著者と読み直す
『高学歴難民』 阿部恭子
他人の価値観ではなく、自分にとっての幸せとは何かを考えてほしい
本日の1冊
『高学歴難民』 阿部恭子
長年、犯罪加害者家族の支援活動をしてきた著者は、振り込め詐欺や窃盗などの犯罪者のなかに高学歴の人々がいる事実に衝撃を受け、実態を追ってきた。研究職や法曹を目指し大学院に進学したり海外大学に留学したりと、人も羨む学歴を持ちながら、安定した職を得られず生活に困窮。現状を恥じるが故に「助けて」も言えずに孤立する「高学歴難民」。その多様な実情と背景を、当事者たちの語りという形で浮き彫りにする。(講談社刊)
「高学歴」と「難民」。無縁に見える言葉の組み合わせにドキッとし、手を伸ばした人も多いだろう。2023年10月の発売以来、あっという間に版を重ねた。
「 『高学歴』というと羨ましがられますが、無職や低収入で精神的にも追い詰められ、すごく困っている人たちがいる。社会的な評価と現実のギャップを描きたかったんです」
著者の阿部恭子さんは大学院在学中、あらゆる支援の網の目からこぼれるマイノリティー(社会的弱者・少数者)の調査、研究、支援を目的にNPO法人を設立。日本で可視化されずにいた「加害者家族」の実態調査と支援に取り組んできた。当初、自身の専門と異なる高学歴難民を書くことにためらいもあったが、相談を受けた100以上の事例をもとに、現代日本の「新しい弱者」の存在を知ってほしいと筆を執った。
冒頭に登場するのは、犯罪に手を染めた高学歴難民だ。博士課程を修了した30代男性は、非常勤講師などを掛け持ちしていたが、月収10万円程度しかなく、家計を支えてきた妻の出産後、生活が逼迫。短期・高収入のアルバイトを探すうち、振り込め詐欺に手を染めてしまう。
学歴至上主義の親による教育虐待、プライドの高さの裏の自己肯定感の低さ、漂流の末の自殺やうつ病、家族の崩壊──。「博士課程難民」「法曹難民」「海外留学帰国難民」の当事者と家族の赤裸々な告白は、胸が塞がれるものばかりだ。だが出版後「よくぞ書いてくれた」との声が寄せられる一方で、「ざまあみろ」と冷笑する反応も少なくなかった。
セックスワーク続ける高学歴女性 友人からは「実は私も」
「高学歴難民は特に、困っている人を支援する立場の人たちから嫌われるんです。彼らにとって、低学歴で貧乏で何も持っていない人は、わかりやすい弱者。ところが、高学歴だと同情どころか嫉妬の対象になってしまう。でも、私は人の苦しみって表面的にわかりやすいものだけでは決してないと思うんです。学歴がどれだけ輝かしくても、それは過去。今、苦しんでいるという事実に目を向けるべきじゃないでしょうか」
高学歴難民が自らを責め、現状を恥だと思うが故にSOSの声も出せず、さらなる窮地に追い詰められていく構図は「犯罪加害者の家族と同じ」。さらに阿部さんは「本人が黙っているだけで、皆さんの身近なところにも高学歴難民がいるかもしれません」と続ける。
「私自身が衝撃を受けたのは、セックスワークで難民生活をしのぐ女性のケースです。アメリカの女性人類学者が、昼間は大学で教えながら夜は娼婦だった過去をつづった『コールガール』という本を大学院時代に読み、『研究してみようかと思うけど、どうかな?』と友人に聞いたんです。そしたら、その友人が『実は私も』と」
本では、セックスワークを続ける高学歴女性の「スーパーなどでアルバイトする姿を見られるより、素性を知られず短時間で稼げるので好都合」といった事情や、勉強ができるというだけで「女性」として見られないことへの苛立ちなど、複雑な心情を描いた。
高学歴難民の背景には、法科大学院の乱立や、修士や博士が採用市場で評価されないという日本の構造的問題がある。だが阿部さんは、そんな指摘より、難民生活の出口を探す当事者や、大学院進学を考えている人に向けて、本当にヒントになることを書きたいともがいた。
周囲の価値観に振り回されず
ブランドにするくらいに
「最後の最後まで落とし所に悩みました。私自身、高学歴難民になりかけましたし、支援の現場にいる人間として伝えるべきメッセージがあるんじゃないかと。『社会が悪い』と叫んでも、明日から仕事が降ってくるわけではありませんから」
阿部さんは、まずは困っていると声を上げること、さらに「自分の研究や自分の価値をわかる人なんていない」と社会に背を向けるのではなく、行動を起こすことが大事だとして、具体的な方法にも言及した。
「研究は大学に所属しなくても、自分で会社を立ち上げたり民間企業の研究助成に応募したりする手もある。SNSなどあらゆる手を使って、研究の意義や自身の価値をアピールし続けていけば、人とのつながりもでき、仕事を作り出すこともできるはず。私、一時的な難民生活は人生を変えるきっかけになり得ると思うんです。ほかの人が経験していない貴重な経験をしているんですから。『高学歴難民』をブランドにするくらいのしたたかさを持ってほしい」
本書では、高学歴難民の多くが親や親戚、同級生などからの評価を気にかけ、それに振り回される姿も描いた。
「自分の価値観より他人の価値観で人生の選択をしてしまう傾向は、高学歴の人に限らず、日本人全体そうなのかもしれません。この本が、皆さんにとって『自分にとっての幸せとは何か』を考えるきっかけになればと思います」
Text =石臥薫子 Photo=今村拓馬