AI時代の仕事再設計の現在地――タスク分解から始まる役割の再定義

2026年3月17~19日の3日間にわたり、米国ネバダ州ラスベガスにて、人事担当者向けカンファレンス「UNLEASH America 2026」が開催された。
本カンファレンスには、約5000人の人事関係者が集い、基調講演やパネルディスカッション、各企業の経営層やリーダー層に限定したラウンドテーブルなど、100を超える講演が行われた。
主要なテーマは、「HRテック&AI」「人事の再定義」「タレント・人材戦略」「リーダーシップと組織デザイン」「学習とエンゲージメント」の5つであるが、なかでもほぼすべての講演で中心的な議論になったのが「AI」である。 採用や学習・能力開発、エンゲージメント、リーダーシップ、組織設計といった個別領域にとどまらず、仕事をタスク単位で捉え直し、人とAIの役割分担や職務そのものを再設計するという本質的なテーマについて、多くの講演で議論された。
本コラム(前編)では、政府の政策担当者、企業の人事責任者、HRテックベンダーの講演を基に、AI時代における仕事の再設計の具体像と、企業での実装に向けた最新動向を紹介する。
AIの影響は職務全体ではなく、「タスク単位」で捉える:米労働省
左から
テイラー・ストックトン氏(米労働省)
デイビッド・グリーン氏(Insight222)
(Photo was taken at UNLEASH America 2026, Lag Vegas, NV on March 18, 2026)
「AIはいかに米国経済を再創造しているか」と題した講演に登壇した米国労働省の最高イノベーション責任者であるテイラー・ストックトン氏は、「AIの影響を受ける職務と、職務そのものが完全に代替されることは明確に区別すべきである」と指摘した。
同氏によれば、AIによる影響を示す分析の多くは、職務全体ではなく、個々のタスクを対象としている。「AIが職務に含まれる高い割合のタスクを担えるとしても、それだけで職務を代替できるとは限らない。職務には、ほかのタスクとの調整や順序づけ、そして複雑な判断のプロセスが伴うからである」と説明した。
また、AIによって業務効率性が向上したからといって、企業が必ずしも人員削減を選択するわけではない。AI導入によって同じ人員のまま製品の市場投入スピードを加速させる、サービスの品質を向上させる、あるいはこれまで着手できなかった新たな付加価値業務に取り組むといった、前向きな選択肢が存在する。
そのうえでストックトン氏は、人事リーダーが取り組むべきこととして、単なるツールの導入ではなく、変化に伴う「職務設計」や「チェンジマネジメント(組織変革の推進)」、そして従業員のスキルをアップデートするための「トレーニングの提供」の重要性を述べた。
人事が直面する仕事の再設計:Kyndrylが進めるリーダー育成
左から
ダイアナ・スコット氏(全米産業審議会)
シュロール・シブリーズ氏(MetLife)
メアリージョ・シャルボニエ氏(Kyndryl)
カタリナ・バーグ氏(On)
(Photo was taken at UNLEASH America 2026, Lag Vegas, NV on March 18, 2026)
先進企業の人事部門でも、AI活用を個人レベルの効率化にとどめず、職務やチーム、業務プロセスの設計へと広げる動きが始まっている。
企業3社のCHROが登壇したパネルディスカッション「エージェント型AI時代における新しいリーダーシップのDNA」では、AI時代のリーダーに求められる能力として、職務やプロセスの再設計が挙げられた。
ITインフラストラクチャーサービス大手KyndrylのCHRO、メアリージョ・シャルボニエ氏は、「今後リーダーに求められる不可欠な能力は、職務や業務プロセス、仕事全体を設計する力である。私たちはこれまで、これらの重要性を十分に議論してこなかった」と課題を提起した。
同社では、現場のリーダーが既存の仕事を細かく分解し、「どのタスクをAIエージェントに任せ、どの仕事を自社の従業員に残すのか」を体系的に考えるための研修プログラムを開発中である。その際、まず自社従業員が担うべき仕事を見極めたうえで、業務委託をはじめとする外部人材も含めて、仕事の担い手を見直している点が特徴である。
AI活用を広げる体制と、導入後の変化をどう測るか
AI活用を個々のツール導入から仕事やプロセス全体の改革へと引き上げるには、人事、IT、そして事業部門の協働が必要となる。
エネルギー技術大手のSchneider Electricと大手保険会社のNew York Life Insurance Company(以下、New York Life)が登壇したパネルディスカッション「テクノロジーと労働力の変化に対応する、未来志向のスキルパス構築」では、モデレーターから、人事、IT、事業部門の垣根をどう崩し、AI活用をいかに組織全体に広げるかという問いが投げかけられた。
これに対し、Schneider Electricの最高タレント&DEI責任者、ティナ・カオ・マイロン氏は、組織横断で変革を加速させる体制として「パワーカップル」というしくみを紹介した。これは、人事とIT部門から、それぞれ同格の責任者をペアとして配置する体制である。この2人が課題やミッションを定め、計画の策定から実行まで一気通貫で責任を持つ。これにより、検討案件が部門間を何度も往復して停滞するのを防ぎ、意思決定を迅速化させている。
