「エースをキャプテンにして、本当にいいのか?」 ―サッカーで考える「昇進と役割」

千野翔平

2026年10月08日

チームで最も点を取る選手。一番うまい選手。誰もが認めるエース。では、その選手にキャプテンマークを任せればよいのだろうか。サッカーでは、必ずしもそうではない。得点を取ることと、チームをまとめることは違う。自分のプレーで違いをつくることと、周囲を動かすことも違う。試合で最も活躍する選手が、必ずしもキャプテンに選ばれるわけではない。

サッカーでは、試合が始まれば、選手たちは刻々と変わる状況を読み、自ら判断し、互いに動きを合わせなければならない。個人の能力だけでなく、一人ひとりがどのような役割を担い、周囲とどう関わるかによって、チーム力は変わる。だからだろうか、サッカーを通じて、企業で「働く」ということを考えてきた研究者もいる。

労働経済学者の小池和男は、サッカーをこよなく愛した研究者でもあった。小池(2005)は「サッカーと労働」で、選手の育成や評価、さらにはピッチ上での自律的な判断を、企業で働く人々の仕事と重ねて論じた。また、髙橋潔・重野弘三郎(2010)もJリーグの選手を題材にキャリアの転機を論じている。私自身も、高校時代まで競技としてサッカーに打ち込み、選手としてチームの内側を経験してきた。そして現在、人事を研究するなかで、あらためて感じることがある。会社とサッカーチームは、思いのほかよく似ている。

その一つが、「誰に次の役割を託すのか」という問題である。会社では、最も高い営業成績をあげた人が次の課長候補になる。課長として高い業績を残した人が、次の部長候補になる。それ自体は不思議なことではない。しかし、サッカーでは、最も点を取った選手がそのまま次のキャプテンになるとは限らない。そこには、「選手として活躍すること」と「キャプテンという役割を担うこと」は同じではない、という感覚があるからではないか。だとすれば、会社でも同じことが言えるかもしれない。今回は、サッカーのキャプテン選びを手がかりに、会社の「昇進と役割」について考えてみたい。

前年7試合。それでもキャプテンに指名された

2019年、ジェフユナイテッド千葉で興味深いキャプテン人事があった。フアン・エスナイデル監督がキャプテンに指名したのは、プロ生活20年目の佐藤勇人氏(以降、佐藤氏)だった(※1)。ところが佐藤氏は前年、リーグ戦でわずか7試合の出場にとどまっていた。佐藤氏自身も驚いた。監督に対して、ありがたい話ではあるものの、キャプテンは常にピッチに立っている選手が務めるべきではないか、と率直に伝えたという。それでも監督の考えは変わらなかった。監督が見ていたのは、週末の90分だけではなかった。1週間のトレーニングのなかで、佐藤氏がどのように振る舞っているのか。どんな姿勢をチームに示しているのか。試合に出ているかどうかとは別のところに、監督はキャプテンを任せる理由を見いだしていた。

ここで、そもそもサッカーのキャプテンとは何かを考えてみたい。
キャプテンは監督ではない。選手起用を決めるわけでも、ほかの選手を評価する権限を持つわけでもない。競技規則上も特別な権限を持つ存在ではなく、あくまで選手の一人である。一方、スポーツのリーダーシップ研究では、キャプテンはチームの「公式なリーダー(formal leader)」として位置づけられている。そのため、キャプテンになることと、会社で課長や部長に昇進することは同じではない。それでも、両者には興味深い共通点がある。「誰に公式なリーダーとしての役割を託すのか」という選抜の問題である。

会社にも、役職がなくても周囲から信頼され、人を動かしている人はいる。いわば「非公式のリーダー」である。では、そのなかの誰に「課長」という公式な役割を与えるのか。さらに、課長のなかから誰に「部長」という役割を託すのか。昇進とは、単に組織のなかの序列を一段上げることだけではない。組織が「この人に、より大きな公式の役割を託す」と決めることでもある。そう考えると、「誰をキャプテンにするのか」という問いは、「誰を課長にするのか」「誰を部長にするのか」という会社の問いには、共通する構造が見えてくる。

