人事トップ30人とひもとく人事の未来パナソニック CHRO 執行役員 三島茂樹氏

自主責任経営に立ち返り 分社化で各社の事業戦略、人事戦略の「専鋭化」を図る

聞き手/石原直子(リクルートワークス研究所 人事研究センター長/主幹研究員)

石原 パナソニックは、現在のカンパニー制を廃し、各事業部門を分社化して持ち株会社制とすることを2020年11月に発表されました。今、大きな変化を自ら仕掛けていこうとする理由はどこにあるのでしょうか。

三島 大きな視点でいえば、移行の背景には、デジタル革命、エネルギー革命の進展があります。地球規模での産業の再編がこれから加速していくなかで、100年企業の当社がどうやって生き残っていけばいいのか。これは大きな課題です。人材や組織を取り巻く環境もここ数年で大きく変化しています。若い世代を中心にキャリアや働き方に関する価値観の多様化が加速しており、それはコロナ禍でより顕在化しました。これらも今やすべての企業、なかでも当社のような伝統的な日本企業の寿命を左右し得る課題です。

持ち株会社制に移行し 権限を各社に大幅委譲

三島 当社の最大の課題は成長が鈍化していることです。「パナソニック株式会社」の傘下には30以上の事業部があり、小さいところでも1000億円以上の売り上げがあります。現在ではこれら一つひとつの事業部が創出する価値の総和より、パナソニック全体の企業価値が下回る状態、いわゆるコングロマリット・ディスカウントに陥っていると思います。この20年間、松下電工、三洋電機を買収したときも含めて、すべてを「統合」してきましたが、結果として事業のフォーカスができていない、収益の柱が見えないという状態に陥っています。自主責任経営の基本に立ち返り各事業を独立させて分社化し、事業会社のトップにヒト・モノ・カネの権限を委譲していくことにより、各事業が主体となって専門化と先鋭化、すなわち「専鋭化」が実現し、この状態から脱却したいと考えています。

石原 持ち株会社制への移行で何が大きく変わるのでしょうか。

三島 現体制の社内カンパニー・事業部を再編して7つの事業会社を設立し、パナソニックホールディングス傘下の企業グループとなります。これらの事業会社は、それぞれの事業領域に合わせて自主的に経営のやり方を見直していきます。持ち株会社である「パナソニックホールディングス株式会社」は、人事に関連する領域でいうと経営理念の徹底、幹部人事、コンプライアンスなどのリスクマネジメントといった領域のみを扱うことになります。

石原 各事業会社の経営改革は、どのように進めるのでしょうか。

三島 まず重要になるのが、事業会社ごとの存在意義、つまりパーパスの再定義です。今、各事業会社の設立にむけてそのリーダー中心に一生懸命取り組んでいるところです。パーパスの再定義により経営戦略が決まり、経営戦略を実現するために必要な人材が定義されることになります。

創業哲学をリアルなビジネスへとつなげる

石原 御社では、社員の皆さんに「会社は社会や世の人々の役に立つためにある」という創業者の哲学が浸透しています。これを事業ごとに尖った形にする、ということでしょうか。

pana_sub.jpg三島 現状だと、パナソニック株式会社の社長は株主などに相対しています。一方、各事業部長は顧客とは相対していますが、株主に相対しているわけではありません。いわば経営者がステークホルダーに向き合うという仕事が分担・分業されてしまっているのです。今回の分社化によって、事業部長という格だったポジションが独立した会社の社長になるわけですから、これまで上にいたカンパニー長、全社の社長は別の役割責任を担うことになります。各社の社長は、創業哲学に基づき、何が社会課題であって、そこで自分たちにできる「お役立ち」とは何なのか、どうすればそれが結果的に中長期的な利益につながるのかをいちから考えていくことになり、これまでよりも高い視座が求められるようになります。

石原 一人ひとりの社員にはどのようなことが求められますか。

三島 社会課題を解決するために会社がある、という根本的な哲学は、今後もパナソニックグループ全体で共有されていくことになります。その意味では、このグループで働くことを誇りに感じてほしいと思っています。
同時に、社員には会社に価値を求めるだけでなく、自身の自律にも目を向けてほしいと考えています。人生100年時代には、会社に依存せず、自分のキャリアのオーナーシップを自分で握ることが大切になりますし、会社の側もそれを前提とした組織・文化を醸成していかなければ、環境の変化に対応していけません。そうはいっても、全員が一気に自律的なメンタリティを身につけることはできません。ですから、多様で柔軟な人事制度とその運用が求められますね。キャリアの実現という点で自律性がそれほど高くない人であっても、商品や仕事を通じてパナソニックで働くことに価値を感じている人たちには引き続き頑張ってもらう。同時に、自律的なメンタリティが強い人は、当然にパナソニックの外での仕事、キャリアに興味を持つこともあるでしょう。そういう人には、副業、留職、カムバックキャリアの受け入れといった制度・運用で柔軟に支援することが必要だと考えています。

各社の人事リーダーの役割がより重要になる

三島 もう1つ、個人と会社の関係ということでいうと、社外でのキャリアや仕事について魅力的な情報が溢れている今の時代だからこそ、パナソニックで働く価値を高めるための良質なエンプロイーエクスペリエンスをデザインすることが重要になっています。実は今、ある事業会社をモデルに先行的な取り組みを進めようとしています。個人は、この会社で働く意味(Employer Branding)とこの会社での仕事に対する思い入れ(Engagement)の2つを軸に“Employee Journey Map”を描き、会社はそれに沿って個人のライフイベントも含めて支援していくという人事制度・運用へのチャレンジです。

石原 これまでの人事制度づくりとは大きく違いそうです。

三島 その通りです。人事という職能は仕組みやルールを作るのは得意ですが、それをビジュアル化したり、コミュニケーションを通じてわかりやすく伝えたりすることは苦手なため、人事だけでなくデザインやブランディング、ビジネスコンサルティングという領域に携わる人々とともに検討を進めています。成果や効果を見ながら、こうした制度や取り組みを各事業会社でも導入していきたいですね。

石原 そうなると各事業会社の人事リーダーの役割が重要になりますね。それぞれの事業会社でCHROとして、経営者のパートナーとなることが求められるようになるかと思います。

三島 おっしゃる通り、分社化することで、各社にCHROが必要になります。ただ、現在の各事業部の人事リーダーは今までそのような役割を担った経験が少ないですから、人事としての成長、CHROへの脱皮が求められます。私は、CHROに求められる資質は4つあると思っています。1つは経営戦略に人事戦略をアラインさせ、合理的に実践できること。もう1つは、新しいビジネスモデルへの移行にあたって、新しい能力やスキルを持った人材を外部から引っ張ってくること。3つ目が変革のファシリテーション。最後がダイバーシティに対する寛容性です。グループのCHROとしての私の役割は、各社のCHROの成長を支援することだと思っています。

パナソニック CHRO 執行役員 三島茂樹氏
1987年、松下電器産業入社。本社および事業部門の人事責任者を歴任。エコソリューションズ社(旧松下電工)照明事業部門人事責任者、コーポレート戦略本部人事戦略部部長などを経て、2019年4月より現職。

text=伊藤敬太郎 photo=宮田昌彦