昇進は誰が決めるのか――挙手型昇進が問いかける新しい昇進観

2026年07月31日

「管理職になりたくない人が増えている」。
ここ数年、人事の世界で繰り返し語られてきたテーマである。

実際、多くの企業で管理職候補者の不足が課題となっている。管理職の責任は重い。部下育成やコンプライアンス対応など求められる役割は増える。一方で報酬差は以前ほど大きくない。若手・中堅社員の間では「管理職になりたい」と積極的に考える人が減っているという声も少なくない。

しかし、企業経営において管理職が不要になったわけではない。むしろ人材の多様化や働き方の変化が進む中で、組織を束ね、人を育てる役割の重要性は高まっている。企業は今、「管理職になり手不足」という現実と、「それでも管理職は必要である」という要請の間で揺れている。

挙手型昇進はどこまで広がっているのか

一方で近年、昇進のあり方そのものを見直す動きも現れている。その一つが、従業員自らが昇進への意思を表明する「挙手型昇進」である。リクルートワークス研究所が企業人事担当者を対象に実施した「管理職登用・育成に関する企業調査」(2026年)によれば、従業員300人以上の企業における挙手型昇進制度の導入率は約3割に達している。まだ多数派ではないが、見方を変えると、すでに3社に1社近くが導入している。企業規模別にみると特徴はより鮮明になる。

図表1 挙手型昇進制度の導入率
図表1 挙手型昇進制度の導入率

従業員299人以下の企業では導入率が14.7%であるのに対し、300~999人では24.2%、1,000~3,999人では29.1%、4,000人以上では34.6%に達している。企業規模が大きくなるほど導入率が高まる傾向がみられ、挙手型昇進は大企業を中心に広がりつつあることが分かる。挙手型昇進は、一部の先進企業だけが試験的に導入している特殊な制度ではない。大企業を中心に着実に広がり始めている新しい昇進の仕組みなのである。

企業はなぜ「挙手型昇進」を導入するのか

では、企業はなぜ挙手型昇進を導入するのだろうか。調査結果によれば、最も多かった理由は「本人の挑戦意欲を引き出すため」(59.0%)であった。
続いて、
「昇進に対する納得感を高めるため」(44.6%)
「優秀人材の離職防止のため」(39.0%)
「年功的な昇進を見直すため」(36.1%)
が並ぶ。

図表2 挙手型昇進導入の理由(複数回答)

図表2 挙手型昇進導入の理由(複数回答)


ここで興味深いのは、「年功的な昇進を見直すため」がトップではないことである。挙手型昇進というと、多くの人は年功序列を壊すための制度だと考えるかもしれない。しかし実際にはそれだけではなさそうだ。企業が期待しているのは、昇進そのものよりも、昇進に向かう本人の意思である。

従来の昇進制度では、会社が候補者を選び、本人に打診する形が一般的だった。もちろん本人の意向確認は行われる。しかし、その意思表示は昇進決定の最後のプロセスとして扱われることが多かった。これに対し挙手型昇進では、本人の意思が出発点になる。「管理職に挑戦したい」「より大きな責任を担いたい」という意思をまず表明する。その上で会社が適性や能力を見極める。つまり、会社が決める昇進から、本人が意思表示し、会社が選抜する昇進へと重心が移り始めているのである。

昇進は会社が決めるものなのか

実際、導入企業に対して最終的な昇進判断の考え方を尋ねると、「本人の意思を踏まえ、上司・会社が判断する」が57.0%と最も多かった。挙手型昇進という名称からは、「手を挙げれば昇進できる制度」を想像する人もいるかもしれない。しかし実態は異なる。最も多いのは「本人の意思を踏まえ、上司・会社が判断する」であり、過半数を占める。一方で、「原則として本人の意思が尊重される」は26.5%にとどまる。本人の意思だけで昇進が決まる企業は少数派なのである。

図表3 挙手型昇進における本人意思の位置づけ

図表3 挙手型昇進における本人意思の位置づけ

挙手型昇進は、しばしば「本人が希望すれば昇進できる制度」と誤解される。しかし実態はそうではない。企業は意思表示の自由を広げながらも、選抜そのものは放棄していない。本人任せでもなく、会社任せでもない。本人の意思と会社の判断を組み合わせる新しい昇進の仕組みとして運用されているのである。

一方、導入していない企業の声も興味深い。
非導入企業に理由を尋ねると、
「現行制度で大きな問題がない」(36.1%)
「昇進は本人の意思より適性・評価を重視すべき」(33.2%)
「企業主導の昇進の方が適している」(24.3%)
が上位に並んだ。

図表4 挙手型昇進制度の未導入・廃止理由(複数回答)

図表4 挙手型昇進制度の未導入・廃止理由(複数回答)
ここには従来型の昇進観が色濃く表れている。昇進とは本人が望むものではなく、会社が見極めて任せるものである。管理職とは手を挙げるものではなく、選ばれるものである。こうした考え方は日本企業に長く存在してきた。実際、多くの企業ではその考え方が現在も有効に機能しているだろう。だからこそ挙手型昇進の普及率は、従業員300人以上の企業においても約3割にとどまっている。

さらに、挙手型昇進を単独で導入している企業は少なく、導入企業ほど、他の人材施策を組み合わせて導入しているのが特徴である。例えば、社内公募制度、早期選抜制度、管理職任期制、ポストオフ制度などである。これは、挙手型昇進が単なる昇進制度の変更ではなく、人材マネジメント全体の見直しの一環として取り入れられていることを示している。

図表5 挙手型昇進企業に共通する人事施策

図表5 挙手型昇進企業に共通する人事施策※挙手型昇進導入企業数は249社。非導入・廃止企業数は822社。

背景にあるのは、キャリア自律の進展である。会社が一方的にキャリアを決めるのではなく、経営が目指す方向性のもとで、個人の意思も踏まえながらキャリアを形成していく考え方が広がりつつある。挙手型昇進は、その変化を象徴する制度の一つなのである。

今回の調査では、導入企業の方が「挑戦行動が増えた」「管理職候補層が厚くなった」「昇進基準が明確になった」と評価する傾向がみられた。しかし、それが制度導入の効果なのか、もともと挑戦を重視する企業文化があったからなのかは分からない。因果関係については今後の検証が必要である。

挙手型昇進が映し出す昇進観の変化

挙手型昇進の本質は、昇進の決め方を変えることではない。昇進について、従業員自身が意思を表明できるようにしようとする試みである。管理職になりたいのか。どのような役割を担いたいのか。どのようなキャリアを歩みたいのか。これまで会社主導で決められることが多かったこうした問いに対して、本人自身が意思表示する。その意思を起点に会社が判断する。挙手型昇進は、管理職選抜の制度改革であると同時に、キャリア自律時代における昇進のあり方を問い直す制度でもある。

管理職不足が深刻化する中、企業はこれまでのように「会社が選ぶだけ」の昇進では人材を確保できなくなりつつある。挙手型昇進は、その解決策の一つとして機能する可能性がある。管理職は選ばれるものなのか、それとも自ら手を挙げるものなのか。挙手型昇進の広がりは、日本企業における昇進観の転換が静かに始まっていることを示している。

千野 翔平

大手情報通信会社を経て、2012年4月株式会社リクルートエージェント(現 株式会社リクルート)入社。中途斡旋事業のキャリアアドバイザー、アセスメント事業の開発・研究に従事。その後、株式会社リクルートマネジメントソリューションズに出向し、人事領域のコンサルタントを経て、2019年4月より現職。
2018年3月中央大学大学院 戦略経営研究科戦略経営専攻(経営修士)修了。

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