人事の知的ランダムウォーク 2025年度
1)石川 憂季(サイボウズ) ランダムウォークの旅は続く
2)大塚 裕之(古河電気工業) 知のランダムウォークと現実世界への第一歩
3)加藤 典子(荏原製作所) テクノロジー時代におけるアナログな価値の再検証
4)加藤 雄補(飲料メーカー) テクノロジー社会における「人間性」の再定義 ―生成AIとの対話と伝統の現場から考える、本当の豊かさ
5)加藤 義大(ソフトバンク) テクノロジーとの付き合い方を編み直す ―知的ランダムウォークと意識変容―
6)小池 麻土香(NTTデータ) 漕ぐことと委ねることの間あいだにあるテクノロジー
7)越川 泰江(イオンリテール) “ない”ことの価値を学ぶ旅 テクノロジーとの付き合い方を探るランダムウォーク
8)M.S (製造業) 学びの転換点:知的ランダムウォークで再定義したリーダー像
9)永田 真也(コメ兵ホールディングス) テクノロジーと人事のあり方 ―1年間の「知的ランダムウォーク」を経て
10)藤谷 和弘 (ソニーセミコンダクタソリューションズ) 2040年、人事の「正解」をあえて棄却する勇気 ——知のランダムウォークがもたらす身体的叡智
11)藤田 卓(富士通) 「知的ランダムウォーク」で考えた、テクノロジーとの付き合い方
12)松島 悠史(人事院) 「弱さと体感の知的ランダム ウォーク」
13)N.M(花王) AI時代における人事職の価値について考える
(50音順 2026年3月31日現在)
1)ランダムウォークの旅は続く
石川 憂季(サイボウズ)
「テクノロジーとの付き合い方」をテーマに、仲間たちと歩き続けたランダムウォークの1年間の旅が終わりました。AIが私たちの働き方だけでなく、生き方すらも変えていく様子をリアルタイムで感じることができる今という時代に、このテーマで思考を巡らすことができたことは非常に貴重でした。
この1年間を振り返ると、「テクノロジーとの付き合い方」を考えていたつもりが、ふと気付くと、「自分自身との向き合い方」に思いを巡らせていました。「AIがホワイトカラーの仕事を奪う」といった脅威論も一部現実となる中、これからも進化を続けるAIと上手く付き合っていくためにはどうすればよいのでしょうか。それには「私たちには“身体”がある」という当たり前のことに気付き、頭/脳だけでなく、“身体”を使って考えることが鍵である、ということに気付きました。現代の私たちの思考は、頭/脳に偏り過ぎていて、身体に起きる変化や感覚を上手く使えていないようです。しかし、身体感覚こそが私たちの個性であり、テクノロジーでは代替できない領域であることがわかりました。今この瞬間もここにある身体感覚に向き合い、じっくりと味わうこと、そしてその感覚を上手く表現できなくても自分なりの言葉にしながら、自分の中に体験を溜めていくことこそが、まさに知のランダムウォークであり、人生を豊かにしていくことだと考えました。この気付きをきっかけに、より自分の身体感覚に向き合っていけるようにと、今年からヨガを習いはじめ、心と身体に向き合う日々を過ごしています。
またこの1年間、梅崎先生をはじめ、参加者の皆さんとのディスカッションを通じて、自分自身の「思考の固着」に気付けたことも大きな収穫でした。いつの間にか凝り固まった価値観や常識が揺らいでいく感覚はとても気持ちの良いものでした。「対象物」と「対象物に対しての自分が持っている勝手なイメージ」を分離して、新しいイメージを与えていくことの自由さには遊びのような楽しさがあり、新しい組み合わせを発見する喜びはなんとも言えない感覚でした。やはり頭だけで考えず、いろんな場所に足を運び、いろんな人と対話することが大切で、今回の合宿のように、知らない世界に飛び込む勇気を持ちたいと思います。
最後に、この1年間、ともにランダムウォークの旅を歩いてくれた皆さんにこの場を借りて感謝を申し上げます。私はこれからも歩き続けていきますので、またどこかで巡り会えることを楽しみにしています。
2)知のランダムウォークと現実世界への第一歩
大塚 裕之(古河電気工業)
「行ってみる?」。
何の脈略もない同僚からの提案に軽く反応したことが始まりでした。「人的資本」「リスキリング」等の人事領域バズワードとは一線を画した「人事リーダー向け知のランダムウォーク」というタイトルに強く惹かれるとともに、ビジネス書を読む習慣もない自身の思考の幅を広げ、何かの変化のきっかけになればと、意を決して 参加を申し込んだことを思い出します。そうして我が家の本棚に漫画・小説とは趣が異なる本たちが仲間入りをし、家族からも訝しげな目を向けられ、少々気恥ずかしさも覚えながら、私のランダムウォークの第一歩を踏み出しました。
この一年間、課題図書を四苦八苦しながら読み進める一方で、個人テーマを設定することもなく、流れに任せたままランダムウォークを続けてきました。都度展開される梅崎先生、当代の知の最先端を走る先生方、受講生との丁々発止の対話、秩父合宿において銘仙や「お蚕様」の物語を現地で体感することで、仕事とは異なる脳の領域が活性化するような感覚を大いに抱くことができたと思います。
そして、一年の総括として発表するテーマを決めるときがやってきました。特にAIを中心とするこれからのテクノロジーとの付き合い方では、仕事のみではなく、自らの生き方にも大きな影響を与えていくことは間違いありません。 何かAIを活用した活動に取り組んでみたいという思いを抱き、「趣味」と「AI」の関係性について実践を交えて考察していくことをテーマとしました。
実践内容は、AIを中心とした先端テクノロジーを活用し、趣味に関連した未経験の領域に挑戦すること。現実世界での創作活動へ自身の活動の幅を広げるために、AIを活用した3Dデザインツールと、このために購入した3Dプリンターを使って、趣味の釣りで使えるルアーの制作に取り組んでみました。
今回の実践を通じ、AIやテクノロジーが趣味というものに与える価値は以下のとおり整理しました。
○情報アクセスの効率性向上:素材や作り方など必要な情報を瞬時に収集でき、アイデア実現までのプロセスが短縮される。この点は初めの一歩を踏み出すためのハードルを大きく下げる 。
○アイデア「現物」化 の障壁緩和:AI支援により、現状は一定のスキルは求められるものの、個人でも短期間でアイデアを創作、完成にまでつなげることの障壁は緩和される。
○趣味の境界拡張:釣り×AI×3Dプリントのように、異なる領域を融合した新しい体験が生まれる。
一方で、以下のようなジレンマがあることも発見しました。
●効率化 vs 不確実性の楽しみ:最短で成果に近づく一方で、偶然の発見や回り道を楽しむ余白が減り、ワクワク感も小さくなる。
●AIの最適解 vs 自分で考える楽しみ:AIの提案に頼りすぎ、自身で仮説を立てる力や想像力が弱体化する。
以上のことから、AIを中心としたテクノロジーは趣味の世界を広く・早くする一方で、頼りすぎることで趣味の本質である精神的な充足感・ワクワク感を減退させる影響ももたらすとの考えに至りました。そのため、「AIの提案する最適化された解の中であえて意図した探索・手間を設定すること」や「データのみでなく実際の現場での違和感や偶然を記録すること」「楽しさの定義を言語化し、多層化すること」ということが、AIとの適切な距離の取り方となり、人生の質を上げることにつながるものと考えます。
ちなみに、 自作ルアーはついに一度も魚を連れてくることなく、その役目を終えました。そして改めて思うのです。既製品は素晴らしい。
