
人が辞めない職場のためには、両立支援の手前でやるべきことがある
香川県で企業のワークライフバランスや生産性向上を支援する「ファミーリエ」社長の徳倉康之氏は、NPO法人ファザーリング・ジャパン副代表理事で、医師の妻とともに3人の子供を育てる父親でもある。都市部と地方の企業、両方の現状を知り政策にも詳しい徳倉氏に、地方企業の家庭支援の現状と、必要な対策を聞いた。
10年で人材不足が加速 人員補充できず倒産も
―徳倉さんが香川で創業して以降、地方の企業の経営環境にはどのような変化がありましたか。
私はメーカーの営業職として東京を中心に約10年勤務し、働きすぎて体調を崩し1年の療養生活を送った経験もあります。結婚後は妻と3人の子育てを分担して育児休業も取得し、ファザーリング・ジャパンの活動にも関わるようになって事務局長を3年半務めました。
その後「父親の子育てを推進することが、生産性向上の活路を開くのではないか」と考え、11年前に夫婦の故郷である香川県で事業を始めました。その頃から県内の企業は少しずつ、「将来は人手不足になるだろう」と感じ始めていたと思います。それでも当時は、離職者は増えているが補充すればいい、という感覚がありましたが、コロナ禍前には欠員を補充しようとしても思ったような人材が採れなくなり、さらにコロナ禍後は欠員補充すらできなくなりました。地方では事業継続に必要な人員を確保できず仕事はあるがそれを担う人材が足りず経営に苦しむ企業が増え、地元の銀行や会計会社が専門部署を設けて、倒産回避のため必死でM&Aに取り組んでいます。
―人材側の変化についても教えてください。
香川県では、これまで地元経済を支えていた層が、家族ぐるみで東京や大阪に移住しています。合同就職説明会などに行っても学生の姿はまばらで、地方企業が新卒に選ばれなくなっていることも実感します。私は10年前、四国にはいずれ24時間営業できないコンビニが現れ、宅急便が翌日東京に届くこともなくなるだろう、とブログに書きましたが、まさに今、当時の予想が現実になりつつあります。
ただ一方で親の介護がある、子供を転校させたくない、温暖で住みよい地元を離れたくないといった理由で定住する人、住環境に魅力を感じて移住してくる人も一定数います。経営者がこうした人材を確保し事業を継続するためには、「働きやすい」職場づくりに取り組み、時間に制約のある人も含めて、人材をどんどん職場に取り込むことが不可欠なのです。
二極化する地方企業 マネジメント人材不足も課題
―企業側の働きやすい職場づくりの取り組みは進んでいるのでしょうか。
危機に対して鈍感な企業と、危機感を強めて行動しようとしている企業に二極化していると感じます。ただ後者の企業も、組織変革を担うマネジメント人材を確保することに苦慮しています。
というのも、地方には適切に部下をマネジメントできる人材が極端に減っているからです。日本企業はマネジメントを学んだ人材が少なく、例えば営業部なら営業トップが部長になることが多いのではないでしょうか? かつては教育をせずとも、マネジメントと事業の両方をこなせる人材が担っていました。しかし全国的に人手不足、賃金上昇の今はこうした人材から先に地方から都市部へと出てしまっています。また、それを防ぐためのマネジメントスキルを提供するトレーニングもほとんど行われていません。このため人事管理はできても気づかずハラスメントを起こす場合や、バイアスをあらわにしたりするマネジャーが上に立ち、部下の優秀な人材が流出する、というケースが少なくありません。このため経営者は、採用難と育成した人材の離職という両方のリスクに直面しています。
加えて、近年は人材の獲得競争が激化し急速に賃金水準が上がっています。このため経営者は、職場環境と賃金の両面を改善しなければならず、特に業績が上がらない企業にとって、人材確保の道はより険しくなっています。
―働きやすい職場づくりのため、企業にできる具体的な取り組みはありますか。
