AI時代にいかに「人間らしさ」を組み込むか――利便性と人間性の両立

2026年07月27日

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2026年5月5日と6日に、米国ジョージア州アトランタにおいて、ERE Media主催の 「ERE Recruiting Innovation Summit - Spring 2026」が開催された。本カンファレンスは対面とオンラインのハイブリッド形式で実施された。主な参加者は企業のリクルーターやTA(タレントアクイジション)リーダーで、自社の採用におけるAIの活用法や課題について、活発な知見の共有が行われた。 

本コラム(前編)では、AIの普及が急速に進むなかで、Marriott InternationalやSalesforceといったグローバル企業などの事例を基に、「採用チームの再設計」や「AI依存のリスクと人間の判断力の重要性」について焦点を当てる。

少人数で5万人を採用するMarriottの「内製化」と「ゾンビ退治」

メーガン・ラティガン氏とクリス・ヴァン・バヴェル氏メーガン・ラティガン氏(Marriott International)(左)
クリス・ヴァン・バヴェル氏(Marriott International)(右)
(Photo was taken at ERE Recruiting Innovation Summit - Spring 2026, Atlanta, GA on May 5, 2026)

Marriott International(以下、Marriott)のグローバルTA責任者であるクリス・ヴァン・バヴェル氏とメーガン・ラティガン氏は、「20人の採用チームで5万人を採用する方法:より小規模で拡張性の高い採用システムを構築」と題した講演に登壇。コロナ禍の経営危機を経て、採用チームの人員を増やすことなく、年間5万人規模の採用を実現した事例を共有した。同社は世界146カ国に9900以上のホテルを展開する大規模ホテルチェーンであり、募集している職種やポジションを示す「求人コード」は常時約4万種類と、多種多様な人材を採用している。

採用業務をRPOから内製化へ

Marriottは2020年の世界的なパンデミックにより、運営ホテルの90%が閉鎖され、グローバル売上高が93%減少する未曾有の危機に直面した。その後、宿泊需要が回復した際には業界内で採用競争が激化し、スピードが成否を分けることとなった。さらに経営陣からは、人員やコストは追加せずに採用スピードを上げ、同時に採用の質や規模の拡大、候補者体験の向上が求められた。同社では、15年以上にわたり、採用業務をRPO(採用アウトソーシング)会社に委託していたが、候補者体験のコントロールや採用データの把握がボトルネックとなっていた。そこで、コロナ禍を契機に内製化へとシフトした。

リクルーター業務を最適化

自社で採用プロセスを分析し、リクルーターの業務内容を掘り下げたところ、1日の約70%を事務作業に費やしていることが判明した。そこで同社は、社内の無駄な業務を徹底的に排除するため、「ゾンビ退治(※)」と呼ばれるプロジェクトを実施した。これは、本来の目的や成果を達成する見込みがないにもかかわらず、貴重なリソースを消費し続けている無駄なタスク(ゾンビ)を洗い出す試みである。各従業員がアイデアを出し合うプロセスをゲーム化したことで、さまざまなタスクの見直しが進み、大幅な業務削減を実現した。

また、同社はリスクを回避する企業文化からAIによる自動化は限定的であり、人的作業が多くを占めていた。そこでリクルーターのさらなる業務軽減を図るため、コーディネーターが初期選考ですべての履歴書をスクリーニングし、候補者リストをリクルーターに共有するしくみを構築した。
さらに、インドにあるオフショアチームが、面接官の割り当てなど多くの管理業務を代行している。
これらの試みについてラティガン氏は、「リクルーターが多くの事務作業から解放され、ビジネスのより重要な部分を担うHRBP(HRビジネスパートナー)やタレントアドバイザーの役割へと進化している」と成果を語った。

自社発信による採用ブランドの構築

大量の応募が集まるMarriottでは、応募者の3.2%が採用され、それ以外の約97%は不採用となる。バヴェル氏は、「不採用となった人たちに、その後も顧客として『Marriottに泊まりたい』と思ってもらうため、企業ブランドを中心に据えた採用の再設計が必要だった」と振り返る。

