ローカルから始まる。Will Lab 代表取締役 小安美和

ジェンダーギャップのない多様性を認める社会の実現を目指し、岩手県釜石市を皮切りに、兵庫県豊岡市、富山県南砺市、宮城県気仙沼市など日本全国の主に地域の女性の「働く」を支援し続ける小安美和氏。地域で女性が直面している「壁」を可視化し、行政や企業と連携し、女性の意欲を喚起する。地域ごとに異なる課題に対してオーダーメイドで丁寧に伴走支援する小安氏の活動に迫る。
(聞き手=浜田敬子/本誌編集長)


――― 小安さんはリクルートで、子育てしながら働きやすい社会を作ることを目指す「iction!」を立ち上げました。退職してWill Labを立ち上げた後も、変わらず女性の就労課題の解決を中心に活動しています。リクルートでは、なぜ続けられなかったのでしょうか。

小安美和氏(以下、小安):人材ビジネスは、ある程度の人口規模がないと収益事業として成立しないため、既存事業で人口10万人以下の地域課題に取り組むことは難しいと感じていました。リクルート在職時に釜石市から女性の就労促進事業を検討したいと相談を受けたこともあり、独立してアドバイザーとして伴走支援を始めたんです。

―― 具体的には何をしたんですか。

小安:基本的には自治体から働きかけてもらう形で、地元の中小企業に地域の女性が応募しやすく、働きやすいジョブを作り出すモデルです。
地域の課題の1つは、女性が働きやすい時間帯の仕事がないことです。子育て中の女性にとって、9時から17時までフルタイムで働くのは厳しい。まずは短時間勤務にしたりシフトを柔軟にするなど、企業にフレキシブルな働き方の実現を提案しました。
もう1つ、女性にとって求人の表現が魅力的ではないという課題がありました。たとえば水産加工業で「魚の解体作業」という求人があったのですが、その言葉では女性は躊躇します。だから「スーパーで売っている魚の缶詰や冷凍食品を作る仕事」というように具体的な伝え方に変えました。これらは、求人メディアが都市部で当たり前にやっていたことなんです。

w182_local_challenge,school.jpg兵庫県豊岡市では、「ありたい姿に向けて一歩踏み出し、ともに、わたしとまちの未来を変えよう」をテーマに、「豊岡みらいチャレンジ塾」を開催している。市内在住または在勤の女性を対象として、市民・地域活動の女性リーダーの育成を目指す。
Photo=豊岡市提供

「この町の女性は働きたいと思っていない」という無意識のバイアス

―― ビジネスのノウハウが入ってきていなかったのですね。

小安:実は「働きたい女性がいる」ことを示すのも大変でした。日本のどの地域に行っても「この町の女性はそんなに働きたいと思っていない」と言われます。子育てセンターなどで女性にヒアリングしたのですが、丁寧に聞くと、「こういう条件であれば働きたい」「夫が嫌な顔をしなければ働きたい」という本音が見えてきます。その本音を可視化して、ようやく企業の経営者の共感を得ることができました。
女性が働くにあたっての「壁」は、5つに整理できます。1つ目は自分自身の「経験・スキル」に自信が持てないという壁。2つ目が職場の壁で、長時間労働や働き方の柔軟性の低さ。3つ目が子どもを預ける場所がない、あるいは預ける場所の質が十分ではないという壁。4つ目は家事育児が女性に偏っているという壁。そして最後が社会規範の壁。職場でも固定的な性別役割分業意識が強く、昭和の家族モデルを前提とした社会保障制度や税制、給与の手当などが働くことの抑制につながっています。
結局、いちばん大事なのは女性たち自身の思い。女性が何を不満・不安として感じているのか、最初にヒアリングしてしっかりと意思決定層に届けることが欠かせません。釜石市での取り組みはもう7年前のことですが、今でも、どんな地域でもスタートは同じです。

―― 地方の意思決定層は男性が中心だから、地域の女性たちの声をちゃんと聞く人はほとんどいなかった。まずは「女性はこうだろう」という思い込みに対して、「本当にそうなのか」と検証することが必要なんですね。

小安:今関わっている地域の1つ、富山県南砺市では、地域のジェンダーギャップ解消に取り組んでいます。最初は地域の企業の経営者の意識変革と女性従業員の意欲醸成から入ったのですが、やっているうちに企業だけでは解消できない、地域に根ざすジェンダー意識の影響が大きいという仮説を持つようになりました。

―― それは、具体的にどんなものですか。

小安:家制度に根ざすものだと思います。都市部では核家族化が進んでいますが、地域では今も家を一単位としてコミュニティ形成がなされ、「家を守る」という意識がいまだに強い。男性と女性の役割が明確に決まっていて、男性は世帯主として地域活動に出ていく。本来個人としてそれぞれが「一票」を持っているはずが、発言権があるのは世帯主である男性だけ。地域活動が世代が上の男性の視点で決定されているという構造があります。
南砺市では、地域の若手のキーパーソン、たとえば中小企業の経営者や地域活動のリーダーなど地域に対して課題感を持つ人に話を聞いて、変化を起こすためのアプローチを検討中です。

