日本人の賃金のいまを探る世界の賃金・経済状況を比較する――日本経済は1人負けなのか

昨今、日本は貧乏から抜け出せない、諸外国の中で日本経済が1人負けしているというような悲観的報道が多い。しかし、ほんとうに日本経済だけが低迷しているのだろうか。また、日本の賃金ベースは異常な状態なのだろうか。国際比較で近年の日本経済を振り返りながら、賃金動向を分析する。

近年の日本経済の成長率は欧州先進国並み

近年の経済全体の動向を振り返る。GDP統計は作成に当たって詳細な国際基準が設けられており、自国の経済状況を諸外国と比較する際に最も信頼できる統計である。現在の日本経済の状況を把握するため、1人当たりGDP(USドル換算)の推移を取ったものが図表1になる。

図表1 1人当たりGDP(USドル換算)1人当たりGDP(USドル換算)出典:OECD.stat

経済の状況を比較する際にはやはり為替の影響は留意しておく必要がある。本データでは購買力平価換算ではなく、その時々の為替レートによる比較を取っている。購買力平価は各国の財・サービスの価格が等しくなるような為替水準を推計したものであるが、財・サービスの質の調整が難しいなど一定の限界があり、ここではあくまでマーケットの洗礼を受けた実勢の為替水準を分析に用いることとする。

その時々の為替水準によって、諸外国間での経済の立ち位置は変化する。リーマンショック後の円高局面にあった2010年代前半の日本の1人当たりGDPは主要国の中で米国に次ぐ規模であった。その後日本銀行の大規模金融緩和による為替の円安方向への動きによって、足元での米ドル換算で水準は低下している。

こうした中、経済の状況を比較的長い目で見ると、1990年以降、やはり日本のポジションが後退していることがわかる。ただ、日本経済の停滞の背景には、2000年代以降の経済が低調だという側面よりも、1990年代の経済が実態より上振れしていたバブルの状態であったという側面があるということには注意が必要である。実際に、バブルの後遺症が解消された近年の成長率を見ると、日本の成長率は欧州先進国の成長率とはさほど変わりはない。

経済はここ10年米国の1人勝ち

長期的な経済の状況を見たときにまず確かに言えるのは、米国に比べれば日本のパフォーマンスは明らかに劣っているということである。日米の1人当たりGDPの水準を比較すると、日本が米国を抜いた1990年代以降、2010年代前半まではつかず離れずの動きを続けていたものが、ここ10年ほどで見ればはっきりと差をつけられている様子がうかがえる。ここまでの大差が生じているところを見ると、為替の変動を考慮に入れても、米国に比較すれば日本経済のパフォーマンスは明らかに悪いと考えられる。

一方で、欧州先進国との比較で見れば、おおむね似たり寄ったりである。欧州先進国の中ではドイツ(2020年の1人当たりGDP:4万6773ドル)の成長が比較的堅調であり頭1つ抜けている様子が見て取れるが、フランス(同:3万9073ドル)は日本(同:3万9955ドル)とほぼ同規模であり、イタリア(同:3万1911ドル)は日本よりも明らかに低調になっている。

日本経済が1人負けしているというような報道が多い昨今であるが、日本が1人負けしているというよりも、米国が1人勝ちしているというほうが実態に近い。経済の問題を考えるときにも、なぜ日本経済がここまで衰微したのかを考えるというよりも、なぜ米国経済がここまで好調なのかという視点のほうが実態に即した問題意識の持ち方だと言える。程度の差はあれど、日本もフランスも英国もイタリアも、米国以外の先進国は大して成長していないのである。

米国と中国以外で革新的な産業は生まれていない

この状況は企業の時価総額ランキングで見ても理解される。図表2は2022年の世界の時価総額ランキングを示したものである。これを見ると、米国の34社がTop50位までにランクインしている一方で、本稿で比較対象としている欧州先進国等で時価総額ランキング50位までに入っている企業はごくわずかであることがわかる。

図表2 時価総額ランキング(2022年)時価総額ランキング(2022年)出典:STARTUP DB「2022年世界時価総額ランキング

時価総額ランキングトップ50に比較的多くの企業が入っているのはフランスであるが、それでも数としては2社のみ。世界有数のファッションブランドであるルイ・ヴィトンを有するLVMHグループが17位に、世界最大の化粧品会社であるロレアルが33位にランクインしている。そのほかでは、サムソン電子が15位の韓国とトヨタ自動車が31位の日本がそれぞれ1社。英国、ドイツ、イタリアは1社もランクインしていない。これらの企業のうち創業年が新しいのはサムスン電子で1969年、それ以外の企業はいずれも戦前に創業した歴史ある企業である。

一方で、米国の状況を見るとアップル(創業年:1976年)、マイクロソフト(同:1975年)、アルファベット(グーグル、同:1998年)と創業年が新しい企業がめじろ押しとなっている。また、中国もかなり健闘している。このように時価総額ランキングを見ても、新しい産業は日本でも欧州でもほとんど生まれていないことが確認できる。

未来のことを予測することは難しい。ただ、おそらく日本経済はこれからも、ほかの欧州先進国がそうであるように、世界経済の辺境にとどまるであろう。米国を追い抜け追い越せという過大な期待を持つよりも、ありふれた先進国の1つとして、経済や財政の持続可能性を担保しながら、成長は緩やかではありながらも日本に住む人1人ひとりが豊かな生活が送れるような姿を考えていくほうが現実的と言える。

日本人の賃金は経済状況と比較してどうなのか

このような現状認識の基、日本人の賃金の状況を海外先進国と比較してみる。ここで用いるのは国民経済計算によって算出された1人当たり雇用者報酬である。雇用者報酬は賃金のほかに雇用主が支払う社会保険料なども含まれており、直接間接を問わず、会社が雇用者に配分した報酬の額として計算されている。OECDのデータには、ほかにも純粋な賃金水準の比較も掲載されているが、賃金統計に関しては対象者のカバレッジや算出方法などが各国で若干異なることから、正確を期すためにもここでは雇用者報酬で比較する。

図表3は、1人当たり雇用者報酬を時給ベースで比較したものである。なお、現代の韓国やかつての日本などがこうした事例に該当するが、国によっては長時間労働の見返りに高い年収水準を実現しているところもあるため、ここでは1人当たり雇用者報酬を時給換算の数値に直したうえでの比較としている。

図表3 1人当たり雇用者報酬(USドル換算)1人当たり雇用者報酬(USドル換算)出典:OECD.stat

これを見ると、日本の賃金水準は諸外国と比べて確かに低い。為替水準には留意が必要だが、直近の数値で見ると、ドイツ(2021年時点で37.7ドル/時間)やフランス(同:33.1ドル/時間)は比較的に賃金水準が高い国と言えるだろう。英国はそれより低い28.9ドルである。日本はそれよりもまた一段低く、24.6ドル/時間となっている。そして、これは近年だけの傾向ではなく、長期的な傾向としてもうかがえる。つまり、日本経済がバブルに沸いた時期を除けば、日本人の賃金は傾向的に低い。

日本人の賃金は経済状況と比較してなぜ相対的に低いのか。どうすれば賃金を上昇させていくことができるのか。次回以降、産業の特性や就業の形態など働き方の問題など、さまざまな観点から日本人の賃金を探っていきたい。

坂本貴志(研究員・アナリスト)