マネジリアリズムとの戦い方
前回は、私たちの職場を無意味な仕事であふれさせる正体が「マネジリアリズム」にあることを明らかにした。この「人間への不信」に基づく監視システムは、社会や企業に深く埋め込まれ、今なお増殖し続けている。この絶望的とも思える戦況に、冒険者が立ち向かう術はあるのだろうか。本稿では、ラスボス「マネジリアリズム」と戦うための仲間と武器を探り、戦い方を解き明かしていく。しかし、その前に、ラスボスが進化する絶望を伝えなければならない。
エージェンシー理論のほころび
2000年代、社会や組織を揺るがす大きな地殻変動が起こった。エージェンシー理論や新自由主義が頼みにしていた市場の規律は、幻想であることが判明したのである。事の起こりは、2000年のインターネット・バブル崩壊だった。さらに、2001年にエンロン、2002年にワールドコムなど、会計不正による大規模な経営破綻が相次いだ。株価を上げるというインセンティブ(アメ)が強すぎた結果、経営者は市場の期待に応えるために、不正を働いて利益を粉飾してしまったのである。エージェンシー理論は、最も合理的なコントロールではなかった。
地殻変動によって株式市場に対する評価が変わったことで、経営者の不正監視や説明責任を強化するコーポレート・ガバナンス改革が進むことになった(※1)。しかし、このような規制強化こそ、まさに、ラスボス「マネジリアリズム」の思う壺だった。
余談になるが、こうした流れの中で、エージェンシー理論の基礎を形作ったジェンセンの主張も転換していく。2001年には、長期的な価値向上のためにステークホルダーを満足させなければならない(啓発された価値の最大化)という軌道修正を行った(Jensen, 2001)。さらに2005年の論文では、市場が経営者を正すどころか、高すぎる株価の期待に応えるために経営者に嘘(粉飾)をつかせる破壊的な圧力になってしまったことを、他ならぬジェンセン自身が認めた(Jensen, 2005)。そして晩年には、自分の言葉を大事にする「インテグリティ」が重要だと主張している(Erhard, Jensen, & Zaffron, 2010)(※2)。きっとジェンセンも、良かれと思って編み出した呪文が、これほど強大なラスボスを生み出してしまうことは意図していなかったはずだ。
強化される「マネジリアリズム」
株式市場の万能性に対する評価が変わる一方で、ラスボス「マネジリアリズム」が張り巡らせた監視システムは生き残り、むしろ強化されていく。
その最大の要因は、一度組み込まれた監視システムのもとでは、不祥事が起きるたびにそれが「監視不足」と解釈され、さらに厳しいルールを生み出してしまうこと(経路依存性)にある。例えば、コーポレート・ガバナンス改革は、規制の根本的な見直しではなく、社外取締役の増員や監視の強化など、信用を失った経営者のコントロール機能をより厳格に実行する方法に頼るものであった(Ghoshal, 2005)。また、市場による規律や効率性を重視する考え方は、NPM(New Public Management)として公的部門にも浸透しており、政治的にも簡単に取り除くことはできなかった(Pollitt, 2016)。
このため、誰かの不正という秩序を揺るがす事態に直面した時、制度やルールは根本から見直されるのではなく、さらに強化されて、社会や組織に深く埋め込まれていく。こうして、ラスボス「マネジリアリズム」は、不祥事が起こるたびに、監視システムを強化する新たな装甲と結界を手に入れ、無意味な仕事を生み出す霧の濃度を高めた。残念ながら、ラスボスはチート級に強い。これに対抗できる強力な魔法や召喚獣は存在しないだろう。
「カオスの縁(ふち)」というヒント
絶望的な強さを誇るラスボス「マネジリアリズム」の好物は、秩序だ。好物である秩序で攻撃をしてもダメージを与えることはできない。そうであれば、このラスボスに対抗するための武器は、秩序とは別のものから探さなければならない。回り道をして、古代神殿に眠る先人の知恵を探しに行こう。
「マネジリアリズム」に挑んだ先人たちは、戦い方のヒントを示している。すなわち、人間の意図や道徳を組み込んだ理論を再構築することや体制の外部から批判することなどだ(Ghoshal, 2005; Klikauer, 2015)。しかし、これだけではヒントとして弱い。何か別のピースも必要だ。
複雑系の科学を扱うカオス理論に、「カオスの縁」という考え方がある。ルールが明確で安定した動きをする秩序領域と予測不可能でランダムな動きをする混沌(カオス)領域との間には、ごくわずかに2つの力が拮抗する「カオスの縁」があるという(図1)。このカオスの縁は、時々生じる秩序に逆らったランダムな動きによって発生するゆらぎが、最適な適応を見出し、新たな秩序を形成すると考えられている。例えば生物は、このカオスの縁に生じるゆらぎによって進化してきたとも説明される(※3)。

この「カオスの縁」から新しい秩序を作るためには2つの鍵がある。第1に、既存の秩序からの差異化である。既存の秩序からあえて逸脱した行動を取ることで、秩序の妥当性を揺さぶるのである。第2に、自省作用である。既存の秩序の意味を根本から問い直すことである(※4)。つまり、あえて秩序とは異なる方向のランダムな動きを許し、その意味を問い直すのである。
