成功の本質第88回 結い2101/鎌倉投信

「いい会社」に投資して「資産×社会×心」の形成を目指す

鎌倉東新の本社。自然や伝統文化に恵まれて、日本のナショナル・トラスト運動の発祥地という革新性も備えていることが鎌倉を選んだ理由だ。
Photo=勝尾 仁

それは独特な空気感の商品説明会だった。古都鎌倉。駅から20分ほど歩き、閑静な住宅街にある築85年の日本家屋に着く。大手金融グループに属さない独立系の投信委託会社(投資信託の運用会社)として注目を集める鎌倉投信の本社だ。
投資家から集めたお金を資金とし、運用会社が株式や債券などに投資して運用する商品を投資信託という。同社が設定・運用する投資信託「結い2101(ゆいにいちぜろいち)」は銀行などを通さずに直販され、誰でも1万円から購入できる。
訪ねたのは祝日を利用した説明会。スツールが並べられた8畳間は17名の参加者で埋まった。30代が中心で20代の姿も。女性が半数。セーター姿の鎌田恭幸社長が説明に立った。
「投資信託の多くは目先の利益が目的ですが、結い2101は世の中にある『いい会社』を探し出し、いい会社であり続ける限り長く投資し、その成長とともに資産を増やしていくことを目指します」
「日本は多くの社会課題を抱えています。いい会社とは、モノやサービスを増やして価格競争をするのではなく、本業を通じて課題を解き、社会に価値を提供していく会社だと考えています」
説明会には、和室が醸し出す空気も手伝い同志を募る草の根集会の雰囲気が漂う。
「『結い』の意味はみんなで力を合わせていくこと、『2101』は22世紀につながる価値をつくる思いを表します。投資でお金を増やす過程で『つながり』の多い社会をつくる。直販にしたのも顔が見えて信頼できるつながりをつくるためです」(鎌田)
2時間に及ぶ説明会で最も多く聞かれたのは「つながり」という言葉だった。説明会の帰り道、東京から参加した30代夫婦と道連れになった。
「投資信託でも、お金を増やすことだけが目的ではどこかさびしい。自分たちのお金が世の中をよくするために使われればと思って、参加しました」
この会社を支えるのは、そんな個人投資家たちなのだろう。鎌倉投信では「投資はまごころ」という理念を掲げ、投資のリターンを「資産の形成と社会の形成と心の形成のかけ算」と定義する。すなわち、投資先のいい会社が社会を豊かにすれば、結果として投資家の資産だけでなく、心も豊かになると。

外資系出身の金融プロ4人で起業

翌日、改めて鎌倉を訪ねた。同じ和室で鎌田と資産運用部長の新井和宏と向き合う。2人とも日系の信託銀行から同じ外資系資産運用会社に転じ、資産運用に携わった金融のプロだ。
ただ、鎌田は「自社利益優先の金融機関は社会のためになっているのか」と疑問を抱き続けた。2008年1月、副社長職を辞した後、社会貢献活動への参加を模索するなかで、「社会をよりよくするために頑張っている人や組織、企業を応援する金融」の可能性に着目する。そして起業を決意。新井に声をかけた。
新井には別の事情があった。外資系運用会社には「投資は科学」という理論があった。人間の曖昧な判断を排除し、金融工学に基づく数理モデルで運用を行う。その手法は顧客に利益をもたらすと信じて疑わなかった。ところが、親会社の意向で、顧客に適した商品より、収益優先の商品を販売する方針に転じてから、疑問を感じ始めた。ストレスが原因の難病を発症。退社を決意したとき、鎌田から誘いを受けた。
同じ会社にいたほかの2人と計4人で2008年11月に鎌倉投信を設立し、準備期間を経て2010年3月から結い2101の直販を開始した。この間、リーマン・ショックにより、世界中で膨大な資産が失われた。新井によると、すべての問題は1つの原因に行き着くという。

鎌田恭幸氏
鎌倉投信 代表取締役社長
Photo=勝尾 仁

「それは『分断』です。投資手法の効率化やリスク分散などを理由に、投資対象が細かく切り分けられ、混ぜ合わされ、運用者でさえそれぞれの関係性が見えなくなってしまった。結果、お金の出し手も、お金の受け手も、お金を循環させるべき金融機関も分断されてしまったのです」
「分断」から「つながり」へ。鎌倉投信が目指しているのは、金融をめぐる関係性の再構築でもある。まず、運用会社と投資先企業のつながりだ。一般的に運用担当者が投資先を選ぶときは、業種別に株価の評価などに着目する。すべては数字が基準。「以前は投資先の社長に会ったことなど一度もなかった」(新井)。一方、鎌倉投信では「社会課題」という切り口から入る。運用責任者の新井が話す。
「たとえば、障害者雇用に関わる人々の集まりに参加し、飲み会に出ると、どんな会社がどんな取り組みをしているか、本音の情報が入ってきます。これはと思う会社は直接訪ね、現場を見ます。特に重視するのは社員たちとの対話で、経営者と社員との間に考え方のブレがないかを見るのです」

