人事トップ30人とひもとく人事の未来 日本マイクロソフト 執行役員 常務 人事本部長 杉田勝好氏

カルチャーを変革し常に学び続けるGrowth Mindsetを醸成

聞き手/石原直子(リクルートワークス研究所 人事研究センター長/主幹研究員)

石原 2014年に米国マイクロソフトでサティア・ナデラ氏がCEOに就任して以降、マイクロソフトは大きく変わったと感じています。変革の背景には何があるのでしょうか。

杉田 サティアはマイクロソフトでの歴代3人目のCEOにあたります。ビル・ゲイツが創業して一気にビジネスを伸ばし、2代目のスティーブ・バルマーが、巨大企業にふさわしい組織としての仕組みを整えていきました。しかし組織が大きくなるほど、一体感が薄れていったのも事実です。
ときを同じくして、事業環境も激変しました。モバイルが普及し、クラウドが拡大するなかで、競合が新しいビジネスを打ち出してくる。変革を推し進め、社内外に戦略を明確に打ち出せるビジョナリーなリーダーが求められていたのです。そこで選ばれたのがサティアでした。彼はCEOに就任すると、人事領域においても評価の仕組みやマネジャーに期待することも、次々と新たな方針を打ち出しました。社員に求められるものも、以前とは様変わりしました。

人はもっと成長できる だから学ぶ意欲が湧く

石原 実際にはどんな変化があったのですか。

杉田 サティアは就任当初に「地球上のすべての個人とすべての組織が、より多くのことを達成できるようにする」を新たなミッションに定めると、カルチャーの表記を刷新しました。なかでもサティアが強く打ち出しているのが「Growth Mindset」です。能力を固定のものととらえ、過去の成功体験を重視し、それゆえに挑戦を避けようとする「Fixed Mindset」に対して、「Growth Mindset」は、人は誰でも能力を高めていけるという考え方です。自分はさらに成長できると思うから、もっと学びたいという意欲が湧く。自分の失敗も他人の成功もすべてを糧とし、何からでも学ぶことができるから次々と新たな挑戦をしていくのがGrowth Mindsetを持つ人々の行動様式です。日本では社会に出た後、学ばなくなる人が多いといわれますが、当社では学び続けられるかどうかが、パフォーマンスの差につながるという前提に立っています。

石原 今、能力やスキルが高いことだけを求めるのではなく、そこからさらに変われる、もっと良くなるということを大切にしているのですね。

杉田 おっしゃる通りです。日本的にいえば、常に改善を続けていく感覚に近いかもしれません。99点とれたとしても、まだあと1点高められるというマインドを求めているのです。サティア自身も、自分は決して他者よりも優れているわけではないが、人よりもラーニングに熱心であることには自信があると言っています。
この「Growth Mindset」をベースに、常にお客さまを第一に考える「Customer Obsessed」、多様性を受け入れる「Diverse and Inclusive」、組織の枠を越える「One Microsoft」を実践し、それによって「Make a difference」、圧倒的な成果を実現するというのが新しいカルチャーとして浸透しつつあります。

他者の知見に学び 最大限に活用すべき

石原 人材の採用で何を見るかも変わってきたのではないでしょうか。

MS_sub.jpg杉田 採用時にも、特に「Growth Mindset」は重視しています。今何ができるか、どれだけ知識があるかよりも、どれだけ学べる人か、いかに伸びしろがあるかを見ています。
また、「One Microsoft」の観点からは、チームプレーができるかどうかも重要です。もはや1人の天才が物事を成し遂げる時代ではなく、10人の普通の人が努力して学んで、コラボレーションするほうが成果を出せるということが広く認識されています。自分の成功にしか関心がないタイプは難しいでしょう。

石原 それらは人事評価の仕組みにどのように反映されているのですか。

杉田 当社では「インパクト」にフォーカスしています。これは単純な数字的な結果でもないし、プロセスだけでもありません。お客さまにどのような「インパクト」を与えることができたかがポイントになります。そのインパクトをもたらす構成要素のところを刷新しました。3つあって「個人の業績」「他者の成功への貢献」「他者の知見の活用」です。前者2つは他社でも聞きますが、いちばんの特徴は「他者の知見の活用」が評価基準に含まれる点です。自分単独で時間をかけて作り上げていくよりも、ほかの人の知見や既にある事例をどんどん活用することを推奨しています。つまり、何をやるにも必ずほかの人に聞くような人のほうが高い評価を得ることになるわけです。

石原 常に人から学ぶ意識や人と協働する姿勢を醸成するのに、評価制度も矛盾なく作られているのですね。

杉田 実際、いくら高い業績を上げても、他人の成功には一切貢献しない、人から学ぶ気も一切ないという人は、人事評価も低くつけざるを得ません。会社としては、個人の業績と同時に、ラーニングすることを求めているのですから。

過去を否定せず 地道に信頼関係を構築する

石原 カルチャー変革を成功させるのは簡単なことではないと思います。

杉田 これは今も続いていますが、サティア自ら、毎月各地のタウンホールミーティングに出向き、ミッションやカルチャーについて直接社員に語りかけています。従業員からの質問にもその場で自ら答え、答えられないことがあれば持ち帰り、必ず翌月に答えを持ってきます。しかもその様子は、毎回、編集なしでライブ中継されているのです。経営トップが心の底から、常にあるべき姿を考え、実践していることが、私も含めてすべての従業員に伝わってきます。

石原 経営者のブレない姿勢は、社員からの信頼を集めることでしょう。

杉田 彼が「過去」を否定しなかったことも信頼の獲得につながったと思います。人事制度には早々に手をつけましたが、人を入れ替えるようなことは極力避けました。その人たちが学び、成果を出すことを待ちながら、まずは先を見越して不要な事業を売却するなどビジネス上の手を打つことから始めました。ビジネスの成功が見えてこないと、人々が彼を信じて同じ方向を向き、進んでいくのは難しいと考えたのだと思います。

石原 カルチャー変革は、ビジネスにも良い影響を及ぼしていますか。

杉田 むしろ変わらなければビジネスは立ち行かなかっただろうとすら思います。Windowsを中心とした圧倒的に強いパッケージのライセンスを販売してビジネスが成り立った時代は終わり、これからはクラウドサービスなどソリューションの提供が求められます。だからこそ、Customer Obsessed、お客さまを第一に、ということも強調されているのです。お客さまのビジネスと課題を深く理解し、社内外を問わず多様な人たちとコラボレーションして、ワンチームとなってソリューションを提供する。つまり、大きな成果のためにはカルチャーとして掲げられたポイントがすべて必要になるのです。
もちろん、まだまだ全員が完璧にカルチャーを体現できているとはいえません。やればやるほど足りないところも出てくるでしょうし、カルチャー変革は終わりのない旅のようなもの。「オンゴーイング」で前進しながら、もっともっと上を目指していきたいと考えています。

日本マイクロソフト 執行役員 常務 人事本部長 杉田勝好氏
1991年、旭化成に入社。ジョンソン・エンド・ジョンソンを経て、2008年から日本ヒルティ人事本部長、2012年からアストラゼネカ執行役員 人事総務本部長。2016年7月、日本マイクロソフトに入社し、現職。

text=瀬戸友子 photo=刑部友康