日本人の賃金のいまを探る就業形態と賃金 ―進む非正規雇用者の処遇改善、将来的には更なる賃金上昇へ

働くことで得られる賃金の水準は、働き方に大きく依存する。正規雇用で働くか非正規雇用で働くかによって得られる賃金は変わるだろう。また、フリーランスとして働いた場合にどの程度の収入を稼げるかについて気になる人も多いと思う。データを見ると、非正規雇用者の処遇改善、パート・アルバイトの賃金上昇は顕著である。非正規雇用者の賃金水準はまだまだ低いものの、状況は良い方向に向かっており、今後も非正規処遇者を中心とした賃金上昇は続くと見込まれる。

非正規雇用者の処遇改善が緩やかに進む

働き方と賃金との関係を調べるために、まずは正規雇用者と非正規雇用者の賃金水準が過去からどのように変わっているかを分析してみよう。

厚生労働省「賃金構造基本統計調査」を用いて、一般労働者である正規雇用者と非正規雇用者の年収水準を比較したものが図表1である。なお、一般労働者とは短時間労働ではなく、通常の就業時間で働く人のことをいう。

【図表1】正規雇用者と非正規雇用者の賃金推移出典:厚生労働省「賃金構造基本統計調査」

いずれの雇用形態についても、年収水準はこの10年ほど右肩上がりとなっており、緩やかに上昇していることが分かる。

正規雇用者と非正規雇用者を比較すると、非正規雇用者の賃金の伸びの方が高い。正規雇用者の年収水準は2010年で496.6万円であったのが2022年に530.6万円に増加しており、12年間の伸び率はプラス6.8%となる。一方で、非正規雇用者は274.4万円から306.5万円へと同伸び率は11.6%となる。非正規雇用者の方が賃金が増加しているのである。

非正規雇用者の賃金水準の伸びの方が正規雇用者より高いのはなぜか。もちろん同一労働同一賃金など社会的・政策的な後押しもあるだろうが、根本的には非正規雇用者の方が労働市場の需給の影響を受けやすいからと考えている。

近年の労働市場は人手不足の様相が強まっており、より高い賃金を提示しないと労働者を確保できなくなってきている。そうした労働市場のひっ迫した需給が非正規雇用者の賃金水準を高める圧力となっていると判断すべきだ。

なお、ここでいう非正規雇用者とは、正規雇用者以外の労働者を指しているため、パート・アルバイト、契約社員、派遣労働者、嘱託などさまざまな働き方をしている労働者が含まれている。

たとえば同じ契約社員であっても短時間で働く人もいれば、通常の労働時間で働く人もいる。ここでみているのは一般労働者であることから、契約社員や派遣労働者などの中でも正社員と同じくらいの労働時間で働いている労働者が含まれる。

パート・アルバイトの賃金上昇は顕著

以上は一般労働者について、正規雇用者と非正規雇用者を比較したが、一般労働者と短時間労働者(いわゆるパート・アルバイト)との賃金水準の格差はどのように変化しているのだろうか。

次は、厚生労働省「毎月勤労統計調査」から一般労働者と短時間労働者の時給水準を比較してみよう(図表2)。ここでは、労働時間が大きく異なる労働者間で賃金水準を比較するため、時給水準での比較とする(年収水準で比較しても意味はない)。

【図表2】一般労働者と短時間労働者の賃金推移出典:厚生労働省「毎月勤労統計調査」

一般労働者と短時間労働者の賃金水準を比較すると、やはりこれも非正規雇用である短時間労働者の賃金が伸びていることが確認できる。

短時間労働者の平均時給は2010年の1,049円から2022年に1,282円まで増加している。12年間伸び率でみるとプラス22.1%である。短時間労働者の時給は、この10年ほどで大きく上昇しているのである。

この原因も基本的には契約社員や派遣労働者の賃金上昇とそう変わらない。つまり、最低賃金の上昇という外生的な要因もあるものの、本質的には人手不足により高い賃金を提示しなければ人が取れないことから賃金水準が上昇していると考えられる。

