「人が使う」から「AIが使う」へ――変わるHRテックの設計と人事の仕事の進め方
Claudeなどの汎用AIが、ATS(応募者追跡システム)から最新データを取得し、採用パイプラインを分析する。HRシステム内の情報に加え、Slackやメールに残る日々の仕事の記録も集め、人事評価の根拠として整理する。こうした仕事の進め方が現実のものになり始めている。
これまでにも、汎用AIがHRテックの「入り口」になる動きはあった。2023年にはStepStoneが、求職者がChatGPTとの対話から掲載求人を絞り込める機能を発表し、2026年にはIndeedやZipRecruiter、Upworkなども同様のしくみを導入した。求職者は求人サイトを訪問しなくても、AIとの対話から求人を探せるようになった。
そして今、この動きが企業側にも広がっている。人が複数のシステムを一つひとつ開いて操作する代わりに、汎用AIが必要なHRシステムに直接接続し、データの取得や許可された操作まで行うようになっている。AIがHRシステムの「利用者」になり始めている。
この動きを支える技術の1つがMCP(Model Context Protocol)である。MCPは、AIアプリケーションと外部のデータやツールを、共通の方法で接続するためのオープン規格である。これにより、AIは接続先から必要な情報を取得したり、許可された操作を実行したりできる。
では、実際の仕事の進め方はどう変わるのか。従来、人が複数のシステムを行き来していた作業は、人が目的を伝え、AIが必要なシステムに接続して業務を進める形へ変わりつつある。
人事担当者やマネジャーがClaudeなどの汎用AIに目的を伝えると、AIはMCPを通じて、利用者に許可された範囲でATSやパフォーマンス管理システムなどに接続し、必要なデータを取得する。AIがその情報を基に分析結果や下書きを作成すると、人事担当者やマネジャーが内容を確認・修正し、最終判断を行う。必要に応じて、その判断を受けたAIがシステム上の情報を更新したり、評価などを提出したりする。
【MCPで変わる人事業務の進め方】

出所:筆者作成
従来、汎用AIでHRシステム内の自社データを利用する場合、データをシステムから出力してAIに読み込ませ、分析結果を基にHRシステムで更新などの作業を行う使い方も見られた。しかし、社内システムの外にデータが持ち出されると、既存のアクセス権限や管理ルールが及ばなくなる可能性がある。社内で承認されていないAIに人事データを読み込ませれば、「シャドーAI」の問題にもつながり得る。
そこで2026年春以降、欧米のHRテック各社では、MCPを活用し、企業が承認した汎用AIを既存のアクセス権限や管理ルールの中でHRシステムにつなぐ動きが相次いでいる。本稿では、GreenhouseとLatticeの事例から、汎用AIがHRシステムの「利用者」になることで、人事業務やHRテックの役割がどう変わるのかを見ていく。
Greenhouse:Claudeから採用データを分析・更新
ATSを提供するGreenhouseは2026年、ClaudeやGemini、Grok AIなどの汎用AIから同社のATS「Greenhouse Recruiting」のデータや機能を利用できる「Greenhouse MCP」の提供を開始した。現在はオープンベータ版である。
Greenhouse MCPでは、AIから利用できる範囲は、企業が設定した許可範囲と、各利用者がGreenhouse上で持つ権限の範囲内に限られる。AIによるデータの作成や編集などの書き込みを認める場合は、管理者による設定が必要で、操作履歴も追跡できる。
■ 活用事例:採用KPIの確認が「2時間」から「2分未満」へ
Greenhouseの採用オペレーション担当者はGreenhouse MCPを通じてClaudeを使い、ATS上の採用データを取得して、採用KPIを一覧で確認できるダッシュボードを作成している。従来は、採用充足までの日数、リクルーター1人当たりの採用数、オファー承諾率などをまとめるのに約2時間かかり、確認は月1回にとどまっていた。
現在は、ClaudeがGreenhouse内の複数のデータ項目を直接取得し、組み合わせて分析するため、ダッシュボードを2分未満で更新できる。確認頻度も月1回から隔週に増え、担当者は採用数をリクルーター、部門、職位、採用経路、拠点別に掘り下げるほか、候補者の返答待ちとなっているオファーや、募集開始から日数が経っている求人など、採用プロセス上の課題や対応が必要な箇所を、より細かい粒度で継続的に把握できるようになったという。
■ 複数システムの情報を横断した活用も
利用するAIがSlackやGoogle Driveなどにも接続されている場合は、Greenhouseのデータと、ほかの業務システムにある情報を組み合わせて利用することもできる。たとえば、Greenhouse上のジョブディスクリプションや面接の評価・質問項目と、SlackやGoogle Driveなどに残る現在のチームの優先事項を照らし合わせ、採用要件のうち、現場の実態とずれている点や不足している点をAIに抽出させるといった使い方である。ハイアリングマネジャーは、その結果を基に採用要件を見直すことができる。
Lattice:評価を書く前の「情報集め」からAIが支援
パフォーマンス管理プラットフォームのLatticeは2026年7月、米国内にデータを保存する顧客向けに「Lattice MCP」の提供を開始した。ClaudeやChatGPTなどの汎用AIから、Lattice上の情報を利用して人事評価の作成・提出を進められる。