評価基準は「人・共生・匠」

横浜港の大さん橋ホールで行われた受益者総会の様子

同じく受益者総会。結い2101の投資先企業のトップらが壇上にのぼる。

「いい会社訪問」の一コマ。林業を再生し森林価値を高める多角的事業を展開するのは東京に本社のあるトビムシだ。その活動領域にまで足を運ぶ受益者たち。
Photo=鎌倉投信提供

評価の基準として「人・共生・匠」の3つを掲げ、「人材の強みを活用しているか」「共生社会を目指しているか」「独自の技術・サービスを持っているか」の観点から、特徴を見きわめる。株価の評価も行うが、いい会社かどうかは「最後は主観で選ぶ」(新井)。投資先は現在60社。ほとんどを上場している中小企業が占め、ソーシャルベンチャーも多い。最近はCSR(企業の社会的責任)を重視した投資の手法であるSRI(社会的責任投資)も注目されるが、「SRIとは一線を画す」(新井)という。
「SRIは第三者機関の格付けをもとに投資先を選ぶため、調査項目のすべてでハイスコアを出せるような大企業が名を連ねます。総じて書類上の形式的な判定であるのに対し、われわれが見るのは実質です。赤字でも、いい会社であれば投資します。それでも投資信託としてリターンが出るようにするのがわれわれプロの仕事で、そこは徹底して金融工学を駆使する。いい会社は主観で選び、市場ではサイエンスで戦う。結い2101の独自性はその両面を持っていることです」(新井)
結い2101の投資収益率は、運用開始以来6年半で年率換算8.1%。同じ期間のTOPIX(東証株価指数)の平均上昇率5.8%を上回る。注目すべきは、リスク(変動率)とリターンの関係だ。TOPIXの変動率が20%程度だったのに対し、結い2101は10%程度に収まっている。つまり、リスク1単位あたりのリターンが大きいのが特徴で、国内格付会社から賞を授与されたこともある。
「リスクを小さくし、リターンの安定性を確保するためには、いい会社への投資が実は効果的なのです。普通のベンチャーは利益が出なくなると株主は去ります。一方、ソーシャルベンチャーでは逆に株主は株を買い増して支えようとするので、リスクが下がります」(新井)

投資先の「社会価値」を高める

鎌倉投信では、投資先企業の「社会価値」を高める働きかけも行う。結い2101は投資先をすべて公開しているため、受益者と呼ばれる約1万6000人の顧客から、「この会社にはここをこうしてほしい」という要望も寄せられる。その声を投資先企業に届け、改善を求める。
「もし、相手がそれを面倒くさがったならば、僕らはその会社への投資をやめます」(新井)
そんな鎌倉投信を投資先はどうとらえているのか。不要になった服やプラスチック製品を集め、「地上資源」として活かすリサイクル事業で脚光を浴びる日本環境設計は「共生」の観点から選ばれた。岩元美智彦会長は、「鎌倉投信とつながることで多くの個人投資家とつながり、その人たちがわれわれの活動に賛同し、協力してくれる。そのつながりが大事だと感じています」と話す。
 鎌倉投信は投資先企業と受益者(顧客)をつなげる場も設けている。ほぼ毎月行う「いい会社訪問」では参加者を募って投資先企業を訪問し、直接事業を見て、社員と交流する。その会社のファンになった受益者はユーザーになり、情報発信者になる。

「顔の見える金融」

鎌倉投信の社内。都心の高層ビルで働いていたのでは浮かばないようなアイデアも出そうだ。
Photo=勝尾 仁

最も特徴的な取り組みは、年1回開催される受益者総会だろう。運用状況と決算の報告会だが、毎回、投資先の経営者が受益者に直接語りかける。2016年9月に横浜で開かれた総会には、全国各地から約1000人が自費で参加。ベンチャー企業の若手経営者たちが登壇し、創業の思いを熱く語った。場内には投資先企業の展示ブースも用意され、家族連れの参加も多い。総会運営には受益者もボランティアで加わる。こうした関係性を「顔の見える金融」と呼ぶ。鎌田が話す。
「お客さまもいい会社と接するなかで、今度は自分も社会のためにできることはないかと前向きな活動をされるようになる。そんな価値観を共有する同志が年1回集まり啓発し合う。起業時にわれわれは、鎌倉投信と投資先とお客さまのつながりをつくることを存在意義としました。いざ始めたらもう1つ、お客さま同士のつながりも生まれた。いい会社に投資し、応援するという取り組みが、個人の活動にまで影響を及ぼすとは想像しませんでした」
 2010年3月に販売を開始する前、鎌田らは投資家向け説明会でこんな怒号を浴びた。「お前ら、人の金で社会実験をするつもりか」。この非難は「ある意味、間違っていない」と鎌田は話す。