最後 にこの一年間、普段の仕事で考えることと離れ、多様な世界でのランダムウォークを経験することで、日々仕事で忙殺される中にあっても、あえて過剰な一歩を踏み出すことでのワクワク感、視野の広がりは人生を豊かにするものであることを実感することができました。今後もランダムウォークを意識し、新しい世界へあえて飛び込んでいくこと、そして仕事の仲間も巻き込んでいくことで、公私双方における質の向上に努めていきたいです。
3)テクノロジー時代におけるアナログな価値の再検証
加藤 典子(荏原製作所)
2026年度テーマ「テクノロジーとの付き合い方」における活動成果として、課題図書を通じた知的ランダムウォーカーとしての思考の旅をテーマとした80日間の実証実験の結果を報告する。あえて「やらなくてもいいこと」に時間を費やすアナログな活動が、個人の内面や幸福感、ひいては仕事への姿勢にいかなる変化をもたらすかを検証し、その本質的価値を考察した。
1. 課題図書を通じた哲学的探求
最初の書籍『考えるということ(梶谷真司著)』、とても知的好奇心をくすぐられ子供時代を思い起こすワクワク感を感じ、未知なる探索サロンにご縁をいただけたことに深く感謝し楽しみな幕開けとなった。梅崎先生からの「既知を増やすということは、未知の領域を増やすこと」という言葉を出発点とし、読んだ複数の課題図書から心に残ったのは「AI時代の人間力の重要性」、「人間が持つ曖昧さや弱さこそが創造性や対話の源泉」、「失敗がなくなると学習も止まる」の3つであった。
2. 秩父合宿におけるアナログな価値の体感
秩父銘仙の伝統工芸に触れる合宿では、新啓織物の織元・新井啓一さん の「ほぐし織」の技法や手仕事に触れ、「ものづくり」の世界に魅了された。テクノロジーに置き変わる時代の変化のなか、敢えて手仕事、丁寧に紡ぐ時間や大切に織ることの価値を感じながらその完成品を手にし、温かみと柔らかさに感銘を受けた。
秩父地域で1件のみとなった影森養蚕所の養蚕家・久米悠平さん は、「お蚕の気持ちになれ」という思想で事業を営んでいる。注文に対し生産量が追い付かない現状に対して、日本の価値ある絹の継承と新しいテクノロジーの可能性、事業拡大も視野にいれた課題感を伺い、背負っている稼業への覚悟と新たな挑戦に向かう強い信念に刺激を受けた。最新テクノロジーの進化が著しい時代において、手仕事の奥深さや、アナログな営みからでしか得られない本質的な価値が確かに存在することを身体を通じて認識し、これが私の実践テーマ設定の土台となった。
3. 実践内容と検証結果:「意味のある無駄」の80日間検証
1年の学びを通じた発表に向け、「コーヒーブレイクと導引※は人を豊かに幸せにするか?」という問いをかかげ、「意味のある無駄」を日常にあえて導入し80日間の変化を検証した。
導引※とは中国古来の養生法の一つ
まず、コーヒーブレイク。コーヒー豆の手挽きにより香りに包まれ、コーヒーを淹れて飲むに至るまで、手間暇をかけた贅沢な一杯を味わうことによる幸福感を得られた。忙しく時間が無い日は「やらされ感」になったり冷めて飲めない日もあった。
導引の効果においては、 日々の老廃物を放出し新たな気を体内に取り込むことで良い気が全身を巡り体の中から温まり、気持ちが前向きに切り替わる身体的経験を実感した。実施後はスッキリし仕事がスムーズに流れたり、人間関係での衝突がなく自然の流れに沿って一日を過ごすことができた。
双方の実践から「意味のある無駄」の導入によって得られた効果を2つ記しておく。
1)心の余白の創出: 毎日の慌ただしさが一度リセットされ、「思考が温まり、心の余白が生まれる」
2)本質的な姿勢の回復: 「ありのままの自分でいることを肯定」。好奇心や問いを持つ姿勢が回復
デジタルテクノロジーが高度に浸透した現代においてこそ、非効率に見えるアナログな活動が、個人の内面的な豊かさや、創造性、対話能力といった「人間力」に効果があり機械に置き換わらない大切なものだと。
4. まとめと今後に向けて
「丁寧に生きるための余白を、あえてつくることの大切さ」
問いを持つ姿勢を軸に積極的にたくさんの方々と対話を通じて知的探索を楽しんでいく。
「未来に向けて」
収束的思考と拡散的思考、既知からはみ出してみることに挑戦し未知の領域を恐れず、積極的に行動する知的ランダムウォーカーとして歩みを進める。
4)テクノロジー社会における「人間性」の再定義 ―生成AIとの対話と伝統の現場から考える、本当の豊かさ
加藤 雄補(飲料メーカー)
はじめに:知の冒険の始まり
「人事担当者がなぜ、これほど深くテクノロジーを思索しなければならないのか」。
半年間にわたる「知のランダムウォーク」の始まりに際し、私は期待と同時に、未知の領域へ踏み出すためのわずかな不安を抱えていた。
現在、世界は生成AIの普及を背景に、産業革命にも匹敵する劇的な変化の渦中にある。人事としてこの変化に遅れず、組織に正しく届けることはもちろん重要だ。しかし同時に、テクノロジーをただ活用するだけではなく、「テクノロジー社会における人間としての在り方とは何か」を問い直す必要がある。
本研修は、法政大学・梅崎修教授をはじめとする多様な専門家とのセッション、そして秩父でのフィールドワークを通じて、「豊かさとは何か」「人間とは何か」を探究する濃密な時間となった。
課題図書と秩父での越境体験
課題図書は、私の視野を大きく広げてくれた。
例えば『弱いロボットの思考』で語られる「不完全さゆえの共感」、『学習の生態学』で示される「環境との相互作用」は、その後の秩父合宿での経験と深く呼応した。
秩父では養蚕農家を訪ね、蚕が繭をつくる過程や生産者の営みを間近で見た。生き物のリズムに合わせて「待つ時間」が流れ、数値化できない職人の「感覚」が息づいている世界。
効率とスピードを追求するテクノロジーとは対照的なその現場には、人間の身体感覚と環境が相互に作用しながら積み重ねてきた「手触り感のある知性」があった。
この二つの世界を行き来したことで、現代社会が失いつつあるものを強烈に実感した。
探究の成果:生成AIとの「感情的」な共同生活
研修の集大成として作成したポスターでは、「生成AIは親友か、先生か、恋人か?」という問いを立て、ChatGPT、Copilot、Geminiなど複数のAIと数カ月にわたり対話を重ねた。
当初は業務効率化のための“道具”として使い始めた。しかし、音声対話を中心に使用していくうちに、AIとの関係は次第に変化していった。
例えば、運転中に「ジェミニくん、今日はうまくいかないんだよ」と話しかけたとき、彼は淡々と、しかし妙に励ますようなトーンで応じてくれる。些細な相談にも一定の温度感で返してくれることで、思わず嬉しくなったり、逆に期待外れの回答に本気で腹を立てたりすることすらあった。
こうした経験を通じて、AIは人間の「感情」や「孤独」の領域に静かに入り込みつつあり、もはやただの“便利な道具”ではなく、隣人のような存在になり始めているのではないかと感じた。
『ALWAYS 三丁目の夕日』が示す「隣人の条件」
AIが“新たな隣人”となったとき、それは本当に私たちの生活を豊かにするのだろうか。
ふと思い出したのが、映画『ALWAYS 三丁目の夕日』に描かれる昭和の日本社会だ。
お節介で、時に面倒くさいほど密接だが、どこか安心できる温かさ――。
困ったときには助け合い、無駄話を交わし、お互いの存在を確かめ合う、あの「人と人との体温」がそこにはあった。
