ローカルから始まる。VENTURE FOR JAPAN 代表理事 小松洋介
経営共創基盤(IGPI) 共同経営者(パートナー) 取締役CHRO 田中加陽子

2018年より特定非営利活動法人「アスヘノキボウ」の一事業としてスタートした「VENTURE FOR JAPAN(以下、VFJ)」。地方の中小企業の経営層として全国の起業家志望の若者を送り込む。代表の小松洋介氏と、2022年より同活動に参画した経営共創基盤(以下、IGPI)の田中加陽子氏に、これまでと現在地、目指すことを聞いた。
(聞き手=浜田敬子/本誌編集長)


――まず、VFJの活動内容を教えてください。

小松洋介氏(以下、小松): 起業家志望、成長意欲の高い主に新卒・第二新卒の若者が、地方のベンチャー企業や中小企業の事業責任者として2年間の期間限定就職をする人材紹介サービスを提供しています。

――立ち上げたきっかけは何だったのですか。

小松:私は東日本大震災により出身地である宮城県が被災したことを機に新卒で就職した会社を退職し、甚大な被害を受けた女川町の復興支援に携わりました。そこで交流のあった地元の経営者たちの多くが、震災から5年程度で経営再建を果たすのを目の当たりにしましたが、一方で彼らは「人材不足」という悩みも抱えていたのです。地方で人手不足といわれるなかでも、特にいわゆる変革人材・経営人材が足りません。ある水産加工会社の専務から「事業が成長しているからこそ新規事業や事業拡大の一手を打ちたいのに、できる人がいない。よい人はいないか」と相談を受けたのが、VFJの前身のアスヘノキボウで支援を始めたきっかけです。
復興支援事業で受け入れていた多くのインターンやボランティアの学生たちは、目を輝かせて「将来起業したい」「どんな時代でも自分の力で食っていけるような人材になりたい」と話してくれます。彼らは女川で「カッコいい経営者」を間近に見て感動しながらも、その後、違和感を抱えたまま大企業に就職活動をする。一方の経営者は優秀な彼らが自社で働いてくれるとは思いもよらない。そういう光景を見て、企業と学生をつなげたら会社も成長し、学生も納得感のあるキャリアを歩めると考えました。

――IGPIが参画した経緯を教えてください。

小松:最初は、私のメンターをしてくださっていたIGPIの創業者である冨山和彦さんとの話からです。ちょうど、私が米国でVenture for Americaを視察してきたばかりで、日本にも必要だという話をしたところ、「すぐにやったほうがいい! 応援する!」と。若者の人材育成のためには研修も必要、ということで、2018年に田中さんを紹介してもらいました。

田中加陽子氏(以下、田中):IGPIは日本を支えるローカル企業を経営という側面から支援しています。小松さんはそれを人材という角度からアプローチしている。活動が近しいのです。企業の成長には戦略も大事ですが、最終的には「人」が成否を左右します。せっかくいいアセットや技術があっても、それを生かせる人が不足している。それをVFJという器を通じて解決できたらいいと考えました。私は、大企業の組織人事のプロジェクトにも関わっています。人手不足のなか、大企業には人をうまく活用できずに間接費が膨らんでいる会社も多い。必要な場所に必要な人を供給できる道があればという課題意識をずっと持ってきました。

――そこから一般社団法人を一緒に作ることになったのですね。

田中:2022年の5月ごろだったと思います。地方で中小企業の経営者の右腕になる、起業するという選択肢が、大企業に就職するのと同じように社会のなかで一般的になるといいと考えました。だとすると、小松さん1人ではなく組織だった動きにしたほうがいいと考えたのです。

w178_local_communication.jpgPhoto=VENTURE FOR JAPAN提供

未来を作る若者に投資することは日本の未来のために正しい

――就職の期間を2年に置いた理由は?

小松:参加者は大手企業を目指すような安定志向ではないものの、長期的に地方企業への就職となるとさすがにハードルが高い。期間限定にしてハードルを下げたかったのが理由の1つ。もう1つは、期間限定のほうが成果が出るから。新卒で飛び込む彼らにとっては、2年限定の片道切符。ここで力をつけて結果を出さなければ後がないという切迫感の醸成も重要でした。

―― 経営者にとっては短くないでしょうか。

小松:彼らもスピード感重視です。2年間で結果を出せるように仕事を任せる、という経営者が多いですね。そもそも定年まで定着するとは考えていません。成長意欲の高い優秀な人の頭には終身雇用という考えがなく、いずれは飛び立っていくという前提に立っています。

―― 対象を主に新卒者にした理由は?

