「働く」の論点若手へのOff-JTが38%減。はじまる大手企業の育成力低下― 古屋星斗

筆者はここ数年の日本の職場環境の変化が若手の育成・キャリア形成に大きな影響を与えていると考え、調査・研究を進めている。今回は5万人規模の就業に関する調査である全国就業実態パネル調査を用いて、5年ほど前の大手企業の新入社員と現代の新入社員を比べた際に、特に「育ち方」がどう変わったのか検証する。
結論から言えば、大手企業の若手への育成投資が顕著に減少する一方で、その不足を埋める可能性のある環境の変化も起こっていることがわかった。

好転する労働環境

本題に入る前にまずは、労働環境を概観しておこう。働き方改革関連法などにより、ここ5年ほどで、労働時間の上限規制が設けられ、有給休暇の取得義務が企業に課せられた。2015年に施行された若者雇用促進法により労働環境に関する情報公開が義務付けられたことも見逃せない。
労働法改正によって、若手の労働環境がどのように変化したかについては、別途詳細な調査を行っているが、あらためて概観する。分析に用いた調査は全国就業実態パネル調査(※1)、対象は大学卒・大学院(修士)卒で正規社員・正規の職員の者、入社から13年目、1000人以上の大手企業に在職している者である(※2)。本稿では以降この対象者のことを単に、大手新入社員と呼称する。今回は本稿の問題意識にもとづき、2015年時点の新入社員と2021年時点の新入社員との比較を主な目的とする。検証にあたっては、各年集計ウェイト(xa16,xa22)を用いた。
図表1に週労働時間の推移を示した。2015年では週44.2時間、2021年では週43.0時間、週45時間以上就業の割合は47.1%から33.5%となっている。

図表1 大手新入社員の平均週労働時間(時間)・週45時間以上就業の割合(%)
大手新入社員の平均週労働時間(時間)・週45時間以上就業の割合(%)

同時に、法改正による対応がなされた有給休暇取得についても、大手新入社員の状況に改善が見られる(図表2)。2015年では「ほとんど取得できなかった」が24.2%いたが、2021年では9.4%まで縮小し、その分「おおよそ半分は取得できた」以上の回答が増加している。働き方改革は若手社員の痛ましい犠牲が相次いだことに対して全国的な議論が巻き起こったことが発端となったが、その政策目的通り若手の労働環境が改善される傾向にあることが確認できる。こうした動きは若手採用難の状況下において今後も継続していくと考えられる。

図表2 大手新入社員の有給休暇取得状況(%)大手新入社員の有給休暇取得状況

若手育成投資の減退

問題はここからだ。大手企業の若手の教育機会が減少する傾向が顕著に見られているのだ。
図表3にOJT機会について示した。「一定の教育プログラムをもとに、上司や先輩等から指導を受けた」が40.9%から30.3%へと大きく減少している。これは計画的なOJTと呼ばれるもので、日本企業における人材育成の重要な役割を担ってきた。もちろん、「一定の教育プログラムではない」上司・先輩からの指導が31.9%から34.8%へと微増しており、指導全体が減退したわけではない様子だが、育成を目的として計画的に行うOJTというよりは“業務のついでに”行われるようになってきたのかもしれない。上司・先輩も多忙のなか、若手育成にさける時間が限定されてしまっている現場の状況を想起させている。
計画的なOJTに代わって増えているのが、「ほかの人の仕事ぶりを観察する」「マニュアルを参考にして学ぶ」という自学自習スタイルであった。特に「上司や先輩等から指導を受けてはいないが、マニュアルを参考にして学んだ」は4.6%から8.4%へとほぼ倍増している。

図表3 大手新入社員のOJTの機会(%)大手新入社員のOJTの機会同時に、Off-JT機会も減少している(図表4)。「機会がなかった」は30.8%から36.2%へ増加、「機会はあったが、受けなかった」と合わせて、Off-JT機会を得られなかった若手は、39.7%から46.5%へと約半数に到達した。さらに、時間数についても減退傾向は明らかで「1年間に合計で50時間以上」は22.7%から11.6%へと半減していた。こうした状況により、2021年でOff-JT機会があった新入社員のうちの最頻値は「1年間に合計で5時間未満」(12.9%)となってしまった。
結果として、年間平均のOff-JT時間は21.5時間から13.4時間へと減少した(※3)。これは実に38%減である。
計画的なOJTに加えて、Off-JTにおいても新入社員期に受ける機会が減退している可能性が示唆される結果である(※4)。新入社員期は学生から社会人への移行期、また職業生活の最初期の段階にあり、組織適応に加え基本的な職業能力を付与する必要のある時期である。こうした時期の育成機会が2015年以降急速に減少したことを、まず押さえる必要がある。

