人事トップ30人とひもとく人事の未来富士通 執行役員常務 総務・人事本部長 平松浩樹氏

IT企業からDX企業へ カルチャー変革を人事がドライブする

聞き手/石原直子(リクルートワークス研究所 人事研究センター長/主幹研究員)

石原 2019年に時田隆仁社長が就任されてから、社内改革が加速していますね。

平松 時田は就任以来ずっと、「IT企業からDX企業へ」という強いメッセージを発信し続けています。経営チームにも各分野のプロフェッショナル人材を外部から一気に4人も招き入れ、活発な議論を交わしています。「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていく」という新たなパーパスを定め、業務プロセスや組織、企業文化・風土を変革する全社DXプロジェクト「フジトラ」を開始するなど、次々と施策を打ち出しています。
私も、ちょうど時田の就任と同じタイミングで人事責任者になりましたが、「今までの延長線上ではなく、組織のカルチャーから変えていかなくてはいけない。それを担うのが人事なんだ」と強く訴えられ、意気に感じたことを覚えています。

あるべき姿から逆算して具体的な施策に落とし込む

石原 人事面ではどのような取り組みを進めていますか。

平松 これまでにも何度も人事制度改革と銘打った取り組みはありましたが、どれも出てきた課題に対して手を打つというアプローチになっていました。しかし、それでは部分最適で終わってしまう。なぜこの改革に取り組むのかという社員の納得感も高まりません。経営として目指す姿を明確にし、その戦略を実現するために必要な施策を考え、実行していくのが、本来あるべき変革のステップだと思います。
今回の人事制度改革では、最初にDX企業として人や組織がどうあるべきかを考えました。お客さまのDXを実現すると言うからには、まずは我々自身がそれを体現していることが大切です。さらに、富士通のお客さまはありとあらゆる業種に及んでいます。ですから1つの枠にとらわれず、多様な価値観を持つ様々な人々とつながり、未来を構想しながらテクノロジーを活用していくことが求められるでしょう。そこで富士通が人材面で目指す姿として、「すべての社員が、魅力的な仕事に挑戦できる」「すべての社員が常に学び成長し続けられること」「多様・多才な人材が国や組織を超えてコラボレーションできること」という3つを定めました。この実現に向けて、人事制度を大きく変えているところなのです。

石原 経営に資する人事の正しいあり方といえそうです。

平松 同時に、人事の役割を変えていく必要があると思っています。反省を込めて振り返ると、人事部はある種の“権力”を持っていることからビジネスサイドとの間に少し距離があり、それがゆえに遠慮も生じて現場から言われたことに対応するという受け身の姿勢になりがちでした。しかしこれからは、本当の意味で現場のパートナー、つまりHRBPにならなくてはならない。社長からも「できること」ではなく「やるべきこと」をやってほしいと言われています。
私からメンバーに対しては、「現場とともに戦う強い人事になろう」と伝えています。強いというのは、人事権を握って管理を強化するという意味ではありません。厳しい競争に挑んでいる事業責任者と一緒になって、ビジネスを支える人材戦略をしっかりと実行していく力強い人事になるということです。人に関する権限は大幅に現場へ委譲します。

事業プランに合わせて人員計画も現場が立案

石原 具体的には、どこまで権限委譲するのでしょうか。

平松 例えば人員計画です。これまでは、年間に何人採用してどう配置するかは、経営の承認を取った上で人事が担っていました。何人昇格させるかも、基本的には人事が割り振っていました。戦略に合ったふさわしい人材を採用するのはこれからも人事の役割ですが、今後は、各事業本部でどういう人材が何人必要かを、事業計画に合わせて本部長が決裁する形にします。幹部への昇格も、共通のガイドラインに基づいて、現場で判断できるように変えていきます。

石原 ビジネスの責任者が、いきなり適切な人材プランを作るのはハードルが高そうですが。

平松 HRBPが価値を発揮するのは、まさにそこです。現在、人事部門のメンバーから30人ほどをHRBPとしてアサインし、各事業本部長の近くに置いています。まだ取り組みを始めたばかりで、本部長の側の意識の切り替えも必要ですし、人事の側も一緒にビジネスを支えていくスキルが十分とはいえません。そこでまずは、実際に現場で起こっている課題を共有し、外部のコンサルティングも活用しながら、どういうときにどんなことをすればいいのか、富士通のHRBPとしての型を一ひとつ作り上げているところです。

ポスティングを拡大し社員の自律を促していく

石原 人事制度ではジョブ型を導入するとしていますが、そのねらいはどのようなものでしょうか。

fujitsu_sub.jpg平松 最大の目的は、社員の自律性を高めることです。従来のメンバーシップ型では、基本的にローテーションも昇進も社命によるものでした。確かにメリットはありましたが、個々の自律を促すという意味では阻害要因にもなり得ます。会社と個人を対等な関係にして、社内・社外を問わず、もっと自由に人が流動する形にしないと、多様なコラボレーションも画期的なイノベーションもなかなか起こらないでしょう。
新しい人事制度では、ポスティング制度を大幅に拡大し、社員が自ら手を挙げてどんどん新しいチャレンジをしてもらえるようにしました。自ら手を挙げるためには、その職に求められるスキルや経験がオープンになっていることが重要になります。

石原 一般に、ジョブ型では人はいずれかの職務に固定されてしまいがちです。富士通が目指しているのは、そういうジョブ型ではないのですね。会社に決められるのではなく、できる限り自分が決めるという環境を作るために最適な制度を考えた。その結果、ジョブを明確にする必要があった、ということですね。

平松 その通りです。ジョブディスクリプションに書いてあることしかやらないとなってしまったら本末転倒です。自分は何がやりたいのか考えて、自らどんどん動いていくような形を作り上げていきます。

石原 ここまで改革を進めてきて、社内の変化は感じていますか。

平松 エンゲージメントサーベイなどで社員の声を聞くと、「会社が変わろうとしていることを実感している」「方針が明快で共感できる」といったポジティブな声が多いですね。まだ変化の途上ですが、確実に社員に届いていると感じています。

石原 今後が楽しみです。

平松 国内だけでも8万人、多様な個性と能力を持つ人材が集まっているので、皆が主体的にやりがいを持って働ける環境を作ることで、そのポテンシャルを最大限に引き出していきたい。
我々の挑戦をできる限りオープンにして、お客さまや他社の方にもDXを進める上での参考にしていただいたり、協働したりできれば嬉しいですね。会社の枠を超えて多様なつながりを持ち、お互いにスパイラルアップできれば、社会全体を変えることにつながるのではないかと期待しています。

富士通 執行役員常務 総務・人事本部長 平松浩樹氏
1989年富士通に入社。2004年プロダクト事業推進本部勤労部担当部長、2015年ビジネスマネジメント本部セールス&マーケティング人事部長などビジネス部門の人事を経て、2019年グローバルコーポレート部門総務・人事本部長。2020年4月より現職。

text=瀬戸友子 photo=刑部友康