「働く」の論点語られない文系学生の学び―大いに学び、活かす選考への転換を考える 中村星斗

自信をもてない文系出身の若者

「自分は文系なので、専門性がないんです」

こうした趣旨の言葉を若手社会人から聞くことがある。文学等の人文科学系学部、経済学や法学等の社会科学系学部を卒業し、総合職として事務系職種に就職した若手社会人の言葉である。高校生に戻れるなら理系を選択したいという人もいる。専門性も「やりたいこと」もないので、条件だけで仕事を選んでいるという人もいた。条件で仕事を選ぶこと自体は自然なことだが、その背後には「自分にはできることがない」という思考が見え隠れしている。これらの声は、筆者が 2023 年 8 月~ 9 月に実施した入社 1 年目~ 3 年目までの若手社員 18 名に対する聞き取り調査(以降、聞き取り調査と表記)の結果をもとにしたものである。

文系出身の若手社会人が口にする「専門性がない」という表現を、筆者は職業人としての強みをもたないという自覚に起因する自信のなさと解釈した。なぜ、文系出身者は自らに対して専門性がないと言うのだろう。どうすれば自らの仕事や専門性、そして職業人としての自己に、自信や誇りをもって働くことができるのか。本稿ではこうした疑問について考えつつ、新卒採用における、大学で獲得される学びや専門性と仕事の接続のあり方、必要性について考察していきたい。なおここでは、聞き取り調査から得られた情報を中心に、必要に応じて他の場で得られた情報も用いることとする。

文系学生数の現状

まずは学生を取り巻く環境を概観する。図表 1 は学校基本調査の結果を用いて設置者(国立・公立、私立)および、関係学科ごとの入学者数をグラフ化したものである(※1)。対象期間は 1997 年度から 2022 年度であり、5 年間隔でデータを取得している。例えば、人文科学には文学、史学等、社会科学には法学・政治学、商学・経済学等、理学には数学、物理学等の学問領域がそれぞれ紐づいている。一般的には人文科学や社会科学を文系とみなすことが多いと考えられる。一方、その他のなかには総合科学、教養課程(文科)、人文・社会科学等の文系的な学問領域と、教養課程(理科)といった理系的な学問領域が混在している。そうしたこともあり、文系と理系を明確に区分することが難しい事情はあるものの、本稿では議論を単純にするため、人文科学、社会科学を文系として議論を進める。また、対象は基本的に学部生を指す。

文系の入学者数に注目すると、その割合は 1997 年度調査から減少しているものの、2022 年度調査時点でも 45.6%(国公立 5.4%、私立 40.2%) の学生が文系に所属していることがわかる。国公立では概ね横ばい、私立では減少トレンドにあるものの、それでも約半数弱の学生が文系に分類される(※2)。日本では多くの学生が人文科学、社会科学に関して学んでおり、これらの専門性を活かすことが、企業や社会にとって有益だと考えること自体に違和感はないだろう。

図表1 設置者(国公立・私立)・関係学科別 入学者数  出所:学校基本調査より筆者作成図表 1. 設置者(国公立・私立)・関係学科別 入学者数  出所:学校基本調査より筆者作成注:割合は各調査年の人数を分母にして計算したもの

語られない文系学生の学び

なぜ、文系学生や文系出身の若者は自らに対して専門性がないと言うのだろう。それを考えるヒントが矢野(2001) にある(※3)。図表2 は筆者が矢野(2001)を踏まえて作成した図であり、縦軸に「機能」を、横軸に「認識」を取り、大学知識の有効性を分類したものである。なお、「機能」は学校知識が実際に役に立つかを、「認識」は大学知識が実際はさておき役に立つと思うかを示している。矢野(2001)は、実際には役に立っている(機能)にもかかわらず、役に立たないと思っている(認識)という隠蔽説を主張しており、本稿を通じて筆者もこの立場を支持する。

