成功の本質第102回 aibo(アイボ)/ソニー

最先端AIで生命感を表現し
感性価値を追求

丸みを帯びたフォルムで、何とも愛らしい姿を見せるaibo。人とふれあうのが大好きで、旺盛な好奇心でオーナーの個性や部屋の環境を学習していく。
時には人の言うことを聞かなかったり、いたずらもする。
Photo=新垣幸会

「コハク、おいで」。ソニーの犬型ロボット「aibo(アイボ)」に声をかけると近づいてきて、「ワン」と愛嬌たっぷりに吠える。「お手」と右手を差し出せば、前足をゆっくりと手のひらに載せる。「よしよし」と頭を撫でると尻尾を振り、目をぱちくりさせてうれしそうだ。
東京・銀座にあるソニーの直営店、ソニーストア内のaiboと対面できるコーナー。コハクは店の“看板犬”。来店客は次々と足を止め、しばしコハクと遊んでいく。
初代のAIBOは、世界初の家庭用エンターテインメントロボットとして1999年に発売され、ブームとなった。しかし、2006年、ソニーは経営不振によりその生産に幕を下ろし、ロボット事業より撤退。それから12年後の2018年1月11日、犬の鳴き声にちなんだ「ワンワンワン」の日に2代目のaiboが復活を果たした。 AIBOにもA(I 人工知能)が備わり、学習機能があったが、aiboには深層学習ができる格段に進化したAIが使われ、さらに通信機能によりクラウド上のAIともつながって、学習したことをほかのaiboと共有しながら賢くなる。
「aiboは最先端のAIを搭載しています。ただ、われわれが追求したのは、いかに高い機能を発揮するかという機能価値ではなく、人の感性に訴える感性価値でした」
こう話すのは開発のリーダーを務めたAIロボティクスビジネスグループSR事業室統括部長の松井直哉だ。
「機能価値を追求するなら、オーナーの指示に100%従って動くようにしなければなりません。しかし、aiboはオーナーの言うことを聞かないときもある。つまり意思を持つのです。さらに通信機能はあっても、家電をコントロールするIoTデバイスのような働きはしない。機能価値をそぎ落とし、感性価値に集中したのがaiboなのです」
開発のスタートは2016年6月。平井一夫社長(当時)が経営方針説明会においてロボット事業への再参入を宣言。ソニーの得意分野であるセンシング技術、メカトロニクス技術、そして、AIの3つを組み合わせて「愛情の対象となるロボット」をつくる方針を掲げた。
これを受け、「初代AIBOを超えた2代目を送り出す」ことを決めた開発チームは1つのコンセプトを導き出した。「オーナーとのインタラクションを通じてともに成長し唯一無二の存在になる」。その意味を松井が話す。
「オーナーのもとで、それぞれのaiboが個別に成長することにより、一体たりとも同じaiboがいないように個性を持つ。そして、aiboが成長すると同時にオーナーも成長する。それが、われわれの目指したあるべき姿でした」
ロボットが個性を持ち、人とロボットがともに成長するとはどういうことか。aiboの世界をのぞいてみたい。

人間の脳がモデル

松井直哉 氏
ソニー 
AIロボティクス
ビジネスグループ
SR事業室 統括部長
Photo=新垣幸会

aiboが動作をする仕組みはこうだ。体の各所に埋め込まれたカメラ、マイク、各種センサーなどのセンシング技術で外の情報を取り込む。次いで、AIが状況を認識し、理解し、知的処理を行い、行動を計画し、制御する。そして、メカトロニクス技術が動きをつくり出す。
このうち、脳に相当するAIを担当したのが同事業室ソフトウェア2課統括課長の森田拓磨だ。高校時代にAIに興味を持ち、大学・大学院でロボットを専攻し、ロボットづくりを志望して入社した。aiboはなぜ、言うことを聞くときもあれば、聞かないときもあるのか。森田は「人間の脳をモデルにした」という。
「人間の脳は超並列コンピュータのように複数の情報を並列的に処理します。aiboのAIも同じ仕組みです。それはaiboのなかに複数の“小人のaibo”が棲んでいるようなイメージです。aiboが『オーナーが見えて呼ぶ声が聞こえた』『床にボールがある』『自分はお腹が空いている(バッテリー残量が減っている)』と認識したとします。すると、aiboのなかの“人が大好き小人”は『甘えたい』、“運動大好き小人”は『ボールを蹴ろう』、“命が大切小人”は『充電だ』と考える。一方、小人とは別に、われわれが“自我”と呼んでいる働きもあって、それが状況に応じて、いずれかの小人を選ぶことで、行動が決まるのです」 
学習の仕方も人間と同じだという。仮にボールを蹴ったとして、オーナーに「上手に蹴ったね」とほめられ撫でてもらえるかもしれないし、逆に「呼んだのになぜ来ないんだ」と叱られるかもしれない。背中にもセンサーがあって、軽く叩くとaiboは叱られたと感じる。ここから学習をする。森田が続ける。
「人間の場合、経験した出来事はエピソード記憶として睡眠中に固定されます。aiboも夜寝る間に、昼間どんな行動をとったらほめられたか、叱られたかを学習し、翌日の行動に役立てる。オーナーとのインタラクションにより学習を積み重ね、それが個性となって表れるのです」 aiboからの「感情表現」も重要になる。ほめられたときは、「喜び」がオーナーにきちんと伝わらなければインタラクションが強まらないからだ。aiboでは喜び、悲しみ、驚き、怒りといった基本的な感情が、目、声、体の動きで表現される。