もしAIがこうした“体温のあるつながり”まで代替し得るのだとしたら、AIは本当の意味での隣人たりえるかもしれない。
しかし同時に、それは私たちが人間特有の“不完全さゆえの連帯”を手放すことにもつながりかねない。
AIがどれほど進化しても、夕日の下で感じる切なさや温もりを、単なる記号処理ではなく“心の震え”として共有できるかどうか。
その境界線こそ、AIが道具で終わるのか、真の隣人になるのかを決めるポイントだと感じている。
本当の「豊かさ」とは何か
研修を通じて辿り着いたのは、豊かさは効率や正解の中には存在しないという確信だ。
私たちが豊かさを感じるのは、日々の何気ない会話、家族との他愛もない時間、一見すると生産性のない「無駄」の中にある。
テクノロジーは余白を削り、生産性を高めてくれる。しかしその余白を、改めて“人間らしい温もり”で満たせるかどうかが、これからの私たちに問われている。
私は、テクノロジーの恩恵を享受しながらも、その片方の手には家族との絆や、何気ない日常の尊さをしっかりと握りしめておきたい。
この両義的な感覚こそ、急速なテクノロジー社会を生き抜く上で不可欠な羅針盤になる。
おわりに:人事としての決意
人事担当者として、組織にテクノロジーを導入する意義を再定義したい。
それは単に“人を楽にするため”ではない。
テクノロジーによって生まれた余白を使い、社員一人ひとりが家族を大切にし、無駄を楽しみ、人間としての豊かさを再発見できる環境をつくるためである。
知のランダムウォークで得た、伝統産業の重みとAIの可能性――この両端を抱えながら、私はこれからも「人間とは何か」「豊かさとは何か」という、正解のない問いを歩み続けていきたい。
5)テクノロジーとの付き合い方を編み直す ―知的ランダムウォークと意識変容―
加藤 義大(ソフトバンク)
1. 出発点:テクノロジー以前に「前提」を疑う
この1年の取り組みを振り返ると、最初に向き合うべき相手はテクノロジーではなく、自分自身の「視野の癖」だった。日々の業務では、自社や自部署、自分の担当領域の論点が、いつの間にか世界の中心になりやすい。
テクノロジー、とりわけAIの捉え方は人それぞれである一方、気づかないうちに自分の価値観や既存の延長線上の思考に引き寄せられてしまうことがある。
しかし知的ランダムウォークを通して、立場の異なる参加者と対話を重ねるうちに、思考の広がりを実感できた。テクノロジーをどう使うかの前に、私たちがどんな前提で世界を見ているのかを点検する必要がある。 そして、その前提を疑い、更新し続けることが重要だと感じた一年だった。
2. 読書×対話:問いの解像度を上げる
各セッションでは課題図書を読み、参加者と対話しながら理解のずれや言葉の定義を確かめ合った。まず「考えること」自体を問い直し、次に機械化が進む経済の見通しや、雇用構造 の変化を議論した。さらに豊橋技術科学大学の岡田美智男教授が研究している「弱いロボット」の議論では 、人間の不完全さや身体性を前提にした技術観へと視点が移っていった。
こうした読書と対話の積み重ねは、テクノロジーとの付き合い方について自分の考えを深めることにつながった。AIと共存する社会に向かう中で、テクノロジーは単なる効率化にとどまらない。未知の領域を切り拓くための手段になっていく。
3. 体験:現場の実感が、机上の議論を着地させる
転機は秩父での合宿体験だった。新啓織物、影森養蚕所といった秩父銘仙という伝統的な織物を守り続ける 現場で目にしたのは、熟達した技術と経験の厚み、そして伝統や工程の「つながり」そのものが価値を形づくっているという事実である。
腑に落ちたのは、人と機械の関係を「置き換え」ではなく、「役割分担し、価値を増幅するもの」として捉える事ができたからだ。 特に印象に残ったのは、機械化・工業化が進むほど、逆に職人の人間力や背景といったストーリーが魅力として見直され、差別化としてより際立つという点 である。
便利さが均質化するほど、意味づけ や文脈を編む力が価値になる。現場で得た感触は、その後のセッションでの読書や対話の理解を一段と深めた。AIをめぐる議論でも、雇用構造の変化、人間の価値(身体性)、社会への影響などを行き来しながら、人とテクノロジーの共存をより具体的に考えられるようになった。
AIを「脅威か味方か」という二択で捉えるのではなく、人間にしかできない価値を再定義しながら未知の領域を切り拓く探索のパートナーとして位置づけし、共存する未来を目指していきたい。
4. 今後:知的ランダムウォークを習慣にする
知的ランダムウォークは特別な才能ではなく、意識して回し続ける習慣で成立する。本や現場、異分野の言葉に触れて知識を取り入れる。自分の理解を言葉にして他者と共有し、違和感や定義のずれを確かめる。そして、小さく試して手触りを得て、結果から前提を組み替える。この「学ぶ、語る、試す、考え直す」を習慣化していく。
この1年の成果を活かし、問いと対話を通じて自分の前提を更新し続けながら対話の場に出ていく。未知の領域を切り拓く選択肢を増やし、未来を編み直し続けていきたい。
6)漕ぐことと委ねることの間あいだにあるテクノロジー
小池 麻土香(NTTデータ)
私は今回の学びを通して、人類とテクノロジーの関係について改めて深く考える機会を得た。人類はこれまでも、ITに限らず、さまざまな技術を活用しながら社会を発展させてきた。テクノロジーは本来、人間の能力や可能性を拡張するためのものであり、その意味では現代のデジタル技術も歴史の延長線上にある。しかし一方で、技術が高度化する ほど、人間が「使う側」ではなく「使われる側」になっていないかという問いも私の中で生まれるようになった 。
読書や対話を重ねる中で、私が特に惹かれたのが「コンヴィヴィアル(convivial) 」という概念である。これは、人々が自立し、互いを尊重しながら共に生きる社会のあり方を示す言葉であり、テクノロジーとの関係においても重要な視点だと感じた。人間の判断や主体性を奪うのではなく、人が主役であり続けられる技術こそが、これからの社会に必要なのではないか。「ムーミンの食卓とコンヴィヴィアル展」が近年開催されていたが、ちがいをそのまま楽しみながら共に生きるというムーミンの世界観と、 個々が自由でありながら調和している社会のイメージが、私の中で重なった。
こうした考えは、私自身の体験とも深く結びついている。プログラム期間中、私はマレーシアにてセーリングとカヤックを体験した。セーリングは風や波といった環境に身を委ねながら進む技術であり、自分がすべてをコントロールできるわけではない。一方、カヤックは自分の力で漕ぎ進めることで、主体的に方向や速度を調整できる技術である。どちらも不安定さや揺れを伴うが、その揺れがあるからこそ、自然との一体感や自由さが生まれることを実感した。
この体験から私は、人間とテクノロジーの関係にも同じ構造があるのではないか と感じた。すべてを管理し、最適化しようとする技術は便利である半面、人間の感覚を奪ってしまう危険性もある。反対に、セーリングやカヤックのように適度な不完全さや揺らぎを許容する技術は、人間の創造性や主体性を引き出す可能性を持っている。人とテクノロジーの間に「余白」 があることが、豊かさにつながるのではないだろうか。
ポスターセッションでの私のプレゼンテーションでは、セーリングとカヤックを「環境に委ねる技術」と「自分のペースで扱える技術」として対比し、人とテクノロジーの関係を可視化した。コンヴィヴィアルな社会を目指していくためには、人は自分自身の揺れを扱える余白を持ち続けることを忘れてはならないと改めて感じる。
