スポーツとビジネスを語ろうアナリストにはデータ解析力だけでなくプロと対話し納得させる能力も必要だ

プロサッカーアナリスト 杉崎 健氏

ビジネス界からスポーツ界に転身し、活躍している人々を取り上げる本連載。今回は、スポーツデータ分析会社で経験を積んだ後、3つのJクラブでサッカーアナリストとして活躍し、現在はフリーの立場でサッカーアナリストの育成などに携わっている杉崎健氏に話を聞いた。アナリストには、データの解析能力や、必要なデータを導き出すための思考能力だけでなく、コミュニケーション能力やプレゼンテーション能力も必要だという。
聞き手=佐藤邦彦(本誌前編集長)


―プロの「サッカーアナリスト」(以下「アナリスト」)として活躍する杉崎さんですが、サッカーのプレー経験はあるのですか。

はい。幼稚園からサッカーを始め、中学校と高校ではサッカー部に所属していました。ただ、プロに進めるレベルではありませんでした。

―サッカー解析の仕事を始めたきっかけは何だったのでしょう。

私は大学2年生のときから、サッカーや野球といったスポーツのデータ解析を行う企業であるデータスタジアムで、データ入力のアルバイトを始めました。Jリーグの試合映像を見ながら、「どの選手がどこからどこに、どの選手に向けどんなパスを出したか」というように、すべてのプレーを記録する仕事でしたね。サッカーでは90分間に2000 ~ 2300プレーが行われるので、作業量は膨大です。最初は1試合分の入力に30時間くらいかかりました。

―大変ですね(笑)。

本当に(笑)。そこで入力速度を速くするため、「この戦術なら、この選手はこういうふうにボールを受けた後、ここにパスを出すだろう」などと予測しつつ記録したところ、それぞれの選手の特徴や試合の展開がわかるようになったのです。また、各サッカークラブの長所・短所や課題についても、徐々につかめてきました。

―映像確認とデータ入力の積み重ねが、試合を見る目を養ったのですね。世の中には地道な習練を嫌う人もいますが、単純作業を通じて地力を高めた杉崎さんのやり方は大いに参考になると思います。
さて、杉崎さんは大学卒業後、データスタジアムの正社員になりましたが、その後はどのように役割が変わったのでしょうか。

入力作業からは卒業し、Jリーグに属するクラブ(以下「Jクラブ」)の監督やスタッフを相手に、データを使ってチームの現状や課題を説明する仕事を担当しました。また、途中からはその仕事と並行して、データスタジアムの解析システムが未契約のJクラブに営業もするようになりました。当時の私は技術者気質が強く、自分は営業向きではないと思っていましたが、データ解析でチームの課題を上手に説明できるのだから、クラブ側に解析システムの長所を伝えられると説得され、営業にも取り組むようになったのです。

相手の主観を肯定しつつギャップあるデータを提示

―データスタジアムで働いていた当時、サッカー界ではデータ活用がどの程度進んでいたのでしょうか。

海外ではデータを活用するクラブが増えていましたし、2011年頃には日本でも、ボールや選手の動きをカメラで自動追尾して解析する「トラッキングシステム」の提供が始まりました。でも、データ活用に積極的なJクラブはまだ少なく、多くのサッカー関係者は、経験に基づいた主観を頼りに練習メニューや試合における戦術を決めていました。

―杉崎さんは、データ解析の長所をどうやってアピールしましたか。

心がけたのは、主観とデータとのギャップを可視化することです。たとえば90分間の試合中、フリーキックやスローインなどで試合が止まった時間を除いた「実質的なプレー時間」はどのくらいかと聞くと、多くの人は70 ~ 80分くらいだろうと答えます。でも、実際はJ1平均で55分間程度しかありません。

―そんなに短いのですか。

そうなんです。ほとんどのサッカー関係者が一様に驚きます。Jクラブの監督は誰もが鋭い観察眼を持ち合わせていますが、彼らですら、試合の印象とデータの間にずれが生じることがあるのです。そのずれを示せば、現場はアナリストの説明に興味を持つようになります。

―そうなんですね。ところで、プロサッカー界と関わりがなかった杉崎さんに対し、反発する人はいなかったのですか。

反発というか、軽んじられたことはあります。そこで、アナリストにはコミュニケーション能力も大切だと学びました。データの大切さを説こうとしても、対話が成立しなければ受け入れてもらえませんから。
たとえば監督とよい関係を築きたいなら、その人のサッカー観を理解し、それに合ったデータを提供して信頼されることが必要です。そのために、監督が実現したいコンセプトを理解する、言動をよく見て人柄を探る、よりよいコミュニケーション方法を模索するなどの工夫をしていました。また、相手の主観を否定することは絶対にしませんでしたね。データはプロの仕事を下支えする存在だと、いつも伝えていました。

―営業は円滑に進みましたか。

それほど簡単ではありませんでした。クラブにとっては、選手と監督の人件費の確保が最優先。データ解析に多額の予算を割けるJクラブは限られていたのです。まずは、強化部長などのキーマンに何度も会って親しくなり、監督を紹介してもらってデータ解析のプレゼンテーションをする。そして、予算内で提供できるサービスから始め、実績を出して信頼を獲得し、さらに予算を増やしてもらって機能が充実したサービスへのアップグレードを目指す、という流れで進めていました。

