スポーツとビジネスを語ろう地域を盛り上げることがクラブの発展にもつながる

鹿島アントラーズ・エフ・シー 代表取締役社長 メルカリ 取締役President(会長) 小泉文明氏

ビジネス界からスポーツ界に転身し、活躍している人々を取り上げる本連載。今回は、メルカリで要職を務めるかたわら、鹿島アントラーズの社長としてクラブに新たな風を吹き込んだ小泉文明氏に話を伺った。小泉氏がIT 企業で培った知見は、アントラーズでどう生かされているのか。また、他のコンテンツに打ち勝ってファンを増やすため、どんな施策を考えているのだろうか。
聞き手=浜田敬子(本誌編集長)


―小泉さんはカタールで行われたワールドカップを、現地で観戦されたそうですね。

日本対ドイツ戦と日本対コスタリカ戦などを見てきました。4年前のワールドカップは一ファンとして現地観戦したのですが、当時に比べると日本サッカーの進化を強く感じました。コスタリカ戦では、相手が日本をリスペクトして守備的に臨んできましたからね。
選手が必死に戦っている姿は感動的でしたし、負けた試合の悔しさも含めて、サッカーは素晴らしいと改めて認識を深めました。この熱狂を4年に1度のものではなく継続させることが、Jクラブの経営者であり、Jリーグの理事でもある私にとっては大きな課題ですね。

―メルカリがJリーグの名門クラブである鹿島アントラーズ(以下アントラーズ)の経営権を取得し、小泉さんが代表取締役社長に就任したのは2019年のことでした。最初に小泉さんが手がけたのはどんなことでしたか。

まずは、スタッフの働き方や組織のあり方を変えました。チームコミュニケーションツールとしてSlackを導入して情報共有しやすくする、それまで決裁にハンコが6つくらい必要だった組織をフラット化するなど、メルカリのやり方をアントラーズにも取り入れたのです。こうした改革を済ませていたおかげで、その約半年後の新型コロナウイルス感染拡大時にも、問題なくリモートワークに移行できました。

―情報共有がスムーズにできるようになって、何が変わりましたか。

私は経営の本質を、素早く正しい判断を下してすぐ行動に移すことだと考えています。その意味で、社員たちが正しい情報を素早く手に入れられるようになったことは、経営に大きな効果をもたらしました。

情報共有を徹底して社員のアイデアを導く

―メルカリでは経営会議の議事録がすぐ全社に共有されるほど、情報開示が進んでいます。アントラーズでも同じですか。

はい。IT企業もプロスポーツクラブも、経営のやり方に大きな違いはないというのが私の考えです。メルカリで定着しているよい仕組みは、アントラーズでも積極導入しようと考えています。

―以前アントラーズの社員の方にインタビューしたとき、情報共有が進んだことで経営陣の考えていることがわかり、意見やアイデアが出しやすくなったと言っていました。

そうですか。それは経営者としては嬉しい話ですね。
世の中にはよく、「うちの社員は何も考えていない」とグチをこぼす経営者がいます。でも、十分な情報を与えもしないのに優れたアイデアを期待するなど無理でしょう。社員の実力をフルに発揮させるには、社内の情報格差をなくすべきです。

―人事評価の方法も、以前とは変えたのですか。

以前のアントラーズでは昇格=昇給という仕組みでしたが、組織内の階層を減らしたことで昇格の機会は少なくなりました。そこで今は、優れたリーダーシップを発揮し成果を上げた社員を高く評価し、昇給させる仕組みに変えています。
大切なのは、社員を正しく評価すること。成果が出ないときは奮起させ、よい仕事をしたときはきちんと評価する。そうすることで、社員は「自分の仕事ぶりをきちんと見てくれている」と感じ、組織を信頼してくれるのです。

―そうした雰囲気が広がったことで、社内は変わりましたか。

まだまだ変化の途中ですが、新たなことに挑戦する機運は高まっています。たとえば、先日はある社員が、高校生年代の選手が所属するユースチームのファンクラブを作りたいと提案してきました。
アントラーズでは今、日本代表の中心選手としても活躍した柳沢敦がユースの監督を、小笠原満男がユースを含めた若手全般の育成組織であるアカデミーのテクニカルアドバイザーを務めています。「我がクラブのレジェンドが育てた選手を支えよう」「次世代のスターを先物買いで応援したい」と考えるサポーター・ファンはたくさんいるはず。よいアイデアだと思い、さっそく取り組みを進めています。

―往年のスターが若手を育てていると、応援のしがいがありますね。

そうなんです。サポーターの皆さんが、ファミリーとしてクラブを支えてくれている。そして、社員がその絆をさらに強めるアイデアを出してくれるのは、ありがたいですね。

w176_sports_01.jpg黄金時代を支えた柳沢敦氏(写真)や小笠原満男氏が、アントラーズの若手育成組織で次世代のスターを育成している。
©KASHIMA ANTLERS

w176_sports_02.jpgクラウドファンディングの返礼イベントとして開かれた「アントラーズ大運動会」の様子。寄付をした人が参加でき、選手や監督と一緒になって楽しんだ。
©KASHIMA ANTLERS

テクノロジーを生かして地域活性化にも取り組む

―コロナでスポーツ界は大きな影響を受けましたが、経営側としてどう乗り切ったのでしょうか。

スタジアム来場者が減った2020年7月に、クラウドファンディングを実施しました。2021年と2022年にも行い、毎回1億円以上を集めています。また、アウェーの試合や過去の試合に合わせて現役選手やOBがトークし、視聴者がギフティング(投げ銭)できる「鹿ライブ」も新たに提供。売上減を補うため、テクノロジーを生かした新たなマネタイズ手法を模索しています。