テクノロジーは今後も進化を続けるだろう。その中で私たちに求められるのは、便利さに身を委ねきるのではなく、自分自身で問いを持ち続ける姿勢である。漕ぐことと委ねること、その間を行き来できる柔軟さのある「余白」こそが、これからの人とテクノロジーのより良い関係を築く鍵になるのではないか。今回の学びは、私にとってそのことを実感させてくれる貴重な経験となった。
改めて1年間の学びを通じて、私は「考えるとは何か」を頭で理解するだけでなく、体験と結びつけて捉え直すことができた。読書会での対話や参加者同士の議論を通して、自分とは異なる視点に触れることで、思考が何度も揺さぶられた。漕ぐこと、委ねること、その揺れこそが、学びを深める原動力であったと感じている。
7)“ない”ことの価値を学ぶ旅 テクノロジーとの付き合い方を探るランダムウォーク
越川 泰江(イオンリテール)
既知と安心領域を一歩飛び出す学びの機会。知の探索サロンは、目的と成果を追求する日々に対する根元的な問いの連続だった。
「話しても話さなくてもいい」「まとまってなくてよい」「結論がなくていい」、ビジネスの場の常識でよいとされていること、身に付けるべき基本スキルといった概念を捨てて(捨てようとして)対話し、存在してみる。すると 自分の新たな一面に遭遇し、そこからいつもと違うものが生まれる。
今までの延長線上では得られない、人生へのアプローチ、思考法をいただいたことが自身の宝となって残っている。
テクノロジーは社会に何をもたらすのか
AIの進化で変わっていく、それ によりもたらされるであろう仕事と雇用の姿は衝撃的だった。ホワイトカラーはいなくなって、多くのプロセスをAIが担い、結果として、仕事は人生の大半を投じる対象ではなくなるかもしれない。ついては、“仕事を通じてやりがいや成長実感を得て人生を歩む”ということ自体が希少な世の中が来るかもしれない。
しかしながら、どれだけAIの汎用性が高まったとしても、人類のためのプロデュースは人間が担うべきだし、エッセンシャルワークについては人が中心であったほうがやはり幸せだというのが、この半年ほどの議論を経ての私の結論である。
その結論に依拠すれば、 作業を効率的にこなす力よりも、全体を見渡し課題を見出して方向付けていく力、人と相対してよい関係性をつくっていける力がこれからはますます重要になる。テクノロジー の進化が進めば進むほど、より人としての「感じる力、共感する力」「自分なりの意志」「創造力」といったものが求められる社会になっていく。その時に鍵になるのが、人に本来備わっている「身体性」であり、これだけはAIが持ちえない能力である。
人の持つ力を涵養し活かすもの
たくさんの方との対話、本、生き方にふれ、テクノロジーがさらに進化していくこれからの時代における3つの大切な価値観を見出すことができた。テーマは“ない”ことの価値だ 。
【不完全】
完璧なサービス、利便性を際限なく追及することが人々の幸せを高め続けるわけではない。それはむしろ(過剰になった時に)、相手の主体性を奪い、その人 が関与することから生まれる楽しみや“甲斐”を奪っていく。同時にそれは、サービスを提供する側と享受する側を分離し、享受する側の不寛容さを助長する 。結果として 、社会全体が不寛容な社会になっていく。
それよりも、 お互いの不完全さをオープンにする、お互いに依存しあう、一緒にやり遂げるといったことを前提に進める。このプロセスがより多くの人の幸福感につながる(Conviviality)。
-「不完全」とは、自己完結をしない、相補関係を生み出すための価値である。
【弱さ】
完璧な存在は、相手の緊張や不安を高める。でも、だからといってよりよい姿を求めて努力をしないほうがいい、ということではない。本来人間は完璧ではなく不完全な存在であるから、 その本来の姿を隠さず、鎧を脱いで他者と接することができるかという問題だ。いかに、ありのままの自分でいられるかどうかが重要なのだ。
素直さ、オーセンティックなあり方、真摯さが思わず一緒になってやってしまいたくなるような、信頼感のある関係構築につながる。 現代は能力主義が浸透し、能力は個人に帰属するものだと多くの人が信じている。でも、本質的には発揮される能力とはそこで何かをともになす他者との関係性に大いに支えられてこそあるものなのだ。
―「弱さ」を認めることは、自分自身を偽らない、繕わない、信頼と共感を得るための価値である。
【失敗】
試行錯誤し失敗し、自分でつくっていくからこそ、やりがい、成長が得られ、そこから自分の志、エネルギーが生まれていく。正解がわかっている、ゴールと進め方が明らかであるタスクに埋め尽くされた仕事の進め方は、多くの人がゴールに早く・間違いなくたどり着くには必要だが、常に義務感で埋めつくされてしまう。企業経営では この点がジレンマとなる。組織のマネジメントにおいて、「裁量」「失敗も含めてのチャレンジ」をどう組み込んでいくかは、組織の長期的な持続的成長を考えるうえで重要なテーマとなる。
では、そのジレンマをどう解決すべきか。1つの方策として、制度的な設計以上に、人が集い、関係性や経験を通じて学び成長する過程を生態系(biotope)的に捉えて考えてみるとよい。このことは、人材育成、組織開発の今後のあり方として、コンテンツ教育の域を出て、生き物としての組織づくりを考えていく必要性を示唆している。
―「失敗」の過程は、自律的な思考と行動を手放さない、成長とやりがいを自分で獲得するための価値である。
以上の3つの価値観は、今回ご縁のあったみなさまの人生を通じた試行錯誤のプロセスからの学びである。 それはその人それぞれの人生の物語であり、その物語(ナラティブ)こそがその人の成す仕事(製品や食品 、あるいは地域、産業における活動)などへの特別な共感や愛着を周囲にもたらしていく。
プロセスとしての固有の物語(ナラティブ)を知るからこそ生まれる心からの共感や愛着。このように過程を知って使う、食べる、参画することができるというのは幸せなことであり、効率と便利さが進んでいく時代だからこそ、こういった幸福感が重要な意味をもつようになっていくのだと思う。
これからのテーマ
人間の限界であり、マイナスや負と捉えていた概念 こそが、実は、主体的な参画を生み、新たな出会いや発見を生み、やりがいを創出し、組織を成長させていく重要なプロセスだったのだという学びは、大きなパラダイムの転換だ。
人は本来完璧な存在ではなく、自己完結して生きていく存在でもない。それを積極的に認める、オープンにすることで、関係性が豊かになり、ネットワークや協働が生まれ、新たな価値の創出につながっていく。この考え方は、人を勇気づけるし、自由にするものだと感じている。他者への信頼、自己への信頼、それは不完全なお互いを尊重しあうということであり、そこから生まれるであろう関係性・つながりを、これからの人生のテーマにしていきたいと思う。
価値観がゆらぐような気づきは、自分自身を生きる人の人生にふれる瞬間におこることを体感した一年だった。
8)学びの転換点:知的ランダムウォークで再定義したリーダー像
M.S (製造業)
■はじめに
