若者の時代永井陽右氏(国際協力活動家)

行動する理由は好きか嫌いかではなく、自分がなすべき使命に真摯でありたいから

Nagai Yosuke 早稲田大学1年のときにソマリア支援に特化したNGO「日本ソマリア青年機構」を設立。2017年よりNPO法人化し「アクセプト・インターナショナル」に改名、代表理事に就任。ケニア、ナイジェリアなどにも活動の幅を広げる。2016年、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス紛争研究修士課程修了。著書に『僕らはソマリアギャングと夢を語る─「テロリストではない未来」をつくる挑戦』(英治出版)、『ぼくは13歳、任務は自爆テロ。─テロと紛争をなくすために必要なこと』(合同出版)。

「比類なき人類の悲劇」といわれる人道危機のなかにあるソマリア。激しい内戦と虐殺が続き、その危険さゆえに紛争問題のプロでさえ取り組みを躊躇する問題に真正面から挑んでいる永井陽右氏。早稲田大学在学中にNGOを立ち上げ、テロリスト予備軍といわれる若者ギャングの社会復帰という独自の問題解決の道を切り開いてきた。永井氏を突き動かし、行動を支える源泉とは。

聞き手=清瀬一善(本誌編集長)

2016年秋、ソマリアのバイドアにて。国連の防弾ベストとヘルメットを着用し、投降兵を保護する施設で活動。「ムーブメント・ウィズ・ギャングスターズ」の手法は国連をはじめとする他の団体や地域からも必要とされ、活動の場が広がっている。

― 永井さんはソマリアについて、どのような活動をされているのでしょうか。

ソマリアは、アルシャバーブというイスラム過激派組織が勢力を持ち、氏族間の対立なども重なって、世界で最も深刻な紛争地となっています。首都モガディシュでは2017年6月からの1カ月で44件のテロが発生しました。また、隣国ケニアのナイロビには多くのソマリア難民が移り住んでいるイスリー地区があり、そこでは社会的に行き場のない若者がギャングとなり、潜在的なテロリストの温床になっています。大学時代に立ち上げたNGO「日本ソマリア青年機構」は、イスリー地区で活動する現地NGOと協力し、若者ギャングの社会復帰に取り組んできました。プロジェクト名は「ムーブメント・ウィズ・ギャングスターズ(Movement with Gangsters)」。劣悪な治安の原因となっている彼らを、テロリストではなく社会の変革者に変えることで、治安改善とテロ防止につなげる。医療や資金といった支援ではなく、ギャングと同世代の学生だからこそできることを模索したなかで見つけ出したプロジェクトでした。

― どのような成果が出ていますか。

プロジェクトではギャングの若者を集め、イスリー地区の問題点をみんなで議論していきます。警察による脅迫、職がないために薬物に依存してしまう、社会から信用されていない......。みんな俺の話を聞いてくれと言わんばかりに必死で発言をします。特に「偏見を捨てて俺たちを受け入れてほしい。話を聞いてほしい。これが社会に望む最も重要なことの1つ」という発言には多くの若いギャングたちが賛同していました。そして、社会や政府が変わるのを待つのではなく、若者である彼ら自身ができることを考えて、実践していく。その結果、プロジェクトに参加した若者のなかには、ギャングをやめて働き始めた人や、ソマリアに帰り両親と暮らし始めた人もいます。また、彼ら自身の発案で自ら小学校に赴き、将来ギャングになるな、と子どもたちに思いを伝える活動も生まれています。将来への夢を語る同世代のギャングたちの話を聞くと、彼らが僕らと何も変わらない存在だと気づかされますね。

世界でいちばんいじめられている人を助けたい

「ムーブメント・ウィズ・ギャングスターズ」のプロジェクトのワンシーン。ソマリア難民が集まるナイロビのイスリー地区で、同世代のソマリア人ギャングたちと話す永井氏。

― この問題に携わるきっかけはどんなことだったのですか。

高校2年のとき、ツバルという国が地球温暖化による海面上昇で沈むという記事を偶然インターネットで目にしました。国が沈んでしまうということが衝撃的で、これはとにかく助けなきゃいけないという気持ちにかられたのです。
それまでの僕は自分以外のことに興味がなく、バスケとゲームに夢中で、小中学生のときはいじめにも加わっていたような子どもでした。
けれどもツバルのことを知ってから、世界には自分と同じように生きている他者がいるのだということを強く意識するようになったんです。そのときなぜ自分のなかで一気にパラダイムシフトが起きたのか、自分でもわかりませんが、自分はこれまで他者に対してひどいことをしてきたんだ、と。いじめをしていた過去を後悔し、それからは、いじめられている人とも友人として付き合うようになりました。そして罪滅ぼしとしていじめられている側につくなら、世界でいちばんいじめられている人を助けなければ、と考えるようになっていきました。その頃、世界史の教科書に載っていたルワンダのジェノサイドを知り、さらにもっと深刻なソマリアの内紛を知り、そこで苦しんでいる人を助けたいと強く感じたんです。