―その取り組みから新たなアイデアがさらに生まれそうですね。

他クラブはクラウドファンディングの返礼品として、主にサイン入りユニフォームなどのモノを提供していますが、アントラーズでは選手との交流イベント参加権など、なるべくコトでお礼をしています。今後のJクラブには、コト消費で多くのサポーターとファンを巻き込む取り組みが欠かせないと思います。

―コト消費といえば、アントラーズではさまざまな体験型イベントを積極的に手がけていますね。

夏場のビアガーデンやスタジアムキャンプなど幅広くやっています。カシマスタジアムで婚活イベントも行いました。

―サッカーファンだけでなく、スタジアムに来ればいろんな人が楽しめる仕掛けですね。

鹿嶋市の人口は6万5000人ほどで、J2まで含めても最小クラスのホームタウンです。ですから、地域が活性化しないと観客が増えないという課題感が強いのです。アントラーズがスポンサーや行政、サポーター、そして一般市民を結びつけるハブとして機能し、地域のさまざまな課題を解決できれば、クラブの経営にもプラスに働くはず。そう考えて地域向けの施策を打っています。
また、メルカリはグループを挙げて循環型社会の実現に取り組んでいます。それは、アプリのなかだけで実現されるものではありません。鹿嶋の周辺地域というリアルなプラットフォーム上で、地域のさまざまな企業や人を巻き込んで循環を作ってもいいはずです。

―なるほど。企業や行政にはどんな取り組みをしていますか。

たとえば、地元の企業に対してDXコンサルティングサービスの提供をはじめました。各社の業務フローの見直しから、その業務に適したシステムの導入までを支援しています。また、交通データを分析して交通課題を解決する実証実験などにも取り組んでいきます。

―メルカリで蓄積した知見やテクノロジーを、クラブだけでなく地域に還元していくということですね。

w176_sports_03.jpg

アントラーズの成功体験をJリーグにも還元する

―ワールドカップでの盛り上がりを継続させるため、今後どんなことを考えていますか。

Jリーグの楽しさを、より多くの人々に伝えたいと思っています。
野球とサッカーしか娯楽がなかった時代はとっくに終わりました。今はスポーツ以外のコンテンツとも、利用者の時間を激しく奪い合っている状況です。そこで、サッカー最大の魅力である「ライブ性」を、もっと前面に打ち出したいですね。

―それには、スタジアムの盛り上がりが欠かせませんね。

その通りです。スタンドがガラガラで冷め切っていたら、どんなにテクノロジーを使っても、現場の熱狂など伝えようがありません。
そこで私たちが力を入れているのが、既存ファンが新規ファンをスタジアムに呼び込む環境を作ることです。広告と口コミでは、新規ファンへの影響力がまったく違いますから。

―具体的にはどんな施策を打っているのでしょうか。

スタジアムに同伴者を連れてきたら同伴者の人のチケットを無料にするキャンペーンを打ったり、スタジアムに再入場できるようにし、周辺に飲食店やイベントなどを誘致したりしました。どちらも、新規ファンから好評でした。

―小泉さんはJリーグの理事でもありますが、アントラーズの成功体験をJリーグに還元することはありますか。

もちろんです。Jリーグでは新国立競技場などを使って試合を行う際に、Jリーグ側が一部席のチケット代を負担し各クラブが無料チケットを配布しやすくする仕組みを設けています。これはアントラーズの「2階席無料キャンペーン」で得られたデータを解析し、新規ファンの取り込みに効果があるとわかったから始まりました。今後もJリーグのため、アントラーズの成功体験をフィードバックしていこうと思います。

―アントラーズだけでなく、地域やJリーグの利益をも追求していかれるのですね。

そうです。私たちは鹿島という地域をプラットフォームだととらえ、そこで地域の人や企業など、幅広い層に喜ばれる事業を展開していきたいのです。そうして地域を活性化できれば、スタジアムにもたくさんのお客さまが訪れ、クラブの経営にも寄与するでしょうから。

Text=白谷輝英 Photo =伊藤 圭

After Interview

Jリーグの理念には各クラブがホームタウンと定めた地域で、社会と一体となってクラブを運営することが掲げられている。リーグ開幕から30年。日本でサッカーがこれほど親しまれるスポーツになり、ワールドカップでの活躍に国中が熱狂するようになるまでには、このJリーグの「地域に根ざした」地道な活動が大きく影響していると思う。
鹿島アントラーズの経営を引き継いだ小泉氏は“メルカリ流”をクラブ経営に持ち込み、次々と改革を進めている。組織をフラットにし、デジタルツールを駆使してコミュニケーションを活発にし、意思決定をスピード化する。結果、これまでにないマネタイズ方法も生まれている。アントラーズで成功した手法はJリーグの他クラブにもシェアし、メルカリが得意とするデジタル技術はクラブ経営にだけでなく地域貢献にも生かす。共生や共創というキーワードはよく聞かれるようになったが、まさにそれを体現しているといえるだろう。

小泉文明氏
鹿島アントラーズ・エフ・シー 代表取締役社長 メルカリ 取締役President(会長)

Koizumi Fumiaki 早稲田大学商学部卒業後、大和証券SMBC(現・大和証券)に入社。投資銀行本部にミクシィ(現・MIXI)やディー・エヌ・エーなどネット企業のIPOを担当。2006 年にミクシィに転じ、取締役執行役員CFOを務める。2012 年に退任し、いくつかのスタートアップを支援した後、2013 年からメルカリに参画。2014 年に取締役、2017 年に取締役社長兼COO、2019 年9 月には取締役President(会長)に就いた。2019 年8 月、メルカリが鹿島アントラーズの経営権を取得したのを機に、運営会社鹿島アントラーズ・エフ・シーの代表取締役社長に就任。2022 年からはJリーグの非常勤理事も務める。