学びを「研修」から解き放つ ――レゾナック・ラーニングフェスが耕したもの

2026年02月10日

学びは個人の問題なのか、それとも組織の問題なのか。レゾナックのラーニングフェスは、学びが生まれる前提条件をどう整えるかという問いに、実践で向き合った試みである。

はじめに

職場では「みんなで学ぶ」土壌が失われつつある。
学びは個人に委ねられ、仕事は効率よく分業され、同じ対象を前に立ち止まって一緒に考える時間は減ってきた。
前回 は、学びが生まれにくくなっている背景を、他者との関係や仕事の構造から整理し、その手前で必要なのが「問いを育てる場」であることを論じた。では、そうした場は、企業のなかで本当に意図的につくることができるのだろうか。
レゾナックのラーニングフェスは、この問いに対する一つの実践的な答えである。

一律研修への違和感から始まった構想
――なぜ「階層別研修の見直し」がフェスになったのか

レゾナックのラーニングフェスは、最初から「フェスをやろう」と構想されたわけではない。出発点にあったのは、きわめて現実的なミッションだった。
2024年2月、新山覚士氏が同社に入社して最初に与えられた役割は、階層別研修の見直しである。キャリア自律や多様性を重視する方針が明確になるなかで、「一律の研修を、同じ時間・同じ内容で提供すること」への違和感が強まっていた。学ぶ内容は、本来一人ひとり違うはずだ。それにもかかわらず、階層や役割だけで一括りにし、同じ研修を受講してもらうやり方は、これから目指す文脈とは噛み合わない。

この問題意識には、新山氏自身の原体験が重なっていた。法人営業、商品開発、事業開発を経て人事に転じた新山氏は、現場にいた頃、研修について自分の仕事とどうつながるのかが見えにくいものとして受け止めていたという。忙しいなかで、「こちらの仕事もよく知らないまま、この研修を受けろと言われる。2日間時間を取った割に、最後は行動計画を3つ書いて終わる」。そうした経験が積み重なり、研修に距離を感じるようになっていた。

もちろん、新山氏は研修そのものを否定しているわけではない。内省やあり方を問う学びには、時間が必要だという認識もある。しかし、スキルやノウハウといったHow toの学びであれば、もっと短く、もっと選べる形があってもいいのではないかと考えていた。この発想の根底には、「完成された研修を用意すること」よりも、未完成でも相互作用のなかで価値が生まれ始める場をつくることへの関心があった。

ラーニングフェスの様子

なぜ「リアルなフェス」にしたのか
――学びは、記憶と感情に残ってこそ意味がある

ラーニングフェス構想のなかで、新山氏が強くこだわったのが、リアル開催だった。オンラインでの学習施策が一般化している現在、この選択は決して自明ではない。新山氏が重視していたのは、学びの効果を「行動変容」以前に、「記憶に残っているかどうか」で捉える視点だった。多くの場合、学んだ内容がすぐに職場で使われることはない。だからこそ、印象に残り、必要なときに呼び起こされる記憶であることが重要になる。そのためには、感情が動く体験が欠かせない。会場に入ったときの景色、音楽、人の熱気、偶然の出会い。そうした五感への刺激が、記憶と結びつく。

ラーニングフェスは、ただ 完成された答えを受け取る場ではなく、同じ場に身を置き、何かが生まれつつある過程を共有する場として構想されていた。リモートワークや個業化が進むなかで失われがちな、「同じ対象や問いを、同時に見る時間」を意図的に取り戻す試みでもあった。

VR体験ブースの様子

ラーニングフェスの全体像
――1500人・60 コンテンツ・社内講師4割という設計

2025年に開催されたラーニングフェスは、2日間で約1500人が参加する大規模な社内イベントだった。用意されたコンテンツは全60。外部講師が約6割、社内講師が約4割を占めていた。
エリアごとにメインステージ、リーダーシップステージ、自己変革ステージ、チームマネジメントステージ、イノベーションステージ、DXステージ、モノづくりステージなど、複数のカテゴリに分かれたプログラムが用意された。
例えば、リーダーシップステージでは、チームレジリエンスの講座、スポーツ経営から顧客創造について学ぶ講座、シェアードリーダーシップについて学ぶ講座もある。
DXステージでは、複数のAI講座が並び、社内講師も登壇して解説を担った。

この「社内講師4割」という構成は象徴的である。ラーニングフェスは、外から知識を仕入れる場であると同時に、社内に蓄積された知や経験、問いを可視化する場として設計されていた。

当日のプログラム(一部抜粋)タイムテーブル

会場は複数のステージに分かれ、参加者は自由に回遊できる。一斉に同じ研修を受ける形式とは対極にある。選ぶのは自分。どこに行くかも自分で決める。その自由度が、「学び」を自分事として引き寄せる。しかし、こうしたフェスの設計が成立した背景には、プログラムの工夫だけでなく、それを支える組織の意思や進め方、そして場に流れる空気があった。

