スポーツとビジネスを語ろう直感とデータの“ブレンディング”でチームを支える

横浜DeNA ベイスターズ チーム統括本部チーム戦略部部長 兼国際スカウトグループリーダー 壁谷周介氏

ビジネス界からスポーツ界に転身し、活躍している人々を取り上げる新連載。過去に培った経験の生かし方、スポーツ界とビジネス界の相違点・共通点などを聞き、読者諸氏にマネジメントや育成のヒントを伝えたい。
第1 回は、エレクロトニクスメーカーと戦略コンサルティングファームを経て横浜DeNA ベイスターズに転じた壁谷周介氏に、野球人から信頼を得るための工夫や「データ野球」への取り組みについて聞いた。
聞き手=佐藤邦彦(本誌編集長)


―壁谷さんは横浜DeNAベイスターズ(以下「ベイスターズ」)に入る前、ソニーで5年半、ボストン・コンサルティング・グループで4年半働いていらっしゃったのですね。そこから、畑違いだった野球界に飛び込んだのはなぜですか。

直感、としかいいようがありません。2012年に新聞で「ベイスターズ球団主要ポジション募集」という求人広告を目にして、どうしてもチャレンジしてみたいと思ったんです。

―当時、壁谷さんは転職を考えていたのですか。

いいえ、そうではありません。コンサルタントの仕事にやりがいを感じており、ベイスターズの公募を目にしていなければ前職を続けていたと思います。ただ、私は自分のキャリアを「エンタメ×数字を武器にする×グローバル」というキーワードで捉えていました。プロ野球というエンタメの頂点ともいえる世界で、数字に強いという自らの強みを生かして経営に携われる。そんなベイスターズの募集は、私にとって運命だと感じたのです

―入社直後の肩書は、社長室長兼地域貢献室長だったそうですね。

はい。最初は全社の戦略策定や、県内の野球振興など地域密着路線を強化する仕事を担当していました。ところが当時のベイスターズは、2008年から4年連続でセ・リーグ最下位。経営母体がディー・エヌ・エー(以下DeNA)に引き継がれ、私が入社した2012年も成績は低迷していました。このままではいけないということで、池田純代表取締役社長(当時)から、ITやデータを使ってチームを強化する「チーム企画室」の室長を任されたのです。

―その前年には、統計学的手法を駆使して貧乏球団を強化するGMを主人公にした映画『マネーボール』(2011年公開)が話題になりましたね。チーム企画室の創設も、やはり「データ野球」の推進が目的だったのでしょうか。

そう思います。当時の日本でも、野球を統計的に分析しチーム運営に役立てる手法「セイバーメトリクス」を導入し始めていた球団は、一部ありました。しかし、ベイスターズがIT化に取り組んだ時期は、他球団よりも早いほうだったかもしれません。

野球人の信頼を得るため「クイックヒット」を作る

―チームを強化するため、最初に何を手掛けたのでしょうか。

私は選手やコーチ、スタッフの皆さんから、「外の世界から突然やってきた門外漢」だと見られていました。ですから、仕事をやりやすくするため、信頼を得なければなりませんでした。そこで短期間で成果が見える施策、つまり「クイックヒット」を生み出そうと心がけました。
まず取り組んだのはドラフト会議に向けたスカウティングに必要なアマチュア選手のプレー映像をクラウドシステムにアップロードする仕組みづくりでした。当時から、各地に散らばっているスカウト担当者が横浜の球団オフィスに定期的に集まり、彼らが全国で撮影してきた候補選手の映像を使ってGMにプレゼンテーションするのが常でした。膨大な数の映像をHDDレコーダーにダビングするのですが、その作業は実に非効率。また、時には必要な映像がなかなか見つからず手間取ることもありました。しかしクラウド化によって、スカウト担当者はわざわざ横浜に行かなくても、選手を見に行った先のホテルなどから簡単に映像を共有でき、GMもスカウト会議を待たずに選手の映像を見られるようになったのです。このように、皆の仕事を効率的にすることに力を入れて、信頼を積み上げました。

w164_sports_02.jpg―クイックヒットによって信頼を得るという発想は、以前からお持ちだったのでしょうか。

そうですね。前職で経験したコンサルタントは、客観的な視点と幅広い知見を持ち込んでクライアントの課題を解決する仕事でした。そのプロセスで大事なのが、信頼を得て懐に入る力だったのです。そのときに培ったノウハウは、野球界への転身後も十分に生きていると思います。

―2015年には、投球のスピードやボールの回転数、打球の角度や飛距離などを計測する機器「トラックマン」を導入したと聞きました。

トラックマンの導入は大きな転機でした。これによってフィールド上でのボールの動きが可視化・データ化できるようになり、選手の評価方法や戦術に大きな変化をもたらしました。また、扱うデータ量は以前とは比較にならないほど膨大になりました。そこでベイスターズでは、データを分析する専門スタッフを採用するようになったのです。