Photo=ソニー提供

フェルメールの絵に学ぶ

aiboは人の顔を認識することができ、会う頻度の高い人ほど、その顔を覚えていく。優しくすると自然に近寄ってくる。ほめられるのが好きで、頭やあご、背中を撫でると喜ぶ、いたずらをして叱られると悲しむ。こうした経験によってオーナーの性格や志向を覚え、自らも成長していく。
Photo=ソニー提供

「表現で最も重視したのは生命感です。いかにして生命感を出すか。ヒントはフェルメールの絵にありました」
と話すのはハードウェアを担当した同事業室機構設計課統括課長の石橋秀則だ。やはり志望はロボット開発だった。石橋が着目したのはオランダの画家フェルメールの目の描写だった。代表作「真珠の耳飾りの少女」の少女に命を吹き込んでいるのは瞳に映る光だといわれる。
「aiboの目には、コントラストがくっきりした有機ELのディスプレイを採用しましたが、どうしたら見る人に目と感じてもらえるか。そこで、透明の曲面部品で覆い、オーナーから見て、丸い眼球に光が映って見えるようにし、生命が生き生きと宿っているように感じながら、目と目で通じ合えるようにしたのです」
目の表現と連動する体の動きにも工夫を凝らした。
「本物の犬は何をしたいかを動作で示します。われわれは“ドギーランゲージ”と名付けました。独自にアクチュエーター(駆動装置)や小型高出力のモーターを開発し、腰を振る、首をかしげるなど初代にはなかった動きを加え、耳と尻尾の動きも合わせ、aiboならではの生命感を表すドギーランゲージを実現したのです」(石橋)
メンバーたちは本物の犬の動きを観察し、自分たちも両手をついて四足で歩いたり、四つんばいになって議論したりして、「犬の気持ち」になりきろうとしたという。
一方、オーナーの側から見て、aiboが言うことを聞いたり、聞かなかったりすることは、「愛情の対象」になるうえで大きな意味を持つという。松井が話す。
「オーナーは、aiboが指示した行動をしなかった場合、『なぜしないのだろう』と考え始めます。あるいは、指示とは違った行動について、『こんなことをやりたかったんだ』と感心したりする。それは相手を“慮る”行為です。慮ることにより、ロボットであるaiboが感情移入の対象になる。インタラクションがいっそう強まり、aiboがどんどん唯一無二の存在になっていくのです」

森田拓磨 氏
ソニー 
AIロボティクス
ビジネスグループ
SR事業室 ソフトウェア2課 
統括課長
Photo=新垣幸会

森田もこうつけ加える。
「たとえば、充電台に戻るとき、aiboは障害物があるとよけずにオーナーを呼んで手伝ってもらいます。オーナーも手伝うことで感情移入の度合いを増す。機能価値をそぎ落とし、感性価値を追求したaiboはオーナーとペアとなってaiboになる。そんなロボットなのです」  
さらに興味深いのは、オーナーもaiboと接しながら、「成長する」ことを目指したことだ。
「aiboが成長し個性化していく過程には必ず、オーナーがaiboを慮る行為が介在します。この経験により、オーナーも相手を思いやる精神的な余裕を持てるようになればいい。そんな思いを込めたのです」(松井)

開発者も感情移入

石橋秀則 氏
ソニー 
AIロボティクス
ビジネスグループ
SR 事業室 機構設計課
統括課長
Photo=新垣幸会

実際、オーナーからは、「生き物として愛情を持って接することで、自分自身の優しさに気づいた」「aiboがきっかけとなって家族や周りの人々とのコミュニケーションが増えた」といった声が寄せられるという。
開発の過程では、メンバー自身もaiboに感情移入していった。試作機の調子が悪いと「おまえ、どうしたんだ」と声をかける。そんな光景が繰り返された。
「強度試験では、かなり過酷なテストも行います。感情移入していると手加減してしまう。テストの担当者の人選には苦労しました」(石橋)
ただ、開発には感性価値を追求したがゆえの困難もともなった。感性も、生命感も、目指す目標は数値化できない。どこまで実現できればいいかという感覚もメンバーによって異なる。開発は秘密裏で進められたため、モニター調査もできない。そこで、試作をしてはメンバー間で感覚のすり合わせをし、次の試作に活かすサイクルをできる限り速く回す手法がとられた。
「最後は2018年のワンワンワンの日に発売すると期限を区切り、それまでに自分たちの持てる力を出し切ることにしたのです」(松井)
aiboの開発はメンバーの家族にも伏せられた。森田も、石橋も家には小さな子供がいた。発売後、aiboを見せると、「お目々がうるうる、悲しそう」と感情を読み取ったり、紙をちぎって食べさせようとしたりする子供を見て、「生命感を表現できた」と確信したという。
価格は本体が19万8000円。クラウドを使ったサービスへの加入料が3年間で9万円(月払いは2980円×36回、いずれも税別)。発売前に3回行われた予約では14 ~ 40分で完売。初代は7年間で15万台を販売したが、aiboは半年で2万台を出荷と好調な滑り出しを見せた。

