専門エージェントを束ねる「スーパーエージェント」――人事業務をどう再設計するか

2026年07月17日

2026年3月17~19日の3日間にわたり、米国ネバダ州ラスベガスにて、人事担当者向けカンファレンス「UNLEASH America 2026」が開催された。
前編では、政策担当者、企業の人事責任者、HRテックベンダーの講演を基に、AI時代における仕事そのものの再設計の具体像と、企業での実装に向けた最新動向を紹介した。
本コラム(後編)では、この流れを人事業務にどう落とし込むべきかという観点から、世界的HRテックアナリストであるジョシュ・バーシン氏の基調講演を取り上げる。複数のAIエージェントを束ねる「スーパーエージェント」のしくみと、人事業務を再設計するうえで不可欠となる視点を紹介する。

Amy Webb氏UNLEASH America 2026 会場
(Photo was taken at UNLEASH America 2026, Lag Vegas, NV on March 19, 2026)

バーシン氏は、基調講演「止まらない変革――AIが人事を根本から作り替える」において、複数のAIエージェントを連携させる新たなHRアーキテクチャを提示した。その中で、AI活用の次の段階として位置づけられたのが「スーパーエージェント」である。

「AIによる大量解雇」という物語の裏に隠された真実

バーシン氏は講演の冒頭、世界中で従業員のエンゲージメントや心理的安全性、満足度が過去最低水準に落ち込んでいる背景には、メディアが煽る「AIによる失業やキャリアの崩壊」への恐怖心があると指摘した。
しかし同氏は、「毎日のように『AIによって人員を数十%削減した』という大企業の発表が世間を賑わせているが、その多くはAIのせいではない。本質は、コロナ禍などにおける人員の過剰採用や、自社の変革の遅れをAIという都合のよい言葉にすり替えて言い訳にしているにすぎない」と警鐘を鳴らす。

同氏が強調したのは、AIによって組織を縮小することではなく、組織をより階層の少ない「水平的」な構造に変え、顧客との距離が近く、より速く動ける組織へ移行することだった。
さらに、今後の大きな課題は「組織全体をどのようにこの変革の旅路に連れていくかだ」と述べた。企業が業務プロセスや事業領域を変革する際、その中核にあるのはAIそのものではなく、新しい技術に適応し、自らの仕事を作り替えていく、一人ひとりの従業員である。

個人向けAIから、全社レベルの「業務再設計」へ

バーシン氏は、ビジネスにおけるAIの位置づけの変遷を4つの段階で整理した。

  • 第1段階:目新しい技術(2022年~)
    ChatGPTをはじめとする生成AIの登場初期は、驚きや不安を伴う新しい技術として受け止められた。主な関心は、AIとは何か、信頼性や安全性に問題はないのという点にあった。
  • 第2段階:アシスタント(2023~2024年)
    情報検索や文章のリサーチなど、個人の実務を支援する「コパイロット(副操縦士)」としての活用が急速に広がった。焦点は、個人がAIを日常業務の中でどう使いこなすかへと移った。 
  • 第3段階:エージェント(2024~2025年)
    職務・業務単位で、指示を基に特定の業務を実行・自動化する「エージェント」へと進化した。エージェントに何を担わせ、どう設計・制御し、実務に展開するかが問われるようになった。
  • 第4段階:スーパーエージェント(2026年~)
    個別エージェントによる業務自動化を超え、複数のエージェントや既存システムを連携させる全社的な自動化基盤として、業務プロセスを再設計する段階へ移りつつある。ここでは、AIがどのような経済的価値や投資対効果を生むのかが焦点となる。

Amy Webb氏ジョシュ・バーシン氏(The Josh Bersin Company)
(Photo was taken at UNLEASH America 2026, Lag Vegas, NV on March 19, 2026)

バーシン氏は、「全社員にChatGPTやMicrosoft Copilotを提供するだけでは、個人レベルの効率化にとどまり不十分である。企業はより大きなプラットフォームとしてのアーキテクチャを構想する必要がある」と強調する。
これからは、個人向けのAIツールの導入だけでなく、業務を担う複数のエージェントを組織のどこに配置し、どう連携させるかという全体設計が求められる。

