成功の本質第90回 グッジョバ!!/よみうりランド

遊園地でモノづくりを学ぶ
異色の新施設に長蛇の列ができる理由

よみうりランド内にあるグッジョバ!!の様子。新宿駅から最寄り駅まで25分、そこから専用ゴンドラで5分。アクセスのよさも売りだ。
Photo=編集部

取材は45分待ちの列に並ぶことから始まった。遊園地よみうりランド(東京・稲城市)に2016年3月、誕生したモノづくり体験型エリア「グッジョバ!!」。「GOOD JOB ATTRACTIONS」の略で、独自開発のアトラクションを通じて、遊びながら各種製品の製造工程が学べるという趣向だ。開業(1964年)以来最大の約100億円が投じられた。
旧駐車場の敷地は2万4000平方メートルと東京ドーム半分ほどの広さ。CAR(自動車)、FOOD(食品)、FASHION(アパレル)、BUNGU(文具)の4業種の工場をイメージした施設(factory)が並び、それぞれに協力企業の日産自動車、日清食品、ワールド、コクヨの社名が掲げられている。この施設内で15のアトラクションと入園者参加型の4つのワークショップを楽しむことができる。
訪れたのは4月初め。春休み中で各アトラクションの前には入場待ちの列ができていた。クルマの車体に好きなデザインの部品を取りつけ、乗って試験走行ができる「カスタムガレージ」(49Pの写真)や、「日清焼そばU.F.O.」の製造・調理工程の流れを体感できる急流下りボートアトラクション「スプラッシュU.F.O.」は人気で120分待ちだ。
そこで、待ち時間45分と比較的短いBUNGUへと向かった。コクヨの代表的商品「キャンパスノート」の製造工程を題材にした「キャンパスチャレンジ」に挑戦してみることに。紙の運搬から表紙付け、検品まで、工程ごとに設定されたゲームをクリアしてノートを完成させる。「全工程をクリアできる人は1日に1人いるかいないかです」との係員の説明通り、かなりの反射神経が必要だが、その難しさが逆に面白く、「もう一度」という思いがわく。エリア内を一通り見た後、インタビューへ。
「コクヨ館、行かれましたか。入り口のテレビ画面に、実際の工場の各工程の映像が流れていたでしょ。小学生の夏休みの自由課題のテーマになるくらいの情報が入っているんです」
得意げに語るのはグッジョバ!!の発案者、関根達雄会長だ。親会社読売新聞の出身。執行役員制作局長だった2006年、よみうりランドの社長の急逝を受け、急遽、異動し、翌年社長に就任(2014年より会長)。当時、年間入園者数は60万人台と最盛期から半減。閉園してショッピングセンターを建てる計画が進んでいた。それが2016年度にはグッジョバ!!効果で193万人を記録した。元経済部記者による遊園地再生の軌跡をたどる。

赤字のアシカショーでの気づき

関根達雄
よみうりランド 代表取締役会長
Photo=勝尾 仁

着任時、関根は園内でよく足を運ぶ場所があった。経費がかかり、いちばん赤字を出していたアシカショーだ。閉園したら飼育員たちはどうなるのか......思い悩みつつショーを見ているうち、ふと、ある思いがよぎった。
数字的には赤字でも園でいちばん奮闘しているのは、むしろ、ショーの実演に加え、昼夜アシカの世話や訓練をしているこの飼育員たちではないか。もし、ほかの社員たちの働き方も同じレベルに引き上げられれば、困難を乗り越えられるのではないか。目指す方向さえ示せば、今は眠っている社員たちの意識を目覚めさせることができるかもしれない。もう一度、遊園地に賭けてみよう。そう決意したとき、浮かんだのは記者時代、目にしてきたモノづくりの現場の光景だった。関根が話す。
「私は工場見学に行くと、立ち入り禁止区域にまで興味を持つほど、現場が面白かった。モノづくりも、アミューズメントも、面白さの本質は同じではないか。そこには人間の知恵が詰まっている。両方を合体させ、お客さまに面白いと思ってもらえたら、日本が誇るモノづくりへの理解も深まる。遊園地がそのステップになるなら存在価値がある。その気づきから始まりました」
子供向けの職業体験施設「キッザニア」はサービス産業が中心。モノづくりがテーマなら違いが出せると読んだ。関根は、アミューズメント畑を歩んできた曽原俊雄・遊園地事業本部企画・宣伝部長に指示を出した。「各地の工場を見てくるように」。2009年のことだ。ただ、理由はあえて示さなかった。曽原によれば、「指示は、モノづくりを学べ、その一点でした」。
以降、工場見学は3〜4年続いた。見学後は一緒に回った関根との議論が待っている。十分に答えられないと同じ工場に2度、3度行かされた。自分の仕事とどう関係するのか、疑問がわき上がる。「そろそろ爆発寸前か」。関根は頃合いを見て、目指す方針を伝えた。その理由をこう語る。
「初めに『遊びと学びの合体』というコンセプトを示したら、工場を見ても『遊び』の面ばかり注目してしまったでしょう。モノづくりとは何か。現場には答えがある。それを見てほしかったのです」

