管理を手放して無意味な仕事をなくす

2025年12月19日

守島基博氏の写真
学習院大学経済学部教授 守島基博氏

組織の中で生まれて増殖してしまう無意味な仕事と、疲弊するミドルマネジャー。この2つの問題は、根底で深くつながっている。社会や従業員の急激な変化に対して、組織には、どのような構造的な問題が潜んでいるのか。これからのマネジメントの方向性や無意味な仕事に対して個人ができることは何か。組織論や人的資源管理研究の第一人者である学習院大学教授の守島基博氏と対談した。 

「羊飼い」モデルの限界とマネジャーの疲弊

豊田:無意味な仕事をしている実感について、働いている人にインタビューをすると、経営層と現場の間で板挟みになる部長などのミドルマネジャーが強く感じていました。なぜ、マネジャーに集中してしまうのでしょうか。

守島:これまで多くの日本企業には、マネジャーが何をする人なのかという定義がほとんどありませんでした。過去20年の歴史の中で、コンプライアンスやハラスメント、ダイバーシティ、最近では部下との1 on 1など、あらゆる業務がマネジャーに投げられている状況です。経営層や人事ですら、マネジャーが何をしているのか正確に把握できていないでしょう。

そもそも、「マネジャー(Manager)」を「管理職」と訳していることに問題があります。マネジャーとは、ゴールを実現するためにいろいろなリソースを持ってきて「何とかする人」であって、「管理する人」ではありません。例えば、1 on 1で部下の人生相談にまで責任を持つ必要はないはずです。

これまで、日本のあり方は、従うことが前提の、配置の意図などの説明がいらない時代に作られた「羊飼い」モデルでした。大きな組織目標がちゃんとあり、目の前の取り組みとの因果関係や最終的なゴールが明確だったので、それをブレイクダウンすることで、事業部や部門は目標や手段の正しさを考えなくても、物事を進められました。このため、日本のマネジャーは、上司から説明を受けなくても目標は上から降ってきて、進捗管理などで目標に至る道筋を管理していれば十分でした。

しかし今は、戦略目標や仕事のゴールが見えにくくなりました。それにもかかわらず、多くの企業では「羊飼い」モデルのまま、現場や部下に対してプロセスを指示し、それに従順にしたがわせる「管理」体質が残っています。このため、仕事を受け取る側からすれば、やる目的や意味がわからない仕事や無駄に感じられる仕事が増え、マネジャーも仕事の意味を説明できずに疲弊してしまいます。

伝言ゲームをやめ、意味を翻訳する

豊田:「無意味な仕事」を生み出さないために、マネジャーは何をするべきでしょうか。

守島:昔は、「企業がやっていることはすべて正しい」という前提で物事を進められましたが、現在は異なります。ゴールが見えにくくなったので、貢献につながる道筋やプロセスを説明できることが重要です。経営者もマネジャーも、「今やっている仕事が、企業の目的や戦略とどう結びついているのか」「この仕事がどんな貢献につながるのか」を説明するストーリーテリングの力が必要です。

ところが、今の経営マネジャーは、暗黙の了解や共通の文脈への依存が強いマネジメントのハイコンテクストカルチャーで育ってきた人たちです。曖昧な状況をしっかりと説明することには慣れていません。この説明不足が、無意味だと感じられる仕事を増殖させている大きな要因です。

日本の企業では、社内の伝統や創業者の言葉が大事にされますが、経営者やマネジャーには、それらを現代的な言葉に「翻訳」して伝えることが重要です。例えば、本田宗一郎氏は、「大切なお客さんが、酔って汲み取り式トイレに落としてしまった入れ歯を、自ら肥溜めの中に入って捜し出し、洗って、いったん自分の口に入れた後、返した」という有名な逸話があります。これは徹底した顧客への責任を笑いにして示すエピソードですが、伝言ゲームのようにそのまま文字通り伝えても、誰にも響きません。経営者やマネジャーは、現代的なあり方に置き換えた上で、説明しなければなりません。

