想にとどまっていては持続しません。業界の当たり前、職種の当たり前を前提とせず、働き方を再構築できるかどうかが問われています。
対談の後編では、導入が進むAIマッチングがもたらす影響や、人材サービス業の将来の姿などを考えていく。
執筆:有馬知子
撮影:刑部友康
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