スポーツとビジネスを語ろう当たり前のことを当たり前にやる。それが、スポーツビジネスでも基本だ

エスパルス 代表取締役社長 山室 晋也氏

ビジネス界からスポーツ界に転身し、活躍している人々を取り上げる本連載。今回登場する山室晋也氏は、赤字続きだった千葉ロッテマリーンズを創設以来初の黒字化に導き、近年は低迷気味の古豪・清水エスパルスに転じてさまざまな改革を主導している。元銀行員の目に、プロスポーツの世界はどのように映っているのか。また、球団やクラブが抱えていた課題に、山室氏はどのように切り込んだのか聞いた。
聞き手=佐藤邦彦(本誌前編集長)


―山室さんは銀行員として実績を残した後、千葉ロッテマリーンズ(以下「マリーンズ」)に転じました。動機は何でしたか。

私は銀行で4店の支店長として働いた後、執行役員を務めました。その後は関連会社の社長に就いたのですが、そこでは仕事に物足りなさを感じるようになりました。決められた枠のなかで決まった仕事をする日々を過ごすうちに、「このままでいいのか」という疑問が徐々に強まっていったのです。そんなとき、ご縁があってマリーンズから声をかけていただきました。

―当時のマリーンズはどのような状況だったのでしょうか。

マリーンズは1969年のチーム創設から毎年、親会社の赤字補填を受けて莫大な営業赤字を解消していました。ロッテの広報的役割を担うことで、財政面で支援を受けることが常態化していたのです。球団のなかには「最後は親会社が何とかしてくれるだろう」という意識が蔓延し、赤字に対する問題意識が足りないように見えました。

―そんな状況で、社長就任をためらう気持ちはなかったのですか。

多少はありました。しかし、プロ野球球団の経営者という刺激的な仕事に就けるチャンスは、めったにないという思いが上回ったのです。
銀行員時代、私は企業の再生や成長支援に数多く携わりました。そこで、つぶれかけた会社を引き継いで立て直したり、ゼロから創業して上場まで果たしたりした経営者をたくさん見てきたのです。銀行の関連会社という立場でできることには限りがあります。私も過去に出会った経営者たちのように、自らの実力で挑戦したいという気持ちが湧き上がりました。また、私のようなグループ外、かつ異業界から転身した者が社長を務めることで、思い切った改革ができるのではとも考え、マリーンズからの依頼を引き受けたのです。

w175_sports_01.jpg

スポーツビジネスは人の喜怒哀楽に携わる仕事

―山室さんにはマリーンズで、どんなミッションが与えられましたか。

親会社からは、1カ月の赤字額をせめて1億円に収めてほしいと要望がありました。しかし私は、できるだけ短期間で単年度黒字を達成し、3 ~ 5年くらいで別の方に経営をお任せしたいと考えていました。

―なぜ、社長職を3 ~ 5年で退こうと考えたのでしょう。

1人の経営者が長くトップに就いていると、慢心が生まれますし、組織にも緩みが出てよくありません。また、私自身はプロ野球の専門家ではないのですから、黒字化に成功して選手補強に予算を使える状況まで導けたら、次の段階は強化のプロに任せるほうがいいと思ったのです。

―マリーンズは山室さんの下で、念願の黒字化に成功しましたね。

はい。就任3年目の2016年に売り上げが大きく伸び、2018年には7億円の単年黒字を出しました。翌2019年も11億円の黒字。私の役目は十分果たせたと思い、マリーンズの社長を退任したのです。

―その際、山室さんにはほかの分野でターンアラウンドマネジャー(企業再生請負人)として働く道もあったのではないかと思いますが、清水エスパルスの運営会社であるエスパルスの代表取締役社長に就任したのはなぜなのでしょうか。

