現場を疲弊させる官僚組織の構造的病理

東北大学大学院教育学研究科教授 青木栄一氏
官僚組織を分析すると、無意味な仕事を生み出してしまう組織の構造的な問題だけでなく、それを助長してしまう個人の働きが見えてくる。このような組織で検討される、現場を顧みない取り組みが、さらに現場を追い詰めてしまう。組織や個人はこの問題を乗り越えられるのか。官僚の組織構造や行動に詳しい東北大学大学院教授青木栄一氏に話を伺った。
官僚組織に潜む無意味な仕事が増殖する構造
橋本:なぜ、官僚組織には無意味な仕事が生まれて、残り続けてしまうのでしょうか。
青木:最も大きな理由は、仕事に対するオーナーシップの欠如にあると考えられます。そもそも官僚は、選挙によって選ばれた政治家を通じて有権者の意思を実現する役割を担う存在です。この関係を政治学のプリンシパル=エージェント理論に当てはめれば、「プリンシパル(本人・委任元)」である政治家・有権者に対して、「エージェント(代理人・委任先)」である官僚という関係に置かれています。このため、官僚組織には、官僚が自分事として仕事をデザインする余地が少ないという宿命的な構造があります。この傾向は、近年の政治主導を目指す改革によって、より強くなりました。
構造的に仕事へのオーナーシップを持ちにくい状況では、その成果に対してもオーナーシップを持てなくなります。これは学生の例ですが、AIを使ってレポートを書いた学生に、1週間後にそのレポートを見せても、自分が書いたものか判別できなくなることがあります。これは「認知の負債(Cognitive Debt)」と呼ばれる状態です(Kosmyna et al., 2025)。オーナーシップを持たない仕事が成果への関与感を奪うという点では、官僚組織にも共通する構造だといえるでしょう。このような仕事に対して、「やめよう」とか「改善しよう」という意思が働きにくくなることも無理はありません。
さらに、官僚組織の内部にも、この構造を強化する文化が潜んでいます。例えば「こういうことは気を付けたほうがいい」という単なる指摘や引き継ぎが、「絶対に気を付けてください」という禁止命令に変換されてしまうことがあります。藪蛇になることを恐れて、より安全な策を取る発想は根強く、最近では、SNSでの炎上や訴訟リスクへの警戒も高まっています(青木, 近刊)。これらの発想と、官僚組織に伝統的に存在している「行政は間違ってはいけない(行政の無謬(むびゅう)性)」の思い込みとが合わさると、必要のない全数調査や過剰な資料作成といった仕事が増えてしまいます。公文書を束ねる赤い紐が象徴する繁文縟礼文化もその背景にあるでしょう。
優秀な個人が機能不全を隠蔽するパラドクス
橋本:オーナーシップのない仕事に対して、個人はどのようなモチベーションで仕事に向き合っているのでしょうか。
青木:かつては、国家のことをあれこれと考える「国士型」と呼ばれる官僚像がありましたが、近年は変化してきています。共働きの官僚が増えて、働きながら子育てや親の介護を担う生活者としての側面が強まっているので、昔のような滅私奉公的な働き方は受け入れられなくなっています。それに代わって増えているのが、専門性を高めて与えられた仕事をきっちりとこなすことを重視する「公僕型」です。
仕事への向き合い方が変化しても、モチベーション自体が下がっているわけではありません。私たちの調査によれば、公務員志望の大学生は、民間志望の大学生と比較して「公共のために役立ちたい」という動機が強くあります。特に、中央省庁志望の学生ほど強く、一方で、地方自治体になると生活者としてのモチベーションが強くなっていく傾向があります。また、本省課長クラスを対象とする調査でも同様に高い結果が出ています。生活者としての制約はありつつも、プロの国家公務員として公共のために役立ちたいという意欲は、決して低いわけではありません。
しかし、ここに組織としての罠があります。本省課長クラスの調査では、業務負荷が増えているにもかかわらず、個人としては対応できていると答える一方で、組織としては必ずしも対応できているわけではないとも認識していることがわかっています。つまり、多くの場合、自分で仕事を決める権限は限られているにもかかわらず、能力の高い個人の努力によって、組織の機能不全が結果的に覆い隠されてしまっているといえます。
中央省庁では、能力の高い人たちの個人技で帳尻を合わせてしまいます。しかし、その「何とかなる」という感覚のまま、実現のためのリソースが考慮されずに政策が展開されてしまうこともあります。こうなると、受け皿となる現場や地方自治体などは、受け止め切れずに疲弊してしまいます。
立案志向と現場軽視の限界
橋本:中央省庁の官僚には、出向などで現場を経験している人もいますが、それにもかかわらず、なぜ、実現のためのリソースやフィードバックが考慮されないのでしょうか。