マネジリアリズムは、サボる人間像を前提に、組織内の硬直した秩序ばかりを強化する。そうであれば、私たちはサボりではなく真面目に、組織の外から混沌を持ち込み、既存の秩序に揺さぶりをかけてカオスの縁を作り出し、無意味さを取り払ったしなやかで新しい秩序の形成に向かうことはできないだろうか。
秩序にゆらぎを起こす
古代神殿で得たカオスの縁というヒントを携えて、現場に戻ってみよう。
無意味な仕事にあふれる現場の秩序とは、経営層や上司というプリンシパルへの忖度を強いられるガチガチに設計された制度やルールで縛られた状態である。顧客や現場から離れた経営層や上司、それらを取り巻く本部組織の議論は、組織内の秩序を強化して、無意味な仕事の発生源を増やすばかりだ。
組織の外にも目を向ければ、仕えるべきプリンシパルは経営層や上司ではない。ドラッカーが企業の目的を顧客の創造と定義したように、顧客こそが真のプリンシパルである(Drucker, 1954)。顧客を中心に据える考え方は、テクノロジーが発達し顧客の価値観が変化した現在においても変わることはない(Kotler, 2024)。本来、企業が目指すべき秩序は、顧客志向の秩序である。
社内秩序の外側には、時々刻々と変化するビジネス環境があり、今取引をしている顧客だけでなく、将来、取引をすることになるかもしれない潜在的な顧客がいる。まさに、すべてを予測することは不可能であり、ランダムな動きをする「混沌」といえよう。「マネジリアリズム」によってもたらされた社内秩序を打破するための方法は、顧客志向の発想からわずかでも揺さぶりをかけることで、既存の秩序に挑戦することだ(図2)。

もちろん、権限を持つ経営層や上司、制度やルールに真っ向から逆らうことは、冒険者の全滅を意味する危険な行為だ。だからこそ、正面突破ではなく、顧客という混沌から発想する揺さぶりが有効だ。顧客志向を盾にした提案で、既存の秩序の変更を迫るのだ。
この揺さぶりから会心の一撃を繰り出すことはできない。しかし、局地戦の揺さぶりから生まれる「カオスの縁」は、分厚く強化された装甲と結界を確実に削っていくことができる。
戦い方を増やす必要性
ラスボス「マネジリアリズム」を倒すことは簡単ではない。油断するとすぐに装甲と結界を強化してしまう。しかし、顧客を意識したトップダウンやボトムアップの動きによって、攻撃の精度と威力を高めることはできそうだ。必殺技には遠いが、すでに「カオスの縁」を探るいくつかの実験(攻撃)は始まっている。
① トップダウンの挑戦
トップダウンの動きとして、中期経営計画の再定義や営業ノルマの廃止といった動きがある。現場がカオスの縁に立ちやすくするために、経営層自らが、ガチガチの数値目標やノルマという秩序をあえて緩めている。
味の素、富士通、キリンHDなどでは、中期経営計画を再定義している。これまで記していた数値目標を廃止し、将来像を軸にした計画や状況に合わせて目標をその都度再設定するように変更した。埼玉りそな銀行や山梨中央銀行では、数値的なノルマを廃止し、顧客が求める価値の提供に集中する営業に改めている。
② ボトムアップの挑戦
ボトムアップの動きとして、「闇研(ヤミケン)」や仕事の再定義がある。
「闇研」とは、部下が就業時間の一部を使って行う非公式な研究を黙認する文化である。「闇研」は、かつての日本の開発現場で盛んに行われていたが、コンプライアンスや働き方改革の中で非公式に行うことが難しくなった。しかし近年、この闇研的なゆらぎを公式な制度として取り入れて、現場からのボトムアップを促す動きがある。例えば、福井県庁(※5)や長野県庁(※6)では、勤務時間の20%を創造的活動に充てて、担当業務以外で政策の企画・提案を担う制度を設けている。硬直化した既存の秩序から離れることで、県民のリアルな課題に直接向き合う時間を意図的に確保し、現場に「カオスの縁」を作り出そうとする実践例である。
また、仕事を再定義することも武器になる。新幹線の清掃で有名なJR東日本テクノハートTESSEIでは、いかにマニュアル通りに清掃をするかという要求から逸脱し、「新幹線劇場のショータイム」として再定義した。上意下達のルールを仕事に支障のない範囲で再定義し、顧客志向の実験から新たな秩序を生み出した好事例である。
カオスの縁が戦場となる「マネジリアリズム」との戦いは、一歩間違えば、既存の秩序に取り込まれるか、混沌に突き返されてしまう。100%の業務に20%の逸脱を上乗せして120%を求めてしまっては、攻撃と引き換えに自らもダメージを受けてしまう。だからこそ、顧客志向の大義名分を盾に、手元の無意味な仕事を削り落としていくことも必要だ。ここで取り上げた戦い方は、まだまだ十分に有効な戦い方ではないので、強大なラスボスに与えるダメージは小さいかもしれない。それゆえに、私たちは、もっと仲間を募って、戦い方の工夫やバリエーションを増やしていかなければならない。
冒険は一人の冒険者によって完遂されるものではない。各々が「カオスの縁」に立って、自分にできる小さな実験(攻撃)を積み重ねていくこと。現場の人間が顧客との相互作用の中に生じるゆらぎから、自らの意志と知恵で血の通った「新たな価値や意味」を見出し、自分たちの手で新しい秩序を編み上げていくことこそが、強大なラスボス「マネジリアリズム」に立ち向かう戦い方なのである。
