AIを働かせるために、人は何をするのか──データ提供からロボット保守まで広がるスポットワーク

2026年07月30日

「AIやロボットの導入は、人の仕事を減らすもの」。世の中ではこうした代替論が語られがちである。しかし実際には、AIやロボットを現実世界で機能させるために人が担う作業も存在する。

たとえば、AIの学習に必要なデータを集める、ロボットに作業の手本を教える、現場に導入されたロボットを監視・保守する、導入後の不具合に対応する。これまでは陰に隠れて目立たなかった「自動化を支える仕事」が、新たな労働市場として拡大しつつある。
特にギグエコノミー先進国である米国では、Uber、DoorDash、Instaworkといった大手スポットワークプラットフォームが、既存のワーカー基盤を活用し、AIやロボットを支える領域へと事業を拡張している。

本稿では、自動化の裏側で広がる人間の仕事と、それに伴うプラットフォームの進化がもたらす労働市場の変化について考察する。


AI・ロボットを支えるスポットワーク3選

Uber:AI開発の上流を支えるデータの収集・評価

第一に挙げられるのが、AIの学習や評価に使うデータを作成する仕事である。画像や動画へのラベル付け(データアノテーション)、音声収録、翻訳、AIモデルの応答評価などが含まれる。

Uberは2024年、AI開発企業向けサービス「Uber AI Solutions」を開始した。生成AI、自動運転、ロボティクスなどの開発企業に対し、必要なデータの収集・加工から、生成AIの回答の比較・評価など、専門性を要するタスクまで支援する。
これらのタスクを担う人材ネットワークは、30カ国以上に広がる。200以上の言語に対応し、法律、金融、STEM(科学・技術・工学・数学)、プログラミングなどの専門知識を持つ人材も登録している。ワーカーは本人確認や、必要に応じたバックグラウンドチェック、スキルチェックを経て、プラットフォーム上に提示された条件や報酬を確認し、タスクを選択する。

さらにUberは、ドライバーや配達員向けに「Digital Tasks」も一部地域で開始している。これはAIの開発に使用される音声や日常画像、文章を提出する短時間のデジタルタスクである。
従来、こうした仕事はAmazon Mechanical Turkなどのクラウドソーシングサービスが担ってきた。Uberは、既存のドライバーや配達員が使うアプリにデジタルタスクを組み込み、移動や配達以外の収入機会を提供し始めている。

DoorDash:ロボットに身体動作を学習させる

次に広がっているのが、実世界で動く人型ロボットやフィジカルAIに人間の日常動作を学習させるための仕事である。

800万人のワーカーを抱えるフードデリバリー大手のDoorDashは2026年、ワーカーが日常動作を撮影し、ロボット学習用データとして提供する「DoorDash Tasks」を開始した。ワーカーは、食器を食洗機に入れる、洗濯物をたたむ、料理をするといった動作を、身体装着型カメラで記録する。
ここで報酬の対象となるのは、料理を届ける、商品を陳列するといった作業の成果ではない。物を持つ、歩く、手順に沿って作業するといったワーカーが行う身体動作を、ロボットが学習できるデータとして提供することである。
人間の何気ない動作が、ロボットにとっては、物の扱い方や手順、周囲の環境との関係を学ぶための重要な情報となる。DoorDashの事例は、スポットワーカーの仕事が、作業の実行から身体動作データの提供へと広がっていることを示している。

人間によるAI支援は、学習データの収集だけではない。自動運転車を開発するWaymoは米ジョージア州アトランタで、乗客が車のドアを開けたまま降車した場合、近くにいるDoorDashの配達員に通知し、ドアを閉めてもらう実証実験を行っている。自動運転車であっても、想定外の事態には現場にいる人の細かな対応が必要になる。

Instawork:ロボットの「訓練・運用・保守」を担う人材の育成

さらに踏み込んだ取り組みを行っているのが1000万人以上のワーカーを抱えるInstaworkである。
同社は2026年、ロボット向け学習データの収集と導入後の現地運用支援を一体化した「Instawork Robotics Lab」を立ち上げた。このサービスでは、厨房、倉庫、ホテルなどで、ワーカーの視点や手元の動きをウェアラブル端末「Instacore」で記録し、ロボットの学習データとして提供する。
特徴的なのは、データを集めるだけでなく、認定プログラムを開発し、ロボティクス分野の仕事を担う人材を育成・認定するしくみを構築した点である。

認定プログラムには、ロボット学習用のセンサーデータやアノテーションを収集する技能を学ぶ「Robotics and AI Data Collection(ロボティクスおよびAIデータの収集)」コースと、導入後の運用・保守を担う「Certified Robot Technicians(認定ロボット技術者)」コースがある。
認定ロボット技術者コースでは、ハードウエアやソフトウエアの基礎、安全基準、現場での対応手順などを学ぶ。認定取得後は、機器のリセット、走行エラーからの復旧、トラブルシューティングなどを担う。プログラムの開始から数週間で、2万人以上が認定を受けたという。

