人事、仏に学ぶ社会に貢献できる事業を生み出す人材を育てるためには

w162_hotoke_02.jpg仏道修行では、姿勢や呼吸、心を整えるために坐禅を行います。このとき、多くの人が「一切の雑念を消さなければならない」と誤解していますが、坐禅中にさまざまな思いが浮かぶのは人として自然なこと。無理に雑念を取り払おうとせず、たとえば己の呼吸に意識を集中するなどして思考の連鎖を止めれば十分です。
坐禅とマインドフルネスを同一視する人もいますが、これも誤解です。マインドフルネスは、ストレス解消などの目的を持って行うもの。それゆえ、目的が達成できないときはかえってストレスを感じることがあります。一方、坐禅は目的というものから離れ、「あるがままの状態」になることを目指す行為です。
あるがままとは、「欲望のまま行動すること」ではありません。私たちは己の力で生きていると錯覚しがちです。しかし、内臓の動きや血液の流れを自ら制御することは不可能。つまり人は、自分とは異なる「大いなる命」によって生かされている存在なのです。坐禅などの修行を通じてこの事実に気づき、思い通りにならない自分をそのまま受け入れることが「あるがまま」です。この境地に到達すれば、周囲の刺激に心を動かされることが少なくなります。また、「他者も私と同様、己を思い通りにできないのだ」と考えられるようになり、自然に思いやりや利他の心が生まれてくるのです。
仏教に根ざした利他精神は、企業にも大切だと私は考えています。自社の利益だけを追求する企業には、現代の社会課題を解決することはできません。社会とのつながりを意識し、「あるがまま」に基づいた思いやりや利他精神を持つことで、はじめて社会貢献につながるビジネスが生まれる。それが、まさに現代型の企業像なのではないでしょうか。
そこで、企業人の皆さんに提案したいと思います。それは、毎日始業前などに5分程度「何も考えない時間」をもうけることです。仏道修行では毎日決まった時間に坐禅や読経を行いますが、職場でも「無のルーティン」を行うことで、心が整ったり集中力が高まったりするなどの副産物が得られるかもしれません。

Text=白谷輝英

角田泰隆氏
曹洞宗護法山常圓寺住職
Tsunoda Tairyu 曹洞宗護法山常圓寺(長野県伊那市)住職。駒澤大学仏教学部禅学科卒業、同大学院人文科学研究科仏教学専攻修士課程修了、同博士課程満期退学。曹洞宗宗学研究所、駒澤短期大学仏教科助教授を経て、現在は駒澤大学仏教学部禅学科教授を務める。著書に『ZEN 道元の生き方—「正法眼蔵随聞記」から』(日本放送出版協会)、『道元入門』『禅のすすめ—道元のことば』(ともに角川ソフィア文庫)、『道元禅師の思想的研究』(春秋社)など。