「働く」の論点高校卒就職は変わるか―高校就職ワーキングチーム報告書を読む― 古屋星斗

「一人一社制」「推薦指定校制」「ハローワークによる就職斡旋」。大学卒で就職した人からすると想像することが難しいような多くの特徴が、高校卒就職には存在する。
学校から接続される産業社会・就業社会のあり方が大きく変わるなかで、こうした半世紀以上変わらないマッチングシステムに対して再考の声があがっている。厚生労働省と文部科学省では、こうした声を受けて、昨年来「高等学校就職問題検討会議ワーキングチーム」を立ち上げ、高校卒就職のあり方について検討を重ねていた。
2020年2月に、当該ワーキングチームからの報告案(※1、以下単に「報告書」とする)が公表された。すでに新聞等各種メディアにおいて、一人一社制の見直しなど大きく変化に舵を切った旨が取り上げられている(※2)。今回はワーキングチームのヒアリング対象でもあった筆者(※3)が報告書の内容を分析し、高校卒就職は変わるのか、そしてどう変わるのかについて検討する。

報告書の基底にある考え方

まず、報告書における基本的な考え方を整理すると、以下3点に集約されるといえよう。

生徒個人の主体性の尊重
学校推薦による内定を得た場合の拘束性を否定するとともに、生徒の意思を十分に尊重する旨を記した箇所(報告書P.11)など、民法改正による成人年齢の引き下げも見越して、生徒が労働契約締結の主体として十分納得して就職することを強調する考えを見ることができる。
②“職業選択の自由”と“卒業時の確実なマッチング”のバランス
民間の職業紹介事業者の職業紹介が職業安定法上、問題なく高校卒者の就職斡旋を行いうること、そして生徒への周知を行うことを明記している。他方で、学校による従来型の斡旋体制と組み合わせることにより、“選択の自由”と“確実なマッチング”をバランスさせようとしている(P.1214)。
③地域性に応じた対応の重要性
高校卒就職の仕組みは現状、画一的なものとなっているものの、実際は法定されたルールではない。このことから一律に規制することは馴染まず、基本的には都道府県ごとに各地域や学校の特性に応じて適切に決めることが重要である旨の記載が要所でみられる。(P.210など)

この報告書の基底にある3つの考え方については、高卒就職を考える際の重要なポイントであることに異議はない。とくに②について、生徒が職業人生で初めての職業選択を、「確実なマッチング」の大義名分のもとで過剰に制約してきたことをふまえ、生徒の就職活動の権利、いわば「就活権」を確保する方向へバランスを調整した内容であるといえよう。
また、③についても、むしろ現状が極めて画一的(※4)になっていることに対して各都道府県に横並びでない仕組みづくりの再考を促す内容であり、中央行政から地方への“検討課題”が具体的に示された形となっている。

報告書の具体的内容を考察する

次に、報告書の具体的内容について俯瞰し、重要ポイントについて詳述したい。大きく5つのポイントに分けて解説することができよう。

1.一人一社制の見直し(P.10~)
一点目は、一人一社制の見直しである。報告書では地域の実情に応じて、以下の2パターンのいずれかを選択することが妥当と示した。
A『高校卒就職の開始日(※5)より、複数応募を可能とする』
B『当初は一社のみ、101日等一定時期以後は複数応募可能とする』

Aについては、現状秋田県・沖縄県が一人三社であるが、その他の都道府県においては新しい仕組みとなる。他方、Bについては、現状でほとんどの都道府県が101日以降は2社目OKなどとする仕組み(※6)となっており、現状を追認する内容であるといえよう。
具体的な変化の方向性として、例えば自県内に若年者に対する雇用創出力の高い産業がない場合を想定して考えてみよう。その場合、自県内だけでなく他県の就職先も含めた複数応募をすることで、自県内に比較対象が少なく選ばされている感を抱きやすかった生徒にとってより納得感があり、また、確実な就職につなげることができることから、Aを選択する蓋然性は高まる。