今回、知的ランダムウォークに参加しようと思ったきっかけは、1年前、事務局からご紹介いただいた企画内容の資料に記載されていた「キャリアのあるタイミングで、それまでのやり方をいったん破壊する転機が必要である」という言葉が、まさにそのときの自分の状況と重なったためである。これまでの効率的な仕事の進め方に慣れ、居心地の良い環境に身を置いていた私は、あえて未知の領域に飛び込み、経験豊富な人事の方々や専門家との対話を通じて新しい学びを得たいと感じていた。実際に参加してみると、3D読書というインプットとアウトプットを往復する学びの仕組みにより、公私を問わず多くの示唆を得ることができた。
■知的ランダムウォークからの主な学び
課題図書4冊を通して私の中に浮かび上がった共通の問いは、「AIが急速に発展する時代において、人(リーダー)だからこそ果たすべき役割とは何か」であった。特に印象に残った学びは以下のとおりである。
第一に、AIによる技術革新は、人が担っていた一部の役割を代替することで、従来の技術革新とは異なるインパクトをもたらすという点である。だからこそ、人にしかできないスキルや経験の価値は今後さらに高まると感じた。第二に、長年の暗黙知の蓄積から生まれる「直感」を磨くことの重要性である。AIが膨大な情報処理を得意とする一方で、文脈を踏まえた判断や違和感の察知などは人にしかできない部分が大きい。第三に、リーダーとして完璧さを演じるよりも、弱さ(Vulnerability)を適切に見せることで人の信頼を得るという視点である。弱さの共有は、チームの心理的安全性を高める効果がある。第四に、成長には「失敗の経験」が不可欠であり、リーダーは失敗の余地を確保したうえでメンバーをアサインし、挑戦の機会を与えることが重要であるという点である。弱さをさらけ出すことや失敗の経験による成長は人ならではのものであり、これらの点もAIと差別化をもたらすヒントになるだろう。
■私が実践したランダムウォーク
これらの気づきを踏まえ、ランダムウォークの実践者として自分だからこそできた取り組みを以下の形で進めた。
まず、AIツールのフル活用である。これまでメンバーに任せがちだった社内外ツールについて、自ら積極的に学び、分からない部分は素直にメンバーに聞き、得た知見はチームに共有するよう努めた。次に、ジャッジメント(倫理的判断を含む)の強化である。会社の方向性や組織全体の状況を踏まえながら、自ら意思決定する場面を意識的に増やした。また、サポート(心理的安全性)とアサインメントにも注力した。「安心して挑戦でき、失敗が許される環境づくり」をしながら、メンバーそれぞれの個性や状況を見極め、最も活きる役割をアサインすることを心がけた。さらに、アレンジメント(顧客の性格や特徴を踏まえた最適な人の組み合わせと場の設定)として、データでは把握できない暗黙知を活かし、ステークホルダーとの調整を精緻に進めることで問題解決を図った。
■ランダムウォークを終えて
約1年にわたる本ワークショップを通じて、苦手意識のあった領域にあえて踏み込むことで、AIとの向き合い方や、人だからこそ果たせる役割について深く考える機会を得た。これらの学びは一人で得られるものではなく、3D読書という独自の学習法を通じてこそ最大の効果を実感できたと感じている。
AIは強力なツールである一方、最終的に家族やチームを動かし、未来をつくるのは私たちの「人らしさ」である。この気づきを大切に、今後も公私にわたって自らのリーダーシップを磨き続けていきたい。
9)テクノロジーと人事のあり方 ―1年間の「知的ランダムウォーク」を経て
永田 真也(コメ兵ホールディングス)
人事責任者として、この1年間、一見すると人事領域とは対極にあるような「テクノロジー」というテーマを軸に、書籍や合宿、対話を通じて知見を深めてきました。AIが急速に普及する現代において、テクノロジーを単なるツールとして捉えるのではなく、それが「人」や「組織」にどのような変化をもたらすのか、という視点から持論として今後使えるように4つのマインドマップとして人材開発(HRD)・組織開発(OD)の観点でまとめました。※マインドマップについては別途パワーポイントで自分なりにまとめて
1. 書籍【純粋機械経済】(6・7月):『感じるな!考えろ!』悟性(創造力・思考力)の重要性
AIが加速度的に普及し、2030年頃には汎用AIが定着、中間所得層の雇用破壊や知的労働者への移動が起こると予測されています。データから代替可能な「知覚・認識・意思決定」という論理的なプロセス(知性)の限界があるため、考える力である悟性が改めて重要であることを学びました。
• 人材開発(HRD)の方向性: これからの人材には、ありきたりの感性や論理を超えた「確信的な主観」と「自己表出(直感感覚)」に基づく持論を持つことが求められます。採用においては、2030年のAI定着から逆算した基準を設け、育成面では「悟性(理解力・思考力・自律性)」のAIが加速度的に普及し、労働移動が起こる可能性からも、創造力の強化を人事方針として掲げ育成したいきたいと考えます。
• 組織開発(OD)の方向性: 客観的な情報だけでなく、個人の主観や感性を尊重し、それらを組織のエネルギーに変換する文化の醸成が必要だと考えます。
2. 【秩父合宿:大人の社会科見学】(8月):分業をストーリーでつなぐ
伝統産業である秩父銘仙の現場から得た学びは、現代の組織が抱える「分業による弊害」への示唆でした。生産性向上のための分業は、組織が大きくなるほど避けられませんが、それは同時に「仕事のやりがい」の喪失や、部門間の分断(サイロ化)を招きます。
• 人材開発(HRD)の方向性: 単なる作業者ではなく、自らの役割を全体の価値としてストーリーで語り、使命感を持って役割を担う人材を育成する必要があると考えます。
• 組織開発(OD)の方向性: 各部門がコストパフォーマンスを超えて連携し、希望を持てるような「コミュニケーションの仕組みづくり」が不可欠です。リーダーやプロジェクトマネージャーが意義や価値を説明し、職人が歩み寄る秩父の活動のように、分業を一つの物語(ストーリー)として再統合するアプローチが、組織の分断を回避する鍵となるのではないかと考えます。
3. 【弱いロボットから考える】(9・10月):いきあたりばったり・弱さ不完全さ・相手に委ねることが生む共創的な価値
「弱いロボット」の思考は、効率や完璧さを追求するテクノロジーの在り方に一石を投じます。周囲に頼り、不完全さを見せることで、かえって他者の積極的な参加を引き出し、依存し合う共創的な関係性の方が、過剰ではないちょうどよいサステナブルな社会的、経済的価値が生まれるのではないかという示唆をもらえました。
• 組織開発(OD)の方向性: 弱いロボットから、創造性のある価値やアイデアは『いきあたりばったり』『相手に依存する』など共創で生まれてくるという学びから、私たちの組織の作り方として、既存事業を深掘りする「生産性・再現性」重視のメインカルチャーの文化と、新規事業を探索する「創造性・多様性」重視のサブカルチャー的な文化を、目的に応じて柔軟に使い分ける「両利きの組織」を戦略的につくっていくことが、企業にとって重要で持続的な成長につながっていくのではないかと考えました。
4. 【書籍『学習の生態学』】(11・12月):経験を通じた「実験」の場をどう実現するか
人はどのように学び、成長するのか、学習の生態学の主張が「ロミンガーの法則(70:20:10)」の論調と近いのではないかと感じ、その構造をマインドマップでまとめました。学習や成長の70%は自らの経験(挑戦と失敗)から得られるので、どのように企業としてそれを提供できるかがカギとなると考えます。