自信が持てない、昭和の社会規範……女性の就労を阻む5つの壁

働きがいのある会社を増やせば戻ってくる女性が増える

―― うまくいく地域とそうでない地域の違いはありますか。

小安:私は伴走者であって主体者はあくまで地域です。主体者である地域の首長が本気であること。地域に、1人でも2人でも本気の人がいること。それが成果の出る要件です。主体者に「Will」がないとうまくいきません。

―― 女性のWillを顕在化するには、先の5つの壁を解消していくことが前提となりそうです。

小安:そうなんです。Willを心のなかに持っていても、それを顕在化、言語化すると家族や社会とぶつかってしまいますから。

―― 一方の、地域の首長の影響も大きいんですね。

小安:とても重要です。たとえば、2018年から関わっている兵庫県豊岡市の前市長・中貝宗治さんは、人口減少とジェンダーギャップの関係性に早くから気づいていました。
一度豊岡市を出た男性が再び町に戻る回復率は52.2 % なのに対し、女性はその半分の26.7%。女性たちに戻らない理由をヒアリングした結果、「やりがいのある仕事がない」などの本音が浮き彫りになりました。中貝さんは、町が女性に選ばれていないのはジェンダーギャップの解消が進んでいないからだとして、社会的損失、経済的損失に加えて「公平性の欠如」であると指摘され、まずは職場からジェンダーギャップ解消に取り組むワークイノベーション戦略を策定しました。

―― フレキシブルに働ける職場を創出するだけでなく、やりがいのある仕事やリーダー的な仕事は男性が、女性は補助的な仕事という構図の解消も目指したんですよね。

小安:まずは釜石市と同じくフレキシブルに働けるジョブを創出できる会社とマッチングイベントを開催し、次のステップとして女性により活躍してもらうために、市内企業15社と市役所の16事業所で「ワークイノベーション推進会議」を組成しました。現在では109事業所が参画し、働く場の環境改善、女性リーダー育成、男性の育休促進などをテーマに、議論を重ねています。

―― 今では豊岡市の取り組みは、ジェンダーギャップ解消を超えて地域創生のお手本としても注目されていますよね。

小安:女性の雇用促進の成果が見えると、プロジェクトを終える地域も少なくありませんが、豊岡市は採用した人材をいかに基幹人材に育てていくかにアジェンダが変わってきました。
女性の育成セミナーは開始して5年目になりますが、2023年にはじめてプログラム名称に「リーダー」という言葉を入れました。それまでマイルドに「キャリア支援プログラム」としていたのは、「うちにリーダー候補はいない」という経営者も多く、参加者本人も躊躇してしまうから。今回は「リーダー育成」とうたっても、人数も集まったし、参加者の積極性もすごく高い。経営者の意識も、女性管理職を増やさなければという方向に変化していると思います。

次世代のすべての子どもたちがありたい姿で生きられる状況を作る

―― 最後に、小安さん自身のWillを教えてください。

小安:男性であれ女性であれ、一人ひとりがその人のWillに向かって生きる社会を作りたい。そのためにまずは、働きたい女性が働ける状態を作りたいんです。私が小学生のときに父が交通事故に遭って、専業主婦の母は「独りではあなたたち子どもを育てられない」と泣きました。結果的に父は回復しましたが、大学を卒業しても女性の経済的自立は難しいと感じた原体験があります。私自身も夫の転勤でシンガポールに駐在したときに、日本人社会から「妻は働くべからず」というプレッシャーを受け、働きたくても働けないつらさを体験しました。
今でも経済的に自立できない女性は多いです。コロナで仕事を失ったのも、一人親の困窮世帯も女性に多い。その子どもは学びたくても教育が満足に受けられない。次世代のすべての子どもたちがありたい姿で生きられる状況を作るためにも、女性の経済的な自立を支援していきたいのです。

主体者はあくまで地域 地域に1人でも本気の人が必要

Text =入倉由理子 Photo=MIKIKO

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Profile

1995 日本経済新聞社入社
2000 シンガポールへ。時事通信社シンガポール支局などに勤務
2005 リクルート入社
2012 分社化でリクルートジョブズに転籍、2013年より執行役員
2015 リクルートホールディングスでiction! プロジェクト立ち上げ
2017 Will Lab設立

小安氏が伴走する南砺市は、富山県南西部に位置する。世界遺産の合掌造り集落や井波彫刻をはじめとする数々の日本の伝統文化が残る。
写真撮影協力:真宗大谷派 躅飛山 光德寺