人事トップ30人とひもとく人事の未来ソニー 執行役 専務 人事、総務担当 安部和志氏

「個」の力を重視し、会社と社員が選び合い、応え合う関係を構築

聞き手/石原直子(リクルートワークス研究所 人事研究センター長/主幹研究員)

石原 近年のソニーは苦しい時期を乗り越え、新しいステージに入ったように見えます。そこで、今、そして今後のために人事は会社と人々との関係をどのようにしていこうとしているのか、お聞きしたいと思います。

安部 ソニーの多様な事業それぞれが独立して成果を上げ、その総和がソニーグループの成長を牽引するという経営方針を掲げ、同時に社員一人ひとりの持つ個性、ユニークさの総和を会社全体のアウトプットにつなげていくことをソニーの人事の基本として心がけています。今、多様性と盛んに言われますが、多様性を尊重するというプロセスを通し、最後は、「個」が存分に力を発揮することが最も重要だと思うのです。

石原 安部さんは海外勤務が長いですが、個を重視されるようになったことにはその影響もありますか。

安部 そうですね。直近は米国のエンターテインメントの統括会社でエグゼクティブの人事を担当しました。エンターテインメント業界で実績をあげて来た人たちは、非常に魅力的で、強烈な個性と強い意思の塊です。彼ら彼女らと日々、真剣に向き合って語り合うなかでは、人事のポリシーなど関係ありません。それまで蓄積してきたものを根底から覆す、大きな衝撃を受ける体験でした。これが、人事の原点は「一人ひとりの個性を見極め、最大のパフォーマンスをどう引き出すか、それをどう評価してエンゲージメントにつなげるか」に尽きるとの確信につながっています。

全社的な議論の末にパーパスを確立

安部 2014年に日本に戻った当時は、ソニーが少しずつ活力を取り戻し始め、足踏みから抜け出そうとしていた時期でした。多様な事業の集合体である当社が、各事業のことだけを考えた経営を進めていると、いわゆるコングロマリットディスカウントという事態を招きかねない。人に関しても同様で、個性豊かな社員が、全体の整合を取り切れないなかでいくら活躍しようとしても、その実力や活動の総和が会社のアウトプットにつながらないという事態が起きていたように感じました。
だからといって社員を枠にはめて標準的な管理を進めたのでは、ソニーらしい強みは失われてしまう。個を活かすということは、当社の創業以来継承されている理念です。それを基盤に、今、あらためて原点に立ち返り、会社と社員がお互いに「選び合い、応え合う」関係を喚起しようとしています。「選び合う」とは、社員は自分が働き、成長する場としてソニーがふさわしいか常に判断して選択してもらいたい、会社も社員が求められているスキルを有し、それを期待通りに発揮できているか、しっかりレビューして判断するということ。「応え合う」とは、社員が会社の期待に応えるだけでなく、会社も社員の成長を支援できているかに常に向き合うということを意味しています。この関係がうまく回っているかが、ソニーにとって重要なポイントです。かつて創業者の盛田昭夫が「この会社が違うと思ったなら早く辞めなさい。あなたたちの人生は一度きりの大切なものなのだから」と毎年の入社式で語り続けていたことはソニーではよく知られており、今も語り継がれています。

石原 そのような関係を作るには、何をすべきですか。

sony_sub.jpg安部 これは簡単な施策や制度で実現できることではなく、多くの視点から、全体感を持って取り組んでいかなければなりません。いくつかの取り組みをご紹介します。1つ目は、多様で異なる個性を持つ社員が、ソニーという場で共通の価値観を共有しながら行動するための重要な上位概念として、2020年にソニーの存在意義、パーパスを定めたこと。「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす。」というパーパスは、現CEOの吉田憲一郎のリーダーシップのもと、経営チームでの議論を経て、最後は吉田の意志で定めました。誰もが共感し、納得できる、この会社で働くことの意義を感じることができるものが定義されたと思います。

「管理する人事」から「支援する人事」へ

安部 次に、社員の自主性をあらゆる場面で支援し、推進することを念頭に、「支援する人事」に舵を切ろうとしていることです。社員一人ひとりの個のテーマと、経営のアジェンダの整合を取ろうとしたとき、11万人の社員の、常に変化している意欲や要望、思いを、一人ひとり個別に詳細な情報を集めて管理するのは現実的に不可能です。ソニーでは、かねてから組織設計や人材施策はすべて、経営戦略を組織、個人の職務に落とし込んだところから始めています。そこに、社員の自主性をより重んじる制度をさらに強化することによって、管理する人事から支援する人事への進化を加速させようとしています。