カップヌードルの逆転発想を学ぶ

モノづくりとアミューズメントの合体。それをどう具現化するか。開発リーダーとなった曽原の苦闘が始まる。企業を回り、協力を求める。製造の独自の技術まで教えてもらわなければならないが、前例がなく、示せるのはコンセプトと想定図だけ。多くの企業に断られるなかで、賛同を得られたのが前出の4社だった。結果的にモノづくりを身近に実感できる業種が揃った。次いでアトラクションづくりでもハードルが立ちはだかる。
「たとえば、CARのカスタムガレージです。お客さまが自分でつくった乗り物に乗るのは安全上難しい。もし走行中にパーツが落ちたら、トラブルになりかねません。ただ、クルマづくりはグッジョバ!!のコンセプトをいちばん体感できる。磁石による吸着と電動ドライバーによるネジ締めで安全性を追求しました」(曽原)
試験走行のゴールは輸出船の船倉。「クルマづくりは輸出産業として国を支えるという学びを入れたい」との関根の強い意向によるものだった。
この遊びと学びのバランスも課題となった。スプラッシュU.F.O.は焼きそばの工場内を流れる急流をボートで下る途中、映像ゲームがあり、製造を邪魔する悪者「ケトラー」と戦いながら進む。麺を揚げる油の温度は150度。ケトラーが温度を下げようとするのを防ぐことで、揚げる適温を知る。巨大なカップが上から降りてくる場面もある。そこには日清食品の創業者・安藤百福がカップヌードルを発明した際、生産ラインで麺をカップに入れるより、カップを麺の上からかぶせるほうがうまく収まることを発見した「逆転の発想」が秘められている。
「私も適宜アドバイスし、結果的に遊びと学びが7対3ぐらいになるようなバランスになりました」(関根)
「学び派」の関根が特に推進したのがワークショップだった。「ドライビングラボ」は、初対面の参加者がチームを組んでクルマの模型を組み立て、タイムを競う。互いに役割を明確にしてタイムを短縮させ、「カイゼン」を学ぶ。「わくわくファッションラボ」は、ミシンで作品を縫ったりする。「遊び派」の曽原は当初、「参加者がいるだろうか」と不安を抱いたという。
「学びの要素が強く、追加料金が必要で時間も30分くらいかかるからです。ところが、やってみたら大盛況で予約はすぐに埋まる。何よりうれしかったのは、親子三世代のお客さまで、ミシンを教えてくれるおばあちゃんにお孫さんが尊敬の眼差しを向けていたことでした」(曽原)

Photo=よみうりランド提供

照明イベントで入園者倍増

曽原俊雄
よみうりランド 遊園地事業本部 企画・宣伝部長
Photo=勝尾 仁

関根がモノづくりをテーマにしたのは、「日本の製造業の全盛期を支えた世代が孫の世代と一緒に対話ができるような場に」と想定した面もあった。実際、三世代での来園が増えたという。
アトラクションも、ワークショップも企画力が問われる。その企画力を高めることができたのは、園の再生に向け、関根がもう1つ注力した「人づくり」によるところが大きかった。当初は新設備に投資する余力がなかったため、各種イベントで集客力を高める戦略がとられ、スタッフには知恵を絞ることが求められた。なかでも大ヒットしたのが2010年から始まった冬期のイルミネーションサービス「ジュエルミネーション」だった。宝石をテーマにしたLED照明により、幻想的な夜の遊園地を演出する。毎年趣向を変えながら、スタッフは企画力や接客力を磨いていった。まばゆいほどの輝きは大反響を呼んで入園者数も右上がりに転じ、開始5年で2倍にまで増えた。曽原が話す。
「低迷していたころは士気が上がっていませんでした。それがパートやアルバイトまで、どんどん生き生きとした表情になっていきました」
グッジョバ!!の誕生に至るプロセスを、関根は「二段ロケット」と表現する。
「イベント戦略がこれほど当たらなかったら、factoryも1館、2館と順次追加していくやり方をしたかもしれません。でも、それではインパクトがない。資金的にも、社員の能力的にも準備が整ったからこそ、『二段ロケット』のように、100億円の投資ができ、これまでにない新しい施設を4館同時にオープンすることができたのです」(関根)

