「働く」の論点高校卒採用に何が起ころうとしているのか― 古屋星斗

今、高校卒採用市場で大変な事態が起こっている。2023年卒の求人倍率が過去最高水準となっているのだ。毎年5名前後の高校生を採用しているという企業の経営者は以下のように話していた。
「去年までは予定人数を採用できていたのですが、今年は9月末の時点で応募すら1人もありません」
高校生の採用に詳しい方であればおわかりだろうが、高校就活では、9月16日の選考解禁日に学校から推薦された1社の選考を受け、その企業から内定を得ることで大多数の就職希望者の進路が決定してしまう。このため、9月末時点で「応募すらない」状況であった上記の経営者は、今年度の高校生採用を完全にあきらめる覚悟を決めていた。
いま高校卒採用に起こっている変化について、簡単に紹介する。

求人倍率3倍超え

端的にわかりやすいのが、昨年度から突然求人倍率が急上昇したことである(結果はすべて7月末時点での求人・求職者数)。
2022年卒で2.38倍だったものが、2023年卒で3.01倍へと上昇した(図表1)。ポイントにして0.63ポイントの増加であり、結果として求人倍率はコロナショック前やリーマンショック前を超過し、同程度の水準と比較するにはバブル期の1992年卒の3.08倍まで遡る必要が生じてしまった。データの残る1985年卒以降で最高水準の求人難というのが、現在の高校卒採用の状況である。

図表1 高校卒者の求人倍率(7月末時点)(※1)
高校卒者の求人倍率(7月末時点)

ただし、バブル期の高水準とは構造が異なることは言うまでもない(図表2)。若年人口動態を確認することで明確となるが、1992年卒は高校卒業者が180万人以上いた。このうちの3割弱、実に50万人近くが就職を希望しており、それに対して150万人分の高校生求人があったというのが1992年卒の3.08倍の実態であった。
2023年卒の3.01倍は、高校卒業者数はまだ卒業前なのでもちろんデータがないがおそらく100万人を切り、このうちの15%程(13.3万人)が就職を希望し、それに対して求人が40万人あるという状態である。

高校卒就職希望者(≒求職者数 )(※2)はこの30年で約4分の1になった。今後高校卒業者数は漸減していくことが確実であるが、これに対して企業から多数の求人が出ている、というのが現状なのだ。
なお、求人数についてはまだコロナショック前の水準を超えていないためにさらなる伸びしろがあると考えることが妥当だろう(サービス業を中心に採用需要が戻り切っていない傾向が見られる。詳しくは後述)。40万人という高校卒求人数はコロナショック直前期を除くと1998年卒とほぼ同じ水準で決して少なくはなく、非常に高い求人需要が存在し続けていることにもまた留意する必要がある。
つまり、高校生に対する分厚い採用需要と、高校卒就職希望者減の二重の影響により過去最高水準の求人倍率となっていると考えるのが妥当である。

図表2 高校卒求人数、求職者数および高等学校卒業者数(推移)(※3求人数、求職者数および高等学校卒業者数(推移)

若手採用需要の蓄積が求人数の回復トレンドを支える

18歳人口やそれに起因する高校卒就職希望者数の長期的な減少傾向に、ここ何年かのうちに歯止めをかけることは現実的でない。そのため、高校卒採用の今後を占ううえでは求人数の回復・増加がどういったトレンドで進むのかが論点となる。参考として、ここ20年の高校卒求人数・求職者数のデータを示す(図表3)。

図表3 高校卒求人数および求職者数(就職希望者数)高校卒求人数および求職者数(就職希望者数)このデータを見ると、コロナショック前後の求人数の水準がいかに“異質”な水準が理解いただけるだろう。2000年卒から2016年卒頃までは求人数は一貫して10万~20万人台だったのだ。これが近年急激に増加し、2020年卒に至って44.3万人を記録した。コロナショックで33.6万人(2021年卒)と減少したものの、その後再び増加に転じている。
ここでポイントになるのは、①コロナショックにおける求人数の減少幅がリーマンショック時と比較して極めて緩やかであったこと、②その後の回復までの期間が短かったこと、の2点である。

