Macro Scope「チバニアン」が教えてくれる海と陸、生物の秘密

w159_macro_02.jpg地質学者 岡田 誠氏
Okada Makoto 茨城大学理学部理学科地球環境科学領域教授。静岡大学理学部卒業。1992年東京大学理学系研究科地質学博士課程修了。博士(理学・東京大学)。1993年に 茨城大学に助手として着任。2001年に助教授。2015年から現職。研究分野は、古地磁気学、古海洋学など。

2020 年1月、「国際学会で地質時代の名称に『チバニアン』が決定」というニュースが世を賑わした。日本初の快挙だというこの命名だが、そもそも地質時代の名称はどのように決められ、なぜ、“千葉”という名称が入ったのか。「チバニアン」を国際地質科学連合に申請した研究チームの代表を務める茨城大学教授・岡田誠氏に聞いた。

― 地質時代の名称としてチバニアンが認定されたということです。実際には、どういうことでしょうか。

千葉県市原市田淵の養老川沿いに露出した地層を、「千葉セクション」と呼びます。セクションとは崖のこと。この地層が2020年1月に国際地質科学連合によって、地質時代を分ける境界を示すものとして「国際境界模式層断面とポイント」(GSSP)に認定されました。これにより、約77万4000年前から12万9000年前までの地質時代が、「チバニアン」と命名されたのです。
地球が誕生して46億年の歴史を区分した地質時代は、大きい順に累代、代、紀、世、期と分かれています。チバニアンは、“期”の名前。顕生累代・新生代・第四紀・更新世・チバニアンというのが正しい分類です。千葉セクションには、チバニアンとその前の期であるカラブリアンとを分ける、77万4000年前の痕跡が世界で最もよく残っています。それが認められたからこそ、GSSPに採用されたのです。

日本の名前がつくのはこれが最初で最後

― GSSPとして認められる地層が千葉にあった、というのはどれくらいすごいことなのでしょうか。

GSSPは既に74決まっており、古い地質時代のGSSPは欧州と中国に集中しています。また、GSSPが決まっていなくても、ほとんどの期には既に名称がついています。地質時代に日本の地名がつくのはこれが最初で最後。多くのメディアで取り上げられたのは、それが理由でしょう。
そもそも、千葉の地層は研究家にとってかけがえのない場所といえるほど、恵まれた環境です。千葉では地面が斜めに隆起したため、房総半島中部から北部にかけて、南北約30キロメートルにわたって厚さ2000メートル、約100万年分の地層が連続的に見られる稀有な場所です。千葉セクションは、その一部なのです。
また、隆起スピードが非常に速い点もこの地の特徴で、100万年という短い期間のうちに深海底の地層が地上に出てきました。地層研究においては、深海底の地層であることがとても重要です。浅海の地層は、たとえば海流の影響で水温が上がるなどの局地的な環境影響をとても受けやすく、そこに残っている情報は“ローカル”なものである可能性が非常に高い。一方、1000メートルの深さになると、海水は深層水となり、水温は簡単には変わりません。深層水は世界中でつながっていて、その時代の世界の標準としての値が得られます。千葉セクションを含む房総半島の地層のように、水深1000メートル級で100万年前より新しい時代の地層が地上に出てきている例はほとんどないのです。


w159_macro_03.jpg

地層に刻まれた地磁気逆転の記録

― 千葉でGSSPというのは、ある意味、必然なのですね。ではあらためて、地質時代は何によって分けられているのでしょうか。

地質時代のくくりは、地質から特定できるさまざまな変化によって決められます。最も大きなものは、生物相の変化です。生物の大量絶滅があったところは、それによって分けられます。次に大きいのは気候変動によるもの。そして、気候変動でもはっきり分けられない場合には、“地磁気の変化”で分けています。
これらはすべて、地層に含まれる物質などで判定することができる。たとえば生物相の変化は、その地層に残る生物の化石が教えてくれます。気候変動は、どのような植物の花粉が残されているか。そこで生息していた植物が特定できれば、気候が予測できます。同時に、地磁気の変化も地層内に残る磁鉄鉱によってわかります。千葉セクションは、77万4000年前の地磁気の逆転が記録されている地層なのです。
余談ですが、地層というと、ミルフィーユ状に色合いの異なる筋が通っているようなものを美しいと感じる人が多いでしょう。たとえば、千葉県の屛風ヶ浦の崖などはその美しさからコマーシャルの撮影に使われることも多い。美しさの理由は、泥の地層の間に砂が入り込んでいるからです。ただし、目が粗い砂の層には、花粉や地磁気の向きのような情報が残されていません。千葉セクションはほとんどが泥の層で、のっぺりしていて見た目は美しくないし、つまらないというのが多くの人の感想でしょう。ただし、地層研究者にとっては“つまらない地層”ほど情報が多く、面白いのです。