同社は以前、採用ブランドの構築さえもアウトソーシングしていたが、内製化したことで透明性の高いブランド発信が可能となった。その結果、採用者の約7割が自社のキャリアサイトからの自然流入となり、さらに新入社員へのアンケートでも、自社チームによる採用はRPO利用に比べて10%高い満足度スコアを記録した。「自社キャリアサイトからの採用者は、志望動機が明確なため早期離職がほとんど発生せず、高いパフォーマンスを発揮している」 とラティガン氏は述べた。

Salesforceが提唱する「意図的な摩擦」の設計

エド・デルガド氏エド・デルガド氏(Salesforce)
(Photo was taken at ERE Recruiting Innovation Summit - Spring 2026, Atlanta, GA on May 5, 2026)

「AI時代におけるリクルーターの判断力の維持」と題した講演において、Salesforceのリクルーティングディレクターであるエド・デルガド氏は、「AIによって採用プロセスが高速化するほど、リクルーターがAIの出力を十分に検証せず受け入れてしまうリスクが高まる」と指摘した。

デルガド氏は、過去10年以上にわたり企業はスピードを追求し、採用プロセスからあらゆる「摩擦」を排除しようとしてきたと振り返る。しかし、特に重要なタスクにおいては、人間が介入して正しく判断するための「マインドフル・フリクション(意図的な摩擦)」を組み込む必要があると語る。

デルガド氏によると、AIの活用が進むことで高まる認知リスクには、下記の2つがある。

  • 認知の放棄/思考停止:AIが導入された途端にAIに依存し、人間(リクルーター)が自ら考えることをやめ、主導権を手放してしまうこと。
  • 自動化バイアス:AIの出力を十分に検証せず、そのまま正しいものとして受け入れてしまうこと。

こうしたリスクを防ぐためにSalesforceが提唱しているのが、「マインドフル・フリクション」である。
これは、AI活用のワークフローに「チェックポイント」や「意図的な一時停止」を組み込み、リクルーターがAIによる出力を確認してから意思決定をするしくみである。たとえば、慎重な判断が必要なタスクでは細かな確認を求めたり、基準から大きく外れた場合に「警告フラグ」を表示したりする。

同社ではさらに、「AIの信頼度(Confidence)」と「AIの判断がもたらす影響・リスクの大きさ(Stakes)」を2軸としたマトリクスを基に、どの段階で人間の関与が必要かを判断している。
AIの信頼度が高く、影響が小さいタスクでは自動化を進められる。一方、AIの信頼度が低い場合や、判断の影響が大きいタスクでは、人間によるレビューや監督が必要になる。

マインドフル・フリクションが必要な状況

  • 第1象限AIの信頼度が高い×AIの判断の影響が大きい→マインドフル・フリクションを配置し、人間のチェックを義務付ける。
  • 第2象限AIの信頼度が低い×AIの判断の影響が大きい→人間による監督が必須となる。
  • 第3象限AIの信頼度が低い×AIの判断の影響が小さい→人間によるレビューを推奨する。
  • 第4象限AIの信頼度が高い×AIの判断の影響が小さい→自動化を推進する。

デルガド氏は、摩擦をAIに対する「制約」ではなく、リクルーターに必要なスキルを維持するための「機能」と捉える。「重要なのはAIを使うかどうかではなく、リクルーターの判断力を保つためのガードレールをシステムに設計することである」と強調した。

パネルディスカッション 「現場労働者を雇用する」

ティーラ・ジャクソン氏ほか左から
ティーラ・ジャクソン氏(Talent Connections)
オリヴィア・ティラーソン氏(Smurfit Westrock)
アート・エヴァンス氏(Atlanta Braves)
ジェイソン・スコット氏(Norfolk Southern)
(Photo was taken at ERE Recruiting Innovation Summit - Spring 2026, Atlanta, GA on May 6, 2026)

モデレーターを務めたエグゼクティブサーチ会社Talent Connectionsの責任者ティーラ・ジャクソン氏と、フロントラインワーカー(現場労働者)の採用に携わるAtlanta Braves、Norfolk Southern、 Smurfit Westrockの3社による責任者が、採用の質と候補者体験を高める自社の取り組みについて議論を交わした。
各社ともに年間1000〜7000人規模の現場労働者や季節従業員を採用しており、AI活用は最小限にとどめ、人間主導による採用プロセスを重視している。
3社に共通して強調されたのは、事業部門との強固な「パートナーシップ(連携)」と「現場理解」であった。