Instaworkは、ロボット普及の課題を、現実世界でロボットを訓練し、運用・保守する人材の不足として捉えている。仕事を仲介するだけでなく、データ収集から運用・保守までに必要なスキルを定義し、人材を育成・認定して労働市場に供給するしくみを構築している。

フィジカルAI市場の拡大と「身体データ」の資源化

Amy Webb氏

こうした動きの背景には、現実世界で稼働するAIやロボティクス市場の拡大がある。
人型ロボットの開発では、人間がVR機器や専用グローブを装着してロボットを遠隔操作し、その動きを学習データとして記録する「テレオペレーション」が用いられている。
AIモデルが高度化しても、それを現実の環境で正確な動作に変換するには、人間の作業データや運用ノウハウが欠かせない。

人間の動作そのものが、AIやロボットの開発に利用できる有償データへと変わり始めている。
Goldman Sachs Researchは、人型ロボットの世界市場が2035年までに380億ドルに達する可能性があると予測している(※)。市場が拡大すれば、データの収集、ロボットの訓練、導入後の監視・保守などを担う人材の需要も増えていくと考えられる。

新たな仕事がもたらす懸念

ワーカーにとって、これらの仕事は新たな収入の選択肢となる。一方で、従来のスポットワークとは異なる懸念もある。

第一に、タスクが細分化されるほど、報酬と実作業時間の関係が見えにくくなる。動画撮影では、撮影条件を整えるための準備や撮り直しも発生するため、提示された報酬だけでは時間当たりの収入の妥当性を判断しにくい。

第二に、プライバシーとセキュリティの問題である。家庭や事業所で撮影された映像、音声、身体動作データには、本人だけでなく、周囲の人や設備、空間の情報が映り込む可能性がある。利用目的、匿名化の方法、保管期間、管理主体を明確にする必要がある。

第三に、ワーカーが提供したデータが、将来自分たちの仕事を代替する技術の開発に使われる可能性である。短期的には収入機会となる一方、中長期的には、その作業を自動化するロボットの訓練に寄与するという二面性を持つ。

日本における「AI・ロボット向け労働」の現状

日本でも、AIやロボティクスの開発・運用に必要な作業を、外部人材や専門事業者に委託する動きが表れ始めている。
APTOが提供する「harBest Expert」は、画像、動画、音声、テキストなどのデータ収集やアノテーションを、多数のクラウドワーカーに委託できるサービスである。Uber AI Solutionsと同様に、AI学習用データの作成を担う。

また、ソニーグループと川崎重工業が設立したスタートアップ、リモートロボティクスの「Remolink」は、ロボットの遠隔操作や監視を人が支援するサービスである。企業からロボット運用業務を受託し、必要な人材の教育や配置は提携事業者が担う。
Instaworkのように、オープンな人材マーケットプレイス上で認定ワーカーをオンデマンドに配置するしくみとは異なるが、ロボットの運用を外部人材が遠隔で支える点では共通する。
現時点の日本では、AI学習用データの作成とロボット運用の支援が、別々の事業領域として立ち上がっている。米国のように、既存のスポットワーカーネットワークを使い、データ収集から現場での運用・保守までを一体的に担うサービスは、まだ見られない。

人手の仲介から、AI・ロボットの「労働力インフラ」へ

Uber、DoorDash、Instaworkの動きが示すのは、スポットワークプラットフォームの役割の変化である。これまでは、飲食店や物流倉庫、小売店舗などの人手不足を、短時間の労働力で補うことが中心だった。現在は顧客企業がAI開発、自動運転、ロボティクスの領域へと広がり、扱う仕事も、データの作成、身体動作の記録、現場での例外対応、ロボットの運用・保守へと拡大している。

もっとも、現在生まれているタスクが、継続的な仕事として残るとは限らない。家事や調理などの身体動作の記録や、開いている車のドアを閉めるといった単純なタスクは、技術の進歩によって減少する可能性がある。

しかし、タスクの寿命が短いからといって、AIやロボットを支える人材の需要が一時的であるとは限らない。AIやロボットの導入先や用途が広がれば、現場の環境への適応、安全確認、保守、トラブル対応など、その時点の技術では自動化しきれない作業が生じる。人が担うタスクの内容は技術の進歩に応じて入れ替わっても、その都度生まれる仕事と担い手を結びつけるプラットフォーム本来の仲介機能は引き続き必要になるだろう。
さらに、Instaworkの認定プログラムは、その役割が単なる仲介を超え、人材の育成にまで広がっていることを示している。

今後、プラットフォームの競争力を左右するのは、登録ワーカーの人数だけではない。技術の進歩によって生まれる人材需要にいち早く対応し、必要な人材を確保・育成し、一定の業務品質を担保できるかが重要になる。こうした機能を備えたプラットフォームが、どのようにAI・ロボット時代の労働力インフラへと発展していくのか、動向が注目される。

TEXT=杉田真樹

(※)https://www.goldmansachs.com/insights/articles/the-global-market-for-robots-could-reach-38-billion-by-2035