成功の本質第107回 極細軽量スティッククリーナー/アイリスオーヤマ

自前主義によるコストダウンの追求
生活者目線で家電市場を再開拓

w159_seikou_01.jpgハンディモップがついたスティッククリーナー。モップは静電気でホコリを吸着できる。掃除後、このように充電スタンドに置き、スタンドの真ん中に開いた穴にモップを差し込むと、ホコリが吸い取られる。本体は重さ1.4キログラムと業界最軽量クラスで、吸引力は従来製品の3倍に高まった。
Photo=笹木 淳

アイリスオーヤマ(以下、アイリス)が家電業界に新風を吹き込んでいる。2019年に発売された4Kテレビは人の声で操作可能。ドラム式洗濯機は大手の製品が15万円以上するところ10万円を切る。顧客が「なるほど! これなら買おう」と納得するアイリスならではの機能と手ごろな値段が特徴で「なるほど家電」と呼ばれる。
アイリスはもとはプラスチック成形の町工場だった。父親が急逝し、19歳で跡を継いだ現会長の大山健太郎(以下、大山)が下請けから脱却するため、商品の自主開発に挑戦。プラスチック製プランターなどの園芸用品、犬舎などのペット用品、透明衣類収納ケースなどの生活用品で次々とヒットを飛ばし、会社を成長軌道に乗せた。
家電製品開発に参入したのは2009年からだ。東日本大震災後は節電志向に応え、低価格のLED照明の開発に注力。今やLED電球の年間販売台数ではシェア首位だ。当初は扇風機、空気清浄機、IH調理器など軽家電が多かったが、2019年から白物家電に本格参入した。
ヒット商品も生まれた。その1つが、2018年6月に発売されると、8カ月で初年度目標4万台の2.5倍、10万台を販売し、2020年2月現在、25万台を売り上げた極細軽量スティッククリーナー(参考価格2万9800円)だ。
その特徴は、ハンディモップがついていることだ。本体に取りつけられたケースからモップを抜いたときに発生する静電気により、掃除機では吸い取れない棚の上などのホコリをモップに吸着させる。掃除後に本体を充電スタンドに置き、スタンドの真ん中に開いた穴にモップを差し込むと、ホコリが吸い取られる。右手で掃除機を動かしながら、左手でモップを持ってホコリを取る「二刀流」がうたい文句だ。なるほど家電は、アイリス特有の商品開発の仕組みから生まれる。そのプロセスを探った。

社長が社員の前で承認の判を押す

w159_seikou_03.jpg大山健太郎 氏
アイリスオーヤマ
代表取締役会長
Photo=加藤友一

宮城県南部、角田市にある角田インダストリアル・テクノ・パーク内の一室。階段教室のように机が半円状に並び、経営陣、各部署の幹部や社員が正面を向いて座る。最前列中央は2018年7月に就任した大山の長男、晃弘社長だ。毎週月曜日に開かれる新商品開発会議、通称、プレゼン会議が始まった。
社員が次々登壇し、それぞれが起案した商品の企画提案、中間報告、最終提案と進捗状況に応じて発表を行うと、社長や役員が鋭い質問を浴びせる。発表は1件あたり短くて2分、長くて10分。資料はスライド1枚。この日、特に印象的だったのは、若い女性社員がフライパンのリニューアル案を社長に直接プレゼンし質問に答える場面だった。「オッケーです」。社員が差し出す書類に社長が承認の判を押す。商品化が決定だ。
プレゼン会議は40年ほど前、大山が考案した。社長時代、起案者に厳しい要求を出す光景はたびたびメディアで報道された。今も最後列に座る。この日も防災用品セットのリニューアル案にこんな逆提案をした。
「ライフラインが停まった状態で家で暮らさざるをえないとき、最低限、水と食料、携帯電話と照明が必要やな。米、水、缶詰を4人家族3日分、充電器、電池、照明をセットにしたライフボックスみたいな案も考えてみ」
アイリスは大阪が発祥の地。大阪弁が張り詰めた空気を一瞬、和らげる。このプレゼン会議の役割について、大山はこう話す。
「アイリスが得意とする提案型商品は前例や類例が少なく、リスクがともないます。そこで、判を押した社長がリスク請負人になる。失敗すれば社長の責任、成功すれば起案者の実績。社員はリスクを恐れず挑戦できます。もう1つの役割は生活者の代弁です。アイリスはメーカーが問屋機能も持つメーカーベンダーという特異な業態をとります。小売店と直接取引し、消費者を近くに感じられるので、生活者目線で考え、不満を見つけ、ソリューションを提供することができるのです。これをユーザーインと呼んで最重要視する。アイリスにとってものづくりは目的ではなく、ユーザーの不満を解決する手段。ユーザーインのあり方を会議での質問で示すのです」

w159_seikou_02.jpgPhoto=加藤友一

生活者目線で不満をあぶり出す

では、スティッククリーナーはいかにして生まれたのか。大阪・心斎橋にあるアイリスの大阪R&Dセンターに向かった。家電事業参入にあたり、旧三洋電機、パナソニック、シャープなど関西系メーカーをリストラされた技術者を迎えるために設立された開発拠点だ。

