人事、仏に学ぶ心身が不健康な社員を減らすため人事は何ができるか

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企業研修で出会うビジネスパーソンのなかには、仕事で悩み、苦しみを抱えて心身が不健康になっている方が少なからずいます。書家や歌人としても知られる僧侶・良寛和尚の言葉は、こうした人々を苦しみから解放するヒントになります。
和尚が71歳のとき、新潟で大地震が起きました。このとき和尚は、子どもを地震でなくした親しい友人に「災難に遭う時節には災難に遭うがよく候。死ぬ時節には死ぬがよく候。これはこれ災難を逃のがるる妙法にて候」と手紙を送っています。災難は起きる。だから嘆かず、腹をくくって受け入れろというのです。
若い頃は、和尚はなぜ苦しむ人を突き放すのかと疑問を感じていました。しかし、それから十数年たった頃、私はようやく和尚の真意をつかんだと思えたのです。当時、私は毎晩同じ時刻に歯痛に悩まされていました。あまりに痛いので、ある晩から、その痛みがなんたるかを観察してみることにしたのです。すると、「明朝、大事な用がある」などの「都合」が重なったとき、痛みは激しい苦しみに変わると気づきました。
仏教では「苦」を、思い通りにならないことだと定義します。自らの都合を捨て去り、痛みを痛みのまま、災難を災難のままで捉えれば、それらは苦に変わることはありません。つまり良寛和尚の言葉は、苦から逃れる処方箋だと理解できたのです。
仕事も同様でしょう。大変な仕事に、「数値目標を達成したい」「上司に評価されたい」といった自らの都合をさらに重ねたとき、目標や課題は激しい苦しみに変わります。
もし、自社の社員たちがあまりに多くの苦しみを感じているなら、人事や上司は、彼らを苦しめる都合を捨てる手助けをすべきです。つまり、評価制度や目標設定などの都合を生み出す仕組みを変えたり排したりして、社員が目の前の課題に集中できる環境をつくるのです。
人事は、会社の組織づくりにコミットできる立場です。自社が「苦しみの組織」になっていれば、自ら改革を主導する。それが人事という仕事の醍醐味だと、私は考えます。

Text=白谷輝英 Photo=平山諭

井上広法氏
浄土宗光琳寺副住職
Inoue Kobo 佛教大学文学部仏教学科で浄土学を、東京学芸大学教育学部人間学類で臨床心理学を専攻。読者からの質問に僧侶が答えるサイト「hasunoha」の開設、マインドフルネスをベースとしたワークショップ「お坊さんのハピネストレーニング」の提供などを通じ、仏教と世間とをつなぐ取り組みを続けている。著書に『心理学を学んだお坊さんの 幸せに満たされる練習』(永岡書店)などがある。