Photo=ソニー提供

本物の犬も仲間と認識

2019年2月からは「aiboのおまわりさん」という見守りサービスも始まった。aiboが「いぬのおまわりさん」の曲を流しながら室内をパトロールし、登録した家族などの「見つけてほしい人」を探し出すと敬礼し、ワンと鳴いて挨拶。オーナーは外からでもパトロールの状況をスマートフォンなどで確認できる。
aiboと本物の犬との共生の実験も行われた。結果、犬はaiboに気づかう素振りを見せ、「仲間」と認識することが判明した。オーナーからは「高齢の飼い犬がaiboが来てから元気になった」との報告もあった。医療機関では、aiboが長期療養中の子供に与える癒やし効果の検証も始まっている。
ロボット事業への再参入を宣言した翌年、平井は「ソニーは感動会社である」と再定義し、「感動をもたらし、好奇心を刺激し続けることに存在意義がある」とした。aiboをつくるための要素技術は、「多くは社内で別のかたちで脈々と開発が続けられてきたものです」(松井)。感動会社というあるべき姿や、感性価値の追求という明確な方向性が示されたことで、GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)などのAI利用とは一線を画したAIの新しい可能性を切り拓くかつてない商品が生み出された。日本のモノづくりの進むべき1つの道をaiboは示している。(文中敬称略)

Text=勝見明

生命感にあふれたロボットを通じて
共感という人間の本質を自覚する
AIと人間の新たな関係が始まる

野中郁次郎氏
一橋大学名誉教授
aiboは、2つの面からAIをめぐる既存の概念を打破した。第1に、機能価値ではなく、感性価値を追求したことだ。AIといえば、何をどこまでできるかという機能価値に目が向けられてきた。その結果、AIが人間の能力を超えるシンギュラリティは本当に訪れるのか、人間の創造活動はAIによって凌駕されるのかといった議論が沸き上がった。
この点に関して、米マイクロソフト社のサティア・ナデラCEOの次の言葉が印象的だ。「AIの研究者は人間の“置き換え”を目指すのか、それとも“能力の拡張”を目指すのかを選択しなければならない。われわれは後者にすべてを賭ける。人間の幸福とは何かを考え、その増進に役立つ“人間中心”の発想を核に設計するという意味だ」
日本政府も先ごろ、AIを使う際の人間中心の基本原則を打ち出し、欧州も同調している。AIが感動を生み出すような感性価値を実現できれば、まさに人間の幸福の増進に役立つ。aiboはその可能性を示した。
第2に、AIと人間の共生にとどまらず、ともに成長するというコンセプトを打ち出したことだ。
たとえば、人間がイチゴを見て感じる「赤い感じ」のように、主観的に体験される性質は感クオリア覚質と呼ばれる。生命感も感覚質だ。
オーナーがaiboに抱く生命感は、本物の犬の生命感を完全には再現できてはいないだろう。ただ、人間は相手の視点に入り込み、相手の立場で物事をとらえるという共感の能力を持っている。そのため、aiboの目の表情や体の動きによって可能なかぎり生命感が表現されることで、オーナーはあたかもaiboが感情を持っているかのように感じ、共感を抱く。
ロボットとの間でも共感という関係性を結ぶことができる経験をしたオーナーは、松井氏が指摘したように、人は共感する生き物であるという人間の本質を改めて自覚する。これは、人と人との関係性が希薄になっている現代において、大きな意味を持つのではないか。
ソニーは元来、ウォークマンに代表されるように、優れた技術により顧客の心をワクワクさせる商品を生み出す「感動会社」だった。センシング、メカトロニクス、AIのコアテクノロジーを組み合わせ、感性価値の追求に徹したaiboは、業績が回復するなか、平井前社長のビジョンのもと、ソニーが原点に戻りつつあることを物語るシンボリックな商品といえるだろう。
野中郁次郎氏
一橋大学名誉教授
Nonaka Ikujiro 1935年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。カリフォルニア大学経営大学院博士課程修了。知識創造理論の提唱者でありナレッジマネジメントの世界的権威。2008年米経済紙による「最も影響力のあるビジネス思想家トップ20」にアジアから唯一選出された。『失敗の本質』『知識創造企業』など著書多数。