現場連携で高い再雇用率を実現:Atlanta Braves

メジャーリーグ球団を運営するAtlanta Braves では、スタジアムの「顔」となる季節従業員のオンボーディングとオリエンテーションにおいて、「リアルな歓迎体験」を提供し、採用の質と定着を高めている。タレントマネジメント担当バイスプレジデントのアート・エヴァンス氏は、「球団マスコットやドラムラインなどを呼び、従業員自身がスタジアムの雰囲気を体験することで、ファンへの接客でそれを再現できるようにしている」と述べる。同社では年間1000人以上の季節従業員を採用し、そのうち再雇用率が70%を超えている。
また、人事チームが毎月スタジアムに足を運び、ハイアリングマネジャーや試合日運営チームと月例会議を開催して、現場や採用プロセスにおける課題を直接ヒアリングし、問題の解消を図っている。

対話を重視したアプローチで候補者体験を向上:Norfolk Southern

鉄道貨物輸送業Norfolk Southernでは、入社後のミスマッチを防ぐため、最終選考で候補者がリクルーターとともに現場を訪れ、実際の仕事内容や職場環境を知る機会を設けている。同社のTA担当ディレクターのジェイソン・スコット氏は、「時代遅れに見えるかもしれないが、当社の採用プロセスの中には多くの人間的なタッチポイントがある」と述べる。

また、オリエンテーションの初日には、新入社員一人ひとりと面談し、選考プロセスにおける問題点や改善点について意見を求めている。たとえば、ある採用者から「応募後しばらく連絡がなく不安だった。ATS(応募者追跡システム) の自動通知機能で選考ステータスを知らせてはどうか」との提案があった際は、その声を反映させるなど、候補者とのコミュニケーションの改善や選考の透明化に取り組んでいる。

現場環境の相互理解でミスマッチを減らす:Smurfit Westrock

製造業・包装資材業Smurfit Westrockでも、候補者がカルチャーや職場の雰囲気を事前に理解できるよう、リクルーターによる初期選考の電話スクリーニングや、現地での対面面接を行っている。
さらに、リクルーター自身が重機の稼働する拠点や空調設備のない場所など、厳しい職場環境を直接確認して深く知ることで、候補者に現場のリアルな状況を伝え、入社後のミスマッチを防いでいる。
また、過去に自動日程調整ツールを導入したところ、現場の受け入れ態勢が整わずに不満が出たほか、面接の無断キャンセルが多発したため、元のプロセスへと軌道修正した経緯がある。同社のTA担当シニアディレクターのオリヴィア・ティラーソン氏は、「採用を成功させるには、採用部門だけで物事を進めるのではなく、現場の声を聞き部門を超えて協力し合う必要がある」と述べた。

最後にモデレーターのジャクソン氏は、「スピード重視の採用プロセスにおいて、あえて立ち止まることが重要。自分が人からどう扱われたいかを考え、候補者に対しても誠意をもって接するという視点を忘れてはいけない」と語り、ディスカッションを締めくくった。

まとめ:AIを前提とした「組織全体のエコシステム」の構築

多くの企業でAIが標準装備となり、「どのツールを使うか」はもはや議論の焦点ではない。AIはリクルーターを多くの事務作業から解放し、より人間中心の業務に注力させている。企業はAIの信頼性を見極め、意図的に人間主導のプロセスを残しながら、AIとの共存を模索している様子がうかがえた。
また、AIへの過度な依存を防ぐガードレールとして、あえて選考スピードを落として人間の介入や一時停止といった「意図的な摩擦」をプロセスに組み込む動きが見られた。これにより、リクルーターがAIの出力を批判的に検証するスキルを身に付け、自らの判断に対する責任感を高める効果がある。
こうした強固な採用プロセスを築くには、採用部門だけでなく、事業部門やIT部門と一体となり、現場の声を反映した組織全体のエコシステムを構築することが不可欠である。
AIツールの利便性を前提としつつも、そのスピードの中にいかに人間の批判的思考を融合させられるかが、これからの採用戦略の鍵を握っている。

(※)「ゾンビ」とは、ハーバード・ビジネス・レビューで2015年に提唱された「ゾンビプロジェクト(Zombie Projects)」のこと。本来の目的や成果を達成する見込みがないにもかかわらず、中止されることなく、組織の予算や人員といった貴重なリソースを消費し続けているプロジェクトを指す。

TEXT=泊真樹子