新井和宏氏
鎌倉投信 取締役 資産運用部長
Photo=勝尾 仁

「日本株はバブル崩壊後、20年間下がり続け、リスクに見合ったリターンがないという、投資理論では説明不能な事態が続きました。日本だけです。一方で、日本は多くの社会課題に直面しています。このことからわれわれが導き出したのは、社会課題を解いていく会社に投資しない限り、日本株の長期的な上昇はありえないという仮説です。その意味で結い2101は社会実験でもあるのです」
 それから7年、結い2101の純資産総額は約3億円から約249億円(2016年12月末現在)へと拡大。顧客の多くは30〜40代で、全体の6割は将来を見据えた積立(定期定額購入)型が占める。
 冒頭の商品説明会に、高校1年の息子を連れて参加していた40代の父親がこんな話をしていた。「参加理由は投信への関心もありますが、息子が将来、就職で会社を選ぶとき、いい会社とはどんな会社か、この子にも勉強になるかと思いまして」
 鎌田らの「社会実験」は、そんな選択肢が現実になる近未来を目指しているのだろう。課題先進国と呼ばれる日本。鎌倉投信の試みは日本発の新たな投資モデルを示している。(文中敬称略)

Text=勝見 明

「賢慮資本主義」を志向する 「投資のイノベーション」はどうあるべきか

野中郁次郎氏
一橋大学名誉教授
結い2101の最大の特徴は、両立しがたいと思われていたもの同士を両立させたことにある。一般的には個人の資産形成と心の幸福感や共通善の追求は別次元のものと見なされるが、投資のリターンを「資産の形成と社会の形成と心の形成のかけ算」と定義したことでそれを可能にした。
問題は、社会をよりよくする企業への投資によって、いかにリターンを獲得するか、である。
そのために、鎌倉投信はアートとサイエンスの融合を図った。投資先の財務内容や株価といった数字だけで判断するのではなく、運用責任者が直接訪ね、現場・現物・現実のなかで、本質的な価値を見きわめる。そのうえで、「いい会社」かどうかの判断は主観で行う。これがアートの世界だ。
一方、金融市場に対しては、株価変動という客観的な数字をもとに金融工学というサイエンスを駆使して収益を得ていく。
このモデルでは、投資先と鎌倉投信と受益者の間に強い絆が生まれる。投資先と鎌倉投信は企業としての成長を、受益者は資産形成と共通善の実現に寄与するという幸福感を志向できる。根底にあるのは、それぞれの当事者が持つ共感力だ。そこから生まれる信頼が目先の利益優先ではない「長期的に勝つ」というビジネスモデルを成立させる。
金融を知り尽くし、その限界も見きわめたプロ中のプロだからこそなしえた「投資信託のイノベーション」といえる。
私自身はそれぞれの当事者が抱く「世のため人のためになりたい」という思いに共感する。鎌倉投信の躍進が物語るように、そう願う人々が増えているのも事実だろう。人間は本質的にはソーシャルな存在だ。マズローの欲求5段階説では「自己実現欲求」が最上位とされるが、晩年のマズローは、その上にもう1つの段階、「自己超越」があると述べた。それこそ「世のため人のため」という崇高な使命感にほかならない。
既存の資本主義がある種の限界を迎えている今、キャピタリズムとソーシャリズム(社会性)をハイブリッド化した「賢慮資本主義」へと進んでいくべきだと私は考える。
そのとき、金融は境界を超えて多様な当事者をつないでいく役割が求められる。鎌倉投信の挑戦は、これからの時代に求められる金融のあるべき姿を示している。
野中郁次郎氏
一橋大学名誉教授
Nonaka Ikujiro 1935年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。カリフォルニア大学経営大学院博士課程修了。知識創造理論の提唱者でありナレッジマネジメントの世界的権威。2008年米経済紙による「最も影響力のあるビジネス思想家トップ20」にアジアから唯一選出された。『失敗の本質』『知識創造企業』など著書多数。