w159_seikou_05.jpgアイリスオーヤマ
家電開発部 
大阪R&Dセンター
マネージャー
Photo=笹木 淳

「二刀流もユーザーインの発想から生まれた」と話すのは開発責任者の河阪(こうさか)雅之・家電開発部マネージャーだ。「アイリスの新商品開発では、自分たちがユーザーになりきり、不満を探し出すアイデアミーティングを重ねます。われわれは家電メーカーである前に生活用品メーカーなので、掃除機そのものではなく、掃除のシーンに目を向ける。浮かび上がったのは、壁と床の境目に取りつけられる幅木などに積もるホコリが掃除機では吸い取れないことでした。ならば、アイリスでも扱っているハンディモップを一緒につけてはどうか。ただ、それだけではアイリスらしい付加価値にはなりませんでした」
ここで、以前、没になった企画が復活する。河阪はハンディモップについても一度、不満をあぶり出したことがあった。1つ80〜100円と安くないので、ユーザーは使い捨てにせず、ついたホコリを掃除機で吸い取ったり、窓の外でパタパタさせて払ったりする。これが面倒だ。そこで、モップのホコリを取る専用クリーナーを発案したが商品化されなかった。このアイデアと掃除機を合体させれば、これまでにない付加価値になる。河阪が話す。
「アイリスは、それまでクリーナー分野では“サードパーティ(3番手)”の位置づけでした。そこで、開発チームが目指したのは、自社のフラッグシップ機となるスティッククリーナーをつくって家電量販店に認知してもらうことでした。基本機能として、業界最軽量の重さ1.4キロと当社の従来品の3倍の吸引力を目指す。そして、ハンディモップを使って二刀流で掃除をし、モップのホコリの除去ができれば、なるほど家電になる。静電モップクリーンシステムと名付けました」
当時、プレゼン会議で判を押した大山はこう振り返る。
「家電メーカーは、掃除機は掃除機メーカーが、モップはモップメーカーがつくると縦割りで考えるから結びつかない。でも、掃除機をかけるのもホコリ取りもひとつながりで、それは生活者目線で見て初めてわかるのです」
実現に向け、最初の課題はモップの素材の確保だった。さまざまな素材を試した結果、帯電しやすく除電にも適した素材として、ポリプロピレンというプラスチックの材料からつくる繊維で縮れ加工を施したものが見つかった。ただ、中国では調達できず、日本で生産しているメーカーを、購買部門がやっとのことで探し出した。

w159_seikou_04.jpg一方の手にモップ、もう一方の手にクリーナー、という二刀流の掃除を可能にした。モップの素材には水洗い可能で繰り返し使え、さらに帯電も除電もしやすいポリプロピレンを採用。柄は伸ばすことができる。
Photo=笹木 淳

大半を内製化する自前主義

軽量化も困難な課題だった。ここで威力を発揮したのがアイリス特有の自前主義だ。メーカーは通常、原価をもとに販売価格を決める。一方、アイリスでは生活者目線で「この値段なら買う」と納得する手ごろな価格を先に決め、そこから算出した原価の範囲内で開発する。コストダウンが至上命題であり、それを可能にするため行き着いたのが、ビス1本まで内製化する自前主義だった。
掃除機のモーターのファンは通常は金属製だが、自社成型したプラスチック製を使えば、軽量化とコストダウンができる。成型のための金型も自社製。本体の外装も軽量化と強度が両立できる形状を求め、何度も金型をつくり直した。これも自前主義だからこそ可能だった。
スティッククリーナーでは、吸い込んだゴミと空気を遠心力で分離し、ゴミだけをダストカップに溜めるサイクロン式が主流だが、ダストカップの手入れが面倒。一方、紙パック式は吸い込んだゴミを紙パックフィルターで集め、いっぱいになったら交換するだけで手間がかからず、人気が復活していた。そこで、軽量化も可能な紙パック式を採用。この紙パックも、中国の工場で不織布とマスクを生産していることから自社生産が可能で、これもコストダウンにつながった。
アイリスの自前主義について、大山はこう話す。
「一般的に日本企業の製造工程には何段にも重なった下請け構造があり、サプライチェーンが長く、1社あたりの付加価値が低い。一方、内製化は投資コストはかかりますが、取引コストがないので、われわれが生み出せる付加価値も多くなる。なにより多様な知識が蓄積されるので、生活者目線で消費者ニーズに応えることができるようになるのです」
企画の立ち上げから発売まで、わずか1年。大手家電メーカーでは考えられないスピード感もアイリスの商品開発の特徴だ。「1つには、トップが即断即決するプレゼン会議の仕組みが大きい」と河阪は言う。
「社内会議でプレゼンを重ねて段階を踏み、最後に社長の決裁を仰ぐ形では、自分がやりたいと思った企画がいろいろと渡り歩いていく間に、時間がかかるだけでなく、とんがった部分が取れて違ったアウトプットになったりする。そのやり方では静電モップクリーンシステムも実現できなかったでしょう。もう1つスピードを生む要因として、設計、製造、金型設計、品質管理、知財などの担当者がリレー式ではなく、最初から並んで一緒に走るという仕組みもあります。伴走(ばんそう)式と呼んでいます」

