
AARP―世界最大規模のNPOが高齢者をサポート

高齢者のニーズに応えるNPO
AARPは、約3800万人の会員を擁する、世界最大規模の非営利組織である。本部はワシントンD.C.に置かれ、1958年に“American Association of Retired Persons”(全米退職者協会)として設立された。1999年には、正式名称を“AARP”に変更した。
AARPの会員資格は、50歳以上であることのみが条件である。年会費は初年度が15ドル、2年目以降は20ドルとなっており、本人に加えて家族1名も会員として登録可能である(※1)。会員特典には、年6回発行される「AARPマガジン」および年10回発行の「AARPブレティン」の購読、レストラン、ホテル、レンタカーなどの割引サービス、無料のフィットネスレッスンや聴力検査などを含むオンラインおよび電話による会員限定サービスの利用、さらに会員向けの金融・保険商品やサービスの購入が含まれる(※2)。
写真:筆者撮影
AARPの組織と活動
AARPの会員数は2023年時点で約3800万人に達しており、これはベルギー、オランダ、スイスの3カ国の人口を合計した数を上回る規模である。また、米国における50歳以上人口(約1億2400万人)の約31%を占めている。この巨大な組織を支えるために、AARPは5000人以上のスタッフを擁し、全米50州およびワシントンD.C.、プエルトリコ、バージン諸島に地域事務所を設置している(※3)。AARPは非営利法人であるが、その活動領域は極めて広範である。主な活動には、会員への情報提供、高齢者に関する調査・分析とその報告書の公表、さらに連邦政府や議会に対するロビー活動や政策提言が含まれる。AARPグループには、消費者が直面する課題に関する研究・分析を行う「AARP Research」や高齢者の貧困問題に取り組む「AARP Foundation」などの組織も含まれている。
なお、2023年の年次報告によると、同年の連結営業収益は18億5000万ドル、経費は19億6000万ドル、総資産は57億ドル、純資産は34億ドルであった(※4)。同年の営業収支は赤字であるが、投資利益を含む営業外利益が4億ドルあり、それで補填している可能性がある(※5)。
AARPを支えるボランティア
AARPには、その多岐にわたる活動を支える約5万人のボランティアが存在する。彼らは、年間で約800万時間に及ぶサービスを提供しており、その経済的価値はおよそ2億4700万ドルに相当する(※6)。ボランティアの活動内容は、AARP内にある各委員会の活動、確定申告時の無料相談、地域に住む独居高齢者への支援、特殊詐欺防止活動、大統領選挙に関するキャンペーンなどに、さまざまな分野で重要な役割を担っている(※7)。
事業者してのAARP
AARPは、非営利団体でありながら、事業者としての側面にも力を入れている。会員向けの商品やサービスの提供をはじめ、健康保険、生命保険、金融商品、クレジットカード事業など、多岐にわたる分野で事業を展開している(図表1)。
なかでも、会員の関心が高いのは、旅行時のアシスタンス(ホテルやレンタカーの割引を含む)、レストランチェーン「Denny’s」での30%割引、Delta Dentalが提供する会員向け歯科保険、UnitedHealthcareが提供するメディケア補足保険(メディケアサプリメント)などである(※8)。
メディケアは、65歳以上の高齢者を対象とした政府管掌の健康保険であるが、医療費の80%しかカバーしない。そのため、残りの20%を補うメディケア補足保険に加入する人が少なくない。65歳の誕生日を迎える人は、誕生日前3カ月から誕生日後3カ月までを初回登録期間とされ、その後は毎年10月中旬から12月初旬までが登録期間となっている。対象者はこの期間に自ら保険プランを選択する必要があるが、選択肢は非常に多く、内容も複雑であるため、一般の人にとっては理解が難しい。AARPでは、登録期間中に「AARPメディケア登録ガイド」を通じて、保険制度やプランの違いを解説し、UnitedHealthcareと提携した各種保険プランを会員向けに提供している。AARPが提供するメディケア補足保険の加入者は、430万人を超えており、これはAARPにとって重要な収入源の1つとなっている(※9)。
【図表1】AARPが提供する主な会員向けサービス・ディスカウント
サービスの種類 | 名称 | 提携先・提供会社 |
---|---|---|
医療 | AARP歯科保険 | Delta Dental |
AARPフィットネスセンター | ||
AARP健康貯蓄口座 | Optum Financial | |
AARP聴力相談所 | UnitedHealthcare Hearing | |
AARPメディケアRx(調剤薬) | UnitedHealthcare | |
AARP眼科保険(視力保険)プラン | VSP | |
AARP在宅理学療法 | Luna | |
AARPメディケア登録ガイド | ||
AARPメディケアサプリメント(補足保険) | UnitedHealthcare | |
AARPメディケアアドバンテージ | UnitedHealthcare | |
AARP栄養指導 | ||
金融商品・各種保険 | AARPデジタルバンキング | Barclays |
AARPマスターカード | Barclays | |
AARP生命保険プログラム | New York Life | |
AARP長期介護保険 | New York Life | |