財務や事業は、金融機関や税理士など外部の専門家から意見を得られるため、経営者は言わば自社の姿を客観的に映し出す「鏡」を持っているわけです。しかし働き方やマネジメント、ハラスメントに関しては、こうした「鏡」がありません。鏡なしで身だしなみを整えている経営者たちに、「それは時代遅れです」「マナーから外れています」と指摘する「鏡」が必要なのです。
離職についても、経営者や管理職は社員がなぜ辞めるか分からない。このとき、最も正確に組織の姿を映し出すのは離職者自身と、周りにいた従業員です。ですから離職者が出たら同僚などにヒアリングすると、職場の働きづらさや、思わぬ人のハラスメントなどが明らかになることがあります。極論すれば従業員こそ最も正確な「鏡」であり、経営者が従業員と適切に対話できるなら、僕らの会社は必要ないのです。
従業員との対話が十分でない企業に対しては、我々が代わりに「鏡」の役割を果たします。このとき、服装に例えれば「あなた、イケてないですよ」と言うと怒らせてしまうので、「今の時代は、こういう装いが合いますよ」とポジティブな言葉でお勧めするのがコツ。地方の経営者には男性が多いので、男性に意識を変えてもらうための言葉選びには、とても気を使っています。
全社員の有休取得率を上げる 両立支援はその後に
―制約のある社員の支援については、どのように考えますか。
子育て中の社員を支援すれば対象者が定着する、と短絡的に捉えて両立支援制度を一気に導入すると、子育てしていない社員は「子育て層が優遇されている」と不満を持ち、子育て層は「同僚の目があり制度を使いづらい」と感じて、最悪の場合、両方が同時に辞めてしまうことがあります。このときに経営者が「WLB(ワークライフバランス)に取り組むと離職者が増える」と考えるのは見当違いで、両立支援よりも先に、全社員の有給休暇の取得率を8~9割に高め、休みやすい環境を整える必要があるのです。社員が休める制度と、休む人がいても事業を回せるマネジメント、休みやすい風土がそろって初めて、両立支援も機能するようになります。
時短勤務者が、キャリアアップできる評価制度を作ることも重要です。縦軸に責任の重さ、横軸に勤務時間を取り、負荷が最も高い「フルタイムで責任も重い仕事」から最も軽い「責任が軽い時短勤務」まで、仕事の区分を作る。各区分に、負荷の高さに応じたポイントを設定し、累積ポイント数を管理職試験の受験資格や、一時金の額に反映させます。例えば育児が一段落したら一つ責任の重い区分に移る、体調やメンタルが不調なので責任の軽い区分に行くなど、従業員のライフステージなどに合わせた区分変更も可能にします。
これによって働き方の柔軟性が高まり、時短勤務でも少しずつポイントを蓄積できます。さらに「子供が小4になったらフルタイムに戻って管理職を目指す」など、将来のキャリアも展望できるようになります。評価制度と有休の取得徹底で、課題の大半は解決すると感じます。
―経営者のなかには、家庭(ケアワーク全般)をパートナーに任せて仕事をしている人も多く、家庭支援を「自分事」化するのが難しいケースがあると思います。どうすればこうした経営者を動かすことができますか。
有効な方法の一つが、法改正を時系列で話すことです。例えば労働時間の上限規制や男性育休の取得義務などについて、法律の変遷とその背景を丁寧に説明する。その上で「守らなければいけない法律がこんなに変わったので、社内にはこうした制度が必要です」と理詰めで話を進めると、理解しやすいようです。
また人を動かす最大の原動力は危機感なので、相手が最も危機感を感じる話し方やテーマを選ぶことも大事です。離職やハラスメントには鈍感でも、収益の低下や同業者の倒産に対する感度は高い人も多いので、倒産事例などからアプローチすることもあります。
ただ、僕らは経営者に、話を「受け止めてください」とは言いますが、話を「受け止めて」、ハラスメント体質の営業部長をラインから外すのか、それとも受け止めた内容を脇へ置いて何も策を講じず、風土改善に取り組まずに衰退の道を進むのかを選ぶのは経営者本人です。
営業成績は振るわなくてもマネジメントに長けた人を見出して部長を任せ、存分に手腕を発揮させたところ業績が急上昇した、というケースもあります。経営者の判断が会社の浮沈を左右しうることは、理解していただきたいと思います。