データと直感、そしてプロ人材同士を融合させる

―トラックマン導入によってデータ分析でできることが増えた結果、選手やコーチとのコミュニケーションは増えたと思います。そのなかで心がけていることはなんですか。

それは「ブレンディング」(融合)です。プレーするのはあくまで選手。データはもちろん活用してほしいのですが、無理矢理押しつけるのではなく、選手の直感とすり合わせることが重要です。データありきではなく、選手の声に耳を傾け、必要な情報を必要なタイミングで、彼らが理解できる言語で提供することを肝に銘じています。

―データと直感を融合させるとう考え方は、とても面白いですね。これをさらに進めるため、今後取り組みたいことはありますか。

コーチ、選手やR&D以外のスタッフに、データの理解・活用能力や協働する力を磨いてもらっています。たとえばスタッフとコーチ陣には、2014年からチームビルディング研修を実施。ほかにも、スタッフ、コーチ、選手向けにさまざまな研修や勉強会を行っています。

―コーチや選手向けの講習会は昔からありますが、一般企業で実施されるようなチームビルディング研修を行っているのは斬新ですね。

多様なプロ人材がスポーツ界を目指す未来

―ベイスターズのようにデータ活用を進める球団は今後ますます増えそうです。こうしたなか、壁谷さんは他球団をリードするためにどんな施策を考えているのでしょうか。

優れた専門家の招聘と育成に力を入れています。AIやデータアナリストなどに加え、2020年はバイオメカニクスの専門家をチームに加えました。

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―IT人材を確保するうえで、親会社であるDeNAとのつながりはとても貴重ですね。

その通りです。ベイスターズには、DeNAに属しているビッグデータやAIの専門家たちもプロジェクトベースで参加しています。 
もう1つ取り組んでいるのは、グローバルな知見の導入です。日本の野球界は米MLBに比べ、データ活用に関しては遅れていると思いますね。2019年からMLBのアリゾナ・ダイヤ
モンドバックスと業務提携し、コーチ、スタッフの相互派遣を行うなどしてノウハウを取り込んでいます。

―日本のプロ野球界でデータ活用が遅れているのはなぜですか。

理由の1つは専門家人材の不足だと思います。日本は米国に比べ、データアナリティクスやバイオメカニズムの修士・博士号を持つような専門家が少ないです。そこでベイスターズでも、筑波大学などと連携するなどして人材確保に努めています。
そしてもう1つの理由は、高度な専門家を集めてプロジェクトを組むことが、日本は米国に比べて得意ではないからかもしれません。

―その傾向はビジネスでもスポーツの世界でも同じですね。特定領域の高度専門人材が業界をまたいで活躍する風土がないと感じます。さて、時間をかけよいチームを築きつつある壁谷さんが、今後、チームを強化する以外に目指すことはありますか。

スタッフの報酬や社会的ポジションを向上させ、スポーツ界で働くことの魅力を高めることです。今はスポーツが好きというスタッフの気持ちに甘え、グローバル、あるいは国内他業界の水準に比べると決して高くない報酬で頑張っているのが、スポーツ界の現状です。これからデータアナリストをはじめとする専門家の人材獲得競争がさらに激しくなったら、今のままでは人材の確保はますます難しくなるでしょう。
健全経営や収益拡大によって、スタッフの待遇なども市場競争力のあるレベルに高まる。それが私個人の願いでもありますし、ベイスターズ全体で取り組んでいることだと思っています。

After Interview

副業解禁や個人事業主化のニュースとともにキャリア自律が叫ばれるなか、好きなことを仕事にしようと模索している人は多い。その点、壁谷氏の経歴と転職経緯はとても興味深い。壁谷氏に本格的な野球経験はなく、大学卒業後メーカーに就職して経営企画畑を歩み、コンサルティング会社ではコンサルタントとして幅広く活躍し将来を嘱望されていた。それまで職業としてスポーツに関わったことはなかったが、偶然の出会いから、これまでの経験を武器に好きなスポーツ(野球)の世界で挑戦する道を選んだ。
人口減少時代にあって、構造的にあらゆる業界が人材不足に陥るなか、スキルや経験を武器に早いタイミングで好きな仕事にチャレンジするパターンが増えそうな予感だ。失敗しても取り返せる30代でのチャレンジであるところがポイントだろう。実際、チーム戦略部のデータアナリストやエンジニアなど高い専門性をもった若いメンバーも、壁谷氏と同様、多くの選択肢があるなか野球に対する熱い思いで集まっている。

壁谷周介氏w164_sports_02.jpg
横浜DeNA ベイスターズ チーム統括本部チーム戦略部部長 兼国際スカウトグループリーダー

Kabeya Shusuke 一橋大学商学部卒業。ソニー、ボストン・コンサルティング・グループを経て、2012年、横浜DeNAベイスターズに
入社。社長室長兼地域貢献室長、チーム企画室長、ファーム・育成部長を歴任した後、現在はチーム戦略部長としてチームのデータ・IT 活用戦略と外国人選手獲得を含む国際戦略を担う。
2017年には同部内にR&Dグループを立ち上げ、より先進的なデータ・IT 活用施策に挑戦中。