AARP自動車保険 | The Hartford | |
AARP住宅保険 | The Hartford | |
旅行その他 | AARPトラベルセンター | Expedia |
ホテルにおける宿泊料割引 | ||
レンタカー会社における利用料金割引 | ||
クルーズ船における利用料金割引 | ||
レストランでの割引(Denny’sなど) |
出所:AARP, “Membership & Benefits” (2025) https://www.aarp.org/membership/benefits/ (last visited June 4, 2025)
これからのAARP
比較的安価な会費で有益な情報を満載した会報を提供し、ホテルやレストランなどで割引特典を受けられる点に魅力を感じる人は多い。こうした利便性がAARPの膨大な会員数の維持につながっている。しかしながら、会員数は過去15年ほど横ばい、あるいはやや減少傾向にあり、将来の活動基盤が盤石であるとは言い切れない。
会員がAARPを離れる理由は複数存在する。たとえば、医療制度や社会保障の改革に対するAARPの姿勢に賛同できない、組織の財務運営に無駄が多いと感じる、会費に見合うメリットが得られない、あるいは会員の利益を十分に反映した政治的行動を行っていないといった点が挙げられる(※10)。
こうした課題に対応するため、AARPは組織の将来を見据え、2021年11月に「AgeTech Collaborative」という新たな取り組みを開始した。このプロジェクトは、テクノロジーを活用して高齢化社会におけるイノベーションを促進し、健康長寿の実現に向けた解決策を探ることを目的としている。スタートアップ、投資家、業界リーダーを結びつけるオンラインプラットフォームとして機能している点が特徴である(※11)。
AI時代において巨大組織が生き残るためには、テクノロジーを強く意識した取り組みやサービスをさらに展開していくことが不可欠である。
(※1)年会費については各種割引制度あり。
AARP, “AARP Membership” (2025) https://www.aarp.org/membership/ (last visited June 4, 2025)
(※2)AARP, “Experience the Value of Membership” (2025) https://www.aarp.org/content/dam/aarp/benefits_discounts/documents/aarp-member-benefits-guide.pdf (last visited June 4, 2025)
(※3)AARP, “AARP 2023 Annual Report” (2024) https://www.aarp.org/content/dam/aarp/about_aarp/annual_reports/aarp-2023-annual-report.pdf (last visited June 4, 2025)
(※4)前掲脚注3
(※5) AARP, “Consolidated Financial Statements and Report of Independent Certified Public” (2023) https://www.aarp.org/content/dam/aarp/about_aarp/annual_reports/aarp-2023-financial-statement.pdf(last visited June 4, 2025)
(※6)前掲脚注3
(※7)AARPは特定の政党を支持していない。各候補者に会員の多くが関心を寄せている介護問題と社会保障に取り組むよう働きかけている。
(※8)前掲脚注3
(※9)Human8, “Substantiation of Advertising Claims Concerning AARP Medicare Supplement Insurance Plans” (2023)
https://www.aarpsupplementalhealth.com/content/20250525/dam/uhcmedsupstats/claim-substantiation-reports/WB27936ST_2023_Human8_Claims.pdf (last visited June 4, 2025)
(※10)たとえば、Chris Jacobs, “Jacobs: AARP is Conflicted About Everything – Except Its Bottom Line” NH Journal (2024) https://nhjournal.com/aarp-is-conflicted-about-everything-except-its-bottom-line/ (last visited June 4, 2025)など参照。
(※11)AgeTech Collaborative from AARP, “Innovation to Make Aging Easier for Everyone” (2025)
https://agetechcollaborative.org/ (last visited June 4, 2025)

ケイコ オカ
2001年大阪大学大学院法学研究科博士課程修了。専門は労働法。同年4月よりリクルートワークス研究所の客員研究員として入所。労働者派遣法の国際比較や欧米諸国の労働市場政策を研究する。