人事トップ30人とひもとく人事の未来ダイキン工業 常務執行役員 人事、総務担当 竹中直文氏

変化をチャンスに変え 新しい価値を生み出すために全社的AI教育を実践

聞き手/石原直子(リクルートワークス研究所 人事研究センター長/主幹研究員)

石原 管理職から新人まで様々な階層へのAI教育に取り組むなど、御社は新しい時代に必要とされる人材の育成に非常に注力されています。

竹中 この数年で急速に社会・環境貢献の重要性が高まりました。安心・安全な空気環境づくりなど、我々が取り組むべきテーマが明確化しており、その実現に向け人材育成を加速しています。また、新型コロナにより人々の生活、働き方は大きく変化しました。このようにほんの1、2年先を見通すことすら難しい時代にあっては、目先の変化を追うだけでなく、スピード感を持って変化をチャンスに変えていけるかどうかが企業の命運を分けるという意識を常に念頭に置いています。今、私たちの目の前に訪れているのは、コロナ禍で世界的に「換気」への関心が高まったという変化です。空調メーカーである当社にとって、それは大変なチャンスであることは言うまでもありません。変化をチャンスと捉えて挑戦する姿勢があってこそ、換気可能なエアコンの開発など、先手を打つことができたのだと思います。

新入社員100人が入社後 1年間AI・IoTの研修に専念

石原 そのような組織であるために、具体的に何をしているのでしょうか。

竹中 当社で大切にしていることが3つあります。
1つは、「トップのリーダーシップ」。トップが会社のビジョンを強く発信し、社内の隅々にまで行き渡らせることは何より重要です。2つ目は「技術」です。デジタル領域の技術が急速に進化するなかで、ビジネスのインプットの方法もアウトプットの方法も大きく変わろうとしています。この変化に対応していくための手段としてデジタルトランスフォーメーション(DX)やAIが注目されていますが、当社の強みとこれらの技術を組み合わせてどう新しい価値を生み出していくかは重要な経営課題です。3つ目は「人を基軸におく経営の実践」、とりわけこれからの時代はダイバーシティです。当社の海外事業比率は今や77%。150カ国以上で事業を展開し、100を超える海外生産拠点を持っています。そして何より全世界に8万人の社員がいる。しかし、一人ひとりがどのような能力や専門性を有しているかまでは現段階では深く把握できていません。この8万人にそれぞれの強みを発揮してもらうために、能力や専門性の見える化を図っていかなければならないのです。

石原 まずは「技術」について伺わせてください。AIなどを活用できる人材の育成のために具体的にどのような取り組みを行っているのですか。

竹中 2017年12月に大阪大学の協力を得て「ダイキン情報技術大学(DICT)」という社内大学を開講しました。ここで複数の講座を設け、基幹職(管理職)から新人に至るまで全社的なAI・IoT教育に取り組んでいます。
やるからには中途半端ではいけませんから、新人に関しては、それまで毎年約300人新卒採用していたところを400人に増やし、そのうち100人を2年間DICTで学ばせています。最初の1年間は事業部門へは配属せず、研修に集中させます。2年目は、各事業部門に入りますが、これも正式配属ではなく、研修で学んだことの演習という位置付けです。若手がDICTで学んだことと、現場の社員の知識や経験を組み合わせて新しいものを生み出すことに取り組んでいます。

石原 成果はいかがですか。

竹中 1年間DICTで学んだ新人たちは、仕事のやり方からアプローチの方法までまったく違いますね。私たちも目からうろこが落ちることがしばしばあり、彼らが現場に与える刺激は相当なものです。一方で、こうした若手の力を活かしていくためにも、現場をマネジメントする基幹職に対するAI・IoT教育も重要です。基幹職が新しい技術を理解し、イノベーションの成功体験を積むことが、組織全体を変えていくための原動力になりますから。

東京大学、大阪大学など大学との連携にも積極的

石原 大阪大学だけでなく、東京大学やベンチャー企業と連携したオープンイノベーションにも熱心に取り組んでいらっしゃいますね。

daikin_sub.jpg竹中 東京大学とは2018年12月に産学協創協定を結び、「空気の価値化」を目指し、未来ビジョン策定や共同研究などを通じた未来技術創出や人材交流を進めています。これまで、双方で1000人以上がこの協創に関わり、当社の若手から基幹職約20人が東京大学に駐在しています。投資額は10年で100億円という、これまでにない規模でスタートした協創です。
オープンイノベーションに関しては、2015年に大阪府摂津市に設けた研究開発拠点、テクノロジー・イノベーションセンター(TIC)が果たしている役割も非常に大きい。TICでは、様々なベンチャーや大学、研究機関、他社との協創イノベーションに取り組んでいます。自前の技術だけでは、急激な変化に対応していくには限界があります。外部の力をいかに活用していくかは、これからの当社にとって欠かせないチャレンジです。

石原 そこまでの取り組みを決断するのは、簡単なことではないと思います。お金にしても人にしても、それだけのリソースを投入する価値があると判断ができる理由は何でしょうか。

竹中 ナンバーワンになるという強い意志がトップマネジメント層にあるからでしょうね。当社には、関西風に言うと「儲けてナンボ、勝ってナンボ」という考え方が伝統的にあり、そのDNAがトップから現場に至るまで浸透しています。勝つためには他社がやらない独自性のあることをやらなくてはいけないし、そのための投資には躊躇はしません。100億円投資しても101億円儲ければいいんです。
ですが、勝ち続けるために最も大切なのは一人ひとりの社員です。当社は社員のリストラはしません。社員を雇用し続けるためにも企業として成長し続けなくてはならない。そのための戦略を立て、実行するのが経営幹部の役割だと考えています。

「フラット&スピード」をモットーとする企業文化

石原 経営陣の意志を現場に浸透させるために、どのようなやり方をとっていらっしゃるんですか。

竹中 当社のモットーは「フラット&スピード」。経営陣と現場との間に壁がありません。経営陣は積極的に現場に足を運んで若手からも話を聞きますし、社員も頻繁に役員フロアにやってきます。定期的に発信されるメッセージを受け取るだけでなく、日常的にダイキンのDNAを受け継いだ経営陣のパワーや行動力に間近で接しているから、経営の意志が伝わりやすいのだと思います。これは海外拠点でも同じ。2020年はコロナ禍でリモートに変更しましたが、例年はトップが各国の現地法人を年1回訪れ、現地の幹部と徹底的に議論をし、M&Aなどの提案があればその場で結論を出します。

石原 トップの決断が早いのも重要なポイントですね。最後に3つ目に挙げられた「ダイバーシティ」に関してですが、全世界8万人の社員の強みを可視化するとなると、人事もハイテク化していく必要があるのではないでしょうか。そこはどうお考えですか。

竹中 HR Techの導入に関しては、まさに取り組んでいるところです。ただし、テクノロジーはあくまで手段にすぎません。手段の導入で満足するのではなく、テクノロジーやデータを使って何ができるのかを事業部門と話し合い、現場の人事課題解決へとスピーディにつなげていくことが人事の大切な役割だと思います。

ダイキン工業 常務執行役員 人事、総務担当 竹中直文氏
1986年にダイキン工業に入社。空調機の設計・開発に従事したのち、空調生産本部企画部長、空調営業本部事業戦略室長、同本部副本部長(事業戦略担当)を経て、2012年に専任役員、2017年に常務専任役員に。2018年に常務執行役員兼東京支社長に就任し、2020年6月より現職。

text=伊藤敬太郎 photo=太田未来子