ユニバーサルな職場環境のもと 「ゼロからの成長」を前提に育成

株式会社ササキ 常務取締役 管理本部・サステナビリティ担当 佐々木 麻彩氏

2025年06月19日

多様性を重視した組織づくりは、障害者の戦力化にも直結する。本コラムシリーズで紹介してきた各事例においても、その重要性は繰り返し強調されてきたが、今回取り上げるササキはそのなかでも際立った存在である。同社では、人材育成やキャリアプランの設計、社屋を含む設備面に至るまで、あらゆる体制と環境がユニバーサルな視点で構築されている。この姿勢が、障害のある社員に対するきめ細かな配慮として具体化されている。本稿では、製造現場で働く社員の育成およびキャリア形成に焦点を当て、同社の取り組みについて常務取締役の佐々木氏に聞いた。

基礎情報  合計9名(山梨本部・宮城本部合計)

精神障害-発達障害 5人
身体障害 2人
内部障害 1人
知的障害 1人

佐々木 麻彩氏佐々木 麻彩氏

障害の有無にかかわらず、業務内容は同じ。ササキでは「未経験者の育成」を前提とし、多様な人材の採用を積極的に進めている。同社の主力事業は、半導体製造装置に用いられるワイヤーハーネスの製造・販売である。1995年の創業以来、半導体需要の拡大を追い風に成長し、現在では、半導体製造装置にとどまらず、工作機器、精密機器などの産業機器分野、レース用自動車の開発研究(R&D)、理化学機器、航空・宇宙・防衛分野など、半導体関連の新たな分野にも事業を展開している。山梨本部と宮城本部の2拠点体制をとり、社員数は約450人に上る。

ワイヤーハーネスは、装置や基板の配置や大きさが産業機械ごとに異なるため、多品種少量生産が基本となる。この特性上、自動化は困難であり、人の手による作業が多くを占める。「ひたすら同じ作業を繰り返す流れ作業型のものづくりではなく、臨機応変な対応が求められる」と佐々木氏は説明する。一方で、製造現場の専門性の高さから、経験者の採用はほとんど見込めないのが実情である。実際に、中途採用者のなかには異業種からキャリアチェンジした製造業未経験者も少なくない。このような背景から、同社では新卒・中途を問わず、入社後にゼロから人材を育成する企業文化が根づいており、それを支える教育体制も整備されている。

言い換えれば、向き不向きはあるものの、誰もが未経験から挑戦しやすい環境が整っている。そのため、一般募集で採用された社員のなかには結果的に障害がある者も含まれていた。同社は創業当初から社会貢献に積極的に取り組んできた。2020年には、社長が全社員に向けて「CSR推進企業」であることを宣言し、現在はサステナビリティ推進部の下でDEI、女性活躍推進などのテーマごとにチームが活動している。障害者雇用に体系的に取り組み始めたのは2017年で、企業規模の拡大により法定雇用率の対象となったことがきっかけだったが、それ以前から障害者を受け入れるためのダイバーシティ環境は整っていたと言える。「ただ、守秘義務や、障害のある当事者それぞれの事情への理解について、曖昧なまま進めていた部分がありました。そこで改めて学び直し、障害者職業生活相談員の資格も取得しました」と佐々木氏は振り返る。学んだ知識を幹部や現場でともに働く社員へフィードバックし、理解を促していった。

現在、障害のある社員は製造をはじめ、バックオフィスなど多様な部署で活躍している。仕事内容、待遇、人事評価、キャリアプランなどの制度は、ほかの社員と同じである。ただし、入社後に仕事を習得し、スキルアップしていく過程では、個別の配慮が必要となる場合もある。本稿では、主に製造現場で働く障害者のキャリア形成に焦点を当て、同社の取り組みを紹介する。

「道場」で育成し、「アカデミー」で資格取得。社員全員が個人目標を設定する

眺望の良いオフィステラス席やファミレス席もある食堂"SASAKI tchen"

同社には「範師(はんし)」と呼ばれる教育担当の社員が1人在籍している。元製造部の部門長で、76歳という年齢で同社最高齢の社員でもある。この範師制度は、高齢者の活躍を推進する取り組みの一環でもあり、同社はこの制度を含む取り組みにより、厚生労働省の高年齢者活躍企業コンテストで最優秀賞を受賞するなど、高い評価を得ている。経験豊富な範師は「道場」と名付けられた工場の一角に常駐し、新入社員に対して工具の名称や使い方を一つひとつ丁寧に指導する。「いきなり現場に出ても工具の使い方すらわからず混乱するだけなので、まずは基礎を学ぶ場と位置付けています。配属後も業務に不安を感じた場合には、いつでも道場に戻って学び直すことができます。障害を開示している社員については、その情報を範師とも共有し、個々の事情を踏まえた指導を行っています」と佐々木氏は語る。なお、道場では新人教育のほか、小学生の工場見学の受け入れなど、地域社会への貢献活動も行っている。

多品種少量生産や短納期対応を強みとする同社では、臨機応変な作業対応力が求められる。こうした適性については採用段階で見極めている。就職希望者には職場見学や職場実習を実施している。障害のある応募者については、自身の特徴や得意・不得意、必要な配慮事項をまとめた「ナビゲーションブック」を支援機関(ハローワークや支援センター等)と共有し、適切なマッチングにつなげている。支援機関と密な関係を築いているため、「たとえば、ハローワークの一般職に応募した方について『障害があるようですが、ササキさんの業務が合うのでは』といった紹介を受けることもあります。当社の業務や職場環境をよく理解している支援機関が身近に多く存在することは、大きな強み」と佐々木氏は述べた。