従来、マネジャーは人事評価を書くために、目標や1on1、フィードバック、プロジェクト資料などを複数の場所から自分で探し集める必要があった。Lattice MCPでは、AIがLatticeから関連情報を集め、繰り返し見られる傾向や具体的な事例を整理して、評価文の下書きを作成する。マネジャーは内容を確認し、不足している情報を補ったり表現を修正したりしたうえで、AIとの対話画面から最終評価をLatticeに提出できる。
さらに、利用するAIがSalesforceやJira、Google Driveなどにも接続されていれば、プロジェクトの成果や顧客への貢献など、実際の仕事に関する情報も評価材料に加えられる。AIが閲覧できるLattice上の情報は、各利用者がもともと持つ権限の範囲内に限られる。
■ 活用事例:Slackやメールの仕事の記録も評価材料に
米国の職場安全・労災リスク管理のAI企業CompScienceでは、半期評価でLattice MCPを利用した。同社のHRエグゼクティブサマリーディレクターによると、ClaudeはLatticeの情報に加え、Slack、メール、フィードバック、称賛コメントなどからも評価材料を集めた。チームメンバーの一人は、自己評価とマネジャーとしての評価文の作成を合計30分で終えたという。
また、同ディレクターが下期のOKR(目標と主要な結果)を作成中、Claudeに「Latticeから指標を取得できるか」と質問したところ、ClaudeはLatticeからメンバー本人も把握していなかった実績値を自ら取得した。そのデータを踏まえ、設定しようとしていた「エンゲージメント85%」という目標は現実的ではないと指摘し、目標値を設定し直したという。
Lattice MCPによってClaudeが実績値を直接取得し、その数値を基に、利用者が明示的に求めていなかった判断材料まで示した例である。
■ 経営判断の支援へ
Latticeは今後、MCPの活用範囲を人事評価以外にも広げる考えである。たとえばAIが、Lattice上のパフォーマンスやエンゲージメントの傾向と、Salesforceの営業パイプラインデータなどを組み合わせ、離職リスクが事業遂行に影響しそうなチームはどこか、人材面の変化が営業パイプラインや売り上げ、企業目標などとどう関係しているかを分析する。
現在、人事部門がこうした問いに答えるには、複数のシステムからデータを集めて突き合わせる必要があり、数週間かかる場合もある。Latticeは、人事データと事業データを結び付けることで、組織の状況や人材リスクをより広い事業の文脈で把握し、経営判断に活用できるようにすることを目指している。
日本でも始まる「AIが使うHRテック」
国内でも、AIがHRシステムのデータや機能を利用する動きが出始めている。人事労務などバックオフィス向けクラウドサービスを提供するfreeeは2026年3月、Claude CodeやClaude Coworkなどからfreeeの各サービスのデータや機能を利用できるMCPサーバー「freee-mcp」を公開した。同年9月には「freeeサーベイ」にも対応し、利用者はAIとの対話画面からfreeeサーベイのデータを呼び出し、部門別・役職別のスコアを比較したり、回答率が低い部門を抽出したりできるようになった。
HRテックの設計はどう変わるのか
上述の事例で新しいのは、AIエージェントがHRシステムを利用すること自体ではない。AIエージェントはMCP以前から、APIや独自コネクターを通じてHRシステムのデータを取得したり、更新することができた。
MCPによって変わり始めているのは、AIとHRシステムをつなぐ方法である。これまでシステムごとの個別実装に依存していた接続方法を共通化することで、外部AIが複数の業務システムを横断して、企業システム上のデータや機能を利用しやすくなった。
これまでHRテックは、人が直接操作することを前提に、使いやすいUIを重要な差別化要素としてきた。しかし、外部AIがHRシステムのデータや機能を利用するようになれば、HRテックには人向けのUIだけでなく、AIからどのデータや機能を利用できるようにするか、その範囲を適切に制御できる設計も重要になる。
人が個々のHRシステムを直接操作する場面が減れば、HRテックは「人が操作するアプリ」から、AIにデータや機能を提供する業務基盤としての役割を強めていく可能性がある。
AIがHRシステムの利用者になるとき、人事に求められること
MCPなどの技術によって、人事がHRシステムからデータを取り出してAIに渡し、結果を再びシステムへ戻すという「データの橋渡し」は減っていくだろう。
ただし、AIを複数のHRシステムにつなげるだけでは十分ではない。AIがデータを適切に解釈し、分析や処理を行うには、そのデータが何を意味するのか、どの情報と関係しているのか、どの基準で判断するのかといった、企業固有の業務文脈も必要になる。
「採用が遅れている」と判断する基準は何か、「優先求人」とは何を指すのか。こうした、これまで担当者の経験や暗黙知に委ねられていた判断の前提を言語化し、AIが参照できる形に整える必要がある。
こうした前提を整えることで、AIのアウトプットやアウトカムの品質を、個々の利用者のプロンプトの巧拙だけに委ねず、一定の基準に沿わせやすくなる。
AIがHRシステムの「利用者」になるほど、人事には、自社の業務文脈や判断基準を定義し、AIが適切に判断や処理を行えるようにすることが、これまで以上に求められるだろう。
TEXT=杉田真樹
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