小松:日本の未来を作るのは若者たち。彼らへの投資は、日本の未来のために正しいことです。「アスヘノキボウ」でも新卒者が事業の推進力となってくれました。現役の大学生を社員登用すると誰よりも一生懸命に仕事をし、どこに出しても負けない人材に成長しました。それが若者の支援は正しいという認識を強固にしました。

変革人材が足りない地方の企業に起業を目指す意欲的な若者を送る

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ミッションを明確にして任せるそのために社内環境の整備を

――これまでの実績を教えてください。

小松:2019年、2020年が各2人、2021年に5人、2022年が12人。2023年は4人でしたが、2024年は過去最高の数になると予測しています。

――企業が受け入れる際に工夫すべきことは?

小松:ミッションと仕事内容を明確にして、任せることを勧めています。そのためには社内環境の整備が重要。実は、初期につまずいたことがありました。経営者は意欲が高くても、現場がやる気にならなければうまくいかないのです。

――皆さんが企業側の伴走もしているんですね。

小松:たとえ経営者が「やりたい」と言っても、すぐに若者を送り出すことはありません。さまざまな体制や条件を調整しつつ、企業も人材もハッピーになれることが見えてきて、ようやくスタートします。現場の受け入れ体制を整えることは、VFJのためだけでなく、これから若い人材を受け入れるにはマストだと伝えています。

―― 一方、はじめて働く新卒者たちが経営者の右腕として働くのは荷が重くないですか。

小松:そこが、IGPIの協力を得られたメリットです。スタート時に加えフォロー研修も実施していますが、そこでIGPIのみなさんに協力いただいています。また、毎月面談も行っています。

――学生側はどんな人が応募してきますか。

田中:いい感じに尖った学生が応募してきます。私は初日の研修を担当するのですが、とても純粋で、この人たちが本当に経営者の右腕になれるのか、と心配になります。それが半年、1年と経つと驚くほど変わっていく。彼ら彼女らを見ていると、日本の希望だと思えるんです。私たちがすべきことは、こういう若者にきちんと新しい選択肢を提示することだと考えています。

中小企業の経営者の右腕になるという選択肢を一般的にしたい

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「最初に“作業”ではなく“仕事”を経験してよかった」

―― 成功事例は出てきていますか。

小松:先にお話しした水産加工会社のケースでは、米国留学時代に現地で起業をしてその後帰国した新卒人材をご紹介しました。その水産加工会社はもともとBtoBビジネスが中心でしたが、BtoCの新規事業を彼に任せたのです。2年かけて事業を立ち上げたものの、黒字化できず、もう1年残って黒字化を成し遂げて退職しました。とはいえ最初から順調だったわけではありません。新規事業を立ち上げるにあたって、投資などの意思決定に恐怖を感じ、数日意思決定ができなかったといいます。それでも、社長がしっかり伴走したことで高い成果を出していきました。

―― その後、彼は起業したのですか。

小松:実は、大手企業に転職したんです。入社当初は、「最初に自分で考えて決めて進める“仕事”をVFJで経験できてよかった。大きい組織なので仕方がないのですが、ここでは言われたことに取り組む“作業”が多いです」と話していました。その後、業務改善や新規事業の提案をしたところ、上が面白がってくれて、今は経営企画室に移って頑張っています。加えて彼は、多様性の高い現場の経験の重要性を強調していました。同質性が高い大企業と異なり、地方の中小企業では中卒の叩き上げですごいスキルを持つ方やシングルマザーの方などもいる。大卒の自分がマイノリティーという経験を通じ、社会を見ることができ、人の気持ちを理解し、人を動かすことの難しさを感じたといいます。
大学を休学して参加した別の学生は、1年で子会社の社長代行として経営を任されました。2年経ってそのまま残る人は6、7割。企業側にお願いしているのは、彼らが離れた後も事業を継続できるよう、ほかの人材を育成することです。

―― 大手の研修としてのニーズもありそうです。

小松:ありますが、研修という形で送り出さないでほしいとお願いしています。研修ではお客さん扱いになります。地方の企業は本気で成長したいと考えているので、評価は受け入れ先でやるくらいの本気度で向き合ってほしいです。

―― 結果的に面白いと思って転職する人も出てくれば日本全体の人材の再配置につながります。人を地方に還流する仕組みとして、ミドル、シニアと領域を広げていく可能性がありそうです。

田中:計画では、ミドルやシニアの派遣、企業の人材育成も入っています。

小松:「地方=キャリアを作る場所」というイメージをきちんと世に広げたい。すると、そこで活躍できる層も広がると考えています。

意思決定や多様性のなかで働く難しさを通じて成長する

Text =入倉由理子 Photo=伊藤 圭

事業の歩み
2011  東日本大震災をきっかけに、小松氏が女川町で震災復興支援事業をスタート
2013  特定非営利活動法人「アスヘノキボウ」を立ち上げ
2018  小松氏がアスヘノキボウの1事業としてVENTURE FOR JAPANのサービスを開始。
   IGPIの田中氏が参加
2019  第1号の新卒学生の派遣を開始
2022  IGPIとともに一般社団法人を設立