①について、リーマンショック時の高校卒求人数は、26.4万人(2009年卒)から、13.5万人(2010年卒)へと実に49%減、ほぼ半減していた。他方でコロナショック(2020年卒から2021年卒)では24%(44.3万人→33.6万人)しか減少していない。
そして②について、リーマンショックの際には2010年卒で落ち込んだのち求人数が回復トレンドに乗るのに、5年ほどかかった。求人数が20万人台に戻ったのは2015年卒である。他方で今回は2021年卒で落ち込んだところから2年の2023年卒で40万人台へ回復しており、その期間の短さがわかる。

こうした求人数の急激な回復トレンドについては、やはり構造的な問題を想起せざるを得ないだろう。つまり、2020年卒まで需要超過の状態が長く続いたために若年労働者への求人ニーズが蓄積し、一時的に縮小したとしてもまた短期で回復する。こうした潜在的な若者需要の蓄積・堆積が、高校卒市場における求人数の高止まりと著しい回復トレンドの背景にあると考えられる。

想定されるさらなる採用難

この高校生の採用難がさらに続くのではないかと考えられる理由はもう1つある。求人数の回復傾向が建設業や製造業に偏っており、サービス業に及んでいないためだ。
高校卒求人の半数を占めるのが建設業と製造業であるが、もう半分はサービス業を中心とした他業種である。2020年卒から2023年卒にかけての求人の変化を見た場合に、求人数が最も増えたのは建設業であり、11%増となった。建設業では近年、日銀「短観」における雇用人員判断D.I.はマイナス5020229月調査、マイナスが人手不足方向)などと著しい人手不足の状況が続いており、その不足をなんとかしたいという企業の意向の表れと考えられる。製造業も2020年卒の求人数水準をわずかに下回っているがほぼ回復している。

図表4 産業別高校卒求人数(7月末時点)高校卒求人数(7月末時点)(産業別)

問題は、サービス業各業種が2020年卒の水準をいまだかなり下回っていることだ。「宿泊業、飲食サービス業」がいまだ7割の求人数であることは言うに及ばず、「運輸業、郵便業」や「医療、福祉」も2020年卒の8割程度までしか回復していない。外国人観光客規制や感染症対策が緩和されていくことにより、サービス業各業種における求人需要が再び活性化する可能性は高い(※4) 。この点が、2023年卒で顕在化した高校生の採用難がまだ始まりにすぎないことを示唆している。

もちろん、景況感の影響もあり、今般の高校卒採用市場の状況は一時的なものにすぎない可能性もある。しかしコロナショックという景況の急減速期を経てもなお、求人数の減少幅が一定程度にとどまっていたという近来の事実は、この若者採用難が極めて構造的なものであることを想起させ、一過性と決めつけることを難しくしている。
そして、「若者人口の減少とそれによる長期的な若者採用需要の蓄積・堆積」という構造自体は高校卒のみならず、大学卒などにもいえることである。この高校卒市場の急速な逼迫は本格的な若手採用難時代の号砲かもしれない、と考えることは性急に過ぎると言い切れるだろうか。

(※1)厚生労働省「令和4年度『高校・中学新卒者のハローワーク求人に係る求人・求職状況』取りまとめ(令和4年7月末現在)」等より筆者作成
(※2)厳密には厚生労働省集計における“求職者数”は学校・ハローワークの職業紹介を希望する高校生数であり、この他にも縁故や知人からの紹介、民間職業斡旋サービスなどを利用して就職する高校生がいることから、完全にイコールとはならないが、高校卒就職者のうち8割以上が学校・ハローワークの職業紹介により就職しているためこのように表現することができる
(※3)出所は求人・求職者数は図表1と同様。高等学校卒業者数は文部科学省「学校基本調査(年次統計)」より
(※4)日銀「短観」でも非製造業、特にサービス業の景況感は製造業と比較してまだ低調である

古屋 星斗

※本稿は筆者の個人的な見解であり、所属する組織・研究会の見解を示すものではありません。