人事におけるスーパーエージェントの階層構造

では、具体的に人事ではどの業務をエージェント化し、どのように連携させるべきなのか。
バーシン氏の分析によると、人事には100を超える業務プロセスが存在し、その一つひとつが、企業の意思決定によってエージェント化できるという。
たとえば「採用」の領域では、職務記述書の作成、候補者の探索(ソーシング)、面接の調整、オファー交渉、オンボーディングといった個々のタスクを、それぞれ別の専門エージェントが担う。各エージェントには、それを管理・監督する個人やチームが持つ高度な専門知識が組み込まれる。
ただし、同氏は、「人事で行うすべての施策は、ほかの人事業務と密接に連動している」と説明する。そのため、個々のエージェントを配置するだけでは十分な成果をあげることはできない。
そこで、採用や人材開発など、各主要領域の専門エージェントを束ねて、全体の業務を最適化する「HRスーパーエージェント」が必要となる。

バーシン氏が示したアーキテクチャでは、最下層にあるHCM(人的資本管理)システムや給与、ワークフォースマネジメントなどの基幹システムと接続する形で、①採用・異動、②人材開発・育成、③給与・福利厚生、④従業員体験・職場環境、⑤従業員サービス、⑥要員計画・戦略といった、主要領域ごとの「HRスーパーエージェント」が配置される。
さらにその上層には、これらスーパーエージェント間の連携を統括する「HRエージェント(オーケストレーター)」が位置づけられ、全社共通の生成AI基盤(Microsoft Copilot、ChatGPT、Google Geminiなど)と連携する。

これは、部分最適なツール導入にとどまらず、人事全体でデータを有機的につなぎ、これまで分断されていた業務やシステムを統合する構造である。
バーシン氏は、アーキテクチャを設計するうえで、企業が自ら、またはベンダーとともに判断すべきなのは、「何を、どのようなエージェントの組み合わせで自動化するか」だと述べた。

スーパーエージェントの具体例:オンボーディング業務の変革

このアーキテクチャの優位性を理解するために、バーシン氏は、新入社員のオンボーディングを例に挙げた。新入社員の受け入れには、PCの支給、ユーザーIDの発行、福利厚生の登録、導入研修へのアクセス権限付与など、人事だけではなくITや総務など多くの業務が関与する。
従来は、これらを一つのオンボーディング用アプリケーションとして構築した。しかし、このような専用のシステムは、新しい社内ツールを導入したり、国・地域ごとの法規制が変更されたりするたびに改修が必要となり、維持やメンテナンスが困難であるという欠点があった。

これに対し、エージェント型の構成では、オンボーディングを構成するタスク(ID発行や研修の設定など)をそれぞれ専門エージェントが担い、スーパーエージェントがそれらの進捗を調整する。
たとえば、社員と業務委託者では必要な手続きが異なるが、その場合も対象者に応じて必要なエージェントを柔軟に組み合わせるだけで対応できる。従来の専用システムに比べ、構造がシンプルになり、変化への適応や管理が容易になる。

既存業務の自動化と再設計は別物

ただし、単にエージェント型のツールを部分的に取り入れるだけでは、業務の再設計とは呼べない。バーシン氏が強調したのは、既存業務の自動化と、業務の再設計はまったくの別物だという点である。
現在の基幹人事システムにそのままAIエージェントを追加するだけでは、既存のワークフローにAIを無理に適合させることにしかならず、期待するほど変革効果は得られない。本当の変革が起きるのは、AIの特性に合わせてワークフロー全体を組み替えたり、不要な工程を省いたりするときである。
同氏はこれを自動車の進化にたとえ、「運転を部分的に自動化することと、自動運転車をつくることは異なる」と説明した。

重要なのは、今ある面倒な業務をそのまま効率化しようとするのではなく、「そもそも何を実現したいのか」という目的から逆算し、プロセス全体を捉え直すことである。

複数システムを横断するスーパーエージェント:UKG「Bryte」

Josh Bersin氏ジョシュ・バーシン氏(The Josh Bersin Company)
(Photo was taken at UNLEASH America 2026, Lag Vegas, NV on March 19, 2026)