昇進はご褒美なのか、次の仕事なのか

佐藤氏の話を、会社に置き換えてみたい。前年、最も高い成果を出した社員ではない。本人自身も「自分がやるべきなのか」と思っている。それでも会社が、「次の役割を、あなたに任せたい」と声をかける。なぜ、そんなことが起こるのか。それは、現在の仕事で成果を出すことと、次の役割を担うことが、同じではないからだろう。

会社では、営業成績が高い人、難しいプロジェクトを成功させた人、専門知識の豊富な人が、次の管理職候補になりやすい。それ自体がおかしいわけではない。ただ、昇進という出来事には、二つの異なる意味が混ざりやすい。
一つは、過去への報酬である。成果を出した。難しい仕事を担った。会社に貢献した。だから、次のポストへ上げる。もう一つは、未来へのアサインである。次の組織をまとめてほしい。若手を育ててほしい。新しい事業をつくってほしい。前者が問うのは、「これまで何をしてきたか」。後者が問うのは、「これから何を任せたいか」である。

サッカーなら、この違いはわかりやすい。20得点したストライカーを得点王として表彰する。それは過去の成果への評価である。その選手に来季のキャプテンマークを託す。それは未来の役割へのアサインである。20得点は、キャプテンを選ぶ重要な材料にはなる。しかし、「20得点した。だからキャプテン」とは限らない。会社の昇進も同じではないだろうか。今期、最も売った。だから来期は課長にする。優秀な課長として成果を出した。だから次は部長にする。一見すると自然な人事である。
しかし、メンバーとして自分が成果を出すことと、課長としてメンバーを通じて成果を出すことでは、求められる役割が違う。優秀なメンバーと、優秀な課長は同じではない。優秀な課長と、優秀な部長もまた同じではない。だから、「誰を昇進させるか」の前に、「次の役割では何をしてほしいのか」を考える必要がある。昇進を、単に「人を上げること」ではなく、「次の役割を誰に託すのか」という問題として考えてみるのである。

「自分がキャプテンをやりたい」と言った岡崎慎司 

一方、まったく逆の方法でキャプテンになった選手もいる。元日本代表の岡崎慎司氏(以降、岡崎氏)である。滝川第二高校時代、岡崎氏は自らキャプテンになることを申し出た(※2)。当時のチームでは投票によってキャプテンを決めるのが慣例だった。しかし岡崎氏は、それまでの2年間で経験したことを次のチームにつなぐのは自分だと考え、黒田和生監督に自ら意思を伝えた。黒田監督の長い指導者人生でも、キャプテンに立候補した選手は初めてだったという。

ただし、ここが面白い。岡崎氏は、「やりたい」と言ったことだけでキャプテンになったわけではない。最終的にはチームメート全員の了承を得て、キャプテンを務めることになった。そして、実際にキャプテンになってみると、岡崎氏はその重さを知る。それまでは自分のことを考えていればよかった。しかしキャプテンになると、試合に出ている選手だけでなく、出場できていない3年生のことまで考えなければならない。つまり、手を挙げた時点で「完成されたキャプテン」だったわけではない。役割を引き受けて初めて、その役割の難しさを知り、役割を通じて成長していった。これは会社の昇進にもよく似ている。

「任せたい」と「やりたい」

佐藤氏は、監督から「任せたい」と言われた。岡崎氏は、自ら「やりたい」と言った。では、どちらが正しいキャプテンの決め方なのだろう。この問いは、そのまま企業の昇進にも当てはまる。

私は近年、「昇進とは誰が決めるものなのか」という問いを研究してきた。日本企業では長く、会社や上司が候補者を選び、「次はあなたに管理職を任せたい」と打診する昇進が一般的だった。一方で近年、本人が「管理職になりたい」「このポストに挑戦したい」と意思を表明し、それを昇進プロセスに組み込む企業も出てきている。では、本人に決めてもらえばよいのか。リクルートワークス研究所(2026)の調査を見ると、そう単純でもない。本人の意思を取り入れている企業でも、手を挙げれば自動的に管理職になれるケースは多くない。本人が「やりたい」と意思を示す。会社は、その人に本当に任せられるのかを判断する。重要なのは、どちらか一方ではなく、本人の「やりたい」と、組織の「任せたい」をどう重ねるかなのである。