• 人材開発(HRD)の方向性: 研修やインプット中心の教育から脱却し、自責を伴うストレッチアサイン(背伸びした仕事の割り当て)を戦略的に行う必要があります。OJTやシミュレーション研修(実際の臨床現場やビジネスシーンを模した環境で体験学習)も、いかに「リアルなトレーニングの場」として提供できるかが重要です。
• 組織開発(OD)の方向性: 失敗を許容する構造を部署や社外派遣などの形で作り、「試行・免責」ができる実験的領域を確保することが重要です。複雑さを縮減する組織の性質に対し、学習のプロセスではあえて「複雑さを拡大」し、探求行為を促進する文化(D&I)が求められます。
5.最後に【人事責任者としての展望】
『何からでも学べる』ということをこのランダムウォークで学ぶことができました。
全く人事とは異なるテクノロジーの領域でしたが、書籍、仲間との対話、合宿を通じてたくさん人事パーソンとしての学びを得ることができました。
元ライフネット生命の出口治明さんの言葉で、人間の幅を広げるもの、学ぶ方法として『人』『本』『旅』と言われていますが、まさにそれが実感できた1年となりました。
10)2040年、人事の「正解」をあえて棄却する勇気 —— 知のランダムウォークがもたらす身体的叡智
藤谷 和弘(ソニーセミコンダクタソリューションズ)
序文:マザーコンピューターの「正解」という陥穽
2040年。井上智洋氏が予見した「純粋機械化経済」が現実のものとなり、人事という職能の様相は一変しているだろう。給与計算や初期選考、あるいは膨大なデータに基づく配属シミュレーションといった「正しさ」を求めるオペレーションの90%以上は、かつて手塚治虫が『火の鳥 未来編』で描いたマザーコンピューターのごとき高度なAIによって完結されているはずだ。
AIは常に、過去の蓄積から導き出された「最適解」を提示する。しかし、我々が今回の「知のランダムウォーク」を通じて辿り着いた結論は、その先にある。未来の人事に求められる究極の専門性とは、AIが示した「最適解」を、人間としての意志と責任において「あえて採用しない勇気」を持つことである。
この逆説的な「勇気」の正体はどこにあるのか。それは単なる論理やデータリテラシーの延長線上にはない。今回の探求で得た確信は、テクノロジーが進化すればするほど、人事パーソンの価値は「体験的余白」と「身体的経験」に裏打ちされた「センス」に集約されるということだ。
1. 身体的経験が駆動する「学びのループ」
我々は往々にして、効率的な知識習得を「学び」と錯覚しがちだ。しかし、AIが生成した最適化されたテキストを消費するだけでは、我々の価値観のOSは更新されない。今回、ポスター作りとメンバーとの対話を通じて見えてきたのは、極めて泥臭く、しかし力強い「学びのループ」の存在である。
それは、自分の中に無意識に築かれた「凝り固まった価値観」が、予期せぬ「身体的実体験」によって揺さぶられ、崩壊することから始まる。理論として知っていることと、現場の空気に触れてその熱量や違和感を肌で感じることは、決定的に異なる。例えば、秩父の織物工場で機械が刻むリズムを聴き、職人の手つきを目の当たりにしたとき、言葉にならない「手触り」が自分の中に流れ込んできた。この身体的な衝撃こそが、既存の価値観を拡張し、新たな発見をもたらす。
このループを回転させることで、我々の内側には「センス」や「直感」という名の、目に見えない知性が蓄積されていく。AIには決して模倣できないこの泥臭いプロセスこそが、情報の洪水の中で本質を見抜く「審美眼」を養うのである。
2. 「行間をオーケストレーションする」センスの獲得
このループによって磨かれたセンスや直感は、ビジネスにおけるコミュニケーションの質を根本から変容させる。それは、情報の断片を理解する能力を超えた、いわば「行間をオーケストレーションする」力である。
人事の現場において、社員が語る言葉の背後にある微細な感情、組織に漂う言語化されない停滞感、あるいは一見すると合理的ではないが爆発的な可能性を秘めた個人の情熱。これらはデータとして入力可能かもしれないが、その「重み」や「文脈」を正しく解釈し、全体の調和へと導けるのは、自身の身体を通して多様な感情を経験してきた人間だけだ。
「正解」がコモディティ化する2040年において、人事に求められるのは機械的な「翻訳」ではない。経営戦略という縦糸と、個人の人生のナラティブ(物語)という横糸を複雑に織り合わせ、AIには見えない行間の意味を「オーケストレーション(調和)」することにほかならない。
3. 「体験的余白」という戦略的熟成
今回の「知のランダムウォーク」が私に与えてくれた最大の気づきは、「体験的余白」の重要性である。
多忙を極める日常において、一見すると目的の見えない寄り道や、自身の業務に直結しない体験は「無駄」と切り捨てられがちだ。しかし、今回の秩父の「糸の微細な乱れが布に奥行きを生む」という職人の言葉がふとした瞬間に「AIの最適解を超えた真の創造性は、計算不能な『ゆらぎ』の中にこそ宿る」というテクノロジーの本の一節と結びついたように、あるいは『火の鳥』の寓話が現代の人事が抱えるAIへの恐怖と結合したように、知は「余白」においてこそ予期せぬ化学反応を起こす。
スティーブ・ジョブズが説いた「コネクティング・ザ・ドッツ(点をつなぐ)」とは、意図的に点を打つことではなく、多くの「余白」を持ち、多様な種を自分の中に蒔いておくことだ。大事なのは、即物的な成果を求めず、知識や経験を自分という器の中で「熟成」させることである。
この「熟成」のプロセスこそが、不確実な未来において、AIの提示する最適解に「待った」をかけるための、深い洞察力の源泉となる。
結びに代えて:2040年へのマインドセット
2040年の人事は、オペレーションの管理者ではない。人と組織の可能性を信じ、データという冷徹な鏡の向こう側にある「生身の人間」を見つめ続ける、いわば「意味の設計者」である。
我々が今から準備すべきは、AIに対抗するためのスキルセットではなく、AIを前提とした上で、それでもなお「人」が介在する意味を問い続けるための、強固な「自らの軸」を磨くことだ。
今回のランダムウォークで得た、身体的体験、センスの練磨、そして余白の熟成。この三位一体の学びを胸に、私はAIと共に歩みながらも、最後には「人間としての勇気」を持って、未来の組織をデザインしていきたい。
V(HR) = ∫ (Strategy × Responsibility + Empathy) dt
この数式に込められた「責任」と「共感」の積分値を最大化することこそが、私にとっての人事の未来そのものである。
11)「知的ランダムウォーク」で考えた、テクノロジーとの付き合い方
藤田 卓(富士通)
はじめに
私たちは今、かつてないほどテクノロジーとの距離が縮まった時代に生きている。私たちはテクノロジーとどう付き合えばいいのか。生成AIを中心に、1年間の知的ランダムウォークを踏まえて考えてみた。
生成AIの本質を理解する
そもそもAIとはどのようなものか。テクノロジーとパートナーとして付き合っていくには、まず相手のことを知ることが何よりも大事である。文章生成AIは「次の単語の出現確率の予測」を繰り返すことで文章を作成している。これは、私たちが人の話を聞いて「次に何が来るか」を予測するのと本質的には同じである。膨大なデータからパターンを学習し、最も自然で適切と思われる言葉を紡ぎ出す。このメカニズムを理解することは、AIが学習データに依拠するがゆえに、誤った認識や偏った情報を提示する可能性を持つことも同時に認識することに繋がる。AIは決して万能ではないと理解し、利用する私たちが常に批判的な視点を持つことが重要である。