バーシン氏は、こうした「業務の再設計」がすでに実際のサービスとして形になり始めている先進事例として、大手HRテックベンダーであるUKGのAIエージェント「Bryte」を紹介した。
たとえば、現場で働くシフト制の従業員がBryteに、「クリスマスまでの2週間で、税引き後に手元に400ドル残るよう、追加で働けるシフトを探してほしい」と依頼すると、Bryteはその従業員の保有資格やスキルを確認し、社内で条件に合うシフトを探索する。

さらに、賃金条件を踏まえて勤務予定を組み、収入と税額を計算したうえで、「目標額を達成するための最適な働き方」を提示する。
資格や能力の確認、シフト探索、勤務機会の探索、スケジュール調整、賃金・税額の計算といった、それぞれ別のシステムで処理されていた業務を、従業員の「いくら稼ぎたい」という目的に沿って、一連の流れとしてつなぐ点が、この事例の画期的な特徴である。
バーシン氏は、「これこそがスーパーエージェントの真骨頂である。これまで、このようなユーザーの目的に寄り添ったことができるシステムは存在しなかった」と強調した。

分断された人事機能をつなぐ「Systemic HR」の実現へ

バーシン氏は、このスーパーエージェントというしくみが、同氏が以前から提唱してきた「Systemic HR」の実現を後押しすると語る。
過去数十年にわたり、人事はハイブリッドワークへの対応やDEIの推進、賃金の公平性担保など、社会や規制の変化に応じて専門機能を次々と追加してきた。その結果、人事業務の中には約300もの異なる専門職が生まれ、機能が細かく分断された官僚的な組織になってしまったという背景がある。

本来のSystemic HRとは、これら分断された人事の専門領域を個別に最適化するのではなく、事業の成長、収益性の向上、新規市場への進出スピード、地域展開といった経営課題を起点に、必要な人事の専門性を有機的に組み合わせるアプローチである。
これまでは組織やシステムの壁に阻まれてきた人事の専門性を、スーパーエージェントによって横断的に結びつけることで、人事は個別機能の集合ではなく、経営課題の解決に総合力で貢献する機能へと変わっていく。

人事部門のコスト削減をAI活用の目的にしてはならない

エージェント活用が本格化すれば、社内の情報検索や手続きに関する問い合わせ対応など、事務的な業務の大半が自動化され、結果として人事部門の組織規模は縮小する可能性がある。しかし、バーシン氏は、人事部門のコスト削減やスリム化そのものをAI導入の目的にしてはならないと指摘した。たとえ人事部門を大幅に縮小しても、人事は企業全体から見れば一部門にすぎず、企業全体への経営インパクトは限られるためである。
同氏は、「人事の真の価値は、会社のそのほかの部門に、どれほどの生産性と成長を生み出せるかにある。つまり、人事におけるAI活用は、人事部門内の省力化に閉じるものではない」と述べる。
採用、配置、育成、従業員サービスなどの人事業務をエージェントでつなぎ直し、従業員や管理職が必要な支援をより早く得られるようにすることで、事業部門の生産性や成長を支えることが目的である。

まとめ:日本企業への示唆

本稿で紹介した「スーパーエージェント」という概念は、AIを個別業務の省力化ツールとして扱うだけでなく、経営課題を起点に人事プロセスとシステム全体を組み直す段階へ進む必要性を示している。重要なのは、単に自社に導入するエージェントの数を増やすことではない。解決すべき経営課題を見定め、そのために、どの業務やシステムを、どの領域とどうつなぐのかを設計する構想力である。

自社のAI導入が、単なる現状業務の効率化にとどまっていないか。採用、育成、配置、報酬といった各機能が、経営課題に連動して有機的につながっているか。個別業務の効率化の先にある「事業の成長と生産性の向上」に貢献できているか。これらのことが人事に問われている。
スーパーエージェントが示すアーキテクチャの変化は、人事が業務処理を担う部門から、経営課題の解決により深く関わる部門へと役割を広げるための重要な契機となり得る。

TEXT=杉田真樹