2.学校推薦と就職先強制の改善(P.11
報告書にも記載がある通り、実態として、学校推薦による内定先は辞退することが極めて困難となるような進路指導が行われていることがあった。これは、推薦指定校制のもとで、就職先企業と学校との信頼関係を基盤とし、例年、自校の生徒が定数採用されているという状況が背景にある。たとえその生徒に損害が及んでも、就職先企業との継続的な関係を失いたくないという進路指導の産物であった。
報告書ではこうした状況について、「生徒が納得しないまま就職しても、生徒と企業の両者にとって良い結果につながらない」と指摘し、生徒の意思を尊重した指導を行うべき旨、明記している。
具体的な施策の方向性としては、先生と生徒の1対1の関係に閉じない、進路指導担当の先生を外部から支えるサービスを支援し活性化させることが必要となるだろう。

3.民間職業紹介事業者利用が可能である旨の周知徹底(P.11~)
高校卒就職における学校・ハローワーク斡旋の利用率は80%を超えている。このため、縁故採用などを除外すれば、民間職業紹介事業者の斡旋サービスなどを活用した就職の規模は非常に小さい状況にある。他方で、法的に民間職業紹介事業者の職業紹介は行いうることから、厚生労働省に対して生徒が民間職業紹介事業者による職業紹介を利用できることを明確化し、関係者に周知を行っていくことを提言している。生徒への丁寧な説明の重要性についても記載がある。
他方、民間職業紹介事業者に対しても高校卒就職におけるスケジュールのルールなどの申し合わせの遵守を求めるとともに、学校による斡旋との組み合わせについて以下の2パターンを例示した。
Ⅰ 一次応募から学校斡旋と民間職業紹介事業者斡旋の両方を活用する
Ⅱ 当初は学校斡旋のみとし、一定の時期後に両方を活用する

具体的には、報告書において指摘されている通り、厚生労働省より各都道府県当局に対して周知・徹底をするとともに、生徒個々人が“就職活動のやり方”自体を知ることが可能となるよう、各種媒体で知らせる取り組みが有効となる。

4.早期離職への対応(P.16
高校卒者の早期離職の問題については筆者も指摘している(『高校卒者のキャリア。問題の核心、「離職後」を考える』)ところであり、報告書でも項目を設けて提言された。
学校は卒業生に対して就職支援を提供することが難しい状況にあるが、実態としては高校卒就職者が卒業後、学校の先生にもとに仕事の相談に来るという話を聞くことは多い。このため、報告書においては、高校とハローワークが連携することの意義や、外部人材の活用が強調されている。
高校卒就職者が相対的に教育訓練機会や相談相手が少ない中小零細企業への就職が多いという事実、また、早期離職後に大卒者などと比較して非正規の仕事につきやすいといった特徴がある(※7)ことをふまえれば、高校卒就職者の早期離職の問題については、「若者の就労問題」以上の特別な支援が必要である。
ハローワークに集まる高校卒者向け求人情報の早期離職者への活用や、民間職業紹介事業者と学校との連携について、より具体的な検討が必要であろう。

また、早期離職者の状況については、「どういった具体的理由によるのか(回避可能な理由か)」「会社でどういった訓練・研修を受けたか(受け入れ体制はどうか)」「その後どうなっているのか(離職後のキャリア支援はどうあるべきか)」といった政策課題として明確になっていないことが多く、大前提として早急なデータコレクトが必要である。

5.適切な情報提供(P.16~)
高卒就職情報WEB提供サービスへの職場画像導入や、当該サービスについての管理ルールの改善が記載されている。
高校生が就職先の情報を把握し、より納得感のある進路選択を行うためにはこうした適切な情報提供は欠かすことができない。現状は当該サービスには、基礎的な企業情報と仕事の内容の概要、待遇などが文字情報で記載されるのみであり、到底現代の就職先選択にとって十分な情報量であるとはいえない状況である。
とある高校卒就職者は、「家からの近さと、年間休日、給料だけしか見なかった」と言っていたが、現在の高校卒就職の一面の実態であろう。画像に限らず、現在、大卒就職で提供されている情報を参考に、適切なものについては提供を進めていくことが望まれよう。
また、管理ルールについては、当該サービスはログインにパスワードが必須のところ、進路指導担当の先生にのみパスワードが発行されており、生徒がサービスを閲覧する際には、進路指導室等で見るか、担当の先生が自己のリスクで生徒にパスワードを開示し見せるよりなかった。こうした運用を改善することも提起されており、早急な対応を期待したい。