石原 支援する人事とはどういう意味でしょうか。

安部 事業の戦略の遂行を支援すると同時に、社員の意欲、熱意を支援する。そのために、社員には常に選択肢を与えることが大切だと思っています。そうすることで、やりがいやエンゲージメントが高まり続け、結果的に、それが高いパフォーマンスという形で、会社の期待に応えてくれるのではないかと思います。
これらを着実に推進していく上で、リーダーシップの意識や価値観の共有も、極めて重要です。各事業の独立心が強い時期もありましたが、各事業責任者が「One Sony」の戦略のもと、自分の事業の成長だけでなく、ソニー全体のために何ができるか、何をすべきかを考えるよう、さまざまな機会の設定や対話の積み重ねがなされてきました。一旦、こういった意識が共有されると、各事業責任者の自組織に与える影響は甚大です。トップという「点」から、傘下の組織全体という「面」、つまり現場の全社員に展開されていくわけですが、そこで重要な役割を担うのが、トップの思いを受け止め、組織内で共有、浸透させるミドルマネジメントの人たちです。あるコンサルタントの方が言っていましたが、彼ら彼女らは中間管理職ならぬ中核管理職であって、組織の「中核」として非常に重要な役割を担います。そういったマネジメント層に対する支援も重要な施策と捉え、取り組んでいるところです。

石原 それらの変化の蓄積が、近年の成長につながったのですね。

安部 それはわかりませんが、せっかく力を持っていてもうまく発揮する場を与えられてこなかった「個」と、事業戦略が噛み合ってき始めたのかもしれません。

社内公募制度で会社と個人の緊張関係を築く

石原 詳しく伺いたいのは、個人の自主性の支援という部分です。

sony_sub2.jpg安部 具体例としては、各部署が社内で人材を公募し、希望する社員は上司の許可なく応募でき、決定すれば異動が保証される社内公募制度や、社外転出を恒常的にサポートする「キャリアアシスト」制度などがあります。
人材配置は経営の裁量の根幹ともいえます。マネジメントは中期のロードマップを着実に遂行するために人材配置を決定します。そういう“ジョブ型”の人材配置を基本としながらも、社員の意欲との整合を常に図り、場合によっては会社そのものを変えることも選択肢に含めて支援しようと考えているのです。もちろん、戦略を遂行する責任を持つマネジメントサイドからの、個人の意思をどこまで尊重するのか、という声は常にあります。しかし、個を活かすという創業からの理念を貫いてソニーの今がある。社員一人ひとりが活き活きと活躍できる「魅力ある現場」にすることが、中長期的にはソニーの成長を支える、それがソニーらしさ、という企業理念に対する理解にも支えられ、納得してもらっています。

石原 これらの制度が、会社と社員が緊張感を持って選び合う関係を築くことに貢献しているのですね。あらためて、経営に資する人事という観点での取り組みを聞かせて下さい。

安部 私は、人事の経営への貢献は、極めて単純化すると、次の3つに集約されると思っています。常に必要とする人材を採用できているか(Attract)、その人たちがソニーに参画した後も継続的に成長し続けているか(Development)、そして何より重要なのが、それら量と質の施策によるアウトプットを大きく左右するエンゲージメントを高く維持できているか(Engagement)、です。これらは統合報告書にも明記し、できるだけ状態を明示化することを心がけています。Attractに関しては、スキルがあるだけではなく、会社が定めたパーパスやバリューに共感してくれる人材に加わってもらえるよう、常に効果的なメッセージの発信による魅力の創出と、本当に求める人材の採用が重要だと考えます。そして、その人たちがソニーという場を通して成長し続けるDevelopmentを実現できてこそ、Engagementが高まるのだと思っています。

石原 外資系企業ではCHROは経営者のパートナーだという認識がありますが、日本企業ではそうした認識はあまりないように思います。人事が事業貢献のリーダーシップを発揮するには何が必要でしょう。

安部 人的資源が経営にもたらすインパクトを経営者自身が認識し、重視してくれているか、は大きな要素だと思います。当社は、社長がそれを深く認識し、すべての人材施策を包含した広義の「人事」を経営施策の中でも最も重要なものの1つとして捉えています。それによって私自身、人材マネジメント戦略が経営に与えるインパクトの大きさを常に実感しながら、緊張感を持って取り組んでいます。それはまた、やりがいでもあります。

ソニー 執行役 専務 人事、総務担当 安部和志(あんべ・かずし)氏
1984年、ソニーに入社。ソニー・エリクソン・モバイル・コミュニケーションズ バイス・プレジデント、Sony Corporation of Americaシニア・バイス・プレジデントなどを経て、2016年、執行役員コーポレートエグゼクティブ、執行役EVP。2018年、執行役常務。2020年より現職。

text=伊藤敬太郎 photo=刑部友康