― 地磁気とは、地球そのものが持つ磁性ですよね。それが逆転する、というのがイメージできません。

地磁気の極性は、現在は北極がS極、南極がN極です。だから磁石のN極は北に、S極は南を向くのですが、地磁気は地球の歴史のなかで何百回も逆転してきました。発生はランダムで、周期に規則性もありません。平均では数十万年に1回ですが、白亜紀には3000万年間にわたり逆転のない期間もありました。過去360万年の間には15回と比較的頻繁に発生したのですが、千葉セクションに記録されている77万4000年前が今のところ最後の地磁気逆転です。
地磁気の変化は、地層に含まれる磁鉄鉱の向きの変化でわかります。千葉セクションは、伊豆の火山の噴出物が蓄積されていることもあって、含まれる磁鉄鉱の量が多く、また溶解していないため、磁鉄鉱の向きが明確に変わっていることが測定されたのです。

地層の積み重なりは時間を可視化したもの

― では、地磁気が逆転すると、どんな影響があるのですか。

それを知りたいんです! 千葉セクションは、地磁気の逆転が起こったことを明確に記録しており、そこを調べれば地表や気候上でどのような変化が起きたのかもわかる可能性が高いのです。
磁気によって生じる磁場は、地球に届く太陽風や銀河宇宙線を防ぐシールドの役割を果たしています。地磁気は逆転するだけでなく強弱を繰り返しており、地磁気が弱まるとシールドも弱くなる。電気を多用する現代に、電荷を帯びている太陽風が大量に届くことになれば、地球上の送電線や通信システムなどが壊れるといわれており、甚大な被害が出ることがわかっています。
一方、生物にどのような影響があるかは明確にはわかっていませんが、有害な紫外線量が増えたりすることで生物のDNAが破壊されるというような影響があると考えられています。これを詳つまびらかにするために、最後の地磁気逆転のときに生命史や気候史上、何が起こったかを調べる意義は大きいのです。今のところ、千葉セクションの地層では地磁気逆転前後で海洋生物相の変化は見られません。今後、地上の生物相や気候の変化を調べる予定です。
また、チバニアンは、現代と同じく氷河期と氷河期の間の「間氷期」といわれる時代だったため、当時、何が起こったかを調べることによって、いつ次の氷期が来るのかといった予測に必要な、気候変動に関する情報も得られると考えています。
このように、地層には、海底から地上、そして宇宙の歴史までが刻まれています。地層の積み重なりは、時間が可視化されたものなのです。

― 先生は、どのような理由でGSSPへの登録にかかわることになったのでしょうか。

実は、GSSPへの登録そのものには興味がありませんでした。私の興味は、あくまで地磁気の逆転です。
地磁気の逆転を調べるのに最も適した地層が千葉セクションで、ちょうどその時代のGSSPが決まっておらず、地質時代の名前もついていなかったというだけなのです。申請手続きには、大量のデータを提出しなければならずとても大変でしたし、正直面倒だと感じていたくらいでした。しかし、花粉や微化石など、それまでは自分の研究対象ではなかったいろいろなものを調べることによって新発見がたくさんありました。ですから、今ではやってよかったと心から思っています。
今回の千葉セクションの調査においては、海洋地層の研究の手法を取り入れています。私は機会があって、海洋地層と陸上地層の研究を両方経験しているのですが、実は同じ地層研究でも、海と陸では大きな違いがある。陸での研究者たちには、“縄張り”のような意識があって、あるエリアから採った試料は基本的に1人の研究者が研究します。ところが海の場合、深海を掘削するのはとても大変なため、1つの試料を何人もの研究者がよってたかって研究し、試料に含まれる情報を100パーセント読み出そうとするのです。
千葉セクションには、本当に多くの研究領域の人々がかかわっています。今後も、この地層からさまざまな新発見がなされることを期待してほしいですね。

Text=入倉由理子Photo=刑部友康 Illustration=内田文武

After Interview

本連載、回を重ねるうちに、科学の別々の領域の話が絶妙に交錯する地点を自分が通過したことに気づく瞬間がある。宇宙生物学者の関根氏は窒素などを栄養源とする地球外生物の可能性を教えてくれたが、深海生物学者の藤原氏は、実際にそれらを餌に生きる深海生物の進化を探索している。藤原氏と同じJAMSTECにも籍を置いた火山学者の巽氏は300万年スパンで起こり得るカルデラ噴火などの災害に警鐘を鳴らすが、今回お会いした地質学者の岡田氏も同じく海に出て、深海底の地層から地球の歴史をひもといている。恐竜学者の真鍋氏も、化石を含む地層は地球の歴史だと教えてくれたが、岡田氏は地球だけでなく、宇宙の歴史もまた地層に刻まれているという。その宇宙の成り立ちにかかわる超ひも理論は、物理学者の大栗氏が教えてくれた。人為の及ばない大いなる物語のなかに、刹那的に存在するだけの自分に気づかされるこの連載、話を理解するだけでも毎回並々ならぬ苦労はあるものの、まだまだやめられない、と思うのだ。

聞き手=石原直子(本誌編集長)