Next Issues of HR With コロナの共創の場づくり第11回 差別のある世界をいかに生きるか

サッカーワールドカップのカタール大会は、サッカー王国・オランダで非常に盛り上がりを見せました。しかし、開催前、欧州ではスタジアム建設にあたっての海外労働者の劣悪な労働環境、LGBTQ+への対応などカタールでの人権軽視を問題視し、観るのをやめる、スポンサーにならないといった動きが広がっていました。

では、オランダに人権問題がないのかというと、そうではありません。特に人種差別という形で、オランダや欧州全体にまだまだ解消されない大きな課題として存在します。たとえば私自身、オランダの地元チーム、FCユトレヒトの試合をよく観に行きますが、アフリカ系やアジア系の選手に対してジェスチャーで揶揄することも頻繁に見かけます。

日常生活でも、日本でいえば中学生にあたる私の子どもも、学校で同級生から人種差別的な言葉を浴びることがあるようです。そんな彼に対して私が常に言っていることは、「人種差別は存在する」ということです。すべての人が平等に扱われるのは当然の権利ですが、残念ながらそれは達成されていないという事実をきちんと伝える必要があります。それは、人種差別が残る社会で、心と体を自衛するためなのです。

ただし、注意すべきは、「自分もそのように扱われているのだから人もそう扱っていい」とならないようにすることです。欧州に住むようになり、私も人種差別的な扱いを受けたことがあります。そのときはじめて、日本では感じたことがなかった「自分はマイノリティである」という感覚を持ちました。日本で、日本人・大卒・男性・正社員というマジョリティとして生きてきた時間が長かった私でも、今ではマイノリティとして生きる人々のつらさ、大変さを多少なりとも理解することができるようになりました。

最近は増えつつあるものの、日本では欧州と比べて外国人居住者は少なく人種差別問題は顕在化しにくいでしょう。しかし、女性やLGBTQ+、障がい者など差別を受けている人はかなりの数、存在します。それに目をつむるのではなく、差別の存在を認め、声を上げることが、社会を進化させる一歩目となるはずです。オランダでいえば、冒頭で述べたカタール大会への批判や、マルク・ルッテ首相の250年間の奴隷制への公式謝罪がその象徴ではないでしょうか。

一方で、オランダでの仕事の場においては人種差別が少ないように思います。あらためてその理由を考えると、これまで何度も繰り返してきたように、「多様な人がいたほうが儲かるから」。オランダの人々にとって、異質なバックグラウンド、異質な経験を持つ人は、チームに新しい価値をもたらしてくれる貴重な存在です。もちろん、どのような人も尊重されるべきですが、どのような形であっても自らの力を発揮してチームに貢献しようとする気持ちは、差別から身を守る自衛策にほかなりません。そしてそれは同時に、多様な人々の共創から生まれる価値を最大化する重要な基盤になっていると思います。

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w169_ni2_02.jpg吉田和充氏
ニューロマジック アムステルダム
Co-founder&CEO/Creative Director

博報堂勤務を経て、2016年に独立しオランダに拠点を移す。日本企業、オランダ企業向けのウェブディレクションや日欧横断プロジェクトに多数携わる。

Text = 入倉由理子 Photo = 吉田氏提供 Illustration=ノグチユミコ