― 彼らの苦しみを、自分のものとしてリアリティをもって感じるのは難しいことだと思うのですが。

自分の痛覚を通してみれば、彼らの痛みが理解できる。僕は痛覚こそがいちばん論理的で、相手への理解に誤差が生じない方法だと思っています。
相手のことを理解しようとするとき、感情で考えると必ず相手の感じ方との誤差が生じてしまうものです。何がうれしくて、何が怖いかは人によって違いますから。でもこの腕を切り落としたらどれほど痛いか、ということはなんとなくわかる。遠い国の会ったことも話したこともない相手だとしても、その痛みは理解できる。それは僕がその人のことを好きかどうかといった感情ではなく、同じ"霊長類ヒト科"だから。それが最も誠実だと思うんですね。
いちばん痛い思いをしている国の、いちばん痛い思いをしている人たちの痛みを、僕は解決したいと考えています。

人生のなかでなすべき使命のために生きていく

― 今の永井さんにとってソマリアでの活動は、どういう意味を持っているのでしょうか。

"Something to live for"(生きる意味)でしょうか。
ソマリアにかかわり始めたものの、死ぬのは怖い。大学2年のとき、哲学の授業をとって死の恐怖をどう克服するかを考えていました。そこで学んだのが「明るいニヒリズム」。生きていることには何の意味も価値もないし、過去も未来もない。だから、今、目の前のことをがんばろうぜ、という考え方でした。この考え方を知ったことで、この価値のない人生のなかで、自分は何を「すべき」かを第一に考えようと。「自分がしたいこと、好きなことで生きていく気は微塵もない。ソマリアの人道支援、紛争解決は誰もやれない分野。でも誰かが『すべき』こと。だから僕がやるんだ」と心が定まりました。
僕はソマリアでの活動に、生きる意味、存在価値を見出しています。仕事と割り切ってやることはないですね。でも自分がそう決めているだけで、自分の価値観を他人に押しつけることはないですよ(笑)。もちろんおいしいものを食べたり、楽しいことをしたりするのも好きです。結婚も自分のプライオリティを含めてうまくやっていける人ができたらしてみたい、くらいには考えています。

― NPOで一緒に活動する仲間はどのような人たちですか?

現在のメンバーは48人、うち社会人は13人、残りは学生です。ソマリアでの活動はつらく厳しいことが多いし、僕もメンバーに多くを期待しているので、厳しいことも言います。途中でやめる人も少なくありません。ですから今残っているメンバーはそれぞれが高い理想と使命感を持ち、芯が強い人たちです。同世代のなかではおそらく珍しいタイプの人たちだと思います。

― 大学卒業後、就職しないという道を選んでいますね。

ソマリアの活動を続けていくために、海外の大学院に進み、紛争解決の基本的なスキルを身につけることを考えていたので、就職はまったく考えませんでした。ロンドンの大学院時代には国連の武装解除研修や、イギリス陸軍のセキュリティブリーフィングなどを受け、最速最短であらゆることを学びました。おかげで活動の幅が広がっています。
ただ、社会人になった今、生活するための最低限の収入をいかに稼ぐか、ということは当然考えています。ソマリアの活動は稼ぐことが目的ではないので、稼ぐ手段は別であってもいいし、案外それが、健全なことなんじゃないかと思っています。

― これからのビジョンは?

究極的にはテロや紛争のない世界、恒久的な平和を実現したいですね。覚悟がありますね、意志が強いですね、とたまに言われますが、自分は好き嫌いという感情で動いていないということが大きいと思っています。そこは「好きなことを大事にしたい」という同世代とは、考え方が対極にあるのかもしません(笑)。
自分がなすべき使命に対して徹底的に真摯であるかどうか。迷ったときにはいつもそこに立ち返って考え抜くようにしています。自分の将来よりも今を真摯に生きたいのです。

Text=木原昌子(ハイキックス)  Photo=相澤裕明

After Interview

「極めて異質」。インタビューを終えて永井氏に対して抱いた率直な感想はこれだ。不足や欠乏の少ない時代に生まれ育った彼と同世代の若者の多くは、身近な人や事物を大切にし、人生のすべてにおいてバランスを取り、等身大であり続けることを重視している。他方で、この世代には、社会課題の解決に心血をそそぐ若者も一定数存在する。だが、実のところ、そうした若者の大半にとって、活動の動機は、「何者かになれる自分を探す」ことだ。だから、社会課題の解決や国際協力の現場が、自分を何者かにしてくれると信じ、それにのめり込んでいく。しかし、永井氏はそんな彼らとも一線を画す存在だ。彼の特異さは、自分の満足や成長といった「自分発」の欲求をほとんど感じさせないところにある。
彼自身も「イシューファーストに生きたい」と明言する。世の中の不合理・不条理といった社会課題は解決されなければならない。それを誰もやらないので自分がやる。彼のこのシンプルなロジックには、「自分の居場所を見つける」という第2の目的が入る隙がまったくないのだ。
彼は、私たちオトナに突きつける。「あなたはどんなイシューのために生きているのですか」と。