図表2 知識の有効性に関する分類図表 2. 知識の有効性に関する分類出所:矢野眞和(2001)『教育社会の設計』東京大学出版会より筆者作成

この隠蔽説を支持するような文系社会人からの発言が聞き取り調査から得られている。例えば、就活時の面接で聞かれた「学生時代に力を入れたこと」(以降、ガクチカ)に対して、アルバイトの経験を話したという人がいる。しかし話を掘り下げていくと、実はこの人が学生時代に最も注力したことは学業だということがあった。この人は、学業に注力した理由を面接でアピールするイメージをもてなかったことや、履修科目の平均である「GPA(※4)」は他大学と比較できないことなどの理由からアピールしなかったという。また、インターネットで就活情報を調べた際に「学業は選考とは無関係」という趣旨の情報を見たことも大きいという。

これ以外にも、大学での学びが語られない理由にはさまざまなものがある。聞き取り調査およびその他のヒアリングをふまえると、次のようなケースがこれまでに確認できている。例えば、上述のように大学での学びを「GPA」として単純に理解してしまうことで、面接でアピール可能なストーリーに再構築できないケース。自分の専攻(学部)と職業が直結していないのでアピールできないと認識しているケース。さらには、ガクチカで学業の話をすると「暗い人」というレッテルを貼られるかもしれないという選考上のデメリットを想定したケース等もある。これらはどちらかと言えば学生が学業を語らないパターンだが、学業の話を面接で出したときに面接官が興味を失うといった、企業側が語らせないパターンも存在するようである(※5)。

また、特に学生が語らないパターンでよく見られるのが、学生自身が学業を通じて何を獲得したのかを言語化できていないケースである。聞き取り調査の際に筆者が、学業を通じて「情報収集の方法を身につけたのでは」「データ解析のスキルを獲得したのでは」「自分の研究を他者に対して説得的に語る過程で、コミュニケーションを鍛えられたのでは」「チームでの研究プロジェクトでタスクやスケジュール管理の経験を積めたのでは」と問いかけることで、初めて自分が価値ある学びを経験できていたと自覚する人も多い。筆者が問いかけた上記のような観点は、言うまでもなく仕事の役に立つ。しかしながら学びの獲得自体に気づいていない場合、当然ながら面接でアピールすることは難しい。こうした自覚がないことが、自らに「専門性がない」と言う一因になっているのだろう。

選考の場で評価されないために語られない。語られない学びは評価されない。学びが語られず評価されなかった就活の経験は、先輩からのアドバイスに乗って下の世代に伝わっていく。現在の採用選考において、学びと選考は両者が互いに影響を及ぼしあい、長い時間をかけて今に至っているのだろう(※6)。

学びを活かす文系出身者

もちろん、仕事のなかで大学での学びを活かす文系社会人もいる。例えばある人は、大学時代にチームで研究を進めるなかで「仕事を抱え込んでしまう癖」に気づき、就職してからはそうした自分の行動特性に気を付けながら仕事をしているという。また、学業を通じて社会に対する最低限の知識を獲得したからこそ、より適切な情報にアクセスできるようになったと感じているともいう。他の人でも、チームでの研究からチームワークを学んだという人はいる。実は、文系学問が仕事の役に立つという知見自体は新しいものではない。例えば、大学時代に授業内外で架橋的に学んだり、授業内容を授業間で関連づけて理解していた人ほど仕事で大学の学びを活かしているという知見(小山, 2018)(※7)、レポート学習が職場での経験学習を促進するという知見(小山, 2017)などがある。今回筆者が行った聞き取り調査からは、その学びが自覚されていない実態が浮き彫りになった。このことは、適切な言語化により、文系学生が学問からの獲得感を高め、大学での学びを仕事でより活かすような仕掛けにつながるのではないだろうか。

なお今回の聞き取り調査には、一部理系修士の対象者も含まれていた。例えばその人は、修士での専攻と入社した企業での職種は直結しないものの、研究室での実験で課題を突き詰めていく経験を積み、それを今の仕事に活かしているという。つまり、一般的に専門性を評価されやすい理系修士においても、学生時代の専門性を仕事に「直結」させているわけではなく、抽象化した緩い形で「関連」させながら仕事を進めているケースもあるということだ(※8)。このような専門性の活かし方は、理系だけのものではないだろう。