図表4:大手新入社員のOff-JTの機会(%)
大手新入社員のOff-JTの機会図表5:大手新入社員 年間平均Off-JT時間(時間)
大手新入社員 年間平均Off-JT時間

誰が若者を育てるのか

日本経済団体連合会(経団連)も中途社員採用(経験者採用)の活性化を打ち出しており、今後若手への育成投資が減少していくことは仕方のないことなのかもしれない。しかしこの結果を見て、筆者は強い懸念を感じざるを得ない。大手企業がこれまで若手の育成において日本社会で大きな役割を果たしてきたためだ。厚生労働省の能力開発基本調査(令和3年度版)によれば、正社員に計画的なOJTを実施した事業所は、30~49人の企業規模では36.9%にすぎないが、1000人以上では82.4%へと規模が大きくなればなるほど実施率が高まっている。Off-JTでも同様の傾向があり、30~49人では51.0%のところ、1000人以上では87.2%である。あえて極言すれば、日本で若者に職業能力を最も付与しているのは大手企業である。
この機能が上で見た通りここ数年で弱まっているとすれば、今後誰が若者を育てるのか。

労働市場の流動化のなかで、中長期的なリターンを見越した若者への育成投資のインセンティブが弱まっていくのは経営上致し方ないことかもしれない。ただし、意外なところから若者の育成時間の減少を補う新しい動きが出てくるのではないかと考えている。
ポイントは、「自分で育つ」ことがしやすくなっていることだ。
図表6に勤務時間や働く場所を自分で選ぶことができた大手新入社員の割合を示した。一目瞭然で勤務時間や働く場所の柔軟性が上がっている。これは換言すれば、選択権が新入社員側にシフトしているということだ。自分がいつ・どこで働くのかを自分で決めることができる、それは職業能力の獲得においても大きな影響を与えていくのではないかと考える。仕事の柔軟性があがったことで、仕事をしながら社内外で学んだり、副業や兼業をして外部で経験を得たり、さまざまな分野で師匠を見つけたりすることは、飛躍的にしやすくなるだろう。中抜けできず、休みも取りづらく、上司が帰らねば帰れない、そんなかつての職場状況ではできなかったかもしれないことが、今ならば取り組むことができる。

図表6:大手新入社員の仕事の柔軟性 「あてはまる」割合(※5)(%)
大手新入社員の仕事の柔軟性 「あてはまる」割合

会社だけ・上司先輩だけ、では新人を育てられない

自ら育つことができる環境が顕在化していることは、企業の人材育成投資の重要性を低下させるものではないし、今後も大手企業が若手人材育成においてはビッグプレイヤーであり続けるだろう。しかし、その力は過去と比較して相対的に低下している(少なくとも若手当事者の認識においては急激に低下していることが本稿の検証で明らかとなった)ことは、指摘せざるを得ない。
ただ、環境変化のなかでこれまでのように「企業が若手を中長期的な目線でみっちり鍛える」ことがさまざまな理由で難しくなりつつあることも、また大きな流れである(※6)。若者を、会社だけ・上司先輩だけで育てる時代は終わったのだ。この流れが続く限り、今後の企業の若手育成の命題は、「若者をどう育てるか」ではなく「若者が育つのをいかに支えるか」に変わらざるを得ないだろう。
企業側はもちろん若者当事者も、「入った会社が新人を育てきる」という認識を改めるときが来ようとしている。

(※1)リクルートワークス研究所。調査票・設計資料などはこちら
(※2)さらに、週労働時間の回答において20時間未満の回答をした者を除外した。雇用保険などの関係上、週20時間未満は想定されづらく、イレギュラーな状態であると考えられるためである。なお、出現率は2015年(2016調査)で3.87%、2021年(2022調査)で3.37%であった。
(※3)調査では整数値で回答を取得していないため、各選択肢の中央の値などにより算出した。例:5~9時間以内→7時間など。
(※4)なお、厚生労働省の能力開発基本調査では計画的なOJT、Off-JT共に企業側回答による実施割合からは特段大きな減少傾向は見られていない。全国就業実態パネル調査との結果の違いには、①回答者の違い(育成機会の受け手である社員か、提供する側の企業か)、②企業規模の問題(本稿では1000人以上企業を検証)、③受け手の年代の問題(能力開発基本調査では受け手側の年齢層を限定して分析することが困難)といった理由が考えられる。
(※5)凡例の質問文に対して5件法で回答を得た結果の、「あてはまる」「どちらかというとあてはまる」の合計の割合。
(※6)なお、筆者は現代の職場のこうした態様を「ゆるい職場」と呼称し、調査・研究を進めている。

古屋 星斗

※本稿は筆者の個人的な見解であり、所属する組織・研究会の見解を示すものではありません。