w159_seikou_06.jpgPhoto=笹木 淳

元気な中小企業の集合体

プレゼン会議に各部署の幹部、社員が参加するのも、承認の判が押されると同時に商品化に向け、それぞれの役割に応じて一斉に走り出すためだ。また、アイリスでは開発責任者が企画からデザイン、試作、原価計算、生産現場の立ち上げと、一連のプロセスにおいて一気通貫で責任を負う。これもスピード感を高める。大山が話す。
「中小企業ではそれが当たり前です。社長に直接プレゼンするのも同じです。企業は売上高30億円くらいの規模がいちばん元気がある。それが100個集まれば3000億円になる。アイリスは中小企業の感覚を持った開発プロジェクトが集まっている。そういう仕組みの企業です」
総商品点数は約2万5000点に上り、毎年約1000点の新商品が生まれ、発売3年以内の新商品の売上高比率は6割以上を占める。最近では、精米から手がける米の販売など食品事業にも注力する。なかでも伸びが著しいのが家電だ。2019年度のアイリス単体の売上高1611億円(グループ連結では5000億円)のうち、家電部門は950億円と約6割を占めるに至った。大山はこう話す。
「テレビも、観ようとするときに何が不満かといえば、リモコンを探すのに苦労することです。そこで、音声で操作できるようにした。テレビの技術と無線技術が大手メーカーでは縦割りで横串が通りにくい。一方、アイリスでは部署間の壁がなく、多様な技術やアイデアを結びつけてイノベーションを起こせるので、ユーザーインを実現しやすい。家電は成熟市場といわれますが、既存のメーカーが技術重視のプロダクトアウト開発を進めた結果、消費者のなかで多くの不満が生まれています。生活者目線で家電が使われるシーンを探っていけば、いくらでも潜在的ニーズを掘り起こせるので、需要の宝庫といえるのではないでしょうか」 (文中敬称略)

Text=勝見 明

計画(Plan)の前に実行(Action)を置く
新商品開発をとおして人材を育成

野中郁次郎氏
一橋大学名誉教授
「これはトップが社員に成功体験の機会を与え、成長を促す場でもある」。それが、プレゼン会議を間近に見た第一印象だった。よく知られるマネジメントスタイルにPDCA(計画⎜実行⎜検証⎜改善活動)がある。PDCAの問題点は、最初から形式知のP(Plan)ありきで、計画を生み出すプロセスが入っていないことだ。一方、大山氏によれば、アイリスでは最初にA(Action)があり、次にP(Plan)が来るという。まず、行動し、そのなかから計画を生み出していく。プレゼン会議もAP会議とも呼ぶ。
アイリスの商品開発プロセスはまさにAPモデルそのものだ。アイデアミーティングでメンバーたちが、自ら生活者の代弁者として、暗黙的な不満や不便を浮かび上がらせる。すぐに手を動かし、試作する。それをプレゼン会議にかけ、経営サイドから見ても生活者が「なるほど! これなら買おう」と感じるような、これまでにない付加価値が見いだせたら、即、計画に移る。
ただ、APモデルで生み出される計画は必ずしも成功するとは限らず、リスクがともなう。そこで、プレゼン会議の場でトップ自ら直接承認し、稟議書不要でリスクを請け負う。失敗すればトップの責任。成功すれば起案者の成果となり、当人たちはひと皮むけていく。アイリスにとって、新商品開発は生命線だが、それが人材育成を促進しているとすれば刮目すべきだ。
ユーザーインの発想を持つと、既存の理論とは異なる世界が開ける点も興味深い。一般的に企業は内製化のコストが外部調達にともなう取引コストを上回ると外注化する。これが経済学ベースの取引コスト理論の常識だ。目指すのは企業としての効率の追求である。
一方、アイリスでは可能な限り内製化することで、蓄積した知識や技能をもとに部署間の相互作用によるイノベーションを促し、新たな価値の創造を志向する。LED電球が1万円近い価格で販売されていた時代に、1980円で発売することができたのも、従来、電球のボディ部分にはアルミを使うのが常識だったのをプラスチック製に変えたからで、プラスチックの特性を知悉するがゆえに実現したイノベーションだった。
徹底して、「なるほど!」というユーザーの腹落ちを起点に発想する。そのために、自前主義を貫くアイリスの知的機動力経営は、世界でも稀有なビジネスモデルといえるだろう。
野中郁次郎氏
一橋大学名誉教授
Nonaka Ikujiro 1935年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。カリフォルニア大学経営大学院博士課程修了。知識創造理論の提唱者でありナレッジマネジメントの世界的権威。2008年米経済紙による「最も影響力のあるビジネス思想家トップ20」にアジアから唯一選出された。『失敗の本質』『知識創造企業』など著書多数。