技能に習熟するにつれ意欲が高まる社員は多く、製造課においても電子機器組立技能士などの国家資格や各種社内資格に挑戦する者は珍しくない。特に国家資格の取得を目指す社員は、社内に設置された企業内大学「ケーブルプロセッシングアカデミー」において、勤務時間中に学ぶことができる。このアカデミーでは、社内に備えられた練習用機材を活用して実技試験に合格するための技能を実践的に指導し、今までに多くの国家資格合格者を輩出している。「資格は当社にとっても重要な財産になりますので、学び続ける機運が高まっているのは非常にありがたい。講師陣には特級や1級を取得した上級資格者がおり、彼らが若手社員を指導する文化が根づいています。障害のある社員も、国家資格取得を目指してアカデミーで技量習得に励んでいます。それぞれが自己の障害特性を理解し、小さなステップであっても、目標を掲げて前向きに取り組んでいます」(佐々木氏)。同社におけるキャリアパスは、管理職へ進むルートと、職人として専門性を高めてスペシャリスト、マイスター、マエストロへと進むルートがあり、社員は自身の強みを生かした道を選択できる仕組みとなっている。

人事評価と連動したキャリアプランにおいては、製造に限らず全職種でOKR(Objectives and Key Results)というフレームワークを導入している。これは、組織が掲げる目標と、それを達成するための主要な成果を明確にしたうえで、個人の目標を設定する手法である。「個人の目標設定にあたっては、障害の有無にかかわらず、各人の能力レベルに応じて少し高めの目標となるよう、各部署の上長が配慮と判断をしています」と佐々木氏。「同期入社であっても、障害のある社員とほかの社員との間に成長の差が出る場合があります。しかし、会社としては緩やかな成長であっても構わないと考えています」(佐々木氏)

昇格や昇給には差が生じるが、自ら設定した目標を達成し、それに見合った評価や報酬を得ることで「自分も会社に貢献している」という実感を持ち、モチベーションの向上につながっているという。個人目標の設定や評価のフィードバックは、定期的に実施される上長との1on1キャリア面談において行われている。加えて、障害のある社員に対しては、職場への定着を支援するための面談も実施している。面談では、個々人の体調やメンタルの状態に応じて、必要な場合には支援者が同席することもあり、状況が安定してきたら頻度を調整するなどきめ細かな対応がなされている。

誰もが働きやすいよう社屋と工場を工夫。透明性を確保しつつプライバシーにも配慮

誰もが働きやすい職場環境を実現するため、同社では社屋や工場の設計にも工夫を凝らしている。障害者、高齢者、外国人など多様な人材が活躍できる環境を目指し、ハード面の整備にも注力している。バリアフリー対応のトイレや、段差を解消するスロープは、既に標準的な設備となっている。工場は多品種小ロット生産で大型設備が少ないため、危険な作業エリアが少なく、騒音レベルも低い。周囲の音が気になって集中しづらい人や、1人で黙々とものづくりをしたい人にとっては快適な作業環境である。

そのうえで2022年に完成した山梨本部の新工場では、同社ならではの設計や意匠の工夫が随所に施されている。更衣室、トイレ、給湯室などの表示にはすべてピクトグラムを採用し、外国籍社員や文字の読み取りが苦手な社員への配慮がなされている。また、立ち作業時の機械や机の高さ調整なと、細部にわたる「カイゼン」活動にも力を入れており、その取り組みは高く評価されている。こうした背景から海外からの工場視察も多く、見学者にとってもわかりやすい表示が整備されている。

工場スペースと管理部門スペース緑の床部分が工場スペース、カーペット側が管理部門スペース

工場に隣接する管理部門との間には仕切りの壁がなく、ボーダレスな空間が広がっている。ガラス張りの役員室からは工場内の様子が見渡せ、同様に工場側からも全体の様子を確認できる設計となっている。「現場の社員は打ち合わせを管理部門のスペースで行うことが多く、用件も頻繁に発生するため、心理的な距離を感じさせない開放的な設計にしました」と佐々木氏。一方で、1on1の面談に使用される個室については、ハラスメント防止の観点からガラス張りにしつつも、外部の視線が気にならないよう、山並みをイメージしたラインが、目隠しの役割を果たしている。社員のリフレッシュや健康管理にも配慮がされており、富士山を一望できる社員食堂や、業務時間外に利用できるフィットネススタジオも整備されている。

工場には新たに自動倉庫やケーブルを巻き取る機械を導入したため、比較的力の弱い高齢者や女性でも重いワイヤーを扱えるようになった。現在、社員の過半数は女性であり、平均年齢は39歳と、製造業全体の平均年齢である43.8歳(※)を下回っている。また、障害がある社員の就職から3年後の定着率は100%を達成している。「多くの人材に選ばれる企業となるには、誰もが働きたいと思える魅力的な職場づくりが不可欠です」と佐々木氏は述べる。人材確保が困難とされる製造業において、同社が上げている成果は、障害者に限らず、多様な人材を活用するための有益なヒントとなるだろう。

(※)厚生労働省「令和6年賃金構造基本統計調査」

TEXT=稲田真木子

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