人事トップ30人とひもとく人事の未来LIXIL 取締役 執行役専務 Chief People Officer ジン・モンテサーノ氏

会社は社会の縮図 繁栄させるためのルールづくりが人事の仕事

聞き手/石原直子(リクルートワークス研究所 人事研究センター長/主幹研究員)

石原 御社は2011年に国内の建材・設備機器メーカー5社が合併し、海外企業の積極的な買収を進めてきました。出自や事業分野が異なる人々を統合し、「One LIXIL」にしていくには大変なエネルギーが必要だと思います。そのプロセスをどのように進めてきたのでしょうか。

モンテサーノ 私がLIXILに入社したのは2014年です。当時は欧米企業の買収などによる経営のグローバル化に注力しており、合併後のPMI(Post Merger Integration)には未着手でした。それを行ったのが、2016年にCEOとなった瀬戸欣哉です。
1つの部署に部長と名の付く人が複数いたり、組織は複雑そのもの。官僚主義的な部分もあったと思います。瀬戸はそれを、アジャイルで起業家精神溢れる組織に変えることを目指しました。組織の簡素化やオペレーションの改善といったハード面、そして人材や文化といったソフト面での変革に同時に取り組んでいます。

Purposeによって全員が仕事の意義を問い直す

モンテサーノ その際、カギとなったのがLIXILの存在意義を示すPurposeの明文化です。LIXILの事業活動は、「世界中の誰もが願う、豊かで快適な住まいの実現」につながっていると考えています。世界150カ国で事業を展開し、6万人の社員がLIXILで働いていますが、このPurposeを共有することによって、仕事に対する高い意欲や会社に対する誇りが生まれています。

石原 非常にわかりやすい言葉で紡がれたPurposeですね。

モンテサーノ 「世界中の誰もが」というのは文字通りの意味なのです。例えば、多くの開発途上国では衛生環境が悪いため、人々が伝染病の危険にさらされています。こうした状況を変えようと、LIXILでは「SATO」という、安価なプラスチック製簡易トイレを開発し販売しています。重要なことは、それを慈善活動ではなく、ソーシャルビジネスとして行っていることです。

石原 Purposeは社員に何をもたらすとお考えですか。

モンテサーノ 一人ひとりが、何のために働くのか、仕事の意義を問い直すきっかけとなります。例えばSATOの事業は、社員自らが社会に対して何ができるかを考え、行動に移すことから生まれました。ボトムアップの力こそ、瀬戸が求める起業家精神だと思います。

行動は見えるから変えることができる

石原 Purposeと並んで、バリューを定める企業も多いですが、LIXILではいかがでしょうか。

モンテサーノ LIXILではバリューは定めていません。その代わり、「Do the Right thing(正しいことをする)」、「Work with Respect(敬意を持って働く)」、「Experiment and Learn(実験し学ぶ)」、という3つのLIXIL Behaviorsを定め、社員がどう考え行動すべきかを示しています。バリューは目に見えませんが、行動は見える。見えないものは変えるのが難しいし変化してもわかりにくいですが、見える行動は本人の努力で変えられるし、その変化を実感することも可能です。これは「One LIXIL」を目指す上でもとても重要です。どの会社の出身でも関係なく、このLIXIL Behaviorsを守る限りはLIXILの一員であると思えるからです。

石原 社員にも、強く変化を求めているのですね。

モンテサーノ 加えて、「Career Journey (キャリアジャーニー)」という取り組みで、キャリアに関する考え方も変えてもらおうとしています。キャリアは下から上に垂直に昇るものではなく、出向や転籍など、ときに水平に動きながら築いていくものであること、どこかで誰かが引き上げてくれるだろうという受け身の姿勢を脱すべきこと、キャリアは目的地に着くことではなく、プロセスそのものに意味がある、と。だからこそ自らが「運転席」に座り、自身のキャリアをドライブしてほしいのです。

石原 ところで、モンテサーノさんは人事と広報の双方を管轄しているのですね。

LIXIL_sub.jpgモンテサーノ はい。私はもともと広報部門の統括者だったのですが、2019年から人事部門も兼任しています。変革期の企業においては、社外へのメッセージと社員に対する施策を一貫させる必要があり、それによって変革のスピードも上がる、という瀬戸の判断です。

石原 戸惑いはありませんでしたか。

モンテサーノ ありました。見かねた瀬戸が「“会社”と“社会”は同じ漢字を使うでしょう。会社は社会と同じだよ」と教えてくれたんです。社会を統治し繁栄させるルールを作るのが政府だとしたら、会社を統治し活性化させるルールを作るのが人事だと。そう言われて、私のなかのもやもやが消えていきました。意思決定の透明性が担保されているのが良い政府だと考えます。良い人事もそうで、制度や方針を変更するときにはその意図や内容を明確に社内にアナウンスするようにしたのです。

石原 モンテサーノさんの役職は、Chief Human Resource Officerではなく、Chief People Officerですね。

モンテサーノ ここにも、瀬戸の意思が表れています。「社員を人材と呼びたくない。一人ひとりがかけがえのない人間だ」と。

最初の数年間こそ難度の高い仕事を

石原 統合後の一連の変革のなかで、人事の役割は変わっていますか。

モンテサーノ 当初、多くの会社と同様に当社の人事業務は8割が給与計算や福利厚生といったルーティン的なもので占められ、人員の適正配置の設計や事業部の相談に乗るといった戦略的業務は2割といったところでした。この比率を逆転させる取り組みを実施しています。
もちろん、HRテックを駆使してルーティンを減らすことは試みています。ただ、テクノロジーに頼るだけでなく、別の仕掛けが必要です。カギを握るのは仕事のアサインメントの仕方を変えることではないかと思っています。最初の3年から5年はマニュアル的な仕事をこなし、それができるようになったら徐々に難しい仕事を任せていくというのが日本企業での一般的なアサインメントですが、それを変える必要があります。私の経験からいえば、最初の数年は常識に染まっていない「黄金の期間」。ベテランが思いつかないようなソリューションを編み出すことができるので、難度の高い仕事も割り振るべきなのです。そうやって戦略的業務を行えるようになってこそ、人事が経営者やビジネスの変革のパートナーになり得ると考えています。

石原 モンテサーノさんは、非常にエネルギーと熱意を持って変革に取り組まれています。そのエネルギーの源泉はどこにあるのでしょうか。

モンテサーノ キャリアを振り返ると、私はどこの企業にいてもチェンジメーカーとしての役割を担ってきたと思います。この会社で最も複雑かつ難しい課題に取り組んでいますが、これまでで今がいちばん楽しい。社員を見ていると、仕事ではもちろん、プライベートでも彼らの人生が年々良くなっていることを実感できるからです。人間が働く目的に目覚め、持てる力を存分に発揮している。そういう姿に日々接することが私の最大のエネルギーです。

LIXIL 取締役 執行役専務 Chief People Officer ジン・モンテサーノ氏
プリンストン大学、コロンビア大学、UCバークレー公共政策大学院卒業。 グラクソ・スミスクライン、GE、クラフトフーズにおいて広報担当ディレクター、同バイスプレジデントを歴任し、2014年にLIXIL入社。2020年より現職。

text=荻野進介 photo=LIXIL提供