このように、正規・非正規格差は近年緩やかに改善に向かっているというと、非正規の賃金水準が伸びているのであるから、もはや非正規の賃金に関わる問題は解消されたと主張しているようにみえるかもしれないが、実態はそうではない。

非正規雇用者の賃金水準はまだまだ低い

働き方と賃金水準との関係をみるために、改めて就業形態別に時給水準の分布を取ったものが図表3である。時給については、リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」から主な仕事の年収を年間労働時間の推定値で割ることで算出している。

【図表3】働き方と賃金出典:リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」

これをみると、やはり正規雇用者の時給水準がほかの非正規雇用者よりも明らかに高い層に分布しており、正規雇用者と非正規雇用者の賃金格差はまだまだ大きいことがわかる。

たとえば、時給1,000円以下で働いている人の割合をみると、正規雇用者は9.6%であるが、パート・アルバイトでは59.9%の人が該当している。こうしてみると、パート・アルバイトは明らかに安い賃金で働くことを前提としている働き方になっている。

契約社員・派遣労働者の場合、時給1,000円以下の比率は28.9%となっており、ここでも相対的に低賃金で働く人はまだまだ多い。一方で、契約社員・派遣労働者に関しては比較的高い賃金で働く労働者も一定数存在している。

時給2,000円から3,000円で働く人の割合は14.4%、3,000円以上で働く人の割合は9.7%と、正規雇用者並みの待遇で働く人もいる。これはパート・アルバイトの領域ではあまり観察されない事象である。

こうした人たちは何らかの専門性を持ちながらあえて非正規雇用という働き方を選んでいる人が多いのだろう。非正規雇用であっても、正規雇用者と見劣りしない報酬水準で働く労働者を増やしていくことは重要である。

こうした人たちが増えた結果として、非正規と正規の賃金格差が是正していく中で、誰もが主体的に自分にその時々の状態にあった働き方を選べるような社会となればそれが理想だろう。

将来的に、非正規雇用者の賃金は更なる上昇へ

このデータからは自営で働く人たちの賃金水準(※注)も確認できる。自営で働く人に関してもやはり正規雇用者と比較すると賃金は低い水準で分布していることを確認できる。

たとえば、フリーランスなどが含まれる自営(雇人なし)の働き方をみると、1,000円未満の人が29.2%、1,000円から1,600円の人が43.7%と低い賃金水準の人が多い。ほかの働き方と比較すれば、パート・アルバイトよりは幾分賃金水準が高い層が多いが、契約社員・派遣労働者よりも賃金水準は低い働き方だといえる。

※注:なお、自営業者の時間当たりの収入水準については賃金とは通常いわないが、ここでは時間あたり収入を便宜的に自営業者の賃金と表現している

賃金水準の比較からはみえてこないが、社会保険の問題も大きい。自営で働く人は厚生年金保険に加入していないため、将来的な厚生年金の給付を受けることができない。

年収の壁の解消を巡る議論が進行中であるものの、現状ではパート・アルバイトの中にも週の所定労働時間が20時間以上などの要件を満たさず厚生年金に加入していない人たちが存在し、賃金や社会保障面だけをみれば、フリーランスやパート・アルバイトで働くことは、現在の日本の労働市場で有利な選択肢になっていない。

本来、正規か非正規か、非正規であればパート・アルバイトか派遣労働者か、有期雇用者かといった選択は、賃金水準の差を考慮せず、個々のライフスタイルの変化に応じて、労働者が働き方をフラットに選べることが望ましい。しかし、そうした状況は非正規雇用者の賃金水準が高まり、どのような雇用形態で働いても賃金水準が変わらないようになって初めて実現されることでもある。

賃金水準を時系列で追ってみると、そうした非正規と正規の賃金格差は着実に縮まりつつある。そして、将来を展望すれば、人手不足の深刻化から更なる賃金上昇が見込まれる。近い将来、非正規雇用者を安い労働力として活用する戦略を企業は取れなくなっていくだろう。

坂本貴志(研究員・アナリスト)