島タイプのブースの様子

入場の外観

フェスは「場」だけでなく「空気」でつくられていた
――共創型人材を育むための、未完成でひらかれた空間

レゾナックは現在、「共創型人材」を重要なキーワードとして掲げている。専門性を磨くだけでなく、他者と交わり、共に価値をつくり出す人材像である。ラーニングフェスは、この共創型人材像を、言葉ではなく体験として感じ取ってもらう場だった。
そのため、会場には、研修特有の緊張感はない。人は自由に行き交い、立ち止まり、話し込み、また次の場へ向かう。
 代表取締役社長 CEO髙橋秀仁氏は常々、「戦略はコモディティ。差異化要因は、その戦略をやり切る人材が育っているかどうかだ」と語る。経営の言葉が、フェス全体の背骨になっていた。ちなみに経営陣は会場で自身の名前の書かれた幟を背負って歩く。肩書きを誇示するためではない。話しかけてよい存在として、場に溶け込むための仕掛けだった。

フェスはまた、未完成のまま走り出すアジャイルな進め方でつくられていた。ティザーサイトを先に出し、アンケートを取り、反応を見ながら形を変えていく。製造業に根づく「完成してから出す」文化に対する、意図的な挑戦である。
未完成であることは、「共につくる余地」をひらく。参加者も、運営も、経営も、ラーニングフェスという場のつくり手の一部になる。共創の具現化は、当日の場づくりにも表れていた。会場の一角には、参加者が自由に言葉を書き込めるスペースがあり、何のために学ぶのか、何を学びたいのか、今この場をどのように感じたのか等、参加者のメッセージが書かれていた。そこには、「レゾナックをもっと知りたい」「まだ見たことのない世界を見たい」「世界の進化を追い越す」など、参加者一人ひとりが持つ、異なる学びの理由や気づきが表現されていた。

参加者の声が示す「耕されたもの」
――成果ではなく、変化を見る

会場を後にした参加者はこのような感想を残している。

「仕事で悩んでいたことの解消につながるようなヒントがたくさん見つかった」
「みんなで一斉に集まって、この熱気のなかで学ぶとモチベーションがあがる。来年もあればぜひ参加したい」
「みんなで集まってそのなかで自分以外の意見を話すとほかの参加者からも意見があがり、発見があった」
「楽しかった」
「この会社に所属してよかった」
「未来が少し明るくなった」

という言葉だった。

これらはスキル獲得を直接示すものではない。ラーニングフェスが耕したのは、仲間と一緒に学びや仕事に向き合う姿勢そのものだ。

ラーニングフェスのこれから
――「仕事を楽しもうとしていない人」に、どう届けるか

新山氏が次に見据えているのは、「まだ来ていない人」にどう届けるかである。
「学ばなきゃダメだ、とは言いたくないんです。楽しそうだから行く、でいいと思っています」
背景には、「仕事を楽しもうとしていない人がいる」という現実への問題意識がある。
「人生を楽しもうとしていない人は少ない。でも、仕事を楽しもうとしない人は結構いる」と新山氏は言う。
ラーニングフェスは、研修ではなく、人生や仕事を面白がるきっかけをつくる場として位置づけられている。「フェスに来て、この会社にいてよかったと思える。それって、学び以上に大事なことだと思うんです」

交流エリアの様子

考察:学びが生まれる前提条件を、どう整えるか

レゾナックのラーニングフェスが示しているのは、単に学習機会を拡充することや、学ぶ人の数を増やすことそのものではない。
むしろ、学びが生まれる前提条件を、組織としてどう整えるのかという問いに向き合う試みだ。

フェスで提供されたのは、あらかじめ答えが定まった研修内容を一方向に受け取る場ではなかった。もちろん、業務上必要な知識や学ぶべき内容が存在しないわけではない。だがラーニングフェスでは、それらを一律に受講させるのではなく、未完成でひらかれた形で提示し、立場や役割を超えて交わり、問いを持ち寄る余地のある空間がつくられていた。

ラーニングフェスは、その環境を「偶然」に任せなかった。
経営のメッセージ、場のデザイン、未完成を許容する進め方、社内の知を可視化する構成。それらを通じて、多様な選択肢が提示され、そのなかから思わず心が動くものに出会ってしまうような場が、組織的に設計されていた。

学びを個人の問題として切り離すのではなく、学びが生まれる環境を整え続ける。
レゾナックの取り組みは、人材育成施策という枠を超えて、これからの組織に求められる「学びへの責任」のあり方を、具体的な実践として示している。

学びの土壌は、自然には育たない。
未完成を許し、共につくり、アジャイルに進める。その意思決定が、土壌を耕す。
本連載では今後も、こうした取り組みを行う企業の事例を追いながら、対話型の学びが生まれる職場の条件を探っていきたい。

■お話を伺った人

新山 覚士(しんやま・さとし)氏
株式会社レゾナック・ホールディングス カルチャー・人事政策企画部組織人材開発グループ

新卒で人事コンサルティング会社に入社。2年半の法人営業の経験を経て、総合人材サービス企業へ転職。研修事業部にて商品開発、事業開発に5年半従事。うち最後の2年間はマネジャーとしてタレントマネジメントシステムの開発を担う。その後、アパレル企業にて人事業務全般を3年経験し、2024年より現職。階層別研修や選抜人材の育成、組織開発の支援に従事している。

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