米2社に学ぶ、採用プロセスの再設計とソーサーの役割拡張
2026年5月5日から6日にかけて、米国ジョージア州アトランタにて、「ERE Recruiting Innovation Summit - Spring 2026」が開催された。
前編では、Marriott InternationalやSalesforceなどの事例を通じて、AI時代における採用チームの再設計や人間の判断力の重要性について紹介した。
本コラム(後編)では、AIが採用業務の現場でどのように活用され、仕事の進め方をどう変えているのかを示す2つの事例を紹介する。
1つ目の事例は、採用担当者を増やすことなく大量採用に対応するため、採用プロセスを見直し、選考初期の業務を自動化したValet Living。
2つ目は、社内ナレッジの共有や採用マーケットの分析にAIを活用し、ソーサーの役割拡張につなげたMerckである。
年間2万5000人を採用、大規模採用のボトルネックを自動化で解消――Valet Living
アントニオ・フィオレンティーノ氏(Valet Living)(左)/タラ・ミッチェル氏(Humanly)(右)
(Photo was taken at ERE Recruiting Innovation Summit - Spring 2026, Atlanta, GA on May 6, 2026)
集合住宅向けサービスを提供するValet Livingの人材獲得担当バイスプレジデント、アントニオ・フィオレンティーノ氏は、「候補者数を増やし、ボトルネックを解消する――よりスマートな採用の実践事例」と題した講演に登壇。同社は、月間2万人を超える応募者の中から年間2万5,000人を採用している。講演では、対話型AI採用プラットフォームHumanlyを活用し、選考初期における候補者対応やスクリーニングを自動化した取り組みを紹介した。
現場に分散していた採用業務を集約
Valet Livingでは、これまで20人の地域担当リクルーターが候補者を発掘し、その後の候補者対応や面接設定、採否判断、内定通知などは350人以上の現場マネジャーが担っていた。
そのため、採用業務が各現場に分散し、運用のばらつきが生じやすい状況にあった。そこで同社は、採用プロセスの標準化と効率化を目的に、採用業務を採用部門へ集約。候補者の発掘から採否判断までを採用部門が一貫して担当する体制へと転換した。なお、この体制変更はリクルーターを増員しないことを条件として実施された。
定型的な候補者対応と初期スクリーニングを自動化
リクルーターには、候補者への連絡やリマインド、日程調整、仕事内容の説明、ATS(応募者追跡システム)更新などの手作業が集中した。電話スクリーニングには1日4時間ほどしか充てられず、大量の候補者を迅速に選考することが難しくなっていた。また、同じ仕事内容の説明や基本的な質問を候補者ごとに繰り返すことも、リクルーターの負担となっていた。
さらに採用ファネルを分析すると、電話スクリーニングで仕事内容を詳しく知った候補者の約半数が、その段階で選考を辞退していることがわかった。
こうしたデータ分析の結果とリクルーターへのヒアリングを踏まえ、同社は候補者への初期連絡、仕事内容の説明、定型的なスクリーニング業務を採用プロセスのボトルネックと特定した。そして、対話型AI採用プラットフォーム「Humanly」を導入し、これらの業務の自動化を進めた。
候補者はHumanly上で仕事内容を紹介する動画を視聴し、業務を遂行できるか、引き続き選考へ進む意思があるかなどの質問に回答する。Humanlyは、質問への回答を基に候補者を評価し、設定した基準を満たした候補者には、リクルーターとの電話スクリーニングの日程予約を自動で案内する。
採用スピードを短縮、月間採用数は大幅に増加
Humanly導入後は、候補者対応のスピードが大きく向上した。リクルーターは繰り返しの説明やフォローに費やす時間を減らし、より多くの候補者に対応できるようになった。
また、候補者が仕事内容を事前に理解し、選考を続ける意思を確認したうえで電話スクリーニングへ進むようになった。
フィオレンティーノ氏はHumanlyの選定について、「自社のニーズに合うもの、あるいは自社のニーズに合わせてカスタマイズできる製品を選定した」と振り返る。
<Humanly導入による主な変化>

AIで採用マーケット動向を読み解き、ソーサーを「アドバイザー」へ――Merck
エリーズ・ライアン氏(Merck)
(Photo was taken at ERE Recruiting Innovation Summit - Spring 2026, Atlanta, GA on May 5, 2026)
製薬大手Merckのタレントソーシング担当アソシエイトディレクター、エリーズ・ライアン氏は、「The Augmented Sourcer(拡張型ソーサー)」と題した講演に登壇。SharePointや社内AIエージェント、Microsoft Copilotなどを活用し、社内に蓄積した採用関連の知識・情報をAIで検索・共有するとともに、採用マーケットの動向を分析することで、ソーサー(候補者発掘を担う専任担当者)の役割を拡張する取り組みを紹介した。