また、AIの導入や利用が進んだ「その先」の成果をどう測定するのかも重要な論点である。
New York Lifeでは、AI活用の初年度は従業員への導入・定着を進める段階と位置づけ、利用状況を中心に測定した。同社タレントマネジメントSVPのティナ・グプタ氏によれば、現在では従業員の約78%が日常的にAIを利用している。一方、次の段階として、AIが実際の仕事や能力開発に及ぼす影響をどのように測るかを模索しているという。
グプタ氏は「AIによって創出された余力時間を、従業員は新しい仕事や、より価値のある仕事、あるいは自身のスキル向上に使っているのか、それとも、単に休憩時間が増えただけなのか」と問いかけ、実際の業務改善や能力開発を評価する難しさを指摘した。
AIの利用率や削減時間といったデータだけでは、組織再設計の成果は測れない。生まれた余力が、企業の競争力や従業員のスキル向上にどうつながったかという質の変化まで見ていく必要がある。
HRテックベンダーが示す、データに基づく判断基盤
左から
ハリ・デイト氏(Workhuman)
メグナ・プンハニ氏(Eightfold AI)
ダニエル・トレン氏(TechWolf)
バート・ハロ氏(Workday)
ラッセル・クロスク氏(Deloitte Consulting)
ダレン・ゲスト氏(Deloitte)
(Photo was taken at UNLEASH America 2026, Lag Vegas, NV on March 18, 2026)
HRテックベンダー4社とコンサルティング会社が登壇した「デジタルツインとAI」の講演では、自動化を何に基づいて判断すべきかが議論された。
パネルディスカッションでは、AIによって「できること」と、組織として「すべきこと」は異なるという重要な視点が提示された。たとえば、従来は新人アナリストが担ってきた情報収集や資料作成をすべてAIに置き換えれば、短期的には業務効率は高まる。しかし、それは「将来、一人前のコンサルタントになるための基礎的な経験や専門性を身に付ける機会」を奪うことにもつながりかねない。
企業は短期的な効率化だけでなく、特定のタスクをなくすことが、長期的な人材育成のキャリアパスに及ぼす影響まで考慮しなければならない。
こうした判断の前提となるのが、従業員が実際に担っている仕事やタスクの把握である。スキルデータのプラットフォームを提供するTechWolfのパートナーシップ責任者、ダニエル・トレンス氏は、多くの人事リーダーが、「仕事や役割を再設計しようとする際にどこから始めればよいのかわからない」という課題に直面していると指摘する。
同社は、既存のジョブアーキテクチャ(職務体系)や労働市場データに加え、従業員が日常的に使用する業務システム(メール、チャット、タスク管理ツールなど)の稼働データを組み合わせることで、「実際にどのようなタスクに時間が費やされ、どのようなスキルが使われているか」を把握できるようにするデータ基盤を提供している。
このデータは、人事部門だけで利用するものではない。職務の変更がIT投資計画にどう影響するかをIT部門と確認し、新たな業務プロセスを現場にどう定着させるかを事業・オペレーション部門と議論するための共通の対話基盤として活用されている。
まとめ:日本企業への示唆
UNLEASH America 2026では、政策担当者、企業の人事責任者、HRテックベンダーの3者が、仕事をタスク単位で分解し、人とAIの役割を再定義することの重要性を訴えた。
今回の講演から、日本企業の人事が仕事の再設計に取り組む際のポイントは、以下の5点に整理できる。
- 職務ではなく、タスク単位でAIの影響を捉える。
AIが職務の一部を担えるからといって、職務全体を代替できるとは限らない。調整や順序付け、複雑な判断など、人が引き続き担う役割まで確認する必要がある。 - 役割分担を決める前に、実際の仕事を把握する。
職務記述書やスキル情報だけでなく、従業員が日常的に担っている仕事やタスクをデータに基づいて把握し、何を見直すのかを明確にする。 - 判断を人事だけに委ねない。
現場のリーダーが仕事を分解し、人とAIの役割を判断できるようにするとともに、人事、IT、事業部門が課題設定から実行まで共同で進める体制を整える。 - 効率化と人材育成を同時に設計する。
自動化できるタスクを機械的に取り除くのではなく、そのタスクが従業員の経験や専門性の形成に果たしている役割を確認する。AI導入後も職務とキャリア形成の経路が成り立つよう、仕事を組み直す必要がある。 - 利用率や削減時間の先まで測る。
AIの活用によって生まれた余力が新たな仕事や価値創造、従業員のスキル向上に使われたかまで捉える。
一方、今回参加した講演では、仕事の把握と分解から、人とAIの役割分担、実行体制の構築、成果の測定までを一連の取り組みとして実装し、その成果まで示した企業事例は確認できなかった。
必要な論点は見え始めているものの、これらを1つの仕事再設計のプロセスとしてどうつなげるかは、今後の課題である。
TEXT=杉田真樹
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