(※1)2002年にアメリカではSOX法が制定され、コーポレート・ガバナンスが強化された。このころから、日本でもコーポレート・ガバナンスに関する議論が活発になっていく。
(※2)ジェンセンによるエージェンシー理論の展開とその発展は、レマン著、薮下史郎・川島睦保訳(2021)『マイケル・ジェンセンとアメリカ中産階級の解体』(日経BP)が詳しい。
(※3)「カオスの縁」やその考え方の組織への適用については、カウフマン著、米沢富美子監訳(2008)『自己組織化と進化の論理』(ちくま学芸文庫)が詳しい。
(※4)カオスの縁から新しい秩序を生み出す2つの鍵の話は、今田高俊(2016)「自己組織性と社会のメタモルフォーゼ」(遠藤薫、佐藤嘉倫、今田高俊編著『社会理論の再興』ミネルヴァ書房所収)を参照している。
(※5)福井県HP「仕事の進め方改革」参照 :https://www.pref.fukui.lg.jp/doc/jinji/shigotonosusume/shigotonosusume.html
(※6)長野県(総務部)プレスリリース「創造的活動支援制度(20%ルール)を本格導入します」2023年6月16日。福井県の事例とともに、いずれも職員が業務を効率化して時間を捻出するとされている。
参考文献
Drucker, P. F., 1954, “The Practice of Management” Harper & Row.
Erhard, W. H., Jensen, M. C., & Zaffron, S., 2010, Integrity: A Positive Model that Incorporates the Normative Phenomena of Morality, Ethics, and Legality–Abridged, Harvard Business School Working Paper, No.10-061
Ghoshal, S., 2005, Bad Management Theories Are Destroying Good Management Practices, Academy of Management Learning & Education, 4(1), pp.75-91.
Jensen, M. C., 2001, Value Maximisation, Stakeholder Theory, and the Corporate Objective Function, European Financial Management, 7(3), pp.297-317.
Jensen, M. C., 2005, Agency Costs of Overvalued Equity, Financial Management, 34(1), pp.5-19
Kauffman, S., 1995, “At Home in The Universe: The Search for Laws of Self-Organization and Complexity” Oxford University Press. (米沢富美子監訳, 2008,『自己組織化と進化の論理』ちくま学芸文庫)
Klikauer, T., 2015, What is Managerialism?, Critical Sociology, 41(7-8), pp.1103–1119.
Kotler, P., 2024, “A Lifetime in Marketing: Lessons Learned and the Way Ahead,” Marketing Insights from AMA Fellows, pp.2-14.
Lemann, N., 2019, “Transaction man: Traders, Disrupters, and the Dismantling of Middle-Class America” Picador. (薮下史郎・川島睦保訳, 2021, 『マイケル・ジェンセンとアメリカ中産階級の解体』日経BP)
Pollitt, C., 2016, Managerialism Redux?, Financial Accountability & Management, 32(4), pp.429-447.
今田高俊(2016)「自己組織性と社会のメタモルフォーゼ」遠藤薫、佐藤嘉倫、今田高俊編著『社会理論の再興』ミネルヴァ書房
橋本 賢二
2007年人事院採用。国家公務員採用試験や人事院勧告に関する施策などの担当を経て、2015年から2018年まで経済産業省にて人生100年時代の社会人基礎力の作成、キャリア教育や働き方改革の推進などに関する施策などを担当。2018年から人事院にて国家公務員全体の採用に関する施策の企画・実施を担当。2022年11月より現職。
2022年3月法政大学大学院キャリアデザイン学研究科修了。修士(キャリアデザイン学)
メールマガジン登録
各種お問い合わせ