―このあたりの動き方は、一般の営業職とまったく同じなのですね。

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要望の指標を導くためアルゴリズム的に思考

―杉崎さんは2014年にデータスタジアムを退社し、ヴィッセル神戸の分析担当に就任しましたが、どのような経緯だったのでしょう。

ヴィッセル神戸は早い段階でデータ解析に取り組んでいたクラブで、私もデータスタジアム時代からサポートしていました。そして当時の監督から、データスタジアムからの出向という形でクラブ専属の分析担当になってほしいと私に声がかかったのです。ただ、出向という立場だと、「結果を出せなくても、どうせ会社に戻れるんでしょ?」という目で見られ、自分の言葉に説得力がなくなります。また私自身にも、それまでの経験がプロの現場で通用するのか試したいという気持ちがありました。それで会社を辞め、ヴィッセル神戸に加わったわけです。

―当時に比べ、今はデータを積極活用するJクラブが増えています。潮目が変わったのはなぜですか。

2014年のW杯で優勝したドイツを、多くのアナリストが支援していたと報道されたのが1 つの転機だったと思います。データを上手に活用するチームが華々しい成果を上げたことで、Jクラブでもデータ解析に乗り出すところが増えました。

―杉崎さんはこれまで3クラブを経験していますが、求められたことはクラブによって異なりましたか。

かなり違いました。また、私はその間に5人の監督と仕事をしましたが、監督によってもアナリストへの要望は大きく異なりました。ある監督からは国内外の試合で参考になるシーンを編集した映像をよく求められましたし、別の監督からは試合相手の詳細な情報が欲しいといわれることが多かった、という具合です。

―監督から自チームの課題を解決するためのデータが欲しいと言われた場合、どのように対処しますか。

大学で学んだアルゴリズムの手法に基づき、手順を追って解決法を考えます。仮に「ビルドアップ(自陣からボールを運び攻撃を構築すること)の質を高めたい」という課題を与えられたら、解決に何が必要か、そのために改善すべき指標は何か、その指標を導くにはどんなデータを取り出せばいいのか、とブレークダウンしていくのです。そうして現状を示すデータと改善すべき指標がわかったら監督やコーチに伝え、彼らが具体的な練習に落とし込みます。

―このあたりは、大学で学んだことが生きているのですね。

w174_sports_02.jpgPhoto=杉崎 健氏提供(左)、Grid 提供(右)

日本代表強化のためアナリスト養成を目指す

―2021年にフリーになった理由は何だったのでしょうか。

私には昔から、2つの夢があります。1つは、どんな形でもいいからサッカーに関わること。そしてもう1つが、日本代表を強くしたいというものでした。アナリストになって1つ目の夢が叶い、横浜F・マリノスではJリーグ優勝にも貢献できましたが、このままクラブに所属し続けると、2つ目の夢が叶えられないと思ったのです。そこでまずは、日本サッカー協会でアナリストができないかと模索したのですが、私だけの力では日本代表は大して強くならないと考え直しました。

―それはどういうことですか。

Jクラブが抱えているアナリストは1~ 3人程度です。ところが、海外は規模が違います。海外リーグのビッグクラブには5人以上のアナリストが所属していますし、強豪国の代表なら30人くらいのアナリスト軍団を抱えているのが普通です。こうした国に勝って世界一を目指そうとしたら、私だけではどうにもなりません。日本にアナリストを増やさなければと思い、アナリストを育成する道に進もうと決めました。

―アナリスト志望者向けオンラインサロンを作ったり、メディアでアナリストの重要性を話したりされているのはそういう意図なのですね。

そうなんです。私がヴィッセル神戸に加わった当時、サッカーの戦術について語るブロガーやユーチューバーはほとんどいませんでしたが、今では格段に増えています。そこで現在の目標は、アナリストに必要なスキルやコミュニケーション法などを多くの人に伝え、趣味ではなく仕事としてアナリストを続ける道を整備することです。日本サッカーの裾野を広げ、代表強化に貢献することが、私の役割だと思っています。

―アナリストという仕事がこれからの日本でどう広がるのか、とても興味深いですね。

Text=白谷輝英 Photo=平山 諭

After Interview

杉崎氏のキャリアは、ごく普通の大学生のアルバイトから始まった。データ入力という単純かつ地味な仕事にどう取り組んだのか、現在のサッカーアナリストとしての地位をどのように築いてきたのかという話は大変興味深く、一つひとつ丁寧に話してくれるその姿から杉崎氏の仕事に対する真摯な姿勢が伝わってきた。
昨今、AIがあたかも魔法の杖のように語られることが多いが、その分析力を活かすためには、その素材となるあらゆるデータを精緻に揃えることが前提となる。杉崎氏はそのプロセスを単純作業ととらえず、サッカーを俯瞰し、戦術と展開を考慮しながら丁寧に進めた。このアプローチが、サッカーアナリストとしてのクリエイティブな仕事につながり、多くの監督やコーチからの信頼をもたらしている。データアナリストという職種を目指す人が増えているが、何事にも近道はなく、一つひとつのデータにどう向き合うかが問われているということだろう。

杉崎 健氏
プロサッカーアナリスト

Sugizaki Ken 日本大学文理学部情報システム解析学科卒業後、スポーツ関連のデータ解析会社であるデータスタジアムで、サッカーのデータ解析やソフトウェアの開発などを担当。同社退社後、2014年にヴィッセル神戸、2016年にベガルタ仙台の分析担当に就任し、2017年から2020年までは横浜F・マリノスのアナリストを務めた。2021年からフリーで活動を開始し、Jリーガーのパーソナルアナリストや東大ア式蹴球部のテクニカルアドバイザーを務めるかたわら、サッカーアナリストの養成を目指すオンラインサロン「CiP」の運営を手がける。著書に『サッカーアナリストのすゝめ「テクノロジー」と「分析」で支える新時代の専門職』(ソル・メディア刊)など。