青木:現場経験が弱く、組織で共有されにくいことが考えられます。中央省庁の官僚のうち、地方自治体などへの出向経験者は、全体から見れば少数です。しかも、約2年で本省に戻ってしまうため、現場感覚を得る機会も限られてしまいます。興味深いことに、官僚の政策的な価値観(政策選好)は、多くの国民と変わらないというデータがあります。つまり、有権者である国民の価値観に対する想像力は働いているのです。しかし、その政策を実際に届ける現場のリアリティは、政策形成にビルトインされていません。
この点については、政治のコントロールが強くなっている今日では、政治が実現可能性を意識することで、官僚もそれに対応することが期待できます。しかし、誰も気にかけなければ、実現可能性が考慮されないまま計画が進行することになります。
また、リソースの不足も深刻です。官僚が扱う予算は年々増加していますが、それを担う人員は国際的に見ても少なく、一人あたりの負荷が大きくなっています。予算が増えれば説明責任や成果への期待も高まるので、立案の段階からペーパーワークが増えてしまいます。
さらに、政策形成のプロセスが分断されていることも大きな理由です。政策は、立案、決定、実施、評価という段階をたどりますが、それぞれを担う主体が異なります。立案については、近年、政治の関与が強まっているものの、基本的には中央省庁が担っています。決定は政治が担い、実施は地方自治体や現場、評価は主として指標に基づいて行われることが一般的です。こうした役割分担の中で、各段階が十分につながりにくく、実施の現場からのフィードバックが政策形成に活かされにくい構造があります。実施後の評価も、外形的なKPIが中心となるので、実施のプロセスや現場の工夫が十分に反映されない場合があります。
こうしたオーナーシップが欠如した仕事の中で、システム全体が機能しているのかどうかを俯瞰できる人もいなければ、時間もありません。組織全体で現場のことを織り込んで政策を進めていくことには、自ずと限界があります。
官僚組織の限界を超える処方箋
橋本:現場を意識した政策形成に向けて取り組むこととして、何が考えられますか。
青木:試行錯誤を前提に、やり方を少しずつ見直していくことを、組織文化の中にどう組み込むかが重要だと思います。約2年ごとの人事異動では、現場の知見を十分に蓄積しにくいという課題がありますが、その一方で、特定の取り組みの成否が個人の責任として過度に問われにくい構造にもなっています。だからこそ、結果だけでなく、その過程や検証の工夫が評価される仕組みが整えば、組織のあり方も少しずつ変わっていくのではないでしょうか。
官僚組織の中ではなかなか言い出せないことでも、省内起業家のように果敢にチャレンジしていく人はいます。その人たちの話を聞くと、行動を支えているのは省外のネットワークです。省外に自分の仕事を強化してくれる応援団を持っているので、省内のロジックにとらわれることなく、上司や省内に対してリスクを取った行動ができます。幹部職員であれば、まずは、物理的にも心理的にも個室から出て、外部の人や異なる立場の職員と直接やり取りすることが必要ではないでしょうか。
硬直的になりがちな官僚組織では、意識や行動の変容を生み出しにくいので、変容できる仕掛けを織り込むことも必要です。働き方改革の例になりますが、SNSに不満を上げている人は、「自分」が主語になってしまって、同僚や周りの事情に暗くなっていることがあります。そのような人が同僚と対話をすると、お互いの事情を知って視点が転換されることで、自分だけの不満から脱却して本来的な働き方改革につながるようになることがあります。日々の業務や政策立案でも同様に、個々の議論で止めずに、他者の目線を取り入れて自分を位置付けるような仕掛けが必要ではないでしょうか。まずは、職場の同僚と、できれば省外の人とも話せるような機会を作ることからです。
聞き手・執筆:橋本賢二
参考文献
Kosmyna, N., Hauptmann, E., Yuan, Y. T., Situ, J., Liao, X.-H., Beresnitzky, A. V. Braunstein, I. Maes, P. (2025). Your Brain on ChatGPT: Accumulation of Cognitive Debt when Using an AI Assistant for Essay Writing Task. arXiv 2025:08872. doi: 10.48550/arXiv.2506.08872
青木栄一編(近刊)『現代官僚制の解剖Ⅱ―省庁再編25年後の官僚の意識と行動―』有斐閣
メールマガジン登録
各種お問い合わせ