懸念点

全体としては上記の通り、「生徒の尊重」「選択とマッチングのバランス」「地方の独自性の尊重」と、これからの就業社会に向けた前向きな提案を感じることができる内容であるが、気になる部分もある。代表的な事項を2つ取り上げたい。

第一に、「全国高等学校統一応募書類を、民間職業紹介事業者も用いる必要がある」とされていることである(P.14)。
無論、公平性や生徒負担の観点から統一様式を用いることの利点は大きい。しかし、統一様式による採用選考は法人の人事権を制約するものであるということを、我々は自覚する必要がある。
仮に統一様式のみによる採用選考が行われた場合、果たして報告書でも記載されているようなインターンシップや高校独自の職業教育カリキュラムの内容を正当に評価することは可能なのであろうか。統一様式には、「校内外の諸活動」という数十文字書くことが可能かと思われる小欄が「趣味・特技」の横にあるのみである。報告書P.17にあるような、ミスマッチ解消に向けたキャリア教育やインターンシップなどの取り組みを企業が評価できるような様式である、とはとても評価できない。現在の様式で、現代における生徒の活動を正当に評価できるであろうか。
報告書の通り民間職業紹介事業者にも活用を促そうとする場合、少なくとも、様式の抜本的見直しは次のステップとして必要となるだろう。

第二に、より生徒の進路選択に悪影響を与えることが懸念されるのが、学校推薦と民間職業紹介事業者利用の併用時の「企業への報告ルール」案である(P.14)。報告書では「生徒が学校推薦により応募した場合は、その企業に対し、民間職業紹介事業者のあっせんにより他の企業へ応募しているか否かについての情報を応募時に明示するなど一定のルールを設けておく必要がある」とされている。
つまり、学校推薦先の企業に対して学校が「この生徒は他の会社も受けていますよ」と連絡することを仕組み化するということだ。推薦された生徒の他社応募を聞いた会社は良い気分ではなく、その生徒の採用選考に対して著しい悪影響が生ずる可能性もあるだろう。
採用選考においては、情報の非対称性が応募者(生徒本人)にあることを思えば、生徒に学校推薦以外を使わないよう強いる心理的圧力をかけるルールとなる可能性もある。「学校と企業との信頼関係」と「生徒のより良い進路選択」にとってバランスの良い仕組みが求められるといえよう。
例えば、選考前ではなく内定後にも他社選考を継続している場合にのみ明示するなど、生徒の選考機会に影響を与えず、かつ企業の人材獲得に対して影響が少ないやり方を模索する必要があるだろう。

報告書は次世代の高校卒者のあるべき進路選択の仕組みづくり、その号砲であり、これをきっかけに、高卒採用のあり方についてアップデートの検討が進むことを願ってやまない。本稿がその一助となれば幸いである。


古屋星斗

※本稿は筆者の個人的な見解であり、所属する組織・研究会の見解を示すものではありません。

(※1)https://www.mhlw.go.jp/content/11601000/000594155.pdf
(※2)例えば、日本経済新聞,“高卒採用「1人1社」制見直し、文科・厚労が報告書”(2020210日付)
(※3)https://schooltowork.or.jp/news200210/
(※4)例えば、秋田県と沖縄県以外は「一人一社制」を取り入れた状況にある
(※5)例年概ね9月16日より選考開始
(※6)例えば、東京都においては「推薦開始日からは1人1社の推薦とするが、10月1日以降は1人2社まで応募・推薦を認める。」と申し合わせている
(※7)リクルートワークス研究所, “高校卒者のキャリア。問題の核心、「離職後」を考える”