協力企業の本気を引き出す

パッケージのデザインと具材、トッピングを選び、外観も味もオリジナルの「日清焼そばU.F.O.」をつくるワークショップ「マイU.F.O.ファクトリー」の様子
Photo=よみうりランド提供

モノづくり体験をよりリアルにするにあたっては、協力企業の尽力も大きかった。FASHION の屋内型コースター「スピンランウェイ」の製作中、順番待ちスペースの壁に大きな空白面ができてしまった。するとワールド側から提案があった。
「若いデザイナーに何か描かせましょう」。「ならば子供たちの感性をハッと刺激するようなものを」とオーダーすると、「デザイナーの頭の中」と題した幾何学模様の絵が出てきた。ある女性デザイナーが服をデザインするときに浮かぶイメージを描いたものだった。
「説明をつけるかどうか悩みました。でも本物にこだわる企業だからこそ出てきたものです。子供たちの感じるままに任せました」(曽原)
スプラッシュU.F.O.でも、焼きそばが完成するゴール近くで本物そっくりの匂いが漂い、リアル感を演出する。これも日清側の技術者の発案で、匂いが瞬時に拡散し、そして消える特別の仕かけをこのためだけに考えてくれた。協力企業から本腰の協力を得ることができたのも、ひたすら工場を回り、モノづくりの現場を学ぼうとした日々があったからだろう。本質を追究する姿勢が協力者たちの本気を引き出し、かつてない新しいものを生み出す。グッジョバ!!の成功は、そんな「GOOD JOB」の原点を示している。(文中敬称略)

Text=勝見 明

「遊びと学び」をいかに結びつけるか
徹底した現場主義がバランス感覚を磨く

野中郁次郎氏
一橋大学名誉教授
モノづくりと遊園地は既存の常識では結びつかない。関根会長が最初から言葉で説明しても理解は得られなかっただろう。そこであえて説明せず、曽原氏をモノづくりの現場に通わせた。現場を経験するほど、身体(五感)を通じてモノづくりについての暗黙知が蓄積され、引き出しが増える。
やがて、新施設を開発する段階へと移る。言葉 では表現できない暗黙知を、コンセプトや図面で表される形式知へと変換するのは容易ではないが、暗黙知の引き出しの数が多いほどコンセプトや図面の質は高まる。関根会長が「現場には答えがある」と通わせたねらいはここにあった。
新しいアトラクションをつくるうえでも、現場での経験は大きな意味を持った。遊びの楽しさは身体を通して無意識に感じるものだ。そのなかから「モノづくりとはこういうことか」と意識すると学びになる。この遊びと学びの割合も難しい。モノづくりの現場で感覚が磨かれたことで、どの部分をどのようにアミューズメントに取り入れたらバランスがとれるか、的確に判断できた。
ところで、関根会長には新聞社の資材部長時代、こんな逸話がある。印刷用の大きなロール紙は芯に歪みがあると輪転機を回しているうちに回転が乱れてしまう。ベテランは回転する紙の表面を触っただけで歪みを感じ取れる。関根会長はその感触がわかるまで現場に通い続けた。つくり手と同じ感覚を共有したからこそ、モノづくりの面白さを実感できた。アシカショーの飼育員たちこそ「いちばん頑張っている」と見抜いたのも、外から傍観するのではなく、内に入り、相手と同じ目線に立って働きぶりを感じ取り、共感したからだ。
閉園が検討されたなかで、「遊園地でモノづくりが体験できる」施設なら、世代を超えて支持されると判断できたのは、自身、他者との共感に基づく本質直観力に長けていたからだろう。
共感は相手と自分の思いを重ねるなかで生まれる。そこには暗黙知の共有がある。グッジョバ!!の開発もトップと部下がモノづくりの暗黙知を共有するところから始まり、それを「われわれの思い」に磨き上げ、遊園地で表現しようとした。協力企業の技術者たちからも、共感を通して知を引き出し、イベントなどで培った知も駆使して成功に導いた。よみうりランドの再生は知識創造の実践にほかならない。
野中郁次郎氏
一橋大学名誉教授
Nonaka Ikujiro 1935年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。カリフォルニア大学経営大学院博士課程修了。知識創造理論の提唱者でありナレッジマネジメントの世界的権威。2008年米経済紙による「最も影響力のあるビジネス思想家トップ20」にアジアから唯一選出された。『失敗の本質』『知識創造企業』など著書多数。