エスパルス以外からもお声がけはいただき、検討もさせていただいたのですが、1度スポーツの仕事を経験したことで、その魅力にとりつかれたところはありましたね。スポーツビジネスは人の喜怒哀楽に直接携われるし、その地域に大きな影響を与えることもできる。やっぱり面白い仕事だよなと思い、エスパルスの仕事を引き受けました。

―エスパルスが抱えていた課題はマリーンズと違っていましたか。

かなり違いました。エスパルスの課題は財政ではなく、成績面にあったのです。Jリーグ発足時から加盟している古豪クラブで、サッカー王国・静岡がホーム。サッカーに疎かった当時の私は、「エスパルスは優勝争いの常連に違いない」と思い込んでいたのですが、近年の成績は低迷気味でした。私の役割は財務強化だけでなく、クラブ全体の底上げをすることだと悟ったのです。

―エスパルスはマリーンズより、予算や観客動員数などさまざまな面で規模が小さいようですが、それで苦労したことはありますか。

何か施策を打ちたいとき、予算や人的資源の制約に苦労しないわけではありません。でも、規模が小さいことで地方自治体やサポーターとのつながりを密にしやすいですし、何より小回りがきくのが大きな利点です。中小企業には中小企業なりの強みがあると、私は思うのです。

社員のやる気を伸ばし組織にスピード感を生む

―マリーンズやエスパルスの立て直しに際し、どのような手を打ったのでしょうか。

特別なことはしていません。チケットやグッズの販売、スポンサー営業などの各分野で、当たり前のことを当たり前にやっただけでした。
たとえば、私が社長に就任したばかりのエスパルスでは、ROI(投資利益率)がまったく意識されていませんでした。当時のプロ野球スタジアムでは、ラグジュアリーシートなどの新席種を作ることが流行していて、エスパルスでもそのような提案が出たことがあります。考え方は悪くないのですが、年に70試合以上のホームゲームを戦うプロ野球に比べ、Jリーグのホームゲーム数は20試合前後と少ない。数億円かけて新席種を設けても、本当に採算がとれるのかという数字の裏付けがないままで提案が行われていたのです。

―収益に対する分析に、甘さがあったというわけですね。

そうなんです。一般ビジネスでは普通に行われているROIの試算や分析が、エスパルスではおろそかにされていると感じました。そこで特に最初の頃は、利益に対する意識を徹底させることに注力したのです。

―そうしたクラブの体質はだいぶ変わりましたか。

社長の私がいつもうるさく言うので(笑)、社員の意識はかなり変わったと思います。でも誤解しないでいただきたいのは、パワーポイント数枚にも及ぶような綿密な資料を作らせるわけではない、ということです。エスパルスは職員数数十人の中小企業で、スピード感が命。お客さまのためになるアイデアが見つかったら、すぐ決断してすぐ実行することが大切ですし、そこがよいところでもあります。
また、社員のやる気を上手に生かすことも心がけています。好きなサッカーに携われる楽しさにブレーキをかけると、企画力やスピード感が鈍くなります。現場のメンバーが仕事を楽しいと感じ、突っ走るパワーこそがスポーツビジネスのいちばんの推進力なので、そこは「角を矯(た)めて牛を殺す」にならないように気をつけていますね。

―組織としてやるべきことをきちんとやりつつ、社員一人ひとりの発想やスピード感も大事にする。そのバランスを、うまくとっているのですね。
ROIなどの考え方を導入して改革を進めると、こうした手法に慣れていない社員のやる気をそぐ危険性もありますよね。ほかに配慮していることはありますか。

普段から心がけているのは、社員の生の声を聞くことと、彼らが面白がれる仕事をいかにして増やすかということです。
たとえば2022年7月、エスパルスのクラブ創設30周年記念マッチを国立競技場で開催したのですが、これは社員発案の企画でした。地方クラブが国立競技場を借り切るのは無謀だとも言われたのですが、当日はクラブ史上最高の5万6000人もの観客を集めることができました。