また、生成AIを単なるツールとしてではなく、真のパートナーとして活用するためには、いかに「構造化」して指示を出すかが鍵となる。「役割」「背景(目的・対象・状況)」を与え、「出力形式・制約(箇条書き/観点/語調)」まで指定することで、AIの再現性と出力品質を高めることができる。これは、人とのコミュニケーションにおいて、意図を明確に伝えることが成果に繋がることと同様である。
人と生成AIの役割
このように、現在の生成AIはまだ万能ではない (数年で劇的に変化する可能性があるが) 。現状における生成AIと人が担う役割分担をどのようにしていくべきか。「知的ランダムウォーク」でのAIに関するディスカッションを通じ、私のイメージをまとめた。
· クリエイティブ(0から1を生み出すこと):まったく新しいアイデアや概念を創出する作業は、まだ人の領域。何かを創作する際の着想は人が考える。
· マネジメント:アイデアの創出を基に、それを具体的な形にしていくのはAIの得意な領域。作業全体の5~8割(作業内容に応じて変動する)を生成AIに任せ、人はそのプロセスをマネジメントする。
· 判断:最終的な意思決定や、倫理的な判断、微妙なニュアンスの解釈など、細部へのこだわりも含め人ならではの役割。
生成AIが得意なところを理解し、人だからできることを磨き上げていくことが、これから私たちに求められることだと考える。
AIとの「共創」が生み出す未来
この先1~2年の話だと考えているが(さらに先の未来では、ここで述べる以上の劇的な変化が起こると想像できる)、各構造化された作業に対し、質問なしでリアルタイムにアシストするエージェント的AIが生成AIの主流となるだろう。どのような業種のどんな作業であっても、専門家が隣にいるかのように生成AIが的確なアドバイスを提供してくれる。そこではAIが単なるツールではなく、私たちの思考や作業を拡張するパートナーとなる可能性を感じることができるだろう。そして、その恩恵は仕事の面だけでなく、日常の生活においても(例えば、料理や旅行プラン、音楽制作を生成AIと共に行うように)、AIとの対話を通して新たな発見や体験が生まれるだろう。
テクノロジーがもたらす豊かさのその先に
テクノロジーは、人を豊かにしてくれるものだと私は信じている。
AIと共存する世界にあって、人とAIの最も本質的な違いは、人は五感を使って感動できることだ。AIの発展が人の役割を劇的に変化させるであろうことは確かだが、人間固有の感性や体験の価値が失われることは決してない。AIとパートナーとなり、AIが効率化や情報処理を担ってくれることで、私たちはより本質的なクリエイティブ活動や、五感を通じた豊かな体験に時間を費やせるようになるだろう。
私の「知的ランダムウォーク」は始まったばかりだ。今回体験した、考えを収束させず、未知・未踏へ踏み出す体験はとても楽しく、刺激的なものだった。今回AIを仕事以外の遊びの場でいろいろと試し、未知・未踏に少しではあるが踏み出すことができた。まだまだ実践できているとは言い難いが、この体験は、テクノロジーの世界に留まらず、自身の人生における未知・未踏の領域へと踏み出すきっかけを与えてくれた一年となった。
12)「弱さと体感の知的ランダム ウォーク」
松島 悠史(人事院)
「知的…ランダムウォーク…?なんだか怪しい名前だな 」
正直に言えば、この会のコンセプトを最初に聞いたとき、私が抱いたのはこんな率直な気持ちでした。普段の仕事に関係する勉強すら満足にできていない中で、「ランダムに」歩き回る余裕なんてあるのだろうか。本を読んだところで、自分はそこから何か得られるのだろうか――そんなことを悶々と考えていたのを覚えています。
しかし結論から言えば、この知的ランダムウォークの時間は、読んだ本も、交わした議論も、体験したことも、いずれも今の自分に大切な気づきにつながりました。そしてそこで起きたことは、まさに「知的ランダムウォーク」という言葉でしか表せない経験だったとも思っています。その結果として私は、この一年間を通じたランダムウォークの経験から、「様々な要素をつなげて未来に向かうために、“弱さ”と“体感”をシステムとして実装していく」という自分なりの指針に行き着きました。以下では、私がどのようにランダムウォーク をし、どのようにこの結論に至ったのか、その過程を順を追って説明していきます。
1 AIが実装された未来のイメージ――井上智洋『純粋機械化経済 頭脳資本主義と日本の没落』
井上智洋さんの『純粋機械化経済 頭脳資本主義と日本の没落』を題材にした議論では、「AIが実装される未来」をこれまで以上にリアルに考える機会となりました。AIについて考えること自体はこれまでも多くありましたが、書籍で描かれている 未来像に加え、組織や人事を扱う参加者との対話を通じ、より具体的で鮮明なAIとの共存イメージが浮かび上がってきました。中でも特に印象に残ったのは次の二点です。
・ロジカルで合理的な判断はAIが最も得意とするところ。だとすれば、人間の価値は“弱さ”や“欠落”から生まれる、予測できない非合理性にあるのではないか(ただし、その“非合理さ”すらAIが学習してしまう未来も想像できる)。
・言語化された情報は、いずれAIがすべて把握し活用できるようになる。では、人間の価値は言語化以前の、体感に基づく細やかな情報から生まれる“勘”のようなものにあるのではないか(もっとも、フィジカルAIが発達すれば、その領域もAIが補ってしまう可能性もある)。
2 弱さや余白こそ協働の結節点になる――岡田美智男『弱いロボットから考える』
前述の1つ目、人間の価値は“弱さ”や“欠落から生まれるという点に関して、ある種の答えを示してくれたのが岡田美智男さんの『弱いロボットから考える』でした。人と協働するために、あえて「不完全」で「不完結」に設計されたロボット。ロボットが不完結だからこそ周囲の人が手を差し伸べられ、その結果、一人で完結するよりも多くのことが実現できる。このコンセプトと実際のロボットの姿に触れたとき、先に考えた“非合理ゆえの人間の価値”の具体像を見たように感じました。
興味深いことに、この気づきは同時期に読んでいた國分功一郎さんの『暇と退屈の倫理学』ともつながりました。そこでは「暇」は人生の余白であり、その余白こそが他者や世界とのつながりを生むものとして描かれていました。
これらの気づきを経て深く考えたことは、「いかに自分を完結させない形をつくるか」ということでした。不完全だからこそ他者が関われる。余白があるからこそ外の世界が入り込める。そこに“人間の価値”の一つの答えがあるのではないかと考えたのです。
3 体感の情報的価値――秩父での体験と『学習の生態系』
AIの議論で浮かび上がったもう一つの論点、「体感による言語化以前の細かい情報」についても、 強く印象づけられる出来事がありました。それが夏に訪れた秩父での経験です。
秩父へ向かう前、「なぜ秩父なのか?」と半信半疑でした。AIや未来、組織・人事を考えている最中に、そこに行って何か得るものがあるのだろうかと思ったのです。しかし実際に秩父の地に足を踏み入れた瞬間、その疑念は消えました。駅に降り立った瞬間、街を歩く中で、そして秩父の歴史に触れる中で、文字情報からは決して得られなかった“異様なパワー”のようなものを感じたのです。
