人事トップ30人とひもとく人事の未来丸紅 執行役員 人事部長 鹿島浩二氏

DXのあまりにも大きな波を乗り越えるための抜本的な組織・人事改革

聞き手/石原直子(リクルートワークス研究所 人事研究センター長/主幹研究員)

石原 御社では、デジタル力の強化に乗り出しています。変革への強い意思も感じますね。

鹿島 「変革」は近年の丸紅のキーワードです。原点は2018年に定めた丸紅グループの「在り姿」で、Global crossvalue platformという言葉で表現しています。社会課題を先取りしてソリューションを提供すること、グループを1つのプラットフォームとして捉え、社内外の知や一人ひとりの夢や志をクロスさせ、新しい価値を創造すること、という2つの意味を込めています。

石原 なぜ、今変革が必要だとお考えですか。

鹿島 最大の要因はまさにDXに代表される事業環境の激変です。2017年と2018年に当社は最高益を記録しました。しかし、同じ頃に予兆を感じた環境変化はあまりに大きく、今変革へと舵を切らなければ、変化の波に乗れずに沈んでしまうかもしれないという危機感を経営陣全員が持ちました。そこで、「在り姿」を明示した後に、2019年に公表した中期経営戦略GC2021では、既存事業の充実で漸増させていく収益、既存事業を戦略的に進化させて増やす収益は重視しながら、そこに、現状では取り込めていない成長領域、ホワイトスペースに打って出て新たな収益の柱にするという方針を明示しました。

石原 これを実現するために組織の変革が必要、ということですね。

鹿島 商品分野別の営業本部という既存の縦割りの枠組みを超える施策をまず始めました。組織としては2019年度に次世代事業開発本部を新設、部門横断で100人からの人財を配置しました。並行して「人財」×「仕掛け」×「時間」の施策を打ちました。多様な視点・幅広い視野から価値創造できる「人財」を養成する仕組み、価値創造に向けた学びや取り組みを支援する「仕掛け」を複数用意しました。また、それらに使う時間を増やすため、自分の業務以外の活動に15%の時間を割ける15%ルールなど、働く「時間」の自由度も上げました。
社外の方から、「人事制度を変えたのですね」と言われますが、これらの取り組みは人事部だけで企画立案したものではなく、経営企画部やデジタル・イノベーション室、広報部などとの協働によって生み出した、新しい価値創造を目的とした部門横断のプロジェクトです。

抜本的な人事制度改革コア概念と具体的施策

石原 とはいえ、人事制度も変えてこられました。

鹿島 その通りです。2019年に人事制度の抜本改革に着手しました。2000年に成果主義に大きく舵を切ったのですが、その後はパッチワーク的な改定で今日に至っています。それでは今の環境変化・経営課題に対応できないと。経営会議でも10回以上、人事制度についてゼロから議論を重ねました。その結果、人事制度の核となる5つの概念として、実力本位、チャレンジ、現場、オーナーシップ、オープンコミュニティを定義しました。
オーナーシップとは、社員と組織は互いに選び合う関係にあるということを、オープンコミュニティは社内外の多様な人財が行き交うようにするということを指しています。

石原 これからの諸施策は、このコア概念への合致が問われるのですね。

Marubeni_sub.jpg鹿島 その通りです。新制度の正式スタートは2021年7月ですが、処遇の変革、タレントマネジメントの導入、働く環境の整備の3つを推進します。処遇では、役割(ミッション)の大きさに基づくミッションレーティングという制度を導入します。その期のミッションの大きさに応じて等級が変わり、それに基づいて基本給が変動します。

石原 今年のミッションは小さい、となると給与が減るのだと。

鹿島 ですから、給与を上げたいのなら、より大きなミッションにチャレンジすることを上司と合意する必要があります。ミッションの達成度合いはボーナスに反映されることになります。ボーナスには原資分配の仕組みを入れました。これまでは全社一律のルールでボーナスの支給額は決まりましたが、これからは組織長に原資を渡し、各々の達成度・貢献度により、上司が分配額を決定する仕組みとしたものです。

社内の掛け合わせ促進のため金銭報酬を用意

石原 組織長の役割も責任も大きくなりますね。

鹿島 はい。社長も「上司は時間の使い方を変え、より多くの時間を部下のために使うように」と社内にメッセージを出しています。また、部門を超えた協働を促すための制度も入れました。先ほど話した15%ルールの時間を使えば、他部門の仕事に関与することができます。当初は、自分のやってみたい仕事ができること自体が報酬だと考えていました。ただ、いざ貢献が顕在化してくると、やはり目に見える報酬があったほうがよいのでは、という話になりました。そこで、各組織長に疑似的なコインを持たせ、貢献してくれた組織外の社員にコインを支給できる仕組みを作ったのです。コインはボーナス支給時に現金に換算し上乗せされます。

石原 面白い仕掛けですね。報酬金額が大きくなくても、「じゃ、ちょっとやってみようか」と行動するきっかけになります。

鹿島 その通りです。当社の事業領域は幅広いですから、いわゆる掛け合わせから新しいビジネスが生まれることが期待できますし、個人としても、15%ルールを使って社内副業的に挑戦でき、得られる経験も多様で、個人の成長にもつながります。

人財を活性化し会社への貢献を最大化

石原 採用でも、大きな変革を進めていますね。

鹿島 まず、2020年度(2021年度入社の採用)から、新卒と20代の既卒者を対象に、入社後の配属部署と仕事内容を明示して採用する「Career Vision採用」を始めました。これは営業部が直接採用していきますから、双方の納得感が高く、齟齬のないマッチングができると期待しています。また、この分野では誰にも負けないという強みを持った学生が対象の「No. 1採用」コースも作りました。
さらに女性総合職の新卒採用を大幅に増やします。現在は新卒総合職に占める女性比率は2~3割。これを3年以内に4~5割に引き上げます。

石原 ここに来てなぜでしょうか。

鹿島 採用したいのは優秀な人財です。リーチできていない優秀な人財プールである女性にもっとアプローチしたいと考えたものです。当社の現状を言えば、管理職の女性比率は6%にすぎません。人口の半分が女性であるという社会の実態とかい離していては、在り姿で掲げたようにソリューションを社会に提供することが十分にできないと思います。しかも、新卒者が管理職になるには時間が必要です。今から手を付けなければ10年、20年後も変わりません。

石原 それは楽しみです。ところで、人事部はこれからどう変わっていくべきだと思いますか。

鹿島 時代に合わせた制度を作り、しっかり運用することは重要なミッションですが、それがゴールではありません。会社がお金を効果的に使うことを目指すのと同様に、人財をいかに活性化し、適所に適材を配置して会社への貢献を最大化させることが会社にとって重要で、それこそが人事部の役割だと思っています。

*本ページにおいては丸紅の表記にしたがって、「人材」を「人財」としています。

丸紅 執行役員 人事部長 鹿島浩二氏
1989年慶應義塾大学理工学部卒業後、丸紅に入社。以後、一貫して人事業務に従事する。2001年から米国ニューヨーク、2013年から中国・北京に駐在。2017年4月に人事部長、2020年4月より現職。

text=荻野進介 photo=刑部友康