ジョブ型は解決策にならない

豊田:業務を明確にする「ジョブ型」を導入することは、解決につながるのでしょうか。

守島:職務内容記述書(ジョブ・ディスクリプション)は、同じやり方をずっと続けていくことには馴染みますが、固定的で変化への対応が難しくなります。誰が担当しているのかわからない仕事は、野球でいえば「三遊間のゴロ」のように、ジョブの隙間に落ちてしまいます。これをジョブ型で解決しようとすると、隙間に落ちてしまう仕事をジョブの定義に組み込むことになります。しかし、滅多に起きない仕事のためにジョブを増やすので、平時は仕事をしない人が出てきてしまいます。仕事を明確化すればするほど仕事をしない人が増え、イレギュラーな事態を管理しようとすればするほど無駄な仕事が増える。ジョブ型は、こうした矛盾に陥りやすいです。

だからこそ、ジョブの隙間に落ちてしまった仕事をカバーするために、自分から自分の仕事を拡張する「ジョブ・クラフティング」という議論が重要になっています。これは本来、日本のメンバーシップ型組織がずっとやってきたことでもあります。しかし、日本の組織でも、仕事の捉え方がジョブ的になりつつあり、最低限の業務だけをこなす「静かな退職(Quiet Quitting)」をしている人が多い状態になっています。「ジョブ・クラフティング」は、会社に対するエンゲージメントが高い状態にならなければ生まれてきません。働き手が自発的に自分の仕事を拡張することと、組織が働き手による拡張を期待していることでは、意味合いが異なります。エンゲージメントが高まっていない状態でジョブ・クラフティングを各人に任せることには、限界があります。

「人材管理」から「人材解放」へ

豊田:ジョブ型の導入や個人の工夫には限界があるとなれば、マネジャーの役割が重要になりそうです。

守島:負担が増えてしまっているマネジャーの仕事は、作り直さなければなりません。一度、マネジャーに任せている業務のすべてを取り出して、個別に必要か否かを選別し、マネジャーが本来の仕事に集中できるようにする「リデザイン」が必要です。

「羊飼い」モデルでは、マネジャーが「登り方」ばかりを管理していたので、働き手はゴールが見えない中で意味が理解できない、無駄だと感じられる仕事が生まれてしまう状態に陥ってしまいます。働き手側にも「発言(Voice)」と「退出(Exit)」の選択肢があり、現在は退出のハードルはどんどん低くなっています。働き手からの建設的な発言は期待できませんし、実際に退出や静かな退職が増えてしまいます。

だからこそ、人事や企業経営は、働き手を従順な羊として捉えるのではなく、「猛獣になれる潜在力を持っている人たちである」という認識でマネジメントを考え直す必要があります。最近、私は「人材管理」から「人材解放」へと唱えています。無駄な仕事やゴールが見えない仕事を生み出している「管理」を手放して、人材を「解放」することが人事やマネジャーにとって重要になります。

「猛獣使い」モデルへの転換

豊田:管理を手放したマネジャーは、どうあるべきなのでしょうか。

守島:現在は、働く人や働き方が多様化する中で、昔ながらの職場のコミュニティで育っていない人が多くなっています。働き手の一人ひとりが違ったニーズ、好み、生き方を持っており、同じような価値観を共有していません。このような状況の中で、人事やマネジャーは、働く人や部下を猛獣になれる潜在力のある人たちとして捉えて、その潜在力を解放する世界を目指すべきです。この世界に必要な人事モデルは「猛獣使い」です。無理やり型にはめようとするのではなく、猛獣としての可能性を秘めた働き手のエネルギーを組織の力に変えられるように扱うことを考えなければなりません。

このためには、目標となる「山」を捉え、現場や状況に合わせて、説明することが必要になります。必要なのは頂上への道筋の管理ではないのです。人事に関するテクノロジーも発達しているので、細かな進捗管理はAIに任せられるようになります。そうなれば、経営層やマネジャーは、「どの山を登るのか」という目標を設定し、その意味を腹落ちさせることに集中できるようになります。登り方は一人ひとりの能力や経験に基づいて工夫して進めばよいのです。管理を手放して、目標となる山を示し続けることができれば、働き手は自ら最適なルートを見つけ、無意味な仕事や不要な荷物は捨てて、目標に向き合うことで、自分の仕事に意味を見出すことができるようになります。

聞き手:豊田義博
執筆:橋本賢二