著者と読み直す『まず、ちゃんと聴く。』 櫻井 将(さくらい まさる)

『聴く』とは、ジャッジメントなしに耳を傾けること

本日の1冊

『まず、ちゃんと聴く。』 櫻井 将

w182_book_title.jpg著者は社外人材による1on1サービスなどを手がけるベンチャー企業の代表。「傾聴」が注目されるなか、「聴くだけじゃ何も変わらない」と悩む人に向けて書かれた。書名の「まず、」の意味、「ちゃんと聴く」とはどういう行為かをロジカルに解きほぐし、「聴く」の先にある「伝える」についても目から鱗のヒントを提示する。「やり方」の手前の「あり方」にフォーカスする視点が新しい。(日本能率協会マネジメントセンター刊)

管理職受難の時代だ。価値観の多様化で、自分の考えを押し付けるわけにはいかないし、ちょっと厳しいことを言えば「ハラスメントだ」と責められる。だからこそ「傾聴」の大事さを説く本が次々に出るのだが、本書はそれらとは一線を画す。「傾聴が大事なことはわかってるしハウツーも学んだが、どうも腑に落ちない」。そんな人向けの本だ。

著者の櫻井将さんは、自律性や聴く力を高める研修などを手がけるベンチャー企業「エール」の代表取締役。実はこの本を書き始めて1年半で、それまでの7万字の原稿を一旦捨てたという。「研修や講演でもらう『傾聴の本を読み、コーチングの研修を受けても、実際の1on1では使えない』『聴いてるだけじゃ仕事は進まないし、部下が育ってる感じもない』という声と向き合いながら、何を書くことがいちばんお役に立てるのか、もう一度突き詰めて考えたんです」

結果、「聴く」だけでなく、管理職が最も知りたい「聴く」と「伝える」の両立についても新たなヒントを提示する、他書とは異なる特色が生まれた。

もう1つ本書で際立つのは、コミュニケーションを感覚によらず、ロジカルに分解している点だ。書名の「まず、」「ちゃんと」「聴く。」それぞれの意味を定義し、さらに「ちゃんと聴く」と「伝える」について、マトリクスや3次元の座標軸を使いながら分解していく。読み進めるうち、なんとなくやってきた「聴く」や「伝える」が、解像度高く、くっきりと見えてくる。

「ちゃんと聴く」には「やり方」より「あり方」

たとえば「聴く」について。一般的な定義では、意識せずとも耳に入ってくるのが「聞く」で、意識的に耳を傾けるのが「聴く」とされる。だが、櫻井さんは「聴く」をさらに、聴き手の解釈を入れる「with ジャッジメント」と、解釈を入れない「without ジャッジメント」に分ける。この本の「聴く」は後者だ。

いかに普段、聴けていないかに気づくとハウツーに飛びつきたくなるが、櫻井さんは「やり方」より手前の「あり方」が大事なのだと説く。「 僕もコーチングやカウンセリングを学び始めた頃、表面的なスキルを持ち帰ろうとしていた。でも、とあるメンタルコーチの公開セッションに参加して、衝撃を受けたんです。彼は『夜中だけ屋根裏に忍者がいる』と話すクライアントに、『忍者がいるんですね。じゃあ一緒に見に行ってみましょう』と本気で一緒に見に行くんです。社会の常識や自分の価値観でジャッジせず、相手の見ている世界、景色、信じているもののなかに入って行く。そういう『あり方』で問題が早く解決する場面を何度も目撃しました。僕自身、実践してコミュニケーションが劇的に変わりました」

本書で櫻井さんは、相手にとっての真実や正義を『肯定的意図』という言葉で表現し、「ちゃんと聴くとは、相手の言動の背景には、肯定的意図があると信じている状態で聴くこと」と定義。さらに、伝える場面でも、相手の肯定的意図をまず受け取ったうえで伝えることを勧める。ただ、それでも相手に伝わらないとしたら?「 そういうときこそ、自分の肯定的意図を、まず、ちゃんと聴いてほしいんです」

自分の多面性を認めると他者を受け入れられる

自分の肯定的意図。それを櫻井さんが意識したのは、「若いメンバーの話を聴かなきゃと思うが、つい正解に導きたくなってしまう」と落ち込む経営者に出会ったときだった。

「正解に導きたい自分を否定しなくていい。大事なのは、相手のことを本当に思う『肯定的意図』があるか。それを自分に聴いて、確信が持てるなら導けばいいじゃないですかとお伝えしました。この『自分の肯定的意図を聴く』話は、ダイバーシティの考え方にもつながるんです」

そう言って、櫻井さんは「痩せたい自分」と「ケーキを食べたい自分」でたとえた。

「『ケーキを食べたい自分』を否定して自分のなかから追い出す行為は、私とあなたがいて、あなたが間違ってるからと否定して追い出す行為と同じなんです。自分のなかの多面性をまず認めましょうと。すると、自分とは異なる考え方を持つ他者も受け入れやすくなるんです」

「ちゃんと聴く」を出発点に、今求められているコミュニケーションが俯瞰できる同書。「ちゃんと聴く」ためには「ちゃんと聴かれる体験が不可欠」だと櫻井さんは締めくくる。ポイントは「自分にとって大事なテーマとタイミングで、身近じゃない人に聴いてもらうこと」だそうだ。
「身近だと、どうしてもジャッジメントが入ってしまう。僕だって身近な人の話は聴けません。でも関係が遠いと、高いスキルがなくても案外聴けるんです。知らなければ聴くしかないですから。そして次は、あなたも誰かの話を聴いてみてほしい。その体験が世の中にネズミ算式に広がれば、組織も人間関係も変わり、世界はもっと素敵になると思うんです」

w182_book_sakurai-masaru.jpgSakurai Masaru 
静岡県生まれ。ワークスアプリケーションズ、GCストーリーを経て2017年からエール代表取締役。自身のマネジメント経験や幼児教育への関心から、心理学やコーチング・カウンセリングを本格的に学び、自律性や聴く力を高める研修の開発や講演を行っている。

Text =石臥薫子 Photo=今村拓馬