1つの事例として、経済学部出身者がある企業に入社し、人事部門に配属されたケースを考える。目の前の仕事に経済学の知識それ自体が必要な場面は多くないかもしれない。しかしながら、例えば新しい研修施策が目的としていた育成効果をもたらしたかを検証したい場合、大学での学び(この場合、計量経済学を履修していることなど)から仮説検証・データ分析等のスキルを獲得している社員なら対処可能であろう。ここではイメージのしやすさからデータ分析のケースを想定したが、例えば経営学部なら、経営学の知識自体が活きるケースもあるだろう。また、社会学や心理学等でインタビューデータの解析が必要な質的研究を行った経験のある社員なら、人事課題を特定する仮説生成の場面で力を発揮するかもしれない。

大いに学び、大いに活躍できる社会へ

ここまで本稿では、次のことについて整理してきた。まずは若手社会人への聞き取り調査を通じて、大学での学びや職業人としての自分に自信をもてない若手社員の問題を取り上げた。さらに、実は学業を通じて仕事に役立つさまざまな専門性、能力を獲得しているにもかかわらず、採用選考の場でその学びが価値あるものとして扱われないこと、そしてその理由は、企業による評価の対象になりにくいことに加え、本人による言語化の欠如にもあるのではという可能性を指摘した。

現在、大学入学者の 4 割以上が文系であり、これらの人文科学、社会科学に関する専門性を活かすことは、社会のためになるだけでなく、企業にとってのメリットにもなる。そして何より、もとの問題意識でもある職業人としての自信や誇りにつながるものと考える。

そのために、企業は学生が学業から獲得した能力を採用選考で評価すること、学生や大学は獲得した能力を仕事に活かせる形で言語化する努力を行うことの 2 点が重要だと考える(※9)。ここで大切なのは、これは企業に求められる「配慮」ではないということだ。上述した通り、学業から獲得された能力の中には、その価値を認識し、応用することで仕事の役に立つものが少なくない。したがって、企業が採用選考において学業について問うことは、仕事に必要な能力を見極めるための純粋な採用「戦略」なのである。こうしたことが可能になれば、これまでつながっていなかった文系の学びと仕事が、本来的なつながりを得ていくのではないだろうか。

最後に、働く人の自信や誇り以外の観点から、マクロな視点でも学びと仕事のつながりについて問題を提起したい。具体的には、日本型雇用の見直しが議論されるなかで、大学学問の職業的意義が高まることは、経済や雇用の安定といった面からも必要だと筆者は考える。以下の図表 3 は、15~24 歳までの失業率を国際比較したものである。日本では 2000 年代前半、そしてリーマンショックの時期に高くなっているものの、あくまで他国との比較では低い水準を維持してきた。以前はこうした傾向が国際的にも評価されてきた(OECD, 2000)。これは一般的に、新卒一括採用によって、職業経験や職業に必要な知識・技術の少ない若者でも、全体としては就職しやすい日本型の雇用慣行によるものだと論じられることが多い。

しかし、日本の新卒採用が職務無限定の総合職から、職務と賃金が紐づくいわゆるジョブ型のような形式になったらどうだろうか(※10)。新卒と中途の境界は緩くなり、学生は応募するポジションに対する職務遂行能力をアピールすることを求められる。現在のように「やりたいこと」が求められることは少なくなり、選考基準としての役割も小さくなるだろう。他国の若年失業率が高いのは新卒一括採用でないからだ、またはジョブ型採用なら若年失業率が上昇する、といった乱暴な論を展開するつもりはないが、ジョブ型社会に近づけば、日本の若者にとって職に就くことが今より難しくなる可能性もあると考えられる。

現在行われているジョブ型の議論は、すべてとは言わないまでも、こうした新卒一括採用のメリットを一部減らすことにつながるものである。この議論を前提にすれば、大学での学びと仕事を結びつけることは、若者が仕事を獲得し、社会に適応し、生活を安定させるための武器を授けることと同義といえる。筆者としては、文系においても採用選考で学業から得た学びを評価することが、その大切な一歩になると考えている。

