若者の時代片山晴菜氏(ミネルバ大学2年生)

自分を変えることができない人に世界は変えられない

Katayama Haruna 1998年、北海道生まれ。高校2年の8月に日本の高校を退学し、United World Collage(UWC)のアメリカ校に入学。卒業後は現在世界最難関ともいわれるミネルバ大学に入学。現在2年生。孫正義育英財団の正財団生、柳井正財団海外奨学金プログラム奨学生に選出される。

日本の高校を2年で退学し、米国に留学、そして、今や世界最難関ともいわれるミネルバ大学に日本人として初めて入学。幼少期に国連の仕事に携わることを夢みていたという片山晴菜氏は今、ミネルバ大学の独自の教育のなかで、数多くの社会課題に接し、その視野を広げている。彼女が今に至るまでの生い立ちと、モチベーションの源泉を聞いた。

聞き手=石原直子(本誌編集長)

― 片山さんは世界的な社会課題に携わることを目指して学んでいらっしゃいますね。そういったことに興味を持つようになったきっかけは?

自分の源点にさかのぼってみると、幼稚園の年長から参加していたガールスカウト活動の影響が大きいと思います。国連本部に行く機会や、世界の社会課題に常に触れる機会があり、私の身近な周りだけが世界じゃない、と視野を広げてくれました。

― その頃から、いつかは海外に出てみたいという憧れを持っていた?

そうですね。高校2年の秋からは世界中から選抜された生徒が集まるUnited World Collage(UWC)という高校のアメリカ校に通いました。
でも、実は高校1年まで、自分が海外の高校に行くことなど想像もしていませんでした。北海道の私立高校に通っていたのですが、海外に出るための情報が周りにまったくありませんでしたから、海外に行くなら、大学を卒業してからなんだろうな、ということしか考えられなかった。
UWCに行くきっかけの1つはたまたま高校に置いてあった「模擬国連」のチラシでした。国際問題について高校生や大学生が取り組む大会で、英語の得意な友だちと2人で準備して応募したら全国大会に行けることになったのです。入賞はできませんでしたが、そこで知り合った全国の高校生たちのさまざまな活動をSNSで知るようになりました。「国際哲学オリンピックで優勝しました」「自分でビジネスプロジェクトを立ち上げています」など、自由な活動を見て、自分にもこんなことができるといいなと思いました。
もう1つのきっかけは母です。高校1年の三者面談で先生から志望大学を聞かれ、私は今の成績から行けそうな大学を答えてはみたのですが、その大学でどんな教授がどんな授業をしているのか、そしてその先にどんな人生の可能性があるのかといったガイダンスがないまま、大学名と偏差値だけで進路の話をする日本の教育に違和感を覚えました。そのとき、私が「日本の大学はちょっと......」とつぶやいたらしいんですね。私は覚えていないのですが。その一言を母が勘違いして「娘は海外の大学に行きたいのか」と思い込んでしまって(笑)。それから母が海外の大学進学の方法を熱心に調べはじめ、見つけてきたのがUWCでした。世界の若者が集まって学び、しかも経団連から奨学金が出る。国際バカロレア(IB)(*1)の資格も取得できる。応募するタイミングは日本では高校1年の冬しか認められていない。母があとは自分で調べなさいと。私自身も調べ、世界に出る機会があるのならと受験して、UWCに行くことになりました。

世界の出来事を自分事として感じられる

― UWCではどんなことを学びましたか?

UWCに通った2年間では、人との交流に重きを置いて過ごしました。実はIBを取得するだけなら日本国内にも学校はあるんです。でもあえてUWCを選んだのは、世界90カ国から集まった生徒たちが何を考えているのかを知ることが一番の学びだと感じたからです。だからできるだけたくさんの生徒と、とことん話し合いました。
ディスカッションで口論になることもあります。最初は譲ってばかりだった私も、だんだん我を通そうとするようになりました。そんなとき、「君の主張はわかるが、自分が変われないやつが本当に世界を変えられると思うか」と同級生から指摘されたのです。人はみな違う方向を向いている。彼らにこっちを向いて、と言いたいのなら、自分が何か変わるほどのコミットメントをしてみせなければいけない。これが大きな学びの1つになりましたね。
学生のなかには、ソマリランド(*2)出身の人もいました。セクシャルマイノリティも半数近くいて、マイノリティがマイノリティにならない環境で、いろんな世界を知ることができました。
そして、世界中の人と知り合いになることで、世界の出来事を自分事として捉えられるようになりました。知らない人のためを思うよりも、友だちのために何かを思うほうが、自分の気を注ぐことができるものです。UWCでソマリランド人の友人ができた私にとっては、もしソマリランドで何かが起こったときには、そのことが脳内で占める割合は多くなりますから。その出来事に、私自身も取り組まなければいけないと責任を感じることもあります。

― たとえば「ソマリランドは友だちの母国だから心配」と思うことと、それをなんとかしなければいけないと「責任を感じる」ということは一段違う感覚だと思います。それは片山さん自身の性格からきているのでしょうか?