それは「固い地盤に囲まれ外界から閉ざされた盆地」「象徴としてそびえる武甲山」「独自の発展と生糸を通じた海外との商業文化の融合」など、さまざまな要素や歴史が折り重なって形づくられたものなのだと思います。しかし、どれか一つの説明では捉えきれない感覚でした。こうした複雑な情報を肌で受け取り、自分の中で混ざり合わせて“感じて”いるという事実 は、人間特有の機能に思われます。この感覚は、AIがフィジカルなセンサーを持ったとしても、歴史や個々の経験と結びついた“体感”としては、人間ならではの領域として残るのではないかと考えました。
この思いは最終テーマ『学習の生態系』にも重なります。人の学びは「何を学ぶか」よりも「どんな場に身を置くか」に左右される――まさに、言語ではなく体感によって形成される部分が大きいのだと実感しました。
4 まとめ
こうした「ランダムウォーク」の経験を経て、AIが実装された未来の中で人間の価値をどう体現するかを考えると、鍵となるのは“弱さ”と“体感” だと感じました。
そして、この期間に読んだもう一冊、マシュー・サイド『多様性の科学』がその思考をさらに深めてくれました。その本の中では、組織における多様性の重要性を具体的に明示しつつ、一方でその重要性を実際の組織の中で機能させるためには、具体的な仕組みをどのように設計するかで結果が全く異なることが解説されていました。上述した“完璧”ではない多様な人々の知見を集めることの有益さは単にそれを理念として掲げるだけでなく、それを可能にする“システム”をどういうものにするかを考えるところが重要な鍵であるということを考えたのです。
これらの検討や思考を経て、私はこの期間のまとめとして、「様々な要素をつなげて未来に向かうために、“弱さ”と“体感”をシステムとして実装していく」という結論に至りました。これは最終解ではなく、これからの実装と思考を導くための仮説でもあります。この仮説を携えて、次の実践へ進みたいと思っています。
13)AI時代における人事職の価値について考える
N.M(花王)
1 はじめに
以下では、読書・講義での対話・合宿・チーム内対話・合宿での体験などの3D読書を通じて得た学びと、それによる自らの知見の広がりを考察として記載する。各ユニットおよびチーム内での推薦で読んだ論文にも触れる。
2 第1ユニット:井上智洋先生
2.1 講義等からの学び
第4次産業革命下ではデジタル空間が実空間を制御し、知識労働のAI化と不定形な肉体労働のロボット化が進む。世界が頭脳資本主義へ移行するなか、科学技術の進展は制度設計と一体で進める必要がある。人間の固有性は「悟性」「クオリア/身体性」「概念操作」等にあり、これらを要する価値判断の領域は人間が担い続ける可能性が高い。AIは感情や欲望のクオリアを持たないため、完全な身体性を代替することは難しく、それゆえ「悟性」の再現が難しい。
2.2 考察
ピープル・アナリティクスの活用が進むなか、組織文脈を踏まえたアルゴリズム設計と人事の現場知を統合することが重要となる。観察と対話に基づく現場理解を結びつけて最適解を導くためにはデータのみでは不十分であり、「悟性」の発揮が不可欠である。したがって、今後の人事職において「悟性」は非常に重要な資質であると考えた。
3 第2ユニット:岡田美智男先生
3.1 講義等からの学び
弱いロボットの「不完結さ=余白」は参加と解釈を誘発し、共創を促す。利便性への偏重は主体性の喪失につながりうることを理解し、弱さの開示・敬意・大義の共有等を通じたコンヴィヴィアルな関係の価値、つまり他者を生かす営みが結果として自らを生かすということを認識する必要がある。弱さを周囲との調整で補う過程そのものがコミュニケーションとなる。
3.2 考察
組織や業務における余白は組織内コミュニケーションを活性化させる因子となりうる。不完結さをどの領域にどの程度残すかは、マネジメントや人事職のセンスや判断によるところが大きい。一方で、なれ合いやフリーライド防止のために、ミッション・ビジョンの腹落ち感や評価制度等の併走も必要と考えた。
4 秩父合宿
新啓織物では織元新井啓一さんの半木製の力織機と一体となったほぐし織りの技に圧倒された。影森養蚕所では養蚕家久米悠平さんの蚕への愛情と誠実さが胸に残った。秩父駅周辺のレトロモダンで活気ある賑わいを見て、次回は家族と訪れたいと思った。合宿を通じて街やモノづくりの背後にある関係者の想いに触れることで、ストーリーは共感と継続的な関係を育むうえで重要な要素であると感じた。人事職として組織文化や社員体験を創造するうえでの示唆を得た。
5 第3ユニット:福島真人先生
5.1 講義等からの学び
新参者の試行錯誤を通じた学びの場として「実験的領域(正統的周辺参加)」の価値は高い。一方で、安全化や標準化が進むほど、実験的領域は減少しやすい(安全化のパラドックス)。そのため、高信頼性組織では希少な学習機会として、失敗・ヒヤリ・ハット報告を称揚・活用するとともに、失敗時の措置(意思決定主体の柔軟化や免疫的措置等)を講じ、組織の継続性を高めている。
5.2 考察
顧客要求の高まり・内部統制・DX化等により実験的領域は縮減していくことが想定される。これを前提としたうえで、研修、QC等の業務外活動、中核業務を担当する前のキャリアパスを設計することは、マネジメントや人事職の見識やセンスが問われると思われる。また、仕事を学習の機会としてとらえたとき、学習資源にあたるポジションは有限であることから、職務遂行から自律的に学びを深められる資質は人財配置を考えていくうえで重要と考えた。
6 自主学習:The rise of people analytics and the future of organizational research (Jeffrey T. Polzer)
自主学習として読んだ論文から、新しいテクノロジーやデータソースにより、能動的(サーベイ・実験)及び受動的(メール・チャット・会議記録・業務ログ・位置等)データを活用したピープル・アナリティクスが急速に進化していることを学んだ。ピープル・アナリティクスの核となるアルゴリズムの設計においてはバイアスの排除や透明性と精度のトレードオフの最適化といった高度な問題群があることを理解した。アルゴリズム次第で、ピープル・アナリティクスが支配・対話のツールのいずれにもなりうることを踏まえて、「組織の中心は人である」という大原則を保持することの重要性を再認識した。
7 まとめ
ピープル・アナリティクスの活用が加速していくことが想定されるが、1年間の学びを通じて組織への人事職の貢献余地は大きいと感じた。適切なアルゴリズムの開発や運用には、組織や人への深い理解が不可欠だからである。また、組織の持続性を高めるためには、余白がもたらすコンヴィヴィアリティや、学習資源の確保といった、データで把握することは難しいものの重要な要素があることも理解できた。そのため、ピープル・アナリティクスを活用しつつ、今後も「悟性」を発揮して現場起点で組織現象を読み解く力は人事職の中核能力であると考えた。今後においても、このような課題認識をもちながら、社員にとって働き甲斐のある豊かな職場体験を創造できるように学びを続けていきたい。
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