岡崎氏の事例が興味深いのもここにある。本人は手を挙げた。しかし、それだけで決まったのではない。周囲から役割を託されて、初めてキャプテンになった。逆に佐藤氏は、最初から手を挙げていたわけではない。しかし監督が、本人自身がまだ十分に認識していなかったキャプテンとしての価値を見いだした。組織には、ときに本人より先に、その人の可能性を見つける役割もある。だから昇進は、「会社が決めるか、本人が決めるか」という二者択一ではない。「やりたい」と「任せたい」が交わるところを探す。昇進をそう捉えることもできるのではないだろうか。

誰に「任せたい」のか

会社は何をもって、「この人に任せたい」と判断するのだろう。佐藤氏の例なら、監督は毎日のトレーニングでの振る舞いを見ていた。しかし、それだけではないはずだ。どんなキャプテンが必要なのかは、どんなチームをつくりたいのかによって変わる。若いチームをまとめるキャプテンが必要なのか。苦しい試合でチームを鼓舞する人物が必要なのか。戦術を理解し、ピッチ上で監督の意図を伝える人物が必要なのか。必要なリーダー像は、チームによって違う。そして、それを決めるのは、「私たちは、どんなサッカーをしたいのか」という視点だ。

サッカーでは、監督が代わると、同じ選手なのに評価が変わることがある。選手の能力が突然変わったわけではない。チームが目指すサッカーが変わったのである。ボールを保持して主導権を握るのか。奪ったら素早く縦へ攻めるのか。前線から激しくプレスするのか。目指すサッカーが違えば、求められる選手も、求められるキャプテンも違う。会社も同じではないだろうか。

既存事業を磨き込むのか。新しい事業を生み出すのか。グローバルへ展開するのか。AIを前提に仕事そのものを組み替えるのか。企業理念や経営戦略が違えば、組織に必要な役割も変わる。だとすれば、「営業成績が最も高いから、次の課長」だけでは、本当は順番が逆なのである。まず、「来季、私たちはどんな経営をしたいのか」を考える。そのためには、どんな役割が必要なのか。その役割を、誰に任せたいのか。そして本人は、それをやりたいのか。そこまで考えて、初めて昇進が決まる。昇進とは、優秀な人を順番に上へ動かすことではない。組織が目指す未来に向けて、人に新しい役割を託すことでもある。

エースをキャプテンにしてはいけないわけではない。自らが手を挙げた人をキャプテンにすべきだ、というわけでもない。問うべきなのは、どんなサッカーをしたいのか。そのために、誰にキャプテンマークを託したいのか。そして、その人は、その役割を引き受けたいと思っているのか。
会社も同じである。これから、どんな組織をつくりたいのか。そのために、誰を課長にしたいのか。誰を部長にしたいのか。そして、その人自身は、その役割を担いたいと思っているのか。キャプテン選びと昇進は、もちろん同じではない。それでも、「次の役割を誰に託すのか」という問いから昇進を眺めてみると、私たちが当たり前だと思ってきた昇進の姿が、少し違って見えてくる。「誰を課長にするか」「誰を部長にするか」は、人事だけの問題ではない。それは、この会社を、これからどんなチームにしたいのかという、経営そのものの問いなのである。


【参考文献】
小池和男(2005)「サッカーと労働」『日本労働研究雑誌』No.537, pp.35–37. 
髙橋潔・重野弘三郎(2010)「Jリーグにおけるキャリアの転機―キャリアサポートの理論と実際」『日本労働研究雑誌』No.603, pp.16–26.
リクルートワークス研究所(2026)「昇進とは誰が決めるものか―本人意思を起点とする昇進は機能するのか」.

(※1)ゲキサカ、ジェフユナイテッド千葉・佐藤勇人氏のキャプテン就任に関する記事(https://web.gekisaka.jp/news/jleague/detail/?267478-267478-fl)(2026年9月15日に
 確認)
(※2)日本サッカー協会(JFA)、岡崎慎司氏の高校時代のキャプテン経験に関する記事(https://www.jfa.jp/match/news/00028759/)(2026年9月15日に確認)

千野 翔平

大手情報通信会社を経て、2012年4月株式会社リクルートエージェント(現 株式会社リクルート)入社。中途斡旋事業のキャリアアドバイザー、アセスメント事業の開発・研究に従事。その後、株式会社リクルートマネジメントソリューションズに出向し、人事領域のコンサルタントを経て、2019年4月より現職。
2018年3月中央大学大学院 戦略経営研究科戦略経営専攻(経営修士)修了。