世界にはたくさんの問題がありますが、そのすべてに取り組むのは無理。でも身近になった課題に対して意識を向けるというのは責任というか、何かのご縁だと感じています。

ミネルバ大学はキャンパスがなく、全寮制で、世界7都市を4年間かけて移動する。授業はすべてオンラインでのディスカッション形式。メンバー全員が平等のパワーを持ってしゃべっていることがエンゲージメントの高いディスカッションにつながる質のよいグループである、という研究があり、それをもとに科学的に授業が設計されている。たとえば先生の一方的な講義というものがなく、先生が10分以上続けて話すことが禁止されている。発言の多い学生、少ない学生もモニター上ですぐにわかり、ほかの人の発言中に反対、同意といった意思表示のマークを表示することもできる。

― UWCの経験を経て、その後、ミネルバ大学を選んだ理由は?

UWCを含め、小中高で知識を得る学習を12年間やってきたことになります。大学ではこの知識を実際に課題解決に応用する方法を学びたいと思っていました。そのカリキュラムを提供してくれるのがミネルバ大学でした。
ミネルバでは、4年間で世界7都市を移動しながら学びます。各地でCivic Partnerとよばれる地元の公共団体やNPO、企業と組んで、社会課題の解決活動に実際に取り組むのです。そこで自分の学びが実際に生きるのかを試せる。実際に生かすことができればもっと学ぼうという正のサイクルも回るのではないかと思いました。

問題解決のための思考力や知の技法を身につける

― ミネルバ大学の学びや生活はどういうものですか?

世界を巡る4年間のうち、最初の1年はサンフランシスコ、その後3年間は半年ずつソウル、ハイデラバード、ベルリン、ブエノスアイレス、ロンドン、台北で学びます。滞在する街との接点はミネルバ大学の大きな特徴になっています。
授業は午前中だけで、午後は自由に自分の活動ができます。普段の授業のための勉強量も多いのですが、チームで滞在都市の企業の課題や、街の社会課題に参加して取り組む時間にあてられます。そのためにミネルバ大学にはSXP(Student Experience Team)という、日本語では機会創出課とでもいうべき専門部署があります。生徒一人ひとりのやりたいことを抽出し、企業や団体などのパートナー探しや活動の交渉をサポートしてくれます。ほかの大学にはなかなかない仕組みですよね。

― 片山さんはサンフランシスコでの1年目を終わられたところですね。社会課題にかかわる活動も既に経験されたのですか?

1年目の後期にソーシャルコンサルティングファームのダルバーグ社と一緒にサンフランシスコの低所得者の食料の安全な供給を保証するにはどういう手立てがありそうかという課題に取り組みました。
サンフランシスコは低所得者でもみんなスマートフォンを持っています。その活用方法や低所得者のデモグラフィック、市の提供する制度を調べ、最終的には、彼らが便益をしっかりと享受できるようなアプリ開発を提案しました。私はこれからソウルに移動するので、後輩たちがこのプロジェクトを引き継ぐような仕組みができないか大学にも提案しているところです。

― 大学での学びはそういったプロジェクトにどのように反映されるのでしょうか?

ミネルバ大学の学びの基礎となるのが「HC(Habits of Mind and Foundational Concepts=思考習慣と基礎概念)」。HCとは問題解決のための思考力や知の技法で、100以上の項目があります。人の話をまとめる技法や、具体的なものを抽象化するなど、HCの技法をディスカッション中心の授業を通じて徹底的に身につけ、アクティビティのなかで実践し、生かしながら、自分の思考習慣に落とし込んでいくのです。

― ミネルバ大学を卒業してからどうしたいと思われていますか?

「人の行動をデザインする」ことに興味を持っています。ゴールに向かって組織のなかの人を説得したり、いいモチベーションをつくり、行動をデザインする。それを今勉強したいと考えています。
これから6都市を巡るなかで、本当に自分が優先順位高く携わりたい課題に出合うときがくると思います。それが見つかったら、職種や所属する"箱"に囚われず、自由に携わっていきたいですね。

(*1)国際バカロレア(International Baccalaureate=IB)世界共通の基準を持つ教育プログラム。IBディプロマを取得すると、IB試験での得点を基準に大学入学資格が与えられる。世界の多くの大学で入学資格として認められている。
(*2)ソマリアの国内の一地域が独立宣言してソマリランド共和国を名乗っている。国として国際的に認められていない。

Text=木原昌子(ハイキックス) Photo=相澤裕明

After Interview

高等教育を再定義する、という壮大な構想のもとに設立された唯一無二の大学。そのミネルバ大学に通う最初の日本人の1人となったのが片山氏だ。話してみて驚いたのは、彼女の対話力の高さである。論理的に説明すること、人に協力を依頼すること、自分の意思を表明すること。もちろんこれらのスキルはUWCやミネルバで鍛えてきたのだろうが、それは英語環境下で行われたはずだ。日本語でもそのスキルが抜きんでていることは驚嘆に値する。
地方都市で暮らしていた高校生の頃には、将来への期待はあっても実際に何をすればいいのかまったくわからなかった、そこには明らかな情報格差があったと片山氏は言う。いくつかの偶然が彼女を広い世界に導いてくれたことに、他人ながら感謝したくなる。新たに開けた世界で、一つひとつのことを吟味し、決断し、行動する彼女は凛々しく逞しく、こちらからの最後の言葉は、「これからもいろいろ教えてください」に自然となった。