図表3  若年失業率(15-24歳, 季節調整値)の国際比較
young_of_unemployment_3.jpg出所: OECD.Stat Short-Term Labour Market Statistics より筆者作成

本稿は 18 名に対する聞き取り調査を中心に問題提起を試みたものである。より詳細に現象を理解し、解決策を検討するため、今後も検討を続けていきたい。

引用文献
上西充子.(2012). 採用選考における文系大学生の知的能力へのニーズと評価. 生涯学習とキャリアデザイン, 9, 3–21.
小山治. (2017). 大学時代のレポートに関する学習経験は職場における経験学習を促進するのか. 高等教育研究, 20, 199–218.
小山治. (2018). 誰が大学での学びを仕事で活用しているのか—大学時代のラーニング・ブリッジング態度に着目して. 本田由紀. (編), 文系大学教育は仕事の役に立つのか—職業的レリバンスの検討 (pp. 43–60). ナカニシヤ出版.
就職みらい研究所. (2023). 就職白書2023
本田由紀. (2009). 教育の職業的意義—若者、学校、社会をつなぐ. 筑摩書房.
OECD. (2000). From Initial Education to Working Life: Making Transitions Work
矢野眞和. (2001). 教育社会の設計. 東京大学出版会.

(※1)人数の観点から、商船、家政、芸術の 3 つを省略している。
(※2)その他や教育のなかにいる文系学生を含めれば、実態としてはさらに多くの学生が文系に分類されると考えられる。
(※3)矢野(2001)の議論は文系に特化したものではない。
(※4)Grade Point Average の略であり、点数化された履修科目の成績を単位数で割ったもの。
(※5)これらのパターンはより詳細に検討される必要があると考える。例えば、専攻と職業が直結していないため学業をアピールできないと話す学生について、その学生がガクチカで話すエピソードが飲食店でのアルバイトだとしても、就活での応募先は飲食業界でないケースも多い。つまり、学業という表現をするときには狭い条件での「直結」が想定されている一方、アルバイトやサークル活動等ではもう少し緩い「関連」が想定されている可能性がある。また「GPA」について、これはもちろん学修成果を表すものの 1 つだが、面接で活躍可能性の根拠として伝えるためには、数値だけではない意味づけが必要なのも事実だろう。
(※6)上西(2012)が指摘するように、文系学生に知的能力が求められないという言説は誤解である。一方、企業が採用基準で特に重視するのは「人柄」「自社への熱意」であり、「大学/大学院で身につけた専門性」や「履修履歴」のウェイトは大きくない(就職みらい研究所, 2023)。
(※7)小山(2018)でスコア化された授業内外の学びを相互に結びつける態度(ラーニング・ブリッジング態度)には、「授業外で学んだことを授業で活かした」「授業で学んだことを授業外で活かした」「複数の授業で学んだことを関連づけて理解していた」「履修体系を考えて徐々に発展的な内容の授業を履修するようにしていた」の 4 項目が含まれる。
(※8) こうした緩やかな専門性は柔軟な専門性(Flexpeciality)と呼ばれる。柔軟な専門性の獲得は、まずは何らかの専門を選択し、関係の深い隣接領域へと拡張され、そして一般的、共通的な知識の獲得へと進んでいくプロセスのなかにある(本田, 2009)。
(※9)例えば、学位・資格の学修内容の証明に用いられるディプロマ・サプリメント等の取り組みは、こうした活動の一環として考えられる。
(※10)就職みらい研究所の「就職白書2023」 では、対象企業の 9.2% が2024年卒で職務限定型採用(ジョブ型採用)を実施または実施予定と回答。ただしこの中には、初期配属の確約はあるが賃金と職務が結びついていないものなどもある。様々な定義で「ジョブ型採用」の用語が使用されているケースもあり、解釈には注意も必要である。

中村星斗

※本稿は筆者の個人的な見解であり、所属する組織・研究会の見解を示すものではありません。