極限のリーダーシップ弁護士 久保豊年氏

法の知識だけでは乗り切れない
多くの人の知恵に耳を傾け逆転無罪を勝ち取る

w156_kyokugen_001.jpgPhoto=ササキタケシ

2014年12月11日、広島高等裁判所で「広島元アナウンサー窃盗被告事件」の二審判決が下された。判決は一審と同じ「有罪」。その瞬間、被告人の弁護を務めていた久保豊年氏は、膝から崩れ落ちそうな感覚に陥った。「無実を証明できたと思っていただけにこんなことがあるのかと愕然としました」
事件が起きたのは2012年9月。広島市内の銀行で、記帳台に置き忘れられた封筒のなかから、現金が盗まれた。警察は中国放送の元アナウンサー煙石博(えんせきひろし)氏を窃盗容疑で逮捕。根拠となったのは、防犯カメラの映像だ。記帳台全体が映っていたわけではないが、封筒が置かれた記帳台に近づいたのは被害者を除くと煙石氏だけだった。逮捕後起訴され、広島地方裁判所は窃盗罪で執行猶予付きの有罪とした。煙石氏は無罪を主張し、即刻控訴。久保氏は二審から主任弁護人を引き受けていた。

地道な努力の末の二審は

「証拠となった防犯カメラ映像は画質が粗く、煙石さんが盗んだとされる決定的場面は映っていませんでした。煙石さんが本当に封筒に触れたのか、はっきりさせるために防犯カメラ映像の解析に取り組みました」
映像解析の専門家は日本に何人もいるわけではない。インターネットで検索し、片っ端から電話をかけてなんとか探し出した。解析によって封筒があった位置をほぼ特定。さらに煙石氏の手の動きを精緻に解析した結果、煙石氏の手指がその位置にいっていないことを明らかにした。「これで無実が証明できる。勝てる、と思いましたね」
自信をもって臨んだ二審。しかし下されたのは有罪判決だった。理由は「煙石氏が封筒を記帳台から持ち去り、防犯カメラの映像に映っていない6秒間に犯行がなされた」というもの。とうてい納得できるものではなかった。
「日本の司法は無罪推定を原則とします。被告人が無罪であるという前提で起訴、裁判が行われなくてはならないのに、有罪を前提にした明らかにおかしい判決でした。あの瞬間、司法への失望感と、煙石さんに対して申し訳ないという気持ちでいっぱいになりました」
久保氏は、煙石氏とその支援者を前に敗訴を謝罪した。批判の言葉や解任されることも覚悟のうえだった。ところがみんなの反応は逆だった。「『よくがんばってくれました』『最高裁でもがんばってください、なんでもしますから』と言って、上告での弁護人も引き続き自分に託そうとしてくれている。責任重大だと思いました。これまでの実績からいって、日本では最高裁での逆転無罪の可能性は1%にも満たない。蜘蛛の糸をつかむ気持ちでしたが、それでもやるしかないと思いました」。最高裁判所で勝つのがいかに難しいことかを正直に伝えたうえで、「全員でやれることを精いっぱいやりましょう」と決意を語った。

みんなのアイデアが突破口に

w156_kyokugen_002.jpg2017年3月10日、最高裁で無罪が確定した直後の久保氏と煙石氏。冤罪が晴れるまで4年5カ月の戦いだった。
Photo=煙石博さんの無罪を勝ちとる会提供

無実を証明するためには、二審でカメラに映っていないとされた6秒間の、煙石氏の潔白を示す必要がある。久保氏は、どんなに小さくても、思いつくアイデアを寄せてほしいと支援者たちに頼んだ。この困難な局面で勝利をつかむためには、法律家としての知識や経験だけでは十分ではないからだ。「僕は法律の専門家だけど、アイデアの専門家じゃない。相手が一般人でも誰でも、いろんな角度からの意見が重要なんです」
それから毎日のように煙石氏の家族や支援者からアイデアが持ち込まれた。突破口になったのは、煙石氏の息子のアイデアだ。映像を1秒毎に分解し、600枚以上の静止画に変えた。それらの写真を時系列で並べてみると、6秒のうちの5秒間はATMで操作している煙石氏の姿を確認できた。残りの死角はたった1秒。もし煙石氏が現金を抜き取ったのならば、1秒で行ったことになる。そんなことが可能なのか。
支援者たちと相談するなかで、実際に封筒から現金を取り出す実験をやってみようということになった。事件当時65歳だった煙石さんより若い30 ~ 40代を15名集めて実験したところ、どんなに頑張っても6秒はかかることがわかった。「手先の器用なマジシャンにも試してもらいました。何度も練習してもらって、最高で2秒。『先生、これ以上は無理です』と」。これらの結果をまとめた資料と、支援者が集めた約1万人の無罪を訴える署名を最高裁に提出した。
2017年3月、最高裁から「無罪」が言い渡された。防犯カメラの映像からは窃盗は立証できないということを、最高裁が認めたのだ。一度起訴されると99%有罪判決になるといわれる日本の刑事裁判で、逆転無罪を勝ち取った瞬間だった。
「最高裁が無罪推定の原則を守る最後の砦となってくれた。これで煙石さんや支援者たちに顔向けできると思いました。最後にみんなと握手できたときのことは忘れません」

Text=木原昌子(ハイキックス)

久保豊年氏
Kubo Honen 広島城北高等学校を経て、明治学院大学法学部および最高裁判所司法研修所卒業。1989年に弁護士登録。広島を拠点に商事、民事、労働、刑事、家事と数多くの事案を取り扱う。広島元アナウンサー窃盗被告事件では最高裁で一審・二審の有罪判決を破棄する逆転無罪の判決を勝ち取り、話題となった。