個人知をチームの共有知に変える
Merckのソーシングチームがまず着手したのは、社内に分散していた採用知識の集約である。採用に必要な情報がメールや各種ドライブなどに散在していると、必要な資料を探すのに時間がかかるだけでなく、担当者の異動や退職によるナレッジ喪失リスクもある。
そこで、ソーサーが個々に持っていた採用関連の知識や情報を、SharePoint上のナレッジライブラリに集約した。ハイアリングマネジャーに関する情報、候補者へのアプローチで効果のあったA/Bテスト、競合企業の情報に加え、製品、各事業部門など、候補者と話す際に必要となる自社の事業知識も1ページの資料にまとめている。
さらに、報酬ベンチマークや、人材データ分析ツールLinkedIn Talent Insightsで作成した候補者層の規模に関するレポートなども保存し、ほかの担当者が同じ情報を一から調べ直さなくても利用できるようにした。
ライアン氏は、「自分だけが専門家になるのではなく、情報をチーム全体で共有し、誰もが必要な知識にアクセスできる状態にすることが狙いだ」と説明した。
必要な情報をAIで即時に引き出す
Merckは、情報を集約して保存するだけでなく、必要なときにすぐ活用できる仕組みづくりにも取り組んでいる。
SharePoint上の資料へのリンクを一覧化し、社内AIエージェントに読み込ませることで、自然言語による検索や参照を可能にした。
たとえば会議中に「現在、エンジニアの人員削減を行っているテクノロジー企業はどこか」と尋ねると、AIがナレッジライブラリに蓄積した競合情報や月次調査を基に回答し、参照元も提示する。
以前は、会議中に過去のレポートを探すことで会話を追えなくなることもあった。必要な情報をその場で呼び出せることで、資料探しではなく、会議参加者との対話に集中できるようになったという。
また、同社では4~5年前にも同様のライブラリを作ったが、更新されず使われなくなった経験がある。そこで今回は、ライアン氏自身が最初の1年間の責任者となり、ライブラリの継続的な更新と社内での利用を促している。ナレッジライブラリを継続的に更新し、使われ続ける状態に保つことを重視している。
AIで採用マーケットの動向を毎月分析
Merckではさらに、現時点でアプローチすべき人材層を見極めるため、Microsoft Copilotなど社内で承認されたAIツールを活用している。毎月、製薬業界で過去30日間に起きたレイオフや組織再編、新拠点の開設などの公開情報をAIで調査する。AIに特定の個人を探させるのではなく、企業や職種、スキルなどの単位で、今どの人材層に注目すべきかを分析させている。
ただし、AIの提案をそのまま候補者へのアプローチに使うわけではない。ソーサー自身が専門知識や判断を加え、レイオフなど相手が置かれた状況を踏まえて、アプローチのタイミングや伝え方を調整する。ライアン氏は、人が主導し、AIが支援する形で活用することを重視している。
「候補者を探す人」から採用の意思決定を支える役割へ
社内の知識や採用マーケットの動向をAIで迅速に検索・分析できるようになったことで、ライアン氏は、ソーサーの役割も広がっていると話す。「外部労働市場の動向について議論するために、実際にソーシングを始める前の段階から意思決定の場へ呼ばれるようになった。大量のデータ分析をAIが支援してくれるからこそ実現したことだと思う」とライアン氏は振り返った。まとめ:AIをどこに生かし、人の価値発揮をどう促すか
こうした採用業務へのAI活用は、日本企業でも広がっているが、その活用には課題も見られる。
TalentXが従業員500人以上の企業を対象に実施した「AIネイティブ採用調査2026」によると、採用業務でAIを活用する企業は58.3%に達する。一方、AI導入後も工数が「変わらない・増えた」と回答した企業は53.3%に上る。また、「AIと人の役割分担が不明確」と回答した企業は67.9%、「AI活用の方向性が明確でない」は57.8%、「AI活用を前提とした業務フローの見直しができていない」は68.8%に達している(※)。
この結果からは、AIを前提とした業務や組織の再設計が十分に進んでいない実態がうかがえる。
今回取り上げた2社の事例からは、AI活用を進めるうえで重要な2つの示唆が得られる。
1つ目は、AI導入の出発点をツールではなく課題に置くことである。Valet Livingの事例が示すように、重要なのは、AI導入前に「どの業務に課題があるのか」を見極めることである。
2つ目は、AIを単なる業務効率化にとどめず、人が判断や対話など、人ならではの価値を発揮できる仕事に注力できるよう、活用のあり方を広げることである。Merckの事例では、AI活用によってソーサーが市場動向を踏まえて採用の意思決定を支える役割へと広がっている。
AI活用の成果は、何を効率化したかだけでなく、採用業務や意思決定がどのように変わったかまで含めて評価する必要がある。
(※)https://talentx.co.jp/news/p260618
TEXT=杉田真樹
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