―そのとき山室さんは、「国立でやりたい」という社員のアイデアを否定せず、後押ししたのですね。

はい。サッカーに携わる人間にとって、国立競技場での試合は夢のなかの夢。私がぜひやってみようじゃないかと言ったとき、社員は驚くと同時に目を輝かせていました。
優勝を決めるわけでもない試合にあれほどの大観衆が押し寄せたのは、リーグや地域に大きな衝撃を与えたと思います。そしてそれ以上に、社員にとってインパクトがあったのではないでしょうか。「我々は全国でも通用する!」という自信が芽生えたことで、クラブは一段階上に行けたと思います。

w175_sports_02.jpg©S-PULSE

稼ぐ意識・力を高め全国的クラブへの脱皮目指す

―エスパルスを今後、どのような方向に導きたいですか。

清水という地元を大切にしつつ、浦和レッズや鹿島アントラーズなどと並ぶような、全国で通用するクラブを目指しています。国立競技場での試合はその一環ですし、2021年にIAIスタジアム日本平の指定管理者(地方自治体などから指定され、公的施設の管理を担当する団体のこと)になったのも、全国的クラブへの脱皮を目指したものです。

―指定管理者になることで、どんな効果があったのでしょうか。

それまでは静岡市からスタジアムを借りている立場だったのですが、指定管理者に選ばれたことで、設備の改修や装飾などの自由度が増しました。その結果、スタジアム外面に大きなエンブレムを掲げるなど、エスパルスのサポーターがよりホームスタジアムとして楽しめる場づくりができるようになりました。また、コスト削減の施策も打ちやすくなったのです。当初は、地元から強い反発がありましたし、クラブ内からも懐疑的な意見が出たのですが、断行してよかったと思っています。

―親会社に依存し、財政面で問題を抱えているクラブが日本にはたくさんあります。こうした状況を脱するには、どうしたらいいですか。

自力で稼ぐ力を身につけるのがいちばんです。欧米のプロ野球球団やプロサッカークラブを見ると、親会社になどまったく頼らず利益を出そうとする意識が高いですよね。私もエスパルスを、収益性の高いクラブに育てたいと思っています。そして、財政面で自立したクラブが増えると、競争がさらに激しくなり、ファンの増加につながって、日本でサッカーというスポーツがさらに盛り上がるのではないでしょうか。

Text=白谷輝英 Photo=平山 諭

After Interview

金融業界から転身した山室氏の大きな強みは、財政再建のスキルと経験だといえるだろう。ただ、山室氏は当たり前のことを当たり前にやっているだけと言い切る。プロ野球で流行っていたラグジュアリーシートを提案された際のエピソードはまさにそれだ。流行っているからやるのではなく、試合数や観客動員数などの情報をもとにROIを試算して検討する。銀行員にとって当たり前の進め方をエスパルスに浸透させることが、改革の第一歩だった。しかし、山室氏の改革の本質はその先にある。常にROIを意識して仕事を進めながらも、ここぞという場面では、社員のスポーツにかける思いに耳を傾ける。国立競技場での試合を推し進めた決断は、大観衆を集めた功績もあるが、何より、社員の士気に対するインパクトが大きかった。
今回のインタビューを通じて見えてきた山室氏の魅力は、銀行時代に培ったビジネススタイルとスポーツに対する熱き思いの融合ということだ。

山室晋也氏
エスパルス 代表取締役社長

Yamamuro Shinya 立教大学経済学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)に入行。支店長在任17 期中、15 期で総合成績優秀賞を受賞した。2011 年からみずほ銀行執行役員、2013 年からみずほマーケティングエキスパーツ代表取締役社長を務めた後、2014 年、千葉ロッテマリーンズ取締役社長に就任。赤字続きだった経営を立て直し、社長最終年の2019 年には11 億円の黒字を稼ぎ出した。2020 年、清水エスパルスの運営会社であるエスパルスに転じて